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12. 私はただの一般人
しおりを挟む❋❋❋
「───今日はありがとう。これなら、リリーベルも満足すると思う」
「いえ、お役に立てたなら光栄です」
彼は私が見繕った本を数冊、腕に抱えながら満足そうにそう言った。
(……多分、笑っている……のかな?)
「妹さん……えっと、リリーベルさん? の勉強が捗るといいですね」
「ははは、本当に君の───あ、えっと……?」
「あ……」
そこでようやく私たちはお互いに自己紹介すらしていなかったことに気付く。
「し、失礼しました、私はマルヴィナと申します」
「えっと、俺はトラヴィス、と言います」
「……」
「……」
何だか今更すぎて変な気持ちになった。
それは向こうも同じだったようで、(目は見えないけど)私たちは互いに顔を見合せてふふっと笑い合った。
「それじゃ、本当にありがとう、マルヴィナさん」
「!」
名前だけを名乗るのはすごく変な気分だったけれど、マルヴィナとだけ呼ばれて、“マルヴィナ・ローウェル”はもういないのだと強く感じた。
(そうね。これからはただの“マルヴィナ”として生きていくのよ)
「はい! こちらこそ、トラヴィス様もお気をつけてお帰りください」
「ああ」
私は笑顔で彼を───トラヴィス様を見送った。
帰っていくその後ろ姿を見て改めて思う。
(やっぱり綺麗な銀色……)
家名は名乗っていなかったけれど、彼はきっとこの国の貴族なのだろうと思う。
そしてあんなに綺麗な銀色の髪を持っているのだからきっと、魔術師。
「本当にそうなら魔術のこと……とか色々と聞いてみたいところだけど───……さすがに、まぁ……もう会うことはないかな」
こんな偶然はそうそうないと思う。
それに、これからはひっそり平民として生きていく私が貴族と関わることも、今後、大きな魔術を必要とすることもないはず。
(この収納魔法さえ維持出来れば生きていくには充分だもの!)
「さぁて、ここからはルウェルン国の本を堪能するわよーーーー」
そうして私は書架に戻ると再び、物色を開始した。
───トラヴィス、と名乗った銀色の美しい髪を持った彼とは、この日この場限りの関係……
この時の私はそう思っていた。
❋❋❋
それから三日後。
先日借りた本を返すべく、私は再び図書館へと向かった。
(あんなにたくさん借りたのに時間が有り余っているせいか、あっという間に読んでしまったわ……)
早く仕事も見つけなくちゃとは思うけれど……
そんなことを考えながら、返却手続きを終えて再び本を物色していた時だった。
「あ! ───見つけた! マルヴィナ……さん!」
「え?」
その声につられて振り返ると、そこには綺麗な銀色の髪と分厚い眼鏡の男性……間違いなく先日会ったトラヴィス様だった。
まさか、またお会いするなんて……と驚いた。
(ん? でも今、見つけた……と言わなかった?)
内心で不思議に思っていると、トラヴィス様が私の元に駆け寄って来る。
「──よかった、会えた……」
「会えた?」
「翌日からまた図書館に来て……君を探していたんだ」
「わ、たしをですか?」
トラヴィス様のその言葉に、私は内心で真っ青になる。
翌日から私を探していただなんて、これはきっと───
「も……もしかして、トラヴィス様にお勧めした資料、全然、妹さんのお役に立てなかった……のでしょうか?」
「へ?」
「申し訳ございません!」
私が頭を下げて謝ると、トラヴィス様が急に慌てだした。
「違う違う違う! 頭を上げてくれ。むしろ、その逆だよ」
「逆……?」
その言葉でおそるおそる顔を上げる。
分厚い眼鏡のせいで表情は見えないけれど、怒っている……雰囲気ではなさそうだった。
(私、早とちりしてしまった……?)
「マルヴィナさんが選んでくれた本、あの気難しいリリーベルがすごく参考になったと喜んでくれたんだ」
「あ……そう、だったんですね、よかった……」
私はホッとして微笑みを浮かべる。
それに参考になったと喜んで貰えたのなら私も嬉しい。
「それで……さ」
「はい?」
だけど、トラヴィス様はそこで何かを言いにくそうに言葉を切った。
「リリーベルには、何もかもお見通しだったみたいで、言われちゃったんだ」
「何をです?」
「にっこり微笑んで──“この本たちを選んだのはお兄様ではありませんよね?”って」
「……え!」
トラヴィス様は肩を落としながら言った。
「俺がこんな求めていたピッタリな本を選んで借りてこられるはずがない! そう言うんだよ。酷いと思わないか? それで誰の力を借りたのかって、しつこくて」
「そ、そうでしたか……」
「だから、クロムウェル王国出身の人が手伝ってくれたんだと素直に言ったら、リリーベルがその人に会いたい! そう言い出したんだ」
「え? 会いたい……ですか? 妹さんが私に?」
驚いた私が聞き返すと、トラヴィス様はコクリと頷いた。
「…………そういうわけで。マルヴィナさん……君を探していたんだ」
「は、はあ……」
状況理解が追いつかなくて、なんとも間抜けな返事になってしまう。
「もし、マルヴィナさんさえ迷惑でなければ……妹にリリーベルに会ってくれないか?」
「……」
「それに俺からもきちんと君にお礼がしたいんだ」
「トラヴィス様……」
そんな大それたことをしたわけではないのに……
でも、そこまで言われて断る理由は見つからなかったので私は頷いた。
「────今更だけど、マルヴィナさんの予定とか仕事は大丈夫なのかい?」
馬車に乗り込んで出発したところで、トラヴィス様にそう訊ねられた。
「ええ、大丈夫です」
「そうか。それならいいんだが……」
まさか、クロムウェルを追い出されて、現在は家無しの無職です! とは言いづらい。
「お気遣いありがとうございます」
「いや……」
私がお礼を言うと、なぜかトラヴィス様がじっと私のことを見た。
「……あの? 私に何か?」
「あ、不躾にすまない。実は先日、マルヴィナさんと会った時から、ずっと気になっていることがあるんだ」
「え?」
ドクンッと心臓が跳ねた。
(……まさか、トラヴィス様はクロムウェル王国での“マルヴィナ・ローウェル”を知っている……?)
いや、でもそんなはずないわ……と必死に打ち消す。
マルヴィナ・ローウェルはクロムウェル王国内では有名だったかもしれないけれど、クリフォード様とはまだ正式な婚約前だったし、さすがに国外にまで私のことは知れ渡っていないはず。
なので、ドキドキしながら私はトラヴィス様の次の言葉を待った。
「……気付いているかもしれないけれど、俺はこの国の魔術師なんだ」
「は、はい」
(やっぱり!)
思った通りだった。
私が頷くと、トラヴィス様はそのまま話を続ける。
「それで…………俺は同じように強い魔力を持った人間のことが“判る”んだ」
「!」
「そして、マルヴィナさん。君からはかなり強い魔力を感じる」
(あぁ、そういうこと……)
私はようやく理解した。
トラヴィス様が不思議に思って気になっているのは、私が“クロムウェル王国出身”だから。
この国と違ってクロムウェル王国には魔力の強い人間はあまりいないから、どういうことだ? と、不審に思っている……というわけね。
「マルヴィナさんは魔術師なのかい?」
「いいえ、違います。少し人より魔力量が多くて強いだけのただの一般人です」
私は静かに首を横に振りながらそう口にする。
「ただの一般人……? そう、なのか」
「……」
トラヴィス様はそのまま、うーんと顔を下に向けるとまた黙り込んでしまう。
「マルヴィナさんがただの一般人かどうかは、とりあえず一旦おいておくとして……僕がずっと気になっているのは」
「いるのは……なんでしょうか?」
私が聞き返すと、トラヴィス様が顔を上げた。
「マルヴィナさん、君からは今の状態でもかなり強い魔力を感じるんだけど」
「今の状態……でも?」
私は首を傾げる。よく意味が分からなかった。
そんな私にトラヴィス様は更に驚くべきことを言った。
「───本当はもっともっと君の魔力は強いはずだよ。君の魔力の大半……誰が封じているんだい?」
────と。
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