39 / 439
第一部:第四章 ラーソルバールの休暇(前編)
(一)通り雨のあとで①
しおりを挟む
(一)
入学してから早くも月が三度巡った。日数で百日程経過した頃、ようやく外泊許可のある四日間の休暇となった。
ラーソルバールは休暇の間、ミルエルシ家の領地にある唯一の村、カンフォール村へ行くと決めていた。父も了承済みで、名代として向かう事になっている。と言っても何をする訳でもなく、視察という名の遊びと言って差し支えない。
馬車も持たない家であるため、普段は村から行商に来る者の馬車に便乗して移動している。しかし今回は、事前連絡が取れていないので、村の近くを通過するような、乗り合い馬車を利用するつもりでいた。
父から渡されていた書き付けを鞄にしまい込み、僅かな食料と路銀、護身用の剣を携えて馬車の手配所へ向かう。
村の方面には定期便が無いため、新たに手配しなければならないのだが、運良く行商人一行が手配していた馬車と方向が一致しており、空きが有ったので乗せて貰えることになった。
「お嬢さんはどちらまで?」
旅装で剣を携えた姿に興味を持ったのか、商人の女性が話しかけてきた。
「親戚に会いにカンフォール村まで行きたいんです」
目的は適当にありきたりのものとして、領主の娘であることは隠しておきたい。
「あらやだ、ちゃんと顔見たら、すごい可愛い娘じゃないか」
「おだてても何も出ませんよ」
褒められて照れ笑いしながら答える。この年齢になると化粧をする娘も増えてくる。ラーソルバール自身は化粧をしようとは思わないし、屋外の訓練で日に焼けているため、その辺を気にしている町娘の方が余程綺麗だろうと思っている。
「一人で遠くまで大変だねえ。危険も有るだろうし、護衛は付いていないのかい」
「護衛を付けるほど裕福ではありませんし、自分の事は自分で何とかするつもりです」
村まで護衛を雇えば、半日以上拘束することになるので、半月分程の食費が飛んでしまう。出せない金額では無いが父にも負担がかかるので、なるべくなら節約したい。
「うちの男共も商人だけど、ごっつい体してるだろ? 頼りにしてくれていいよ」
荷物を積み込む男たちを指差す。親子のようだが、連れの男達は確かに戦士のような体躯をしていた。
「ありがとうございます。道中よろしくお願いします」
ラーソルバールは頭を下げた。
「さて荷物も積み込んだし、出発しようかね」
にこやかにそう言うと、女性は荷車に乗り込む。男性二人の様子をちらりと見ながら、ラーソルバールも後に続いた。
目的地であるカンフォール村に着くのは、夕方を予定している。
元々商人達は村に寄る予定は無かったのだが、行商と道中の補給も兼ねて宿泊する方針に変更してくれた。近くで降ろすのではなく、村まで送るという配慮なのだろう。ラーソルバールは出会いに感謝した。
少々心苦しいが「ラーソルバール・リアッテ」と家名を伏せて名乗り、商人の男二人と御者に挨拶をした。
商人達は夫婦と息子だということで、女性はメルーナ、その夫はドゥンガ、息子はワングと名乗った。メルーナには、何年かしたら息子の嫁になってくれと、本気とも冗談ともつかぬことを言われて困ったが、考えておきますと答えて逃げた。
「そういや、カンフォール村の特産品って何だい?」
メルーナが商人の顔になったので、ラーソルバールはホッとした。男二人が何となく残念そうにしている気がしたが、見えていない振りをする。
「麻と芋ですね。あとは茶葉です。いずれも日持ちがするので、行商には向いていると思います。あとは麻を使った織物が女性の仕事のひとつになっています」
すんなりと答えた事に、メルーナは一瞬驚いたような顔をしたが、そこは商人。商売になると踏んだのだろう、嬉しそうな表情を浮かべた。
村の特産品は、ラーソルバールが王都への持ち運びの問題や近隣に無い物、不作による食糧難の対策などを兼ねて良いものが無いかと、父と思案して選定した結果だ。それが今に繋がっている。無論、それが村人の苦労が有ってこそだという事は、理解している。
領主の娘として少しでも村の役に立てたら良い、皆が笑顔になってくれたら嬉しい、願いにも似た思いがあった。
入学してから早くも月が三度巡った。日数で百日程経過した頃、ようやく外泊許可のある四日間の休暇となった。
ラーソルバールは休暇の間、ミルエルシ家の領地にある唯一の村、カンフォール村へ行くと決めていた。父も了承済みで、名代として向かう事になっている。と言っても何をする訳でもなく、視察という名の遊びと言って差し支えない。
馬車も持たない家であるため、普段は村から行商に来る者の馬車に便乗して移動している。しかし今回は、事前連絡が取れていないので、村の近くを通過するような、乗り合い馬車を利用するつもりでいた。
父から渡されていた書き付けを鞄にしまい込み、僅かな食料と路銀、護身用の剣を携えて馬車の手配所へ向かう。
村の方面には定期便が無いため、新たに手配しなければならないのだが、運良く行商人一行が手配していた馬車と方向が一致しており、空きが有ったので乗せて貰えることになった。
「お嬢さんはどちらまで?」
旅装で剣を携えた姿に興味を持ったのか、商人の女性が話しかけてきた。
「親戚に会いにカンフォール村まで行きたいんです」
目的は適当にありきたりのものとして、領主の娘であることは隠しておきたい。
「あらやだ、ちゃんと顔見たら、すごい可愛い娘じゃないか」
「おだてても何も出ませんよ」
褒められて照れ笑いしながら答える。この年齢になると化粧をする娘も増えてくる。ラーソルバール自身は化粧をしようとは思わないし、屋外の訓練で日に焼けているため、その辺を気にしている町娘の方が余程綺麗だろうと思っている。
「一人で遠くまで大変だねえ。危険も有るだろうし、護衛は付いていないのかい」
「護衛を付けるほど裕福ではありませんし、自分の事は自分で何とかするつもりです」
村まで護衛を雇えば、半日以上拘束することになるので、半月分程の食費が飛んでしまう。出せない金額では無いが父にも負担がかかるので、なるべくなら節約したい。
「うちの男共も商人だけど、ごっつい体してるだろ? 頼りにしてくれていいよ」
荷物を積み込む男たちを指差す。親子のようだが、連れの男達は確かに戦士のような体躯をしていた。
「ありがとうございます。道中よろしくお願いします」
ラーソルバールは頭を下げた。
「さて荷物も積み込んだし、出発しようかね」
にこやかにそう言うと、女性は荷車に乗り込む。男性二人の様子をちらりと見ながら、ラーソルバールも後に続いた。
目的地であるカンフォール村に着くのは、夕方を予定している。
元々商人達は村に寄る予定は無かったのだが、行商と道中の補給も兼ねて宿泊する方針に変更してくれた。近くで降ろすのではなく、村まで送るという配慮なのだろう。ラーソルバールは出会いに感謝した。
少々心苦しいが「ラーソルバール・リアッテ」と家名を伏せて名乗り、商人の男二人と御者に挨拶をした。
商人達は夫婦と息子だということで、女性はメルーナ、その夫はドゥンガ、息子はワングと名乗った。メルーナには、何年かしたら息子の嫁になってくれと、本気とも冗談ともつかぬことを言われて困ったが、考えておきますと答えて逃げた。
「そういや、カンフォール村の特産品って何だい?」
メルーナが商人の顔になったので、ラーソルバールはホッとした。男二人が何となく残念そうにしている気がしたが、見えていない振りをする。
「麻と芋ですね。あとは茶葉です。いずれも日持ちがするので、行商には向いていると思います。あとは麻を使った織物が女性の仕事のひとつになっています」
すんなりと答えた事に、メルーナは一瞬驚いたような顔をしたが、そこは商人。商売になると踏んだのだろう、嬉しそうな表情を浮かべた。
村の特産品は、ラーソルバールが王都への持ち運びの問題や近隣に無い物、不作による食糧難の対策などを兼ねて良いものが無いかと、父と思案して選定した結果だ。それが今に繋がっている。無論、それが村人の苦労が有ってこそだという事は、理解している。
領主の娘として少しでも村の役に立てたら良い、皆が笑顔になってくれたら嬉しい、願いにも似た思いがあった。
0
あなたにおすすめの小説
ボンクラ王子の側近を任されました
里見知美
ファンタジー
「任されてくれるな?」
王宮にある宰相の執務室で、俺は頭を下げたまま脂汗を流していた。
人の良い弟である現国王を煽てあげ国の頂点へと導き出し、王国騎士団も魔術師団も視線一つで操ると噂の恐ろしい影の実力者。
そんな人に呼び出され開口一番、シンファエル殿下の側近になれと言われた。
義妹が婚約破棄を叩きつけた相手である。
王子16歳、俺26歳。側近てのは、年の近い家格のしっかりしたヤツがなるんじゃねえの?
出来損ないと追放された俺、神様から貰った『絶対農域』スキルで農業始めたら、奇跡の作物が育ちすぎて聖女様や女騎士、王族まで押しかけてきた
黒崎隼人
ファンタジー
★☆★完結保証★☆☆
毎日朝7時更新!
「お前のような魔力無しの出来損ないは、もはや我が家の者ではない!」
過労死した俺が転生したのは、魔力が全ての貴族社会で『出来損ない』と蔑まれる三男、カイ。実家から追放され、与えられたのは魔物も寄り付かない不毛の荒れ地だった。
絶望の淵で手にしたのは、神様からの贈り物『絶対農域(ゴッド・フィールド)』というチートスキル! どんな作物も一瞬で育ち、その実は奇跡の効果を発揮する!?
伝説のもふもふ聖獣を相棒に、気ままな農業スローライフを始めようとしただけなのに…「このトマト、聖水以上の治癒効果が!?」「彼の作る小麦を食べたらレベルが上がった!」なんて噂が広まって、聖女様や女騎士、果ては王族までが俺の畑に押しかけてきて――!?
追放した実家が手のひらを返してきても、もう遅い! 最強農業スキルで辺境から世界を救う!? 爽快成り上がりファンタジー、ここに開幕!
婚約破棄された人たらし悪役令嬢ですが、 最強で過保護な兄たちと義姉に溺愛されています
由香
ファンタジー
婚約破棄のその日、
悪役令嬢リリアーナは――弁明すら、しなかった。
王太子と“聖女”に断罪され、すべてを失った彼女。
だがその裏で、王国最強と名高い三人の兄と、
冷静沈着な義姉が、静かに動き始めていた。
再検証によって暴かれる“聖女の嘘”。
広場で語られる真実。
そして、無自覚に人を惹きつけてしまう
リリアーナの優しさが、次々と味方を増やしていく――。
これは、
悪役令嬢として断罪された少女が、
「誰かの物語の脇役」ではなく、
自分自身の人生を取り戻す物語。
過保護すぎる兄たちと義姉に溺愛されながら、
彼女は静かに、そして確実に幸せへ向かっていく。
婚約破棄は構いませんが、私が管理していたものは全て引き上げます 〜成金伯爵家令嬢は、もう都合のいい婚約者ではありません〜
藤原遊
ファンタジー
成金と揶揄される伯爵家の令嬢である私は、
名門だが実情はジリ貧な公爵家の令息と婚約していた。
公爵家の財政管理、契約、商会との折衝――
そのすべてを私が担っていたにもかかわらず、
彼は隣国の王女と結ばれることになったと言い出す。
「まあ素敵。では、私たちは円満に婚約解消ですね」
そう思っていたのに、返ってきたのは
「婚約破棄だ。君の不出来が原因だ」という言葉だった。
……はぁ?
有責で婚約破棄されるのなら、
私が“善意で管理していたもの”を引き上げるのは当然でしょう。
資金も、契約も、人脈も――すべて。
成金伯爵家令嬢は、
もう都合のいい婚約者ではありません。
異世界スローライフ希望なのに、女神の過保護が止まらない
葉泪秋
ファンタジー
HOTランキング1位感謝です!(2/3)
「小説家になろう」日間ランキング最高11位!(ハイファンタジー)
ブラック企業で過労死した俺、佐久間遼。
神様に願ったのは、ただ「異世界で、畑でも耕しながらのんびり暮らしたい」ということだけ。
そうして手に入れた、辺境の村での穏やかな日々。現状に満足し、今度こそは平穏なスローライフを……と思っていたのだが、俺の妙なスキルと前世の社畜根性が、そうはさせない。
ふとした善意で枯れた井戸を直したことから、堅物の騎士団長やら、過保護な女神やらに目をつけられることになる。
早く穏やかに暮らしたい。
俺は今日も、規格外に育った野菜を手に、皆の姿を眺めている。
【毎日18:00更新】
※表紙画像はAIを使用しています
【完結】辺境伯の溺愛が重すぎます~追放された薬師見習いは、領主様に囲われています~
深山きらら
恋愛
王都の薬師ギルドで見習いとして働いていたアディは、先輩の陰謀により濡れ衣を着せられ追放される。絶望の中、辺境の森で魔獣に襲われた彼女を救ったのは、「氷の辺境伯」と呼ばれるルーファスだった。彼女の才能を見抜いたルーファスは、アディを専属薬師として雇用する。
転生幼子は生きのびたい
えぞぎんぎつね
ファンタジー
大貴族の次男として生まれたノエルは、生後八か月で誘拐されて、凶悪な魔物が跋扈する死の山に捨てられてしまった。
だが、ノエルには前世の記憶がある。それに優れた魔法の才能も。
神獣の猫シルヴァに拾われたノエルは、親を亡くした赤ちゃんの聖獣犬と一緒に、神獣のお乳を飲んで大きくなる。
たくましく育ったノエルはでかい赤ちゃん犬と一緒に、元気に楽しく暮らしていくのだった。
一方、ノエルの生存を信じている両親はノエルを救出するために様々な手段を講じていくのだった。
※ネオページ、カクヨムにも掲載しています
疲れきった退職前女教師がある日突然、異世界のどうしようもない貴族令嬢に転生。こっちの世界でも子供たちの幸せは第一優先です!
ミミリン
恋愛
小学校教師として長年勤めた独身の皐月(さつき)。
退職間近で突然異世界に転生してしまった。転生先では醜いどうしようもない貴族令嬢リリア・アルバになっていた!
私を陥れようとする兄から逃れ、
不器用な大人たちに助けられ、少しずつ現世とのギャップを埋め合わせる。
逃れた先で出会った訳ありの美青年は何かとからかってくるけど、気がついたら成長して私を支えてくれる大切な男性になっていた。こ、これは恋?
異世界で繰り広げられるそれぞれの奮闘ストーリー。
この世界で新たに自分の人生を切り開けるか!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる