133 / 439
第一部:第十一章 エラゼルとラーソルバール(後編)
(四)素顔のエラゼル①
しおりを挟む
(四)
人の流れは二年生の決勝戦へと向いている。
ラーソルバールはそれとは逆の方に向かって歩を進める。二年生の決勝は必ずアルディスが勝つと信じている。見るまでもない。今は少し一人になりたかった。
日当たりの良いベンチの近くへやって来た時だった。
「ラーソルバール・ミルエルシ! 待ちなさい、……いや……、待ってください!」
エラゼルの呼びかけに、ラーソルバールは足を止めた。
いつもの彼女と違う言葉が気になった。
彼女は駆け寄ってくると足を止め、ラーソルバールの顔を見つめる。
「負けました。完敗です」
エラゼルは何かから解放されたような穏やかな顔で、ラーソルバールに頭を下げた。そんな彼女の姿を、ラーソルバールは初めて見た。
「ど、どうしたの?」
普段と違う雰囲気に慌てるラーソルバールに対し、エラゼルは落ち着いていた。
「貴女の強さはお金や権力で手に入れたものでも、神に特別に与えられたものでもない、自身の努力の積み重ねによって得たという事を、私は知っている。だからこそ私は、貴女を尊敬しているし、目標として追いかけてきた」
優しい顔をして、ラーソルバールを見つめるエラゼル。
いつもの厳しい顔も美しいのだが、この時の顔は同姓でも魅入られてしまう程、美しく見えた。
「……愚痴になりますが、聞いてくれますか?」
「……うん」
どう接して良いのか分からず、少々戸惑うラーソルバール。
しかし、自分を見つめる目が真っ直ぐな事に気付くと、落ち着かなければいけないと感じた。
「私はデラネトゥス家の者として『人々を導く者として相応しい力を持て』と言われ続けて来ました。三女である私にも過大な期待が寄せられ、学問でも武芸でも学校とは別に家庭でも教師をつけられ、更に自分でも学んできました。何かで負けたら次は取り返す。自分を隠してでも、強く気高く振る舞う。それが当たり前でした」
淡々と語るエラゼル。
慰めのような言葉を、今のエラゼルが必要としないという事は分かっている。
それでも、彼女が頑張っていた事を知っている。知っていた人間がいたと分かって欲しい。
「うん、エラゼルが常に努力してたのは、他の誰よりも分かっているつもりだよ。それが誰にも真似出来るものじゃ無いって事も」
ラーソルバールの言葉に、エラゼルの瞳から涙がこぼれた。
「それでも、思うままにならないことに苛立ちは募り……、他人に当たり散らしても、心は晴れることはありませんでした…」
だからいつも少し悲しそうにしていたのか、と得心がいった。名家の重圧がずっと彼女を苦しめ続けていた事を、ラーソルバールは分かっているつもりで、分かっていなかったのかもしれない。
ちゃんと友人として近くに居たら、その苦しみを和らげることができただろうか。
「何にでも勝ち、誰からも遅れを取らない、それが私に課せられたものと思い、必死にやってきました。そして、貴女というひとつの壁にあたった。しかし……何としても勝たなければいけない、家名を汚す訳にはいかないと……」
エラゼルは拳を握り締め、必死に言葉を紡ぐ。
自分は、エラゼルにとって害悪な存在でしかなかったのだろうか。ラーソルバールは自問する。
「幼年学校を出てからは、良い目標だと思う事にしました。日々訓練し、学び……」
エラゼルの頬を涙が伝う。
「埋められない差かもしれないと思いつつも、勝ちたいと思って今までやって来ました。……けれど……今日貴女と戦って、負けてしまった。結局、貴女には敵わなかった」
自嘲するような言葉とは裏腹に、エラゼルは晴れやかな笑顔を浮かべた。
「努力しても越えられない壁が有ると気付かされ、スッキリしました」
純粋な笑顔を見て、ようやくラーソルバールの心にあった重しが取れた気がした。
人の流れは二年生の決勝戦へと向いている。
ラーソルバールはそれとは逆の方に向かって歩を進める。二年生の決勝は必ずアルディスが勝つと信じている。見るまでもない。今は少し一人になりたかった。
日当たりの良いベンチの近くへやって来た時だった。
「ラーソルバール・ミルエルシ! 待ちなさい、……いや……、待ってください!」
エラゼルの呼びかけに、ラーソルバールは足を止めた。
いつもの彼女と違う言葉が気になった。
彼女は駆け寄ってくると足を止め、ラーソルバールの顔を見つめる。
「負けました。完敗です」
エラゼルは何かから解放されたような穏やかな顔で、ラーソルバールに頭を下げた。そんな彼女の姿を、ラーソルバールは初めて見た。
「ど、どうしたの?」
普段と違う雰囲気に慌てるラーソルバールに対し、エラゼルは落ち着いていた。
「貴女の強さはお金や権力で手に入れたものでも、神に特別に与えられたものでもない、自身の努力の積み重ねによって得たという事を、私は知っている。だからこそ私は、貴女を尊敬しているし、目標として追いかけてきた」
優しい顔をして、ラーソルバールを見つめるエラゼル。
いつもの厳しい顔も美しいのだが、この時の顔は同姓でも魅入られてしまう程、美しく見えた。
「……愚痴になりますが、聞いてくれますか?」
「……うん」
どう接して良いのか分からず、少々戸惑うラーソルバール。
しかし、自分を見つめる目が真っ直ぐな事に気付くと、落ち着かなければいけないと感じた。
「私はデラネトゥス家の者として『人々を導く者として相応しい力を持て』と言われ続けて来ました。三女である私にも過大な期待が寄せられ、学問でも武芸でも学校とは別に家庭でも教師をつけられ、更に自分でも学んできました。何かで負けたら次は取り返す。自分を隠してでも、強く気高く振る舞う。それが当たり前でした」
淡々と語るエラゼル。
慰めのような言葉を、今のエラゼルが必要としないという事は分かっている。
それでも、彼女が頑張っていた事を知っている。知っていた人間がいたと分かって欲しい。
「うん、エラゼルが常に努力してたのは、他の誰よりも分かっているつもりだよ。それが誰にも真似出来るものじゃ無いって事も」
ラーソルバールの言葉に、エラゼルの瞳から涙がこぼれた。
「それでも、思うままにならないことに苛立ちは募り……、他人に当たり散らしても、心は晴れることはありませんでした…」
だからいつも少し悲しそうにしていたのか、と得心がいった。名家の重圧がずっと彼女を苦しめ続けていた事を、ラーソルバールは分かっているつもりで、分かっていなかったのかもしれない。
ちゃんと友人として近くに居たら、その苦しみを和らげることができただろうか。
「何にでも勝ち、誰からも遅れを取らない、それが私に課せられたものと思い、必死にやってきました。そして、貴女というひとつの壁にあたった。しかし……何としても勝たなければいけない、家名を汚す訳にはいかないと……」
エラゼルは拳を握り締め、必死に言葉を紡ぐ。
自分は、エラゼルにとって害悪な存在でしかなかったのだろうか。ラーソルバールは自問する。
「幼年学校を出てからは、良い目標だと思う事にしました。日々訓練し、学び……」
エラゼルの頬を涙が伝う。
「埋められない差かもしれないと思いつつも、勝ちたいと思って今までやって来ました。……けれど……今日貴女と戦って、負けてしまった。結局、貴女には敵わなかった」
自嘲するような言葉とは裏腹に、エラゼルは晴れやかな笑顔を浮かべた。
「努力しても越えられない壁が有ると気付かされ、スッキリしました」
純粋な笑顔を見て、ようやくラーソルバールの心にあった重しが取れた気がした。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】追放された子爵令嬢は実力で這い上がる〜家に帰ってこい?いえ、そんなのお断りです〜
Nekoyama
ファンタジー
魔法が優れた強い者が家督を継ぐ。そんな実力主義の子爵家の養女に入って4年、マリーナは魔法もマナーも勉学も頑張り、貴族令嬢にふさわしい教養を身に付けた。来年に魔法学園への入学をひかえ、期待に胸を膨らませていた矢先、家を追放されてしまう。放り出されたマリーナは怒りを胸に立ち上がり、幸せを掴んでいく。
追放された悪役令嬢、農業チートと“もふもふ”で国を救い、いつの間にか騎士団長と宰相に溺愛されていました
黒崎隼人
ファンタジー
公爵令嬢のエリナは、婚約者である第一王子から「とんでもない悪役令嬢だ!」と罵られ、婚約破棄されてしまう。しかも、見知らぬ辺境の地に追放されることに。
絶望の淵に立たされたエリナだったが、彼女には誰にも知られていない秘密のスキルがあった。それは、植物を育て、その成長を何倍にも加速させる規格外の「農業チート」!
畑を耕し、作物を育て始めたエリナの周りには、なぜか不思議な生き物たちが集まってきて……。もふもふな魔物たちに囲まれ、マイペースに農業に勤しむエリナ。
はじめは彼女を蔑んでいた辺境の人々も、彼女が作る美味しくて不思議な作物に魅了されていく。そして、彼女を追放したはずの元婚約者や、彼女の力を狙う者たちも現れて……。
これは、追放された悪役令嬢が、農業の力と少しのもふもふに助けられ、世界の常識をひっくり返していく、痛快でハートフルな成り上がりストーリー!
転生皇女セラフィナ
秋月真鳥
恋愛
公爵家のメイド・クラリッサは、幼い主君アルベルトを庇って十五歳で命を落とした。
目覚めたとき、彼女は皇女セラフィナとして生まれ変わっていた——死の、わずか翌日に。
赤ん坊の身体に十五歳の記憶を持ったまま、セラフィナは新しい人生を歩み始める。
皇帝に溺愛され、優しい母に抱かれ、兄に慈しまれる日々。
前世で冷遇されていた彼女にとって、家族の愛は眩しすぎるほどだった。
しかし、セラフィナの心は前世の主・アルベルトへの想いに揺れ続ける。
一歳のお披露目で再会した彼は、痩せ細り、クラリッサの死を今も引きずっていた。
「わたしは生涯結婚もしなければ子どもを持つこともない。わたしにはそんな幸福は許されない」
そう語るアルベルトの姿に、セラフィナは決意する。
言葉も満足に話せない。自由に動くこともできない。前世の記憶を明かすこともできない。
それでも、彼を救いたい。彼に幸せになってほしい。
転生した皇女が、小さな身体で挑む、長い長い物語が始まる。
※ノベルアップ+、小説家になろうでも掲載しています。
【完結】奇跡のおくすり~追放された薬師、実は王家の隠し子でした~
いっぺいちゃん
ファンタジー
薬草と静かな生活をこよなく愛する少女、レイナ=リーフィア。
地味で目立たぬ薬師だった彼女は、ある日貴族の陰謀で“冤罪”を着せられ、王都の冒険者ギルドを追放されてしまう。
「――もう、草とだけ暮らせればいい」
絶望の果てにたどり着いた辺境の村で、レイナはひっそりと薬を作り始める。だが、彼女の薬はどんな難病さえ癒す“奇跡の薬”だった。
やがて重病の王子を治したことで、彼女の正体が王家の“隠し子”だと判明し、王都からの使者が訪れる――
「あなたの薬に、国を救ってほしい」
導かれるように再び王都へと向かうレイナ。
医療改革を志し、“薬師局”を創設して仲間たちと共に奔走する日々が始まる。
薬草にしか心を開けなかった少女が、やがて王国の未来を変える――
これは、一人の“草オタク”薬師が紡ぐ、やさしくてまっすぐな奇跡の物語。
※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。
金喰い虫ですって!? 婚約破棄&追放された用済み聖女は、実は妖精の愛し子でした ~田舎に帰って妖精さんたちと幸せに暮らします~
アトハ
ファンタジー
「貴様はもう用済みだ。『聖女』などという迷信に踊らされて大損だった。どこへでも行くが良い」
突然の宣告で、国外追放。国のため、必死で毎日祈りを捧げたのに、その仕打ちはあんまりでではありませんか!
魔法技術が進んだ今、妖精への祈りという不確かな力を行使する聖女は国にとっての『金喰い虫』とのことですが。
「これから大災厄が来るのにね~」
「ばかな国だね~。自ら聖女様を手放そうなんて~」
妖精の声が聞こえる私は、知っています。
この国には、間もなく前代未聞の災厄が訪れるということを。
もう国のことなんて知りません。
追放したのはそっちです!
故郷に戻ってゆっくりさせてもらいますからね!
※ 他の小説サイト様にも投稿しています
白い結婚を言い渡されたお飾り妻ですが、ダンジョン攻略に励んでいます
時岡継美
ファンタジー
初夜に旦那様から「白い結婚」を言い渡され、お飾り妻としての生活が始まったヴィクトリアのライフワークはなんとダンジョンの攻略だった。
侯爵夫人として最低限の仕事をする傍ら、旦那様にも使用人たちにも内緒でダンジョンのラスボス戦に向けて準備を進めている。
しかし実は旦那様にも何やら秘密があるようで……?
他サイトでは「お飾り妻の趣味はダンジョン攻略です」のタイトルで公開している作品を加筆修正しております。
誤字脱字報告ありがとうございます!
伯爵家の三男に転生しました。風属性と回復属性で成り上がります
竹桜
ファンタジー
武田健人は、消防士として、風力発電所の事故に駆けつけ、救助活動をしている途中に、上から瓦礫が降ってきて、それに踏み潰されてしまった。次に、目が覚めると真っ白な空間にいた。そして、神と名乗る男が出てきて、ほとんど説明がないまま異世界転生をしてしまう。
転生してから、ステータスを見てみると、風属性と回復属性だけ適性が10もあった。この世界では、5が最大と言われていた。俺の異世界転生は、どうなってしまうんだ。
異世界と地球がダンジョンで繋がった ー異世界転移者の私ー
白木夏
ファンタジー
2040年の初春、突如として地球上の主要都市に謎のダンジョンが出現した。
その特異性は明らかで、人口密集地を中心に出現し、未開の地には一切現れないという法則性を帯びていた。
人々は恐怖に震えつつも、未知なる存在に対する好奇心を抑えきれなかった。
異世界転移した最強の主人公のほのぼのライフ
主人公はあまり戦ったりはしません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる