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第一部:第十一章 エラゼルとラーソルバール(後編)

(三)激突③

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(見えなかった……)
 ラーソルバールが本気を出したのは、最後の一撃だけだったに違いない。
 エラゼルには何となく、それが分かった。
 剣が音を立てて地面に落ちた時、エラゼルの再戦は終わった。
 とん、とエラゼルの頭に剣が軽く触れると、審判員は手を上げた。
「勝者、ラーソルバール・ミルエルシ!」
 宣言と共に、観衆から大きな拍手と、大きな声援が飛んだ。
 勝者であるラーソルバールだけではなく、エラゼルへも惜しみない拍手と声援が飛ぶ。
 誰が見ても、良い試合にだったのだろう。
 力が抜け、うな垂れ掛けていたエラゼルだったが、周囲の声に気付くと、応じるように手を振った。
 気恥ずかしそうに、はにかみながら声援に応える姿は、気高い公爵家の令嬢ではなく、一人の少女そのものだった。
「見て、エラゼルさんが手を振ってる!」
 シェラが驚いたように声を上げた。
「違う世界が見えた……ということか」
 僅かだが話す機会があった相手の姿に、フォルテシアは何かを感じ取ったのだろう。
 人は何かを経験して少し変われる。彼女のように、自分も変わる事ができるだろうか。
 シェラが見透かしたように、フォルテシアを見つめ、微笑んだ。

 試合の決着を傍観していた騎士団長達は、試合直後は会場とは違い、沈黙していた。
「最後の何だい、アレ……」
 呆れたようにジャハネートが乾いた笑いを浮かべた。
 しばらくの沈黙の後、ようやく捻り出した言葉だった。
「あれは本気だな。というか、あんなの誰が処理できるんだ?」
 試合直後は口を開けて呆然としていたランドルフだったが、ジャハネートの声で我に返ったようだ。
「多分、あれは死角から飛び出してきているし、あの速度だ。本当の戦いなら、最低でも手首は落とされる」
 冷静に見ていたシジャードが、表情を変えずに答える。
 シジャードにしてみれば「知人の娘」の勝利だけに、少しは喜びたいところでは有るが、軍務大臣のも同席してるので、あまり目立つような事は避けたかった。
「確かに、あれが手首を狙ったものなら間違いなく持っていかれるな。それにアレが出来るのなら、どんな相手の首だろうと落とせる気がするがな」
 今まで沈黙していたサンドワーズが口を開いた。
「よせやい、アンタがそんな事を言うと冗談に聞こえないじゃないかぃ……」
 ジャハネートが引きつったような顔でサンドワーズを見る。
「冗談を言った覚えは無い」
 きっぱりと言い切った。
 サンドワースが冗談を言うことはあまり無い。時折、本人が冗談のつもりで言った言葉が、冗談に聞こえないなどという、センスの無さにも起因している。
「はは……、で『ご褒美』とやらは、誰が行くんだい?」
 皆が、ランドルフの顔を見た。

 試合が終わったのを見計らって、ドートス校長が試合場に上がってきた。
「おめでとうございます、ミルエルシさん。賞品は後程お渡ししますが、優勝の『ご褒美』は選べます。一つ目は騎士団長のどなたかとの対戦、二つ目は学校内での何かしら要望の許可。どうされますか」
 祝辞と用件を合わせて、催促するように聞いてきた。
 元々気の短い人なのだろう。
「ありがとうございます。え……と……ご褒美と言われましても…。私は入学式の折に、ランドルフ様と剣を交えさせて頂きましたので、そちらは結構です。二つ目の方にしたいのですが、内容は決めかねます」
「では、後程、担任にでも伝えてください」
 校長は笑顔で挨拶をすると、エラゼルに向き直った。
「デラネトゥスさんもお疲れ様でした。良い試合でしたよ。あなたも楽しそうで何よりでした」
 そう言われてエラゼルは僅かに微笑んだ。自分は楽しそうに見えたのか、と。
「では、お二人とも、後で表彰式がありますので、またこちらへ戻って来てください」
 二人と握手をすると、校長はそそくさと試合場から降りていった。
「慌しい人だなあ……」
 ラーソルバールはそう呟くと、ゆっくりと試合場を下りた。
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