聖と魔の名を持つ者 ~その娘、聖女か魔女か。剣を手にした令嬢は、やがて国家最強の守護者となる~

草沢一臨

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第二部:第二十一章 帝国を歩く

(四)小さな始まり②

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「すみません! 考え事をしていたもので!」
「ああ……いや、こちらも注意していなかったのが悪いんだ。申し訳ない!」
 互いに謝りながら立ち上がる。
 頭を下げた後、ラーソルバールは慌てて散らばった荷物を拾い集める。相手の人物も荷物を拾うのを手伝おうと腰を屈めて手を伸ばす。
「野営用の調理道具とフォークやナイフ?」
「ええ……、そうです」
 不思議そうに尋ねるのは、ラーソルバールと大して年の変わらない青年だった。
 窓から漏れる明かりで、黒に近い濃茶の髪と、端整な顔立ちが映し出される。その横顔を見てラーソルバールは一瞬、手を止めた。

「はい、多分これで全部」
「あ、……ありがとうございます」
 急いで手元にあったナイフを拾い上げると、青年が拾い集めた物を受け取る。
「君は冒険者か何か……なのかい?」
「え、あ、はい。一応……」
「どうかした? どこか怪我でもしたかい?」
 青年は口ごもるラーソルバールを不思議そうに見る。
「……ええ、多分大丈夫です」
「そうか、それならば良かった」
 安心したように、笑顔を浮かべた。
「貴方は大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫だよ。冒険者とは言え、夜道は危険だから送っていくよ。君の……」
 近くの店の扉が開き、暗がりに居たラーソルバールが光を纏う。その姿に、青年は言葉を止めた。
「……何か?」
 青年の様子を見て、今度はラーソルバールが聞き返す。
「あ、いや、その……」
 明らかに動揺する姿を見て、ラーソルバールはくすりと笑う。
「その……余りにも綺麗な人だったもので……」
「……え?」
 意外な言葉に動揺する。
 同性に褒められる事は有ったが、男性から面と向かって言われた事は殆ど無く、慣れて居なかった。
 過去の事例、もちろんウォルスター王子の言葉など世辞だろうし、相手が相手だけに緊張してそれどころではなかった。また、社交界で寄ってきた人々の言葉も、社交辞令だと思って聞き流している。
「砂埃にまみれていて、化粧もしていません。冗談は止めてください」
「あ、世辞や冗談のつもりは無いんだが……」
 青年は照れ臭そうに頭を掻いた。
 その所作ひとつからも、彼がただの優男ではないという事は分かる。ただ、このまま一緒に居たら……。この場を離れよう、そう決めた。

「では、失礼します」
 ラーソルバールは何かを誤魔化すように、頭を下げる。その勢いでこぼれそうになる荷物を慌てて戻すと、逃げるように宿への道を歩き出す。
「ああ、待った! 左肘から血が出ている」
「え? ああ、大丈夫です」
 荷物を持っているので、肘を確認できない。痛みはあったが、打っただけだと思っていたので、気にもしていなかった。
「ちょっと荷物を置いて、袖をまくって」
 ラーソルバールは振り返らずに荷物を置き、袖をまくる。確かに肘の辺りの服に血が滲んでいた。
「そのまま、動かないで」
「あ……これぐらいなら、仲間に治して貰えます」
「じゃあこれが終わって、戻ってからそうすればいい」
 そう言いつつ、青年は無詠唱で魔法を完成させ、掌に少しだけ水を生み出して肘の傷口を洗う。それが終わると、懐から取り出したハンカチで肘を押さえるように巻き、軽く縛った。
「これは洗ってから使ってないやつだから、大丈夫だよ。このまま返さなくてもいいからね」
「……色々申し訳有りません」
「いや、こっちも悪いんだから、気にしないで。はい、荷物」
「ありがとうございます」
 ラーソルバールは礼を述べると、そそくさとその場から離れるように歩き出す。今、自分の中で整理がつかないものが渦巻いている。その事実から逃げようとしているだけだと、自覚はしている。
「送っていこうか?」
「いえ、大丈夫です!」
 青年の声に少しだけ振り返ると、微笑んで会釈をし、ラーソルバールは暗闇に紛れた。
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