聖と魔の名を持つ者 ~その娘、聖女か魔女か。剣を手にした令嬢は、やがて国家最強の守護者となる~

草沢一臨

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第二部:第二十一章 帝国を歩く

(四)小さな始まり①

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(四)

 オリアネータに別れを告げた後、馬車は順調に西へと進む。そして二度の休息を挟み、夕方には常闇の森に程近い街、ガラルドシアに到着した。
 ガラルドシアはルクスフォール伯爵領であり、伯爵の邸宅も街の中に有ると聞いている。常闇の森調査という任務遂行のためには、とにかく伯爵の承諾を得る必要が有るのだが……。
「面会って、直接行ったら会ってくれるかな?」
「何処の者とも知らぬ人間に面会を求められて、はい分かりましたと会ってくれる訳が無かろう?」
 エラゼルはそう言って笑った。
 フェスバルハ伯爵の際は、知己の娘であるという前提があっての事。今回はどうしたら良いものか。
「伝手を得るしかないな。ここのギルドか御用商人か。まあ、宿を決めたら、情報を仕入れつつ、飯を食いながら考えるとしようや」
 悩むラーソルバールを余所に、モルアールは意外にゆったりと構えている。
「何か考えがあるということ?」
 フォルテシアは気になって聞かずには居られなかったようだ。
「何も無いよ。こういうときは案外、幸運が降ってきたりするもんさ」
 モルアールらしい、当ての無い言葉にフォルテシアは苦笑するしかなかった。

 乗合馬車は予定通り一旦ここで終了となるので、降車所に到着すると御者にここまでの礼を述べて別れた。
 周囲を見回し、看板を見る。主要路らしく多くの店が並んでいるが、近くに宿らしいものが見つからず、荷物を担いで宿を探す事にする。
「とりあえず、ここを拠点にできるかどうかは、領主次第なんだが、どんな人物なんだろうな?」
 左右を見ながら、ガイザが呟く。
「街を見る限りは、悪く無い感じがするけどね。宿や、食堂、そこらの店で聞き込まないと分からないけどね。そのうち、もしかしたら糸口もみつかるかもしれないよ」
 同じようにきょろきょろしながら、シェラが答える。二人の姿は、まさに知らない場所にやって来た外部の人間そのものだった。
「もう少し、落ち着いて探す方がいい」
 ゆったりと、諭すようにフォルテシアが言う。
 あなたは落ち着きすぎだよ。ラーソルバールは思ったが、口にしなかった。

 程無くして宿を見つけたが、空き部屋が足らず例の如く三部屋となってしまった。
「聞き込みも兼ねて出かけますか!」と、意気込んで出かけたものの、食堂では大した情報も得られず、ランタン油などの消耗品の買足しでも同様だった。
 分かった事は、ここの領主は住民の評判は良いという事、領主は病に伏せっている、という事だけだった。
「モルアールの言う事はいい加減だ」
 無表情でフォルテシアが言い放つ。怒っているのかと焦ったモルアールだったが、シェラが笑っているのを見てそうでは無いらしいと悟った。
 まだフォルテシアの性格を掴みきれていないということだろう、横で見ていたラーソルバールは思わず笑いそうになった。
 ふと視線を上げると、暗闇の中、光に照らされた看板が見えた。
「あ、そうだ。野営用の調理道具の不足分、買うの忘れてた! みんな、先に帰ってて」
「ならば、私も荷物を持とうか?」
「ああ、いいよ、私だけで」
 エラゼルの申し出を断り、小走りで街路を行くと、看板が見えていた店に駆け込む。
「まだやってますか?」
 店じまいをしようとしていた店主の手を止めさせて、慌てて品物を選ぶ。情報収集も兼ねて話を聞きつつ買い物をしたが、ここでもやはり大した話を聞くことができなかった。

 店を出ると、夜空を見上げてため息をついた。
「うーん、明日からどうしよう。ギルドに行けばいいのかなあ。でも、シルネラと帝国のギルドって繋がってるのかな?」
 荷物を抱え、考え事をしながら夜道を歩く。
「あとは大手商会かなあ。それはそれで門前払いされそうだしなぁ……って、きゃあ!」
 曲がり角で誰かとぶつかり、バランスを崩して尻餅をついてしまった。持っていた荷物が音を立てて散らばる。
 普段であれば気配に気付き、他人とぶつかる事など無いのだが、この時ばかりは頭が一杯で全く周囲に注意を払っていなかった事が災いした。
「いてて……」
 暗闇の向こうから声がした。
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