聖と魔の名を持つ者 ~その娘、聖女か魔女か。剣を手にした令嬢は、やがて国家最強の守護者となる~

草沢一臨

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第二部:第二十二章 暗き森への誘い

(三)闇の産物③

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「思っていたよりも、怪物どもと遭遇する機会が無いな」
 エラゼルがそう言って大仰に首を傾げる。隣を歩くラーソルバールが暗い顔をしているのを見かねたのだろう。
「うん、良い事だね……」
「ただ、この森が生む陰湿な波動は、人の心の闇を増大させかねない。一度、空が見える場所に出たほうが良いな」
 エラゼルは右手をラーソルバールの頭に乗せ、優しく撫でる。
「ん?」
 驚いてエラゼルを見やると、その微笑みに目を奪われてラーソルバールは足を止めた。
「無理をするな」
 頭の上の手はするりと首元に流れ、ラーソルバールの顔を胸元に引き寄せる。気を抜いていたので、ラーソルバールはバランスを崩して体ごとエラゼルに倒れ掛かってしまった。
「一回、素直になってみたらどうだ? それから考えても良いではないか」
 誕生日はエラゼルの方が少し遅いが、身長はエラゼルの方が僅かに高い。精神的にも、もしかしたら上なのかもしれない。
 年の然程変わらない姉のような優しさに、ラーソルバールは自身でも感じていた心の闇が少しだけ晴れた気がした。
「ん、そうかもしれないね……」
 ラーソルバールは両の手を伸ばし、エラゼルをぎゅっと抱きしめた。
「……お前らは友達なのか、恋人なのか、良く分からんな」
 二人の様子を見ていたモルアールが、からかうように笑う。
「失敬な、何を言っておる。私は何年も、この愛しい恋人を追いかけ続けて来たのだぞ」
 ラーソルバールの頭を両腕で抱えたまま、後ろにぐいっと振り向くとニヤリと笑う。
「……は、恋人ではなく宿敵ではなかったのか?」
 エラゼルの冗談にフォルテシアが真顔で応じるのを聞いて、横に居たシェラが腹を抱えて笑い出す。それにつられてラーソルバールを含め、全員が笑いだした。

 それから僅かな時間の後、ようやく月明かりに照らし出された遺跡を発見する事ができた。そこは木々の屋根も無く少し開けた空間になっており、闇に疲れた心に僅かなゆとりを与えてくれた。
「空が……、月が見えるね」
「ああ、石畳が岩場に敷き詰められているおかげで、木々も生えないんだろう」
 嬉しそうにシェラとガイザが空を見上げる。やっと森の闇から解放されたという安心感からか、どっと疲れが出る。
 遺跡の後方には岩で出来た小高い丘があり、この付近一帯が岩盤が露出した場所だと教えてくれる。

「野営できそうなところを探そう。ああ、虫や蛇には気をつけてね」
 ラーソルバールに促され、月明かりの下で周囲を探索する。と、ガイザが何かに気付いたように、周囲を伺う。
「水音がするな」
 手綱をモルアールに渡すと、月明かりを頼りに音のする方向へ一人で歩いていく。
「おい、一人で行くな」
 モルアールの声にも耳を貸さず進んだ先には、岩から染み出る湧き水があり、その近くには湧き水で出来た泉があった。泉からは僅かな流れができており、森へと続いていた。
「明かりを貸してくれないか? 周囲に生き物の足跡が有るか確認したい」
 この水を頼りに生きている生物がいるはず。それが怪物なのか、危険な獣なのか。見定めなくては安心して野営など出来るものではない。
 ランタンを手にしたシェラがやってきて泉の周囲を照らす。
「んー、人型の生き物の足跡は無さそうだけど、色んな生き物の足跡があるねぇ。狼とかいるかも……」
「まあ、枯れ木を集めて焚き火でもすれば何とかなるんじゃないかな。ここは、あとで水汲みに来よう」

 他の五人はモルアールの灯火《ライト》の魔法で遺跡を見て回り、周囲に人の痕跡がない事を確認する。しばらくの探索の後に何もない事を確認すると、それぞれが野営の準備を始める。
 二手に分かれ焚き火をして食事の仕度をする傍ら、野営用のテントを設営をする。
「明日も、今日みたいに何も無いといいんだが」
「討伐依頼をこなしている感じじゃないね。もっとも、明確に何を退治するとは書いて無いけどね」
「あくまでも遺跡の調査が名目だからな」
 食事をしながら、思い思いに口にする言葉は何気ないものだった。
「恐らく、当たりの遺跡には帝国兵の見張りが居ると思う」
「当然だろうな」
「ラーソルも、エラゼルも平気な顔をして……良くそんな物騒な事が言えるね」
 フォルテシアが苦笑いする。
 彼女もこの旅で口数が増えたようだ。その半分以上が、常識から外れた二人を見守る一番の常識人としての言葉だという事に、誰も気付いていなかった。
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