336 / 439
第二部:第二十八章 行いと見返り
(三)手招き③
しおりを挟む
クレストは、治癒室への入室を許可され、メサイナに付き添われてラーソルバールのもとへとやってきた。
静かに横たわる娘の傍に立つと、その顔を見つめる。
「もうしばらくしたら、看護用の別室に移動していただきますが、今その手配をしております。しばらくここでお待ちください」
椅子を差し出すと、メサイナは慌しく治癒室から出て行った。
「かあさまに連れて行かれなかったようで安心したぞ。来るなって言われたか?」
ランタンの光を受け止めて、やや赤みがかって見える金髪にそっと触れると、優しく頭をなでた。
「私はな……、お前には普通の街娘として皆と同じように、平和に幸せに生きて欲しかったんだ。男爵家なんてものを背負っていると、どうしても政略結婚なんかに縛られてしまうからな……。私の代で貴族階級もミルエルシ家も終わらせても構わないと思っていた。それがいつの間にか、お前自身が準男爵に叙爵されたかと思えば、周囲から英雄だの聖女だのと呼ばれるようになって……。どうせそんなのは、お前の本意じゃ無いんだろうけどな」
父親の言葉に、娘は何も答えを返さない。
静かな部屋の中、小さな呼吸音だけがクレストの耳にだけ届く。
いつまでも自分の手の中にある可愛い小さな娘ではない。そんな事は分かっていた。
体が自由に動かなかった時も、それが多少ましになった今も、ずっと迷惑をかけ通しで、父親らしい事などろくにして来れなかった。「娘をよろしく」と妻に言い残されたが、何もしてやれておらず申し訳ない、という気持ちは常に持ち続けてきた。
けれど、そんあ家庭環境にも関わらず、真っ直ぐに育ち、誰かに後ろ指をさされるような事も無かった。ただ「きしさま」になるために走ってきた、自慢の娘。
ここに来るまでは、死ぬほどの大怪我だと聞かされていた。王太子の前では平静を取り繕ったが、大事な娘の命の危機にその心が穏やかであったはずが無い。自分の命を差し出してでも生きていて欲しいと願った。自分にとってかけがえのない娘だ。
それだけに、娘の事を思い、心配してくれる友の存在が有り難かった。
「良い友達を持ったな。あの娘は貴族階級の上下なんか気にせず、お前を大切な友だと思ってくれている。だが、お前はそんな人を、いつまで泣かせているつもりなんだ?」
娘は沈黙を続け、父もそれを黙って受け止める。
暫し静かな時間が続いたが、ドアを叩く音でそれは終わりを告げた。
「はい、どうぞ」
娘との時間を遮られた事に、少し寂しさを覚えつつ、クレストは呼びかけに応じた。
「ミルエルシ様、お部屋の移動の準備が整いました」
メサイナを含めて三名がやってきて、手際よくラーソルバールの乗る寝台の板を外し、車輪付きの台に乗せ換えて移動を始める。少し離れた部屋に入ると、また元のように寝台に乗せ換えて、速やかに去っていった。
「今晩はお泊りでしょうから、軽食でよろしければご用意致します。それから、他の患者さんと一緒でも問題ないようでしたら、体を洗い流すこともできますので」
メサイナは一通りクレストに説明をすると、退室していった。
クレストは小さく吐息をもらすと、用意されていたソファに腰掛け、室内を見回した。
清潔感はあるが、簡素な部屋。壁にかけられたランタンが広くない部屋に明かりをもたらす。炎が小さく揺れるたびに、二人の影が動く。
間もなくしてクレストのもとに、パンに燻し肉と野菜を挟んだだけの軽食が運ばれてきたので、礼を言って受け取ると、黙ってそれを食べ始める。
食事を終えて、どれくらいの時間が流れただろうか。少しうとうとし始めた時だった。眠りを妨げるように、部屋の扉が叩かれた。
「エラゼル・オシ・デラネトゥスです」
やや疲れたような声が部屋の外から聞こえた。
「ああ、どうぞ、鍵はかかっていません。お手間ですが、入ってきてください」
自らが杖を手に時間をかけて出迎えるよりは、と配慮する。
「失礼します」
声のまま、精彩の無い顔でエラゼルが姿を現す。
「いかがでした、殿下とのお食事は?」
クレストの問いに、エラゼルは小さく苦笑いで返した。
静かに横たわる娘の傍に立つと、その顔を見つめる。
「もうしばらくしたら、看護用の別室に移動していただきますが、今その手配をしております。しばらくここでお待ちください」
椅子を差し出すと、メサイナは慌しく治癒室から出て行った。
「かあさまに連れて行かれなかったようで安心したぞ。来るなって言われたか?」
ランタンの光を受け止めて、やや赤みがかって見える金髪にそっと触れると、優しく頭をなでた。
「私はな……、お前には普通の街娘として皆と同じように、平和に幸せに生きて欲しかったんだ。男爵家なんてものを背負っていると、どうしても政略結婚なんかに縛られてしまうからな……。私の代で貴族階級もミルエルシ家も終わらせても構わないと思っていた。それがいつの間にか、お前自身が準男爵に叙爵されたかと思えば、周囲から英雄だの聖女だのと呼ばれるようになって……。どうせそんなのは、お前の本意じゃ無いんだろうけどな」
父親の言葉に、娘は何も答えを返さない。
静かな部屋の中、小さな呼吸音だけがクレストの耳にだけ届く。
いつまでも自分の手の中にある可愛い小さな娘ではない。そんな事は分かっていた。
体が自由に動かなかった時も、それが多少ましになった今も、ずっと迷惑をかけ通しで、父親らしい事などろくにして来れなかった。「娘をよろしく」と妻に言い残されたが、何もしてやれておらず申し訳ない、という気持ちは常に持ち続けてきた。
けれど、そんあ家庭環境にも関わらず、真っ直ぐに育ち、誰かに後ろ指をさされるような事も無かった。ただ「きしさま」になるために走ってきた、自慢の娘。
ここに来るまでは、死ぬほどの大怪我だと聞かされていた。王太子の前では平静を取り繕ったが、大事な娘の命の危機にその心が穏やかであったはずが無い。自分の命を差し出してでも生きていて欲しいと願った。自分にとってかけがえのない娘だ。
それだけに、娘の事を思い、心配してくれる友の存在が有り難かった。
「良い友達を持ったな。あの娘は貴族階級の上下なんか気にせず、お前を大切な友だと思ってくれている。だが、お前はそんな人を、いつまで泣かせているつもりなんだ?」
娘は沈黙を続け、父もそれを黙って受け止める。
暫し静かな時間が続いたが、ドアを叩く音でそれは終わりを告げた。
「はい、どうぞ」
娘との時間を遮られた事に、少し寂しさを覚えつつ、クレストは呼びかけに応じた。
「ミルエルシ様、お部屋の移動の準備が整いました」
メサイナを含めて三名がやってきて、手際よくラーソルバールの乗る寝台の板を外し、車輪付きの台に乗せ換えて移動を始める。少し離れた部屋に入ると、また元のように寝台に乗せ換えて、速やかに去っていった。
「今晩はお泊りでしょうから、軽食でよろしければご用意致します。それから、他の患者さんと一緒でも問題ないようでしたら、体を洗い流すこともできますので」
メサイナは一通りクレストに説明をすると、退室していった。
クレストは小さく吐息をもらすと、用意されていたソファに腰掛け、室内を見回した。
清潔感はあるが、簡素な部屋。壁にかけられたランタンが広くない部屋に明かりをもたらす。炎が小さく揺れるたびに、二人の影が動く。
間もなくしてクレストのもとに、パンに燻し肉と野菜を挟んだだけの軽食が運ばれてきたので、礼を言って受け取ると、黙ってそれを食べ始める。
食事を終えて、どれくらいの時間が流れただろうか。少しうとうとし始めた時だった。眠りを妨げるように、部屋の扉が叩かれた。
「エラゼル・オシ・デラネトゥスです」
やや疲れたような声が部屋の外から聞こえた。
「ああ、どうぞ、鍵はかかっていません。お手間ですが、入ってきてください」
自らが杖を手に時間をかけて出迎えるよりは、と配慮する。
「失礼します」
声のまま、精彩の無い顔でエラゼルが姿を現す。
「いかがでした、殿下とのお食事は?」
クレストの問いに、エラゼルは小さく苦笑いで返した。
0
あなたにおすすめの小説
金喰い虫ですって!? 婚約破棄&追放された用済み聖女は、実は妖精の愛し子でした ~田舎に帰って妖精さんたちと幸せに暮らします~
アトハ
ファンタジー
「貴様はもう用済みだ。『聖女』などという迷信に踊らされて大損だった。どこへでも行くが良い」
突然の宣告で、国外追放。国のため、必死で毎日祈りを捧げたのに、その仕打ちはあんまりでではありませんか!
魔法技術が進んだ今、妖精への祈りという不確かな力を行使する聖女は国にとっての『金喰い虫』とのことですが。
「これから大災厄が来るのにね~」
「ばかな国だね~。自ら聖女様を手放そうなんて~」
妖精の声が聞こえる私は、知っています。
この国には、間もなく前代未聞の災厄が訪れるということを。
もう国のことなんて知りません。
追放したのはそっちです!
故郷に戻ってゆっくりさせてもらいますからね!
※ 他の小説サイト様にも投稿しています
ゴミスキル【生態鑑定】で追放された俺、実は動物や神獣の心が分かる最強能力だったので、もふもふ達と辺境で幸せなスローライフを送る
黒崎隼人
ファンタジー
勇者パーティの一員だったカイは、魔物の名前しか分からない【生態鑑定】スキルが原因で「役立たず」の烙印を押され、仲間から追放されてしまう。全てを失い、絶望の中でたどり着いた辺境の森。そこで彼は、自身のスキルが動物や魔物の「心」と意思疎通できる、唯一無二の能力であることに気づく。
森ウサギに衣食住を学び、神獣フェンリルやエンシェントドラゴンと友となり、もふもふな仲間たちに囲まれて、カイの穏やかなスローライフが始まった。彼が作る料理は魔物さえも惹きつけ、何気なく作った道具は「聖者の遺物」として王都を揺るがす。
一方、カイを失った勇者パーティは凋落の一途をたどっていた。自分たちの過ちに気づき、カイを連れ戻そうとする彼ら。しかし、カイの居場所は、もはやそこにはなかった。
これは、一人の心優しき青年が、大切な仲間たちと穏やかな日常を守るため、やがて伝説の「森の聖者」となる、心温まるスローライフファンタジー。
異世界スローライフ希望なのに、女神の過保護が止まらない
葉泪秋
ファンタジー
HOTランキング1位感謝です!(2/3)
「小説家になろう」日間ランキング最高11位!(ハイファンタジー)
ブラック企業で過労死した俺、佐久間遼。
神様に願ったのは、ただ「異世界で、畑でも耕しながらのんびり暮らしたい」ということだけ。
そうして手に入れた、辺境の村での穏やかな日々。現状に満足し、今度こそは平穏なスローライフを……と思っていたのだが、俺の妙なスキルと前世の社畜根性が、そうはさせない。
ふとした善意で枯れた井戸を直したことから、堅物の騎士団長やら、過保護な女神やらに目をつけられることになる。
早く穏やかに暮らしたい。
俺は今日も、規格外に育った野菜を手に、皆の姿を眺めている。
【毎日18:00更新】
※表紙画像はAIを使用しています
「薬草まみれの地味な女」と婚約破棄された宮廷薬師ですが、辺境でのんびり暮らしていたら元婚約者が全てを失っていました
メトト
恋愛
宮廷薬師エルザは、夜会の場で婚約者の侯爵家嫡男レオンに公開婚約破棄される。
「薬草にまみれた地味な女」——そう蔑まれたエルザだが、その胸にあったのは悲しみではなく安堵だった。
七年間、浪費家の婚約者を支え続けた日々はもう終わり。
エルザは宮廷薬師を辞し、薬草の宝庫と名高い辺境の街ヴェルデンで小さな薬屋を開く。
そこで出会ったのは、不器用だけどまっすぐな領主代行の青年騎士ノエル。
薬屋は大繁盛、流行病を退け、新薬の開発にも成功——エルザの薬師としての才能が、辺境の地で花開いていく。
一方、エルザを失った王都では。
宮廷薬師の後任は見つからず、新しい婚約者の浪費で侯爵家の財政は火の車。
全てを失ったレオンがエルザの元に現れた時、彼女が返した言葉とは——。
復讐なんてしない。ただ自分らしく生きるだけ。
それが最大の「ざまぁ」になる、爽快異世界恋愛物語。
完結保証 全12話になります。
企業再生のプロ、倒産寸前の貧乏伯爵に転生する
namisan
ファンタジー
数々の倒産寸前の企業を立て直してきた敏腕コンサルタントの男は、過労の末に命を落とし、異世界で目を覚ます。
転生先は、帝国北部の辺境にあるアインハルト伯爵家の若き当主、アレク。
しかし、そこは「帝国の重荷」と蔑まれる、借金まみれで領民が飢える極貧領地だった。
凍える屋敷、迫りくる借金取り、絶望する家臣たち。
詰みかけた状況の中で、アレクは独自のユニーク魔法【構造解析(アナライズ)】に目覚める。
それは、物体の構造のみならず、組織の欠陥や魔法術式の不備さえも見抜き、再構築(クラフト)するチート能力だった。
「問題ない。この程度の赤字、前世の案件に比べれば可愛いものだ」
前世の経営知識と規格外の魔法で、アレクは領地の大改革に乗り出す。
痩せた土地を改良し、特産品を生み出し、隣国の経済さえも掌握していくアレク。
そんな彼の手腕に惹かれ、集まってくるのは一癖も二癖もある高貴な美女たち。
これは、底辺から這い上がった若き伯爵が、最強の布陣で自領を帝国一の都市へと発展させ、栄華を極める物語。
『婚約破棄された悪役令嬢ですが、嫁ぎ先で“連れ子三人”の母になりました ~三人の「ママ」が聞けるまで、私は絶対に逃げません~』
放浪人
恋愛
「母はいりません」と拒絶された悪役令嬢が、最強の“ママ”になるまでの物語。
「君のような可愛げのない女は、王妃にふさわしくない」
身に覚えのない罪で婚約破棄され、“悪役令嬢”の汚名を着せられたクラリス。 彼女が新たに嫁いだのは、北方の辺境を守る「氷の公爵」ことレオンハルト・フォン・グレイフだった。
冷え切った屋敷で彼女を待っていたのは、無表情な夫と、心に傷を負った三人の連れ子たち。 「僕たちに、母はいりません」 初対面で突きつけられた三つの拒絶。しかし、クラリスは諦めなかった。
「称号はいりません。私が欲しいのは――あなたたち三人の『ママ』になれる日だけです」
得意の生活魔法『灯(ともしび)』で凍えた部屋を温め、『鎮(しずめ)』の歌で夜泣きを癒やし、家政手腕で荒れた食卓を立て直す。 クラリスの献身的な愛情は、頑なだった子供たちの心を解きほぐし、やがて不器用な夫の氷の心さえも熱く溶かしていく。
これは、不遇な悪役令嬢が「最強の母」となり、家族を脅かす元婚約者や魔獣たちを華麗に撃退し、最愛の家族から「ママ」と呼ばれるその日までを綴った物語。
「不吉な黒」と捨てられた令嬢、漆黒の竜を「痛いの飛んでいけー!」で完治させてしまう
ムラサメ
恋愛
漆黒の髪と瞳。ただそれだけの理由で「不吉なゴミ」と虐げられてきた公爵令嬢ミア。
死の森に捨てられた彼女が出会ったのは、呪いに侵され、最期を待つ最強の黒竜と、その相棒である隣国の竜騎士ゼノだった。
しかし、ミアが無邪気に放った「おまじない」は、伝説の浄化魔法となって世界を塗り替える。
向こう見ずな天才騎士に拾われたミアは、隣国で「女神」として崇められ、徹底的に甘やかされることに。
一方、浄化の源を失った王国は、みるみるうちに泥沼へと沈んでいき……?
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる