337 / 439
第二部:第二十八章 行いと見返り
(四)得たもの①
しおりを挟む
(四)
エラゼルは寝台の横にあった椅子に腰掛けると、溜まっていたものを吐き出すように大きく深呼吸をする。
「申し訳ありません、私が一緒に居ながら……」
そう言いつつ、エラゼルはラーソルバールの右手にそっと自らの手を添えた。馬車でここに来る間も、そして治癒が始まってからもそうしていたように。自身が不安で一杯になる事が分かっていたから。
「いえ、今回の事は娘自身の問題です。貴方は何も悪くないので、気にされる必要はありません。お疲れでしょうから、湯浴みでもして少し気持ちを落ち着けてこられるといい」
「しかし……」
「娘なら大丈夫。私が見ています。私とて、元は騎士です。多少は魔法の心得もあります。娘と違ってね……」
娘の友に、穏やかな笑顔を向ける。
最後の一言は、気持ちを和ませる冗談のつもりだろうか、とエラゼルは心の内で苦笑いする。
それでも躊躇する様子を見せるエラゼルに、クレストは言葉を続ける。
「エラゼルさんが戻られたら、その後に私が行かせて貰うつもりですから、余計な気遣いは無用ですよ。私も殿下との稽古で多少汗をかきましたからね」
「……はい。では、そうさせて頂きます」
ようやく納得したように、エラゼルは少し疲れた表情でゆらりと立ち上がる。
「着替えはお持ちですか?」
「ええ、ファルデリアナ……先程一緒に居た娘、ファルデリアナ・ラシェ・コルドオール公爵令嬢が、使用人をやって食事中に買って来させた物を、無理矢理押し付けられました」
苦笑いしながら頭を下げ、ややふらつく足取りで部屋を出て行った。
「同じようなものか」
王太子に無理矢理渡された着替えの入った鞄を見つめて、クレストはひとりつぶやいた。
鞄の中には、着替えの他に一冊の歴史書が入っていた。クレストはそれを手に取ると、ゆったりと腰掛け、頁をめくり始めた。
しばらくすると、僅かに元気を取り戻したような様子でエラゼルが戻ってきた。
髪を下ろし、制服から普段着に着替えて現れたので、クレストは一瞬彼女だと分からなかった。
ラーソルバールを気遣ってか、エラゼルは静かに椅子に腰を下ろす。
「……少し、お話させて頂いてもよろしいでしょうか?」
改まった申し出に、クレストは少し驚いた。
「何でしょう?」
「お詫びをしなければならない事があります。ですが、その前に今回の事件の経緯を私の聞き及んだ限りでお話させて頂きます」
そう言うと、エラゼルはファルデリアナから聞いた話と、目の前で起きた事件の様子をクレストに語った。
元子爵家の令嬢の暴走から始まった今回の事件、静かに勤めて冷静を装いつつ語るエラゼルの様子が、クレストの目には少し哀しげに映った。
「事件の経緯は良く分かりました。親としては止むを得ない事件、とまでは割り切れませんが、その動機も分からないでも無い……」
手にしていた本を閉じ、エラゼルの瞳を見つめると、言葉を続きを待った。
「そして、ここからがお詫びです。先程、私は勝手な判断で今回の事件を『逆恨みから起きた生徒同士の個人的な諍い』として収めて頂くよう、殿下にお願いをして参りました」
「何故です?」
クレストの言葉は問い詰めるようでもなく、静かであり温和な口調だが、どこか試しているような雰囲気を感じさせるものだった。
「ラーソルバールを守る為です」
エラゼルは迷うことなく言い切った。その言葉に嘘がない事は、クレスト分かっている。当然信頼もしている。それに、ラーソルバールの名を出して嘘をつくような人物であれば、あれほど狼狽した姿を晒すはずも無い。そして娘があれほど心を許すはずが無い。
「もし、反乱貴族の子女による襲撃だと世に広まれば、第二第三の加害者が現れます。動乱を鎮めた国や騎士団には刃を向けられないが、一人の娘にならと思う者は数多居りましょう。反乱貴族の子女達は今、波風に晒されぬよう息を潜めておりますが、世間の人々は彼等を今回の加害者と同一視し、追い詰めていくに違いありません。結果、抑圧され、責められた彼らはやがて暴発することになります」
追い詰められた者達が剣を手にした時、その切っ先が向けられるのは国か、ラーソルバールか。少しでも可能性あるのなら、それを排除したいというのがエラゼルの願いなのだろう。
ただの個人の諍いであれば、事件は広く知られる事にはならない。後に続く者を出さないという事が一番の狙い。そして……
「もうひとつ、反乱貴族の子女を守る事にもなる。彼らとていずれは国を支える人物になる可能性だってある。そういう事ですかな」
最後の問いにエラゼルが頷くと、納得したようにクレストは穏やかな表情を浮かべた。
エラゼルは寝台の横にあった椅子に腰掛けると、溜まっていたものを吐き出すように大きく深呼吸をする。
「申し訳ありません、私が一緒に居ながら……」
そう言いつつ、エラゼルはラーソルバールの右手にそっと自らの手を添えた。馬車でここに来る間も、そして治癒が始まってからもそうしていたように。自身が不安で一杯になる事が分かっていたから。
「いえ、今回の事は娘自身の問題です。貴方は何も悪くないので、気にされる必要はありません。お疲れでしょうから、湯浴みでもして少し気持ちを落ち着けてこられるといい」
「しかし……」
「娘なら大丈夫。私が見ています。私とて、元は騎士です。多少は魔法の心得もあります。娘と違ってね……」
娘の友に、穏やかな笑顔を向ける。
最後の一言は、気持ちを和ませる冗談のつもりだろうか、とエラゼルは心の内で苦笑いする。
それでも躊躇する様子を見せるエラゼルに、クレストは言葉を続ける。
「エラゼルさんが戻られたら、その後に私が行かせて貰うつもりですから、余計な気遣いは無用ですよ。私も殿下との稽古で多少汗をかきましたからね」
「……はい。では、そうさせて頂きます」
ようやく納得したように、エラゼルは少し疲れた表情でゆらりと立ち上がる。
「着替えはお持ちですか?」
「ええ、ファルデリアナ……先程一緒に居た娘、ファルデリアナ・ラシェ・コルドオール公爵令嬢が、使用人をやって食事中に買って来させた物を、無理矢理押し付けられました」
苦笑いしながら頭を下げ、ややふらつく足取りで部屋を出て行った。
「同じようなものか」
王太子に無理矢理渡された着替えの入った鞄を見つめて、クレストはひとりつぶやいた。
鞄の中には、着替えの他に一冊の歴史書が入っていた。クレストはそれを手に取ると、ゆったりと腰掛け、頁をめくり始めた。
しばらくすると、僅かに元気を取り戻したような様子でエラゼルが戻ってきた。
髪を下ろし、制服から普段着に着替えて現れたので、クレストは一瞬彼女だと分からなかった。
ラーソルバールを気遣ってか、エラゼルは静かに椅子に腰を下ろす。
「……少し、お話させて頂いてもよろしいでしょうか?」
改まった申し出に、クレストは少し驚いた。
「何でしょう?」
「お詫びをしなければならない事があります。ですが、その前に今回の事件の経緯を私の聞き及んだ限りでお話させて頂きます」
そう言うと、エラゼルはファルデリアナから聞いた話と、目の前で起きた事件の様子をクレストに語った。
元子爵家の令嬢の暴走から始まった今回の事件、静かに勤めて冷静を装いつつ語るエラゼルの様子が、クレストの目には少し哀しげに映った。
「事件の経緯は良く分かりました。親としては止むを得ない事件、とまでは割り切れませんが、その動機も分からないでも無い……」
手にしていた本を閉じ、エラゼルの瞳を見つめると、言葉を続きを待った。
「そして、ここからがお詫びです。先程、私は勝手な判断で今回の事件を『逆恨みから起きた生徒同士の個人的な諍い』として収めて頂くよう、殿下にお願いをして参りました」
「何故です?」
クレストの言葉は問い詰めるようでもなく、静かであり温和な口調だが、どこか試しているような雰囲気を感じさせるものだった。
「ラーソルバールを守る為です」
エラゼルは迷うことなく言い切った。その言葉に嘘がない事は、クレスト分かっている。当然信頼もしている。それに、ラーソルバールの名を出して嘘をつくような人物であれば、あれほど狼狽した姿を晒すはずも無い。そして娘があれほど心を許すはずが無い。
「もし、反乱貴族の子女による襲撃だと世に広まれば、第二第三の加害者が現れます。動乱を鎮めた国や騎士団には刃を向けられないが、一人の娘にならと思う者は数多居りましょう。反乱貴族の子女達は今、波風に晒されぬよう息を潜めておりますが、世間の人々は彼等を今回の加害者と同一視し、追い詰めていくに違いありません。結果、抑圧され、責められた彼らはやがて暴発することになります」
追い詰められた者達が剣を手にした時、その切っ先が向けられるのは国か、ラーソルバールか。少しでも可能性あるのなら、それを排除したいというのがエラゼルの願いなのだろう。
ただの個人の諍いであれば、事件は広く知られる事にはならない。後に続く者を出さないという事が一番の狙い。そして……
「もうひとつ、反乱貴族の子女を守る事にもなる。彼らとていずれは国を支える人物になる可能性だってある。そういう事ですかな」
最後の問いにエラゼルが頷くと、納得したようにクレストは穏やかな表情を浮かべた。
0
あなたにおすすめの小説
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
「地味ブス」と捨てられた私、文化祭の大型スクリーンで王子様の裏の顔を全校生に配信します
スカッと文庫
恋愛
「お前みたいな地味女、引き立て役にもならないんだよ」
眼鏡にボサボサ頭の特待生・澪(みお)は、全校生徒が見守る中、恋人だった学園の王子・ハルトから冷酷に捨てられた。
隣には、可憐な微笑みを浮かべる転校生・エマ。
エマの自作自演により「いじめの犯人」という濡れ衣まで着せられ、学園中から蔑まれる澪。
しかし、彼女を嘲笑う者たちはまだ知らない。
彼女が眼鏡の奥に、誰もが平伏す「真実の美貌」と、学園さえも支配できる「最強の背景」を隠していることを――。
「……ねぇ、文化祭、最高のステージにしてあげる」
裏切りへのカウントダウンが今、始まる。
スクリーンの裏側を暴き、傲慢な王子と偽りのヒロインを奈落へ突き落とす、痛快・学園下剋上ファンタジー!
【完結】小さな元大賢者の幸せ騎士団大作戦〜ひとりは寂しいからみんなで幸せ目指します〜
るあか
ファンタジー
僕はフィル・ガーネット5歳。田舎のガーネット領の領主の息子だ。
でも、ただの5歳児ではない。前世は別の世界で“大賢者”という称号を持つ大魔道士。そのまた前世は日本という島国で“独身貴族”の称号を持つ者だった。
どちらも決して不自由な生活ではなかったのだが、特に大賢者はその力が強すぎたために側に寄る者は誰もおらず、寂しく孤独死をした。
そんな僕はメイドのレベッカと近所の森を散歩中に“根無し草の鬼族のおじさん”を拾う。彼との出会いをきっかけに、ガーネット領にはなかった“騎士団”の結成を目指す事に。
家族や領民のみんなで幸せになる事を夢見て、元大賢者の5歳の僕の幸せ騎士団大作戦が幕を開ける。
いいえ、望んでいません
わらびもち
恋愛
「お前を愛することはない!」
結婚初日、お決まりの台詞を吐かれ、別邸へと押し込まれた新妻ジュリエッタ。
だが彼女はそんな扱いに傷つくこともない。
なぜなら彼女は―――
田舎娘、追放後に開いた小さな薬草店が国家レベルで大騒ぎになるほど大繁盛
タマ マコト
ファンタジー
【大好評につき21〜40話執筆決定!!】
田舎娘ミントは、王都の名門ローズ家で地味な使用人薬師として働いていたが、令嬢ローズマリーの嫉妬により濡れ衣を着せられ、理不尽に追放されてしまう。雨の中ひとり王都を去ったミントは、亡き祖母が残した田舎の小屋に戻り、そこで薬草店を開くことを決意。森で倒れていた謎の青年サフランを救ったことで、彼女の薬の“異常な効き目”が静かに広まりはじめ、村の小さな店《グリーンノート》へ、変化の風が吹き込み始める――。
1000年ぶりに目覚めた「永久の魔女」が最強すぎるので、現代魔術じゃ話にもならない件について
水定ゆう
ファンタジー
【火曜、木曜、土曜、に投稿中!】
千年前に起こった大戦を鎮めたのは、最強と恐れられ畏怖された「魔女」を冠する魔法使いだった。
月日は流れ千年後。「永久の魔女」の二つ名を持つ最強の魔法使いトキワ・ルカはふとしたことで眠ってしまいようやく目が覚める。
気がつくとそこは魔力の濃度が下がり魔法がおとぎ話と呼ばれるまでに落ちた世界だった。
代わりに魔術が存在している中、ルカは魔術師になるためアルカード魔術学校に転入する。
けれど最強の魔女は、有り余る力を隠しながらも周囲に存在をアピールしてしまい……
最強の魔法使い「魔女」の名を冠するトキワ・ルカは、現代の魔術師たちを軽く凌駕し、さまざまな問題に現代の魔術師たちと巻き込まれていくのだった。
※こちらの作品は小説家になろうやカクヨムでも投稿しています。
悪役令嬢ではありません。肩書きはただの村人ですが、いつの日か名だたる冒険者になっていた。
小田
ファンタジー
ポッチ村に住む少女ルリは特別な力があったのだが、六歳を迎えたとき母親が娘の力を封印する。村長はルリの母の遺言どおり、娘を大切に育てた。十四歳を迎えたルリはいつものように山に薬草を採りに行くと、倒れていた騎士を発見したので、家に運んで介抱すると。騎士ではなく実は三代公爵家の長男であった。そこから彼女の人生は大きく動き出す。
特別な力を持つ村人の少女ルリが学園に行ったり、冒険をして仲間と共に成長していく物語です。
なろう、エブリスタ、カクヨム掲載しています。
英雄将軍の隠し子は、軍学校で『普通』に暮らしたい。~でも前世の戦術知識がチートすぎて、気付けば帝国の影の支配者になっていました~
ヒミヤデリュージョン
ファンタジー
帝国辺境でただ静かに生き延びたいだけの少年・ヴァン。
彼に正義感はない。あるのは、母が遺したノートに記された、物理法則を応用した「高圧魔力」の理論と、徹底した費用対効果至上主義だけだ。
敵国三千の精鋭が灰燼城に迫る絶望的状況。ヴァンは剣を振るわず、心理戦と補給線攪乱だけで、たった三日で敵軍を撤退させる。
この効率的すぎる勝利は帝国の中枢に届き、彼は最高峰の帝国軍事学院への招待状を手に入れる。
「英雄になりたいわけじゃない。ただ、母の死の真相と父の秘密を知るため、生き残らなきゃならないだけだ」
無口最強の仮面メイド・シンカク、命を取引に差し出した狼耳少女・アイリ。彼は常にコスパの高い道を選び、母の遺したノートの謎、そして生まれて一度も会ったことのない父・帝国大元帥のいる帝都の闇へと踏み込んでいく。
正義も英雄も、損をするなら意味がない。合理主義が英雄譚を侵食していく、反英雄ミリタリー学園ファンタジー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる