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第二部:第三十章 運命と時は流れるままに
(二)ラーソルバールの贈り物③
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街を出ると、ラーソルバールはこっそりと指輪を外し、箱に収めると荷袋に片付けた。
道中で何かがあれば、剣を握らなければならない。剣を握れば指輪に傷がつく。だから外した。それは自分に言い聞かせた言葉。
心の内では、指輪をつけていることに少なからず後ろめたさがあったからだ。
「ラーソル、それのお返しに何か上げたの?」
シェラが耳元で囁く。
「うん、腕輪をね……」
「そう、喜んでくれてた?」
「仕事中だったから、急いで帰ってきちゃって。でも、帰り際には着けてくれてたみたいだから」
荷袋の口紐をぎゅっと握り締め、唇を噛む。
「じゃあ大丈夫。きっと喜んでくれているよ」
「うん……」
シェラは優しくラーソルバールを抱き寄せた。
国境における帝国側の検閲を無事に終え、ヴァストール国内に入る。
ヴァストールの兵も形式的な検閲を行うが、前回の事情も知っているため引きとめるような事はしない。
「ブルテイラ方面は前回通ったし、来た道から帰ろうか」
シェラの表情がやや硬い。
王家直轄地となった今でも、ブルテイラ事件と呼ばれるあの出来事の記憶は薄れていない。特に一番危険な目に遭ったシェラが、それを避けたい気持ちは良く分かる。
「うん、来た道と同じ西回りで帰ろうか」
全員があの忌まわしい出来事に嫌悪感を持っているため、反対の声は上がらない。遠回りになるのを承知で、西回りを選択する。だが、行きは馬車、帰りは徒歩。その差は大きい。
荷物を担いでの移動は、なかなかに疲労がたまる。
騎士学校の程の基礎鍛錬を行っているわけではないディナレスやモルアールは、その疲労度合いが大きい。
「少し休もうか」
「そうしてくれ、ちょっときつい。お前ら騎士学校の生徒は化物か?」
モルアールが息を切らしつつ愚痴る。隣にいたディナレスも、声も出したくないという様子で首を縦に振って同意した。
二人の疲労具合から休憩をとる事を決め、一行は街道の脇に腰を下ろした。
街道の西側は崖で高くなっており、その奥には森が見える。
「あれは常闇の森じゃあないよな?」
ガイザが崖の上を指差す。
「地図の上では少し外れているから違うと思うよ」
ガイザの指先を追うように、視線を上げた時だった。ラーソルバールの視界の端で何かが動いた。
(人影? なんであんな所に……)
気付かない振りをしつつ、人影を視線で追う。帯剣し、街道の様子を伺う様子に、何か目的があるのだろうと察する。だがラーソルバール達が留まったことで、位置を変えるように木々の間を移動するのが見えた。
間もなく幾多の馬蹄音と金属音を響かせ、王国兵の一団が街道を北上してきた。
「あの旗は第三騎士団」
掲げられた軍旗を見てフォルテシアが呟いた。
「今期は第三騎士団だっけか、アスカルド砦は」
「あ、そうだね、四月から変わったんだっけ」
ガイザの言葉に納得するようにシェラは頷くと、邪魔にならない所まで街道から離れるよう促す。
砂埃を上げて、眼前を通り過ぎようとする騎士団を見てラーソルバールが立ち上がる。
「第三騎士団に知り合いいないんだよなあ」
ひとり言のように呟きながら、騎馬の騎士達に近づく。
「私は、騎士学校の生徒でラーソルバール・ミルエルシと申します。お伝えしたき件が御座います。どなたか少々お時間をいただけませんでしょうか」
馬蹄音に混じって、澄んだ声が響く。
その声に応えるように、一人の騎士が近寄って来た。
「私はこの隊の副隊長デフィエルド二月官だ。エイルディアの聖女と呼ばれる方と会えるとは光栄だ」
兜の面甲を上げて、素顔を見せる。ラーソルバールの不敬に対して、その顔は意外にも喜色に満ちていた。
「それはこの身には過分な呼び名にございます。大変差し出がましい事を申し上げるようですが、先程、崖の上より御部隊を監視しているのではないか、と思われる人影を見ました。恐らくは間者かと……」
ラーソルバールの言葉に、デフィエルドは一瞬眉をしかめる。
「む……それは気付かなかった。報告感謝する。相手に気取られぬよう、捕縛するとしよう」
「では、道中のご無事をお祈りいたします」
「そちらこそ、安全な旅を」
二人は挨拶を交わすと、崖の上に気取られぬよう、何事も無かったかのように元居た場所へと戻った。
「さ、行こうか」
ラーソルバール達は騎士団を見送ると、街を目指して歩き始めた。
そして、次の街からまた次の街へと馬車に揺られ、帰りの旅を楽しむ。平和な時が幸福に感じる瞬間でもあった。
王都エイルディアに戻ったその日。
ラーソルバールを驚愕させる出来事が待ち構えていた。
道中で何かがあれば、剣を握らなければならない。剣を握れば指輪に傷がつく。だから外した。それは自分に言い聞かせた言葉。
心の内では、指輪をつけていることに少なからず後ろめたさがあったからだ。
「ラーソル、それのお返しに何か上げたの?」
シェラが耳元で囁く。
「うん、腕輪をね……」
「そう、喜んでくれてた?」
「仕事中だったから、急いで帰ってきちゃって。でも、帰り際には着けてくれてたみたいだから」
荷袋の口紐をぎゅっと握り締め、唇を噛む。
「じゃあ大丈夫。きっと喜んでくれているよ」
「うん……」
シェラは優しくラーソルバールを抱き寄せた。
国境における帝国側の検閲を無事に終え、ヴァストール国内に入る。
ヴァストールの兵も形式的な検閲を行うが、前回の事情も知っているため引きとめるような事はしない。
「ブルテイラ方面は前回通ったし、来た道から帰ろうか」
シェラの表情がやや硬い。
王家直轄地となった今でも、ブルテイラ事件と呼ばれるあの出来事の記憶は薄れていない。特に一番危険な目に遭ったシェラが、それを避けたい気持ちは良く分かる。
「うん、来た道と同じ西回りで帰ろうか」
全員があの忌まわしい出来事に嫌悪感を持っているため、反対の声は上がらない。遠回りになるのを承知で、西回りを選択する。だが、行きは馬車、帰りは徒歩。その差は大きい。
荷物を担いでの移動は、なかなかに疲労がたまる。
騎士学校の程の基礎鍛錬を行っているわけではないディナレスやモルアールは、その疲労度合いが大きい。
「少し休もうか」
「そうしてくれ、ちょっときつい。お前ら騎士学校の生徒は化物か?」
モルアールが息を切らしつつ愚痴る。隣にいたディナレスも、声も出したくないという様子で首を縦に振って同意した。
二人の疲労具合から休憩をとる事を決め、一行は街道の脇に腰を下ろした。
街道の西側は崖で高くなっており、その奥には森が見える。
「あれは常闇の森じゃあないよな?」
ガイザが崖の上を指差す。
「地図の上では少し外れているから違うと思うよ」
ガイザの指先を追うように、視線を上げた時だった。ラーソルバールの視界の端で何かが動いた。
(人影? なんであんな所に……)
気付かない振りをしつつ、人影を視線で追う。帯剣し、街道の様子を伺う様子に、何か目的があるのだろうと察する。だがラーソルバール達が留まったことで、位置を変えるように木々の間を移動するのが見えた。
間もなく幾多の馬蹄音と金属音を響かせ、王国兵の一団が街道を北上してきた。
「あの旗は第三騎士団」
掲げられた軍旗を見てフォルテシアが呟いた。
「今期は第三騎士団だっけか、アスカルド砦は」
「あ、そうだね、四月から変わったんだっけ」
ガイザの言葉に納得するようにシェラは頷くと、邪魔にならない所まで街道から離れるよう促す。
砂埃を上げて、眼前を通り過ぎようとする騎士団を見てラーソルバールが立ち上がる。
「第三騎士団に知り合いいないんだよなあ」
ひとり言のように呟きながら、騎馬の騎士達に近づく。
「私は、騎士学校の生徒でラーソルバール・ミルエルシと申します。お伝えしたき件が御座います。どなたか少々お時間をいただけませんでしょうか」
馬蹄音に混じって、澄んだ声が響く。
その声に応えるように、一人の騎士が近寄って来た。
「私はこの隊の副隊長デフィエルド二月官だ。エイルディアの聖女と呼ばれる方と会えるとは光栄だ」
兜の面甲を上げて、素顔を見せる。ラーソルバールの不敬に対して、その顔は意外にも喜色に満ちていた。
「それはこの身には過分な呼び名にございます。大変差し出がましい事を申し上げるようですが、先程、崖の上より御部隊を監視しているのではないか、と思われる人影を見ました。恐らくは間者かと……」
ラーソルバールの言葉に、デフィエルドは一瞬眉をしかめる。
「む……それは気付かなかった。報告感謝する。相手に気取られぬよう、捕縛するとしよう」
「では、道中のご無事をお祈りいたします」
「そちらこそ、安全な旅を」
二人は挨拶を交わすと、崖の上に気取られぬよう、何事も無かったかのように元居た場所へと戻った。
「さ、行こうか」
ラーソルバール達は騎士団を見送ると、街を目指して歩き始めた。
そして、次の街からまた次の街へと馬車に揺られ、帰りの旅を楽しむ。平和な時が幸福に感じる瞬間でもあった。
王都エイルディアに戻ったその日。
ラーソルバールを驚愕させる出来事が待ち構えていた。
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