聖と魔の名を持つ者 ~その娘、聖女か魔女か。剣を手にした令嬢は、やがて国家最強の守護者となる~

草沢一臨

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第三部:第三十四章 背負う責任

(三)軋轢②

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「ああっ、クソッ!」
 訓練を終えたギリューネクは部屋に戻るなり壁を蹴りつけた。
 怒りのあまり訓練にかこつけてドゥーを二度ほど打ち据えたが、それでもまだ腹の虫は収まらない。八つ当たりだと分かっていても、感情を抑える事ができなかった自らの未熟さも感じ、その苛立ちは募る一方だった。
「なんであんな奴を俺のトコに寄こすんだ!」
 苛立ちを何かにぶつけたいが、大きな音を何度も立てれば、隣のヴェイス一月官に怪しまれる。今は怒りを飲み込むしかないと分かっているつもりだが。
 それでもふつふつと沸き起こる怒りは、何処に向ければ良いのか。
 貴族の娘は、本当に生意気だ。何で俺がお前に剣を教えてやらなきゃいけない。何のための騎士学校か!
「何か失敗したら、すぐに辞めさせてやる!」
 ギリューネクは机の上に有った書類を掴んで丸めると、怒りに任せて床に叩き付けた。

 訓練場では、残された小隊の面々がそれぞれ居残りで訓練を行っていた。
 ドゥーはギリューネクによって作られた大きな打撲痕を魔法で癒し終わると、ふらりと立ち上がる。
「ミルエルシ二星官……」
 ビスカーラと剣を交えていたラーソルバールは、ドゥーの呼びかけに手を止めた。
「すみません、私が余計な口出しをしたばかりに……」
 ドゥーが激しく叩きつけられたのは、自分がギリューネクを怒らせたせいだと分かっている。それでも、止める事が出来なかったという苦い思いがある。
「いや、隊長は時々ああなるんで、気にはしていないんですが……」
 意外な言葉にラーソルバールは眉をしかめた。気性が荒く、怒りに任せて八つ当たりするような事が日常的にある、ということだろうか。何とかしたいが、それをどうこう言えるような立場ではない。
「それよりも気になった事がありまして……。今し方まで二人の様子を眺めていたところ、ビスカーラの剣を軽く捌いているように見えるんですが……俺が……」
「うん、全部余裕で捌かれてるよ?」
 ドゥーの疑問にビスカーラはあっけらかんとした様子で答えた。
「え……?」
「ドゥー、やめとけ。お前じゃ相手にならんよ」
 会話の内容が聞こえていたのだろうか、隣で訓練を始めようとしていた小隊の一人が声をかけてきた。その人物を見て、ラーソルバールは「はて」と首を傾げた。過去にどこかで見た覚えがあるような気がしたからだ。
「俺、嬢ちゃんの入学試験で相手してるからな。その娘の強さは良く知ってる」
 その言葉に「ああ」と思い出したように手を打ってから、ラーソルバールは思い出したように頭を下げた。
「その折にはご迷惑をおかけしました……」
「いやいや、大丈夫。団長に怒られるかと思っていたが、団長もアレだったから」
 苦笑しながら照れくさそうに語るその騎士は、人柄の良さが滲み出ていた。
「ホッパード三星官殿、それはどういう意味で……?」
 ドゥーは困惑したように聞き返す。
「気になるんだったら、ビスカーラと二人がかりでやってみればいいさ」
 ホッパードと呼ばれた騎士は、笑顔を向けると、ラーソルバールに目配せした。
 彼らは先ほどのギリューネクと揉めた際に、近くに居たのを覚えている。上司と上手くいかないなら、その他の連中を取り込め、という意味なのかもしれない。
「はぁ?」
 納得がいかないというように、ドゥーはビスカーラと顔を見合わせる。
「どうせ、お前さん達の隊長も居ないんだ、好きにやればいいさ。それで上達できるなら万々歳だろう?」
 早くしろと言わんばかりに掌をひらひらとさせると、ホッパードは自らの隊の訓練を始めた。
 勝手な事を言ってくれる。
 ラーソルバールは苦笑いしつつも、その配慮に感謝した。

 そして、三人での訓練が始まり、他の四人は手を止めてその様子を伺う。
 熟練の騎士には遠く及ばないが、同じ小隊で訓練してきただけあって、ドゥーとビスカーラの連携はそれなりに上手くとれていた。
 入れ替わりながら繰り出される攻撃に対し、ラーソルバールは一歩も下がる事無く、剣で捌き、そして避けた。
(フォルテシアとシェラの方が上だな……)
 友の事を思い出して、頬を緩める。
 もっとも、二人はラーソルバールに対応するため、必死に訓練し、連携も磨いていたので、訓練量だけは人一倍あったのだから当然ともいえた。
「手を出せないんですか?」
 ギリューネク隊長も二人掛かりなら、いつも足止めできている。ホッパードが言う程では無いのではないか。相手の実力を測りかね、ドゥーは問い掛けた。
「……出しましょうか?」
 先輩を立てなくてはいけないという思いはあるが、ホッパードの気遣いを無駄にする訳にもいかない。
 やや逡巡しつつも、ラーソルバールは微笑んで問い返した。
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