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第三部:第三十四章 背負う責任
(三)軋轢③
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ラーソルバールの提案に二人は動きを止めると、黙って頭を下げた。
新人という侮りが消え剣の腕を素直に認めると、二星官という階級ということもあり、少なからず敬意の念を抱いたのだろう。
「では、お二人とも、どうぞ」
ラーソルバールが剣を構えると、二人は息を合わせたように動き始めた。
最初に襲い掛かってきたドゥーの剣を身体を捻って避けると、そこを狙って突き出されたビスカーラの剣を自らの剣で逸らす。そのまま半歩踏み出し、勢いを殺しきれなかったビスカーラの足を払って転倒させると、振り返りざまに剣でドゥーの胴に一撃を叩き込んだ。
「ひゅー!」
周囲の騎士達が歓声を上げた。
対して、何が起きたか分からないというように、二人は呆気に取られたまま動くことができなかった。
それでも、ラーソルバールの表情は浮かない。
「もう一回、お願いします!」
悔しさを滲ませながら、ビスカーラが叫んだ。
そして再び、三度と剣を交える。
今、戦争が起きればどうなる? 自問する。
隊長との確執もある。自分でさえも、どうなるか分からないというのに、このままでは駄目だ。もっと誰もが強くならなくては。シェラや、フォルテシアだって……。
ラーソルバールは背筋が寒くなるのを感じた。
新人にとっての初日を終えたその夜、ギリューネクは騎士団本部の食堂兼酒場でひとり飲んでいた。
「よう、ギリューネク。どうした不機嫌そうな面《ツラ》しやがって」
「んぁ? なんだ、バリュエか」
声を掛けてきた相手をちらりと見た後、ギリューネクはグラスに視線を戻した。
「いいな、お前さんのトコは。美人で優秀って噂のが配属されて……。うちに来た小僧なんざ、まるで使い物にならねぇ」
バリュエと呼ばれた男は、ため息をつきながらギリューネクの隣に腰掛ける。その胸の階級章にはギリューネクと同じく三つの星が並んでいる。
「あの小生意気な貴族の娘が優秀だぁ?」
「なんだ、みんなが羨ましがってたぞ。まあ、優秀すぎると上の立場が無いがな。……あ、おやっさん。俺にもコイツと同じ酒くれ」
酒を注文しながら、ギリューネクをからかうように笑う。
「……裏から手を回して権力で階級手に入れたような奴だろ?」
「あん? 馬鹿な事言ってるんじゃねえよ。あの娘は男爵家の娘だ、本人にも準男爵の爵位があるとは言え、そんな事出来る訳ねぇだろ?」
「何だよ、詳しいじゃねえか」
知らないのは自分だけか、とグラスに入った酒を見つめる。
「彼女は騎士団じゃちょっとした有名人なんだぜ、それに恒例のくじ引きで七団が争ったって話しだしな。大体、何でお前知らないんだよ」
「所詮貴族の娘じゃねぇか」
苛立ちにグラスに残っていた酒を一気に煽った。いつもより酒が苦くて不味い。
飲み終わるとグラスを掲げ、もう一杯よこせと店員に合図する。
「ああ、俺達がクジの話してた時、お前『平民か、貴族か?』って聞いてたな。貴族だって言われたもんで、貴族嫌いのお前のことだ、話も聞いてなかったんだろ」
「余計なお世話だ……」
図星を突かれ、ギリューネクは言葉を詰まらせた。
「だがな、あんまり雑に扱うと、ジャハネート様に殺されかねないぞ」
「はぁ? 何だよ、それ」
「クジで外した後、悔しさのあまりウチの団長を睨みつけて『必ず引き抜いてアタシの片腕にするんだから、それまで大事に扱え!』って怒鳴ったらしいからな」
バリュエは楽しそうに笑った。
「それ……何の冗談だよ?」
「ウチの団長がここでボヤいてるのを聞いた」
「嘘だろ……」
ギリューネクは苦笑いしながら、目の前に有ったつまみのナッツを口に放り込む。
バリュエが嘘を言っている可能性が無いわけでもない。信じられる話ではないが、団長が言ったというのなら疑う訳にもいかない。眉をしかめたところにグラスが目の前に運ばれてきたので、二人は同時に酒を煽った。
「あの娘に関しちゃ色々噂があるぞ。騎士学校の入学試験でウチの団長と互角にやり合ったとか、軍務省はあの娘に借りがたっぷりるから二星官にしたとか。……あと、これは本当の話らしいが、カレルロッサの時の宰相暗殺阻止で、ジャハネート様と一緒に奮闘したとか」
「……何だか話しにかなり尾ひれがついていそうだな」
「どこまで本当か、俺も知らん。まあ、噂好きの同期共の話だからな……」
アテにならんな、と言おうとしてギリューネクは言葉を飲み込んだ。ジャハネートに関する噂が本当なら、自分が間違えていたという事か?
いや、噂は噂だ、気にする必要などない。腕も大した事は無いようだし、何より生意気だ。所詮は貴族の娘。甘やかされて育った奴にろくな奴はいない。
ギリューネクはグラスの酒を一気に飲み干した。
新人という侮りが消え剣の腕を素直に認めると、二星官という階級ということもあり、少なからず敬意の念を抱いたのだろう。
「では、お二人とも、どうぞ」
ラーソルバールが剣を構えると、二人は息を合わせたように動き始めた。
最初に襲い掛かってきたドゥーの剣を身体を捻って避けると、そこを狙って突き出されたビスカーラの剣を自らの剣で逸らす。そのまま半歩踏み出し、勢いを殺しきれなかったビスカーラの足を払って転倒させると、振り返りざまに剣でドゥーの胴に一撃を叩き込んだ。
「ひゅー!」
周囲の騎士達が歓声を上げた。
対して、何が起きたか分からないというように、二人は呆気に取られたまま動くことができなかった。
それでも、ラーソルバールの表情は浮かない。
「もう一回、お願いします!」
悔しさを滲ませながら、ビスカーラが叫んだ。
そして再び、三度と剣を交える。
今、戦争が起きればどうなる? 自問する。
隊長との確執もある。自分でさえも、どうなるか分からないというのに、このままでは駄目だ。もっと誰もが強くならなくては。シェラや、フォルテシアだって……。
ラーソルバールは背筋が寒くなるのを感じた。
新人にとっての初日を終えたその夜、ギリューネクは騎士団本部の食堂兼酒場でひとり飲んでいた。
「よう、ギリューネク。どうした不機嫌そうな面《ツラ》しやがって」
「んぁ? なんだ、バリュエか」
声を掛けてきた相手をちらりと見た後、ギリューネクはグラスに視線を戻した。
「いいな、お前さんのトコは。美人で優秀って噂のが配属されて……。うちに来た小僧なんざ、まるで使い物にならねぇ」
バリュエと呼ばれた男は、ため息をつきながらギリューネクの隣に腰掛ける。その胸の階級章にはギリューネクと同じく三つの星が並んでいる。
「あの小生意気な貴族の娘が優秀だぁ?」
「なんだ、みんなが羨ましがってたぞ。まあ、優秀すぎると上の立場が無いがな。……あ、おやっさん。俺にもコイツと同じ酒くれ」
酒を注文しながら、ギリューネクをからかうように笑う。
「……裏から手を回して権力で階級手に入れたような奴だろ?」
「あん? 馬鹿な事言ってるんじゃねえよ。あの娘は男爵家の娘だ、本人にも準男爵の爵位があるとは言え、そんな事出来る訳ねぇだろ?」
「何だよ、詳しいじゃねえか」
知らないのは自分だけか、とグラスに入った酒を見つめる。
「彼女は騎士団じゃちょっとした有名人なんだぜ、それに恒例のくじ引きで七団が争ったって話しだしな。大体、何でお前知らないんだよ」
「所詮貴族の娘じゃねぇか」
苛立ちにグラスに残っていた酒を一気に煽った。いつもより酒が苦くて不味い。
飲み終わるとグラスを掲げ、もう一杯よこせと店員に合図する。
「ああ、俺達がクジの話してた時、お前『平民か、貴族か?』って聞いてたな。貴族だって言われたもんで、貴族嫌いのお前のことだ、話も聞いてなかったんだろ」
「余計なお世話だ……」
図星を突かれ、ギリューネクは言葉を詰まらせた。
「だがな、あんまり雑に扱うと、ジャハネート様に殺されかねないぞ」
「はぁ? 何だよ、それ」
「クジで外した後、悔しさのあまりウチの団長を睨みつけて『必ず引き抜いてアタシの片腕にするんだから、それまで大事に扱え!』って怒鳴ったらしいからな」
バリュエは楽しそうに笑った。
「それ……何の冗談だよ?」
「ウチの団長がここでボヤいてるのを聞いた」
「嘘だろ……」
ギリューネクは苦笑いしながら、目の前に有ったつまみのナッツを口に放り込む。
バリュエが嘘を言っている可能性が無いわけでもない。信じられる話ではないが、団長が言ったというのなら疑う訳にもいかない。眉をしかめたところにグラスが目の前に運ばれてきたので、二人は同時に酒を煽った。
「あの娘に関しちゃ色々噂があるぞ。騎士学校の入学試験でウチの団長と互角にやり合ったとか、軍務省はあの娘に借りがたっぷりるから二星官にしたとか。……あと、これは本当の話らしいが、カレルロッサの時の宰相暗殺阻止で、ジャハネート様と一緒に奮闘したとか」
「……何だか話しにかなり尾ひれがついていそうだな」
「どこまで本当か、俺も知らん。まあ、噂好きの同期共の話だからな……」
アテにならんな、と言おうとしてギリューネクは言葉を飲み込んだ。ジャハネートに関する噂が本当なら、自分が間違えていたという事か?
いや、噂は噂だ、気にする必要などない。腕も大した事は無いようだし、何より生意気だ。所詮は貴族の娘。甘やかされて育った奴にろくな奴はいない。
ギリューネクはグラスの酒を一気に飲み干した。
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