聖と魔の名を持つ者 ~その娘、聖女か魔女か。剣を手にした令嬢は、やがて国家最強の守護者となる~

草沢一臨

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第三部:第三十五章 出陣

(四)初陣①

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 近接戦闘が始まり、激しい金属音が無数に響き、怒号が飛び交う。
「まだだ、動くな!」
 ギリューネクは血気に逸る者達を抑えるように右手を横に広げた。
 敵軍はヴァストールの中央部、ちょうど第二、第八騎士団の繋ぎ目部分と戦闘が行われている。だが今は先鋒部隊の数も多くなく、無理に中央による必要もない。
「中央部援護の為、敵後方に矢を放て!」
 指示とともに弓矢が飛び、次々と敵軍に襲い掛かる。それでも、レンドバールの勢いは止まらない。
 だが、後方の本隊は先鋒のように意気軒昂では無かった。
「遅い! 離反する約束はどうなったのか!」
 苛立ちを隠しきれないように、ボーダートは部下に当り散らした。
「約束はとりつけてあるとの事ですから、まだ機会を伺っているか、最悪の場合は日和見を決め込んでいるか……」
「フン!」
 部下の言葉に、怒りを飲み込んだボーダート。元々は本国の諜報部隊が取り付け組み込んだ作戦だけに、部下が悪いわけでは無いと分かっている。いつまでも怒りの矛先を向けている訳にもいかなかった。
 レンドバール軍本隊も、先鋒部隊に引きずられるように急いで進軍している。それでもまだヴァストールとの距離は遠い、先鋒だけが突出しすぎた感がある。
「ディガーノンめ、後ろの事を考えろ。足の遅い部隊が着いていけてないではないか」
 ボーダートが吐き捨てるように言った。
 それでも、ヴァストールが包囲陣形に転換して、先鋒部隊をすり潰しにかかれないのは、本隊が見えているおかげだ。ボーダートはそう思っていた。

 ヴァストール側としては、包囲陣形をとったとしても利はない。
 両翼を突出させてまで包囲してしまえは、手筈通りに撤退させるのが容易でなくなる。兵力が削られないよう先鋒隊に圧力をかけながら、本隊が寄って来るのを待つだけで良い。
「第二波来ます!」
 やや遅れて最前線にやってきた部隊が次々と戦闘に入る。
 それでも鐘が鳴らないということは、本隊をおびき寄せきれていないという事だろう。

 そして遂に、ラーソルバールの眼前でも戦闘が始まった。
 槍と大盾を掻い潜った兵が、徐々に押し寄せるのを見て、ギリューネクが剣を前に振り、攻撃の合図を出す。
 押し寄せているのは敵、だが悪人ではなくただの兵士。ラーソルバールに一瞬迷いが生じたときに、斜め後方に居たシェラの姿が目に入った。敵に情けをかければ、仲間や自身の命を危険に晒す。ひいては友や国民にも。

 迷うな。
 この剣は何の為に。大事な人を守る、この国を、国民を守る。そう誓ったはず。

 ラーソルバールは左手で力一杯手綱を握ると、歯を食いしばった。瞬間、剣が僅かに白く発光すると、陽光を孕んで更に輝きを増す。
 軽く馬の腹を蹴り、ラーソルバールは僅かに前に出た。その動きを見ていたギリューネクが驚き、声を上げる。
「馬鹿! 死ぬ気か!」
 新人が焦って前に出れば、敵の餌になるに違いない。自殺行為だ。
(いや……俺は何を貴族の娘の心配なんか……)
 そう逡巡した時だった。
 敵騎兵の剣がラーソルバールを襲う。斬られる、そう見えた瞬間に白い光が閃き、兵はぐらりと馬から崩れ落ちた。
「ちっ、運のいい奴め」
 ギリューネクがほっとしたように漏らした声は、後ろに居たビスカーラの耳に届いていた。何だかんだ言っても心配しているのかと苦笑しながらも、ビスカーラは接近する敵兵から目を離さない。
「隊長!」
 ビスカーラが叫んだときには、敵兵はギリューネクによって切り伏せられていた。
「これぐらいで慌てるな! すぐに混乱に巻き込まれる!」
 ギリューネクの言葉通りだった。敵第二陣の攻勢に圧された前衛はじりじりと後退させられ、本格的に第十七小隊も戦闘に引きずり込まれた。

 ラーソルバールの心は、一人目を斬った時に決まっていた。
 次々と襲い掛かる敵兵を、一歩も退くことなく迎え撃つ。小柄な女騎士と侮ったのか、切りかかった者達は一人、二人とラーソルバールに切り倒される。
「壁は破っているんだ! 突き崩せ!」
 思うように押し切れない事に苛立ったのか、レンドバール軍の中から声が響く。
 呼応するように殺到する攻撃を捌きながら、ラーソルバールは大きく息を吸い込んだ。
「もう少しだけ持ちこたえてください! 押し返します!」
 澄んだ声が響き、周囲の注目を集める。
「あの馬鹿……」
 声の主がラーソルバールだと分かると、ギリューネクは思わず舌打ちをした。だが、他の騎士達の反応は違うものだった。
「エイルディアの聖女の言う通りだ! 押し返すぞ!」
 どこからともなく声が上がった。ラーソルバールの噂を知る者が士気を上げるために、そう叫んだのだろう。直後にラーソルバールが敵を二人切り倒した事で、ヴァストール兵の目の色が変わった。
「いくぞ!」
「応!」
 気合を入れるかのように、ヴァストールの兵達から声が次々と上がり、戦場は雰囲気を一変させた。
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