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第三部:第三十六章 ラーソルバールという存在
(一)命の価値③
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「あと少し耐えたら撤退するぞ。何が有っても逃げ切れ!」
ラーソルバールの耳に意外な声が届いた。
「隊長……?」
振り返らずに、剣を振り続ける。一瞬でも隙を見せれば、斬られてしまう。
周囲に戦っている味方は殿部隊を除けばほとんど居ない。殿部隊がある程度引き付けてくれているおかげで周囲に敵の数も少ないとは言え、ラーソルバール達は撤退のタイミングを逃して取り残されたような状態になっている。
それでもラーソルバール達に襲い掛かってくる数が少ないのは、先程まで乱戦の中で見せた彼女の強さがレンドバールの兵達の印象に強く残っていたせいだろう。
「……!」
目の前の三人が図らずも息を合わせたように攻撃を仕掛けてきたことで、馬上では避けきるのが難しく、二人の攻撃は受け流せたものの、最後のひとりの攻撃をどうにか直撃を避けようと身体を捻ったその時だった。
ギン!
甲高い金属音がラーソルバールの真横で響いた。そして、覚悟した一撃は訪れなかった。
敵兵のひとりが、ぐらりと揺れて馬上から崩れ落ちる。ギリューネクの剣は鎧板に当たったものの、表面を僅かに滑り、継ぎ目を抜けて敵兵の横腹を切り裂いていたのだ。
「ありがとうございます……」
「無理するんじゃねえ!」
まさかギリューネクが自分を助けるなどとは思って居なかっただけに、ラーソルバールは少なからず驚いた。
「仮にも部下なんだから、死なれたら俺の評価が下がるんだよ!」
照れ隠しではないだろうが、どこまでが本音なのか分からない。だが、敵が一人減り負担が軽くなったからか、ラーソルバールの剣が冴えた。
眼前にいた一人の剣を弾き飛ばすと、即座にもう一人の鎧の継ぎ目を狙って剣を突き出す。左脇下を鋭く突かれた兵士は馬上から逆さまになって落ち、地面に叩きつけられて動かなくなった。
そしてもう一人の兵士は剣を失って唖然とした瞬間、ギリューネクによって首を切り落とされ、絶命する。
「今だ、逃げるぞ!」
ほんの一瞬だけ目を合わせた二人は、馬首を返して砦へと向かう。二人の視線の先、ビスカーラを乗せたドゥーの馬が、既に安全な位置を走っているのが見えた。
(良かった……!)
ほっとした直後だった。ラーソルバールは背後に迫る殺気を感じ、馬を止めずに振り向きざまに斜め下から剣を走らせる。だが、その剣は振り切られることなく、乾いた金属音と共に受け止められた。
「……!」
即座に危険を察知し、気配のする方へと向けた瞳は、横を走る灰色の鎧の男の姿を捉えた。
「逃げる獲物を追うのは楽しいものだ!」
男は剣を弾き返すと、ラーソルバール達に向かって言葉を投げかける。兜の面当てに阻まれその表情は見えないが、鉄格子の下には不敵な笑みが浮かべられているに違いない。
「隊長、先に行って下さい!」
ラーソルバールが横薙ぎした剣は再び軽々と止められた。
置いて逃げるべきか。ギリューネクは逡巡する。いや、せっかく助けたのに、ここで殺されては意味がない。
「うるせえ! そいつは任せる! 他の奴らは俺が何とかする」
ラーソルバールと灰色の鎧の男は剣を交錯させながら、馬を走らせる。そして三騎は次第に速度を緩め、ラーソルバール達の一騎打ちが始まった。
「小娘が、なかなかやるな! 俺はドラール・モンセント。突撃部隊二番隊隊長だ」
交錯した剣を弾き、豪快に名乗りを上げるレンドバールの騎士。
「ラーソルバール・ミルエルシ二星官、お相手致します!」
ラーソルバールは自ら名乗る事はしようと思わないが、下級士官と分かっていながら剣の腕を認めて名乗った相手に答えないのは礼に反する。そして、最大限の剣で答える事も、また戦場の礼儀。
「灰色の悪魔……いえ、モンセント伯爵。自らの部隊を置いて、単騎駆けとは無謀が過ぎませんか?」
モンセントが縦に振り下ろした一撃を、するりと剣で受け流すと、その流れで無防備になった懐を一閃する。鎧を掠めたものの、身体を捻って難を逃れたモンセントは即座に体勢を立て直し、斜め下から剣を振り上げる。
唸りを上げるような強烈な一撃を、ラーソルバールは剣を沿わせることによって流れを変えた。
空を切り裂くかのように剣は跳ね上がり、灰色の鎧からは笑い声が漏れる。
「勝ち戦だ、狩りを楽しんだとて、何の問題もあるまい?」
モンセントの言葉に、兜の下に隠された下卑た笑いまで見えた気がして、ラーソルバールは苛立った。
「人の命を何だと思っているのですか!」
今までに倍する速度で突き出されたラーソルバールの剣は、モンセントの左肩当を直撃しその巨躯を揺らす。だが、姿勢を崩すには至らない。
「非力な攻撃など効かぬ!」
鼻で笑うかのように言葉を放ち、モンセントはラーソルバールを挑発した。
ラーソルバールの耳に意外な声が届いた。
「隊長……?」
振り返らずに、剣を振り続ける。一瞬でも隙を見せれば、斬られてしまう。
周囲に戦っている味方は殿部隊を除けばほとんど居ない。殿部隊がある程度引き付けてくれているおかげで周囲に敵の数も少ないとは言え、ラーソルバール達は撤退のタイミングを逃して取り残されたような状態になっている。
それでもラーソルバール達に襲い掛かってくる数が少ないのは、先程まで乱戦の中で見せた彼女の強さがレンドバールの兵達の印象に強く残っていたせいだろう。
「……!」
目の前の三人が図らずも息を合わせたように攻撃を仕掛けてきたことで、馬上では避けきるのが難しく、二人の攻撃は受け流せたものの、最後のひとりの攻撃をどうにか直撃を避けようと身体を捻ったその時だった。
ギン!
甲高い金属音がラーソルバールの真横で響いた。そして、覚悟した一撃は訪れなかった。
敵兵のひとりが、ぐらりと揺れて馬上から崩れ落ちる。ギリューネクの剣は鎧板に当たったものの、表面を僅かに滑り、継ぎ目を抜けて敵兵の横腹を切り裂いていたのだ。
「ありがとうございます……」
「無理するんじゃねえ!」
まさかギリューネクが自分を助けるなどとは思って居なかっただけに、ラーソルバールは少なからず驚いた。
「仮にも部下なんだから、死なれたら俺の評価が下がるんだよ!」
照れ隠しではないだろうが、どこまでが本音なのか分からない。だが、敵が一人減り負担が軽くなったからか、ラーソルバールの剣が冴えた。
眼前にいた一人の剣を弾き飛ばすと、即座にもう一人の鎧の継ぎ目を狙って剣を突き出す。左脇下を鋭く突かれた兵士は馬上から逆さまになって落ち、地面に叩きつけられて動かなくなった。
そしてもう一人の兵士は剣を失って唖然とした瞬間、ギリューネクによって首を切り落とされ、絶命する。
「今だ、逃げるぞ!」
ほんの一瞬だけ目を合わせた二人は、馬首を返して砦へと向かう。二人の視線の先、ビスカーラを乗せたドゥーの馬が、既に安全な位置を走っているのが見えた。
(良かった……!)
ほっとした直後だった。ラーソルバールは背後に迫る殺気を感じ、馬を止めずに振り向きざまに斜め下から剣を走らせる。だが、その剣は振り切られることなく、乾いた金属音と共に受け止められた。
「……!」
即座に危険を察知し、気配のする方へと向けた瞳は、横を走る灰色の鎧の男の姿を捉えた。
「逃げる獲物を追うのは楽しいものだ!」
男は剣を弾き返すと、ラーソルバール達に向かって言葉を投げかける。兜の面当てに阻まれその表情は見えないが、鉄格子の下には不敵な笑みが浮かべられているに違いない。
「隊長、先に行って下さい!」
ラーソルバールが横薙ぎした剣は再び軽々と止められた。
置いて逃げるべきか。ギリューネクは逡巡する。いや、せっかく助けたのに、ここで殺されては意味がない。
「うるせえ! そいつは任せる! 他の奴らは俺が何とかする」
ラーソルバールと灰色の鎧の男は剣を交錯させながら、馬を走らせる。そして三騎は次第に速度を緩め、ラーソルバール達の一騎打ちが始まった。
「小娘が、なかなかやるな! 俺はドラール・モンセント。突撃部隊二番隊隊長だ」
交錯した剣を弾き、豪快に名乗りを上げるレンドバールの騎士。
「ラーソルバール・ミルエルシ二星官、お相手致します!」
ラーソルバールは自ら名乗る事はしようと思わないが、下級士官と分かっていながら剣の腕を認めて名乗った相手に答えないのは礼に反する。そして、最大限の剣で答える事も、また戦場の礼儀。
「灰色の悪魔……いえ、モンセント伯爵。自らの部隊を置いて、単騎駆けとは無謀が過ぎませんか?」
モンセントが縦に振り下ろした一撃を、するりと剣で受け流すと、その流れで無防備になった懐を一閃する。鎧を掠めたものの、身体を捻って難を逃れたモンセントは即座に体勢を立て直し、斜め下から剣を振り上げる。
唸りを上げるような強烈な一撃を、ラーソルバールは剣を沿わせることによって流れを変えた。
空を切り裂くかのように剣は跳ね上がり、灰色の鎧からは笑い声が漏れる。
「勝ち戦だ、狩りを楽しんだとて、何の問題もあるまい?」
モンセントの言葉に、兜の下に隠された下卑た笑いまで見えた気がして、ラーソルバールは苛立った。
「人の命を何だと思っているのですか!」
今までに倍する速度で突き出されたラーソルバールの剣は、モンセントの左肩当を直撃しその巨躯を揺らす。だが、姿勢を崩すには至らない。
「非力な攻撃など効かぬ!」
鼻で笑うかのように言葉を放ち、モンセントはラーソルバールを挑発した。
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