聖と魔の名を持つ者 ~その娘、聖女か魔女か。剣を手にした令嬢は、やがて国家最強の守護者となる~

草沢一臨

文字の大きさ
437 / 439
第三部:第三十六章 ラーソルバールという存在

(四)戦後処理③

しおりを挟む
「さて、娘達の回答は参考にするとして……。皆の者、レンドバールとの交渉はどうするのが良いか?」
 国王はにやりと笑った。
 その日の夜、ヴァストールの首脳達は賠償請求内容を決定するため頭を突き合わせる事になったが、その交渉テーブルにレンドバールを引きずり出すための指示書が
 カラール砦のオーガンズ子爵へと送られた。
 これからオーガンズが撤退するレンドバール軍の下に使者として赴き、即時にレンドバールに対し交渉のテーブルにつくよう求める事になる。
 明け方を待たずに国同士の駆け引きが始まる事だろう。

 ラーソルバールは、というと。
 敵軍撤退の報を受け安心してそのまま座っていたが、戦闘で負った打ち身や裂傷の痛みが増してきて、早めに治療しなければと思い始めた。
 とはいえ、自分で治癒魔法で治すほどの余力は残っておらず、救護院の治癒に頼らざるを得ない。致し方なくビスカーラと共に救護室へ向かうことにしたのだが、歩行もままならないビスカーラとは異なり、軽傷のラーソルバールの処置は後回しにされてしまった。
 だが今度は、治癒の順番を待っている間にオーガンズから呼び出しを受けてしまい、しばらく拘束されるはめに。そうして戻ってきた頃には状況は一変していた。
「賑やかだなあ……」
 救護室の椅子に腰掛けながらぽつりと漏らす。
 各部隊の損害状況は既に取り纏められ、報告書の提出も終わっているのだろう。食堂は既に宴会場と化しており、少し離れた救護室にまでその喧騒は届くような状態に。
 レンドバール軍が戻ってくる可能性が無いとは言えないため、酒は一人一杯までと決められている。だが戦果を語り、死んだ者への弔いをしていれば、酒など無くとも自然に声も大きくなるのは無理からぬことだ。

 時折聞こえる大きな笑い声に、ラーソルバールは治癒を待つ他の兵達と顔を見合わせて苦笑いをする。
 周囲を見回せば、この場にいる者達も、早くあの場に駆けつけたそうな顔をしている。軽傷で、体力的にも余裕があるという証だ。
 既にこの部屋にビスカーラの姿は無い。彼らとは違い、治癒が終わったとはいえ、今日ばかりは安静にしていなくてはならないだろう。
 食事を済ませたら、同室となっている彼女に迷惑をかけないためにも早く部屋へ戻らなくてはいけないな、と思ったのだが……。決意をしてすぐ、それを揺るがすように小さく腹が鳴った。
「お、早く治してもらわないとな」
 腹の音が聞こえたのだろう。隣に座っていた騎士がラーソルバールを見てからかうように言った。
「生きている証拠です。いじめないでください……」
 顔を赤くしてうつむくと、騎士は自らの腕や足にある裂傷や打ち身を眺めて「そうだな、この程度の怪我で済んで幸運だった」と言って、ラーソルバールに微笑みを向けた。
 そうだ、生きているだけでも幸運なのだ。
 モンセント伯爵の攻撃だって、他の兵士達の攻撃だって、ほんの少し対処を間違えていたら、ここで腹を鳴らしている事も無かっただろう。
「痛みも生きている証ですね」
 生きていることに感謝をしつつラーソルバールそう言って微笑むと、部屋に居た怪我人達の視線を集めた。
「違いない」
 誰かがそう応えると、部屋中が笑い声に包まれた。
「嬢ちゃんが灰色の悪魔を狩ったんだって?」
 順番待ちをしていた年配の騎士が尋ねてきた。
「はあ……。それこそ運が良かったんです。一歩間違えれば私が死んでいました」
 表情を曇らせつつ応じたが、隣の騎士は気にするなと言わんばかりに肩を叩く。
「運も戦場には大事な要素だ。さすがはエイルディアの聖女様といったところだな」
「いやいや、敵さんにしたらカラールの悪魔かもしれんぞ?」
 誰かが大きな声で叫んだ。
「おお、悪魔を狩った悪魔ってことか!」
 怪我人だらけの救護室だが、もう重苦しい雰囲気はどこにも無かった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

『悪役』のイメージが違うことで起きた悲しい事故

ラララキヲ
ファンタジー
 ある男爵が手を出していたメイドが密かに娘を産んでいた。それを知った男爵は平民として生きていた娘を探し出して養子とした。  娘の名前はルーニー。  とても可愛い外見をしていた。  彼女は人を惹き付ける特別な外見をしていたが、特別なのはそれだけではなかった。  彼女は前世の記憶を持っていたのだ。  そして彼女はこの世界が前世で遊んだ乙女ゲームが舞台なのだと気付く。  格好良い攻略対象たちに意地悪な悪役令嬢。  しかしその悪役令嬢がどうもおかしい。何もしてこないどころか性格さえも設定と違うようだ。  乙女ゲームのヒロインであるルーニーは腹を立てた。  “悪役令嬢が悪役をちゃんとしないからゲームのストーリーが進まないじゃない!”と。  怒ったルーニーは悪役令嬢を責める。  そして物語は動き出した…………── ※!!※細かい描写などはありませんが女性が酷い目に遭った展開となるので嫌な方はお気をつけ下さい。 ※!!※『子供が絵本のシンデレラ読んでと頼んだらヤバイ方のシンデレラを読まれた』みたいな話です。 ◇テンプレ乙女ゲームの世界。 ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾もあるかも。 ◇なろうにも上げる予定です。

婚約者チェンジ? 義理の妹は公爵令嬢の地位もチェンジされました』 ~三日で破談、家ごと褫奪の末路です~

ふわふわ
恋愛
「お姉様の婚約者、私がいただきますわ。だって“公爵令嬢”ですもの」 義理の妹コンキュはそう言って、王太子との婚約を奪いました。 父はそれを容認し、私は静かに受け入れます。 けれど―― 公爵令嬢とは“地位”ではなく、“責任”の継承者。 王宮で礼儀も実務も拒み、「未来の王太子妃」を名乗った義妹は、わずか三日で婚約破棄。 さらに王家への不敬と統治能力の欠如が問題視され、父の監督責任が問われます。 そして下されたのは――家ごとの褫奪。 一方で私は、領地を守り、帳簿を整え、静かに家を支え続ける。 欲しがったのは肩書。 継いだのは責任。 正統は叫びません。 ただ、残るだけ。 これは、婚約を奪われた公爵令嬢が “本当に継がれるべきもの”を証明する物語。

出来損ないと追放された俺、神様から貰った『絶対農域』スキルで農業始めたら、奇跡の作物が育ちすぎて聖女様や女騎士、王族まで押しかけてきた

黒崎隼人
ファンタジー
★☆★完結保証★☆☆ 毎日朝7時更新! 「お前のような魔力無しの出来損ないは、もはや我が家の者ではない!」 過労死した俺が転生したのは、魔力が全ての貴族社会で『出来損ない』と蔑まれる三男、カイ。実家から追放され、与えられたのは魔物も寄り付かない不毛の荒れ地だった。 絶望の淵で手にしたのは、神様からの贈り物『絶対農域(ゴッド・フィールド)』というチートスキル! どんな作物も一瞬で育ち、その実は奇跡の効果を発揮する!? 伝説のもふもふ聖獣を相棒に、気ままな農業スローライフを始めようとしただけなのに…「このトマト、聖水以上の治癒効果が!?」「彼の作る小麦を食べたらレベルが上がった!」なんて噂が広まって、聖女様や女騎士、果ては王族までが俺の畑に押しかけてきて――!? 追放した実家が手のひらを返してきても、もう遅い! 最強農業スキルで辺境から世界を救う!? 爽快成り上がりファンタジー、ここに開幕!

婚約破棄は構いませんが、私が管理していたものは全て引き上げます 〜成金伯爵家令嬢は、もう都合のいい婚約者ではありません〜

藤原遊
ファンタジー
成金と揶揄される伯爵家の令嬢である私は、 名門だが実情はジリ貧な公爵家の令息と婚約していた。 公爵家の財政管理、契約、商会との折衝―― そのすべてを私が担っていたにもかかわらず、 彼は隣国の王女と結ばれることになったと言い出す。 「まあ素敵。では、私たちは円満に婚約解消ですね」 そう思っていたのに、返ってきたのは 「婚約破棄だ。君の不出来が原因だ」という言葉だった。 ……はぁ? 有責で婚約破棄されるのなら、 私が“善意で管理していたもの”を引き上げるのは当然でしょう。 資金も、契約も、人脈も――すべて。 成金伯爵家令嬢は、 もう都合のいい婚約者ではありません。

異世界スローライフ希望なのに、女神の過保護が止まらない

葉泪秋
ファンタジー
HOTランキング1位感謝です!(2/3) 「小説家になろう」日間ランキング最高11位!(ハイファンタジー) ブラック企業で過労死した俺、佐久間遼。 神様に願ったのは、ただ「異世界で、畑でも耕しながらのんびり暮らしたい」ということだけ。 そうして手に入れた、辺境の村での穏やかな日々。現状に満足し、今度こそは平穏なスローライフを……と思っていたのだが、俺の妙なスキルと前世の社畜根性が、そうはさせない。 ふとした善意で枯れた井戸を直したことから、堅物の騎士団長やら、過保護な女神やらに目をつけられることになる。 早く穏やかに暮らしたい。 俺は今日も、規格外に育った野菜を手に、皆の姿を眺めている。 【毎日18:00更新】 ※表紙画像はAIを使用しています

【完結】辺境伯の溺愛が重すぎます~追放された薬師見習いは、領主様に囲われています~

深山きらら
恋愛
王都の薬師ギルドで見習いとして働いていたアディは、先輩の陰謀により濡れ衣を着せられ追放される。絶望の中、辺境の森で魔獣に襲われた彼女を救ったのは、「氷の辺境伯」と呼ばれるルーファスだった。彼女の才能を見抜いたルーファスは、アディを専属薬師として雇用する。

転生幼子は生きのびたい

えぞぎんぎつね
ファンタジー
 大貴族の次男として生まれたノエルは、生後八か月で誘拐されて、凶悪な魔物が跋扈する死の山に捨てられてしまった。  だが、ノエルには前世の記憶がある。それに優れた魔法の才能も。  神獣の猫シルヴァに拾われたノエルは、親を亡くした赤ちゃんの聖獣犬と一緒に、神獣のお乳を飲んで大きくなる。  たくましく育ったノエルはでかい赤ちゃん犬と一緒に、元気に楽しく暮らしていくのだった。  一方、ノエルの生存を信じている両親はノエルを救出するために様々な手段を講じていくのだった。 ※ネオページ、カクヨムにも掲載しています

【大賞・完結】地味スキル《お片付け》は最強です!社畜OL、異世界でうっかり国を改革しちゃったら、騎士団長と皇帝陛下に溺愛されてるんですが!?

旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
【第18回ファンタジー小説大賞で大賞をいただきました】→【規約変更で書籍化&コミカライズ「確約」は取り消しになりました。】 佐藤美佳子(サトウ・ミカコ)、享年28歳。死因は、過労。連日の徹夜と休日出勤の果てに、ブラック企業のオフィスで静かに息を引き取った彼女が次に目覚めたのは、剣と魔法のファンタジー世界だった。 新たな生を受けたのは、田舎のしがない貧乏貴族の娘、ミカ・アシュフィールド、16歳。神様がくれた転生特典は、なんと《完璧なる整理整頓》という、とんでもなく地味なスキルだった。 「せめて回復魔法とかが良かった……」 戦闘にも生産にも役立たないスキルに落胆し、今度こそは静かに、穏やかに生きたいと願うミカ。しかし、そんな彼女のささやかな望みは、王家からの突然の徴収命令によって打ち砕かれる。 「特殊技能持ちは、王宮へ出仕せよ」 家族を守るため、どうせ役立たずと追い返されるだろうと高をくくって王都へ向かったミカに与えられた任務は、あまりにも無謀なものだった。 「この『開かずの倉庫』を、整理せよ」 そこは、数百年分の備品や資材が山と積まれ、あまりの混沌ぶりに探検隊が遭難したとまで噂される、王家最大の禁足地。 絶望的な光景を前に、ミカが覚悟を決めてスキルを発動した瞬間――世界は、彼女の「お片付け」が持つ真の力に震撼することになる。 これは、地味スキルでうっかり国のすべてを最適化してしまった元社畜令嬢が、カタブツな騎士団長や有能すぎる皇帝陛下にその価値を見出され、なぜか過保護に甘やかされてしまう、お仕事改革ファンタジー。

処理中です...