理想の妻とやらと結婚できるといいですね。

ふまさ

文字の大きさ
24 / 35

24

しおりを挟む
 屋敷の自室で、アシュリーは手にしていた手紙を机に置いた。ふわっと風が舞い、燭台にある蝋燭の灯りが揺れた。

『エミリアさんが、靴屋の息子さんに告白されたそうですよ』

 シンディーからの手紙の一文を思い出し、アシュリーは頬杖をついた。

「……どうしろと」

 呟くアシュリーの耳に、キィという、扉の開く音が響いた。

「……おとうさま」

 縋るような声の主は、マリアンだった。午後十一時二十分。外はすでに真っ暗で、小さな子どもはもう、熟睡しているはずの時刻だった。

「……めをつぶると、おかあさまのこわいこえとかおが、どうしてもうかんでしまいます」

 甘えてはいけないという思いが強いのか。今日は大丈夫ですと、いったんは一人で眠ろうと頑張るのだが、やはりまだ恐さを拭えないのだろう。結局は自室を抜け出し、こうして毎晩、アシュリーの元を訪れる。

「……そうか。おいで、父様と一緒に寝よう」

 自身の行いのせいで娘から拒絶された妻は、あろうことか、マリアンを責めはじめた。あたしがいなくなってもいいのかと。なんて冷たい娘だと。

 アシュリーがいくら止めろと言っても、妻は止まらなかった。今すぐ出て行けと怒鳴ると、酷いと嘆き、あたしが野垂れ死んでもいいんだ。暴漢に襲われてもいいんだ。賊に殺されてもいいんだと喚きはじめた。

 マリアンにこれ以上、こんな母親の姿を見せたくない。その思いもむろん強くあったが、妻の醜い本性に、不倫よりもよほど、アシュリーは強いショックを受けていた。半ば強引に仕事の休みを取らせてもらい、心を落ち着かせるために、姉のシンディーの元へと逃げた。

 その後。離縁をなんとか了承させ、いくらかの金を渡し、妻を屋敷から追い出した。妻は屋敷の外から、離縁されたのはお前のせいだと泣き喚きながら、あろうことかまた、マリアンを責めはじめた。

 自室にいたマリアンは、窓から鬼のような形相をした母親を見てしまったのだろう。その顔が焼き付いて離れないのか、いまだにこうして怯えている。

 一度目の裏切りのときに離縁していればと、何度後悔したかしれない。

 マリアンを右手で抱き上げ、左手で燭台を持つ。おろされたマリアンはごろんとアシュリーの寝台に横になったが、その手には、ヘアアクセサリーが握られていた。

「すっかりお気に入りだな」

「はい。とってもかわいくて、きれいです」

「だから作り手のエミリアさんのことも、怖くなかったの?」

「それもあります」

 マリアンの隣に腰かけたアシュリーは「それも?」と、首を傾げた。

「他に理由があったのか?」

「エミリアさんは、おとうさまじゃなくて、マリアンをみてくれました」

「……ん?」

「おとうさまといっしょにいるとき、おんなのひとは、マリアンのことをあまりみてくれません。おとうさまばかりみて、おとうさまとばかりおはなししたがります。おやしきではたらいてくれているひとも、おなじです」

 ぷくっ。
 頬を膨らませるマリアンに、そんなこと気にしたことがなかったアシュリーは、目を見張った。

「めのたかさもマリアンにあわせてくれて、しつもんにも、ちゃんとこたえてくれました」

「……マリアン?」

「はい。なんでしょう」

「……屋敷で働いてくれている人も、と言ったかな?」

「いいました。おかあさまがよく、いろめをつかってとおこっているのをみました。いろめのいみはわかりませんでしたが」

「……女性の使用人って、メイドのノーラのこと?」

「はい」

「……まさか、嫌なことを言われたりされたりなんかは」

「いいえ、やさしいはやさしいです。ただ、マリアンよりおとうさまのほうがすきなんだなあと」

「……マリアンはノーラのこと、嫌い?」

「きらいではないです」

 不倫をしていたくせに、妻は女性がアシュリーに話しかけようとしただけで、不機嫌になっていた。はたしてその妻が言っていたことを、信じていいのだろうか。

(……色目、使われた覚えはないし。ノーラはマリアンのこと、ちゃんと可愛がってくれているように見えるけど)  

 母親のことで精神的にまいっているいま、新しい使用人を雇い入れることの方がマリアンのためにはよくないのではないか。そんな風に考えつつ、アシュリーは、マリアンの意見をあらためて聞いてみた。

「ノーラがこの屋敷にいても、平気か? それとも……いない方がいい?」

「いなくなってはこまります」

「そう……もしなにかあったら、すぐに父様に言うこと。約束できるか?」

 マリアンは、はい、とアシュリーの腰に抱き付いてきた。頭を撫でると、気持ちよさそうにし、やがて寝息を立てはじめた。

(しばらく様子を見るか……)

 アシュリーは小さく欠伸をすると、自身も横になり、目を閉じた。

『こら、おばさまじゃなくて。おねえさまだろう?』

『? いえ。わたしの年なら、この子ぐらいの子どもがいてもおかしくはないので』

 シンディーからの手紙のせいか。ふと、はじめてのエミリアと会話が頭に浮かんだ。

(誤魔化しでもなんでもなく、本当に怒っていない様子だったな。そういうの、気にしない性格なんだろうか)

 うと。
 目を閉じて間もないというのに、抗えない睡魔が襲ってきた。

(……言われてみれば、確かにあのとき)

 ──わたしではなく、マリアンを見て、話してくれていたな。

 アシュリーの頬が知らず緩む。やがて二つ寝息が、アシュリーの私室に響いた。


  
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

《完結》初夜をすっぽかされた令嬢は夫を死亡扱いする

さんけい
恋愛
クズ夫の非常識を帳簿で粛々と清算!真実の愛?笑わせるわね! 全14話。

なぜ、私に関係あるのかしら?

シエル
ファンタジー
「初めまして、アシュフォード公爵家一女、セシリア・アシュフォードと申します」 彼女は、つい先日までこの国の王太子殿下の婚約者だった。 そして今日、このトレヴァント辺境伯家へと嫁いできた。 「…レオンハルト・トレヴァントだ」 非道にも自らの実妹を長年にわたり虐げ、婚約者以外の男との不適切な関係を理由に、王太子妃に不適格とされ、貴族学院の卒業式で婚約破棄を宣告された。 そして、新たな婚約者として、その妹が王太子本人から指名されたのだった。 「私は君と夫婦になるつもりはないし、辺境伯夫人として扱うこともない」 この判断によって、どうなるかなども考えずに… ※ 中世ヨーロッパ風の世界観です。 ※ ご都合主義ですので、ご了承下さい、 ※ 画像はAIにて作成しております

婚約者チェンジ? 義理の妹は公爵令嬢の地位もチェンジされました』 ~三日で破談、家ごと褫奪の末路です~

ふわふわ
恋愛
「お姉様の婚約者、私がいただきますわ。だって“公爵令嬢”ですもの」 義理の妹コンキュはそう言って、王太子との婚約を奪いました。 父はそれを容認し、私は静かに受け入れます。 けれど―― 公爵令嬢とは“地位”ではなく、“責任”の継承者。 王宮で礼儀も実務も拒み、「未来の王太子妃」を名乗った義妹は、わずか三日で婚約破棄。 さらに王家への不敬と統治能力の欠如が問題視され、父の監督責任が問われます。 そして下されたのは――家ごとの褫奪。 一方で私は、領地を守り、帳簿を整え、静かに家を支え続ける。 欲しがったのは肩書。 継いだのは責任。 正統は叫びません。 ただ、残るだけ。 これは、婚約を奪われた公爵令嬢が “本当に継がれるべきもの”を証明する物語。

婚約破棄された公爵令嬢は本当はその王国にとってなくてはならない存在でしたけど、もう遅いです

神崎 ルナ
恋愛
ロザンナ・ブリオッシュ公爵令嬢は美形揃いの公爵家の中でも比較的地味な部類に入る。茶色の髪にこげ茶の瞳はおとなしめな外見に拍車をかけて見えた。そのせいか、婚約者のこのトレント王国の王太子クルクスル殿下には最初から塩対応されていた。 そんな折り、王太子に近付く女性がいるという。 アリサ・タンザイト子爵令嬢は、貴族令嬢とは思えないほどその親しみやすさで王太子の心を捕らえてしまったようなのだ。 仲がよさげな二人の様子を見たロザンナは少しばかり不安を感じたが。 (まさか、ね) だが、その不安は的中し、ロザンナは王太子に婚約破棄を告げられてしまう。 ――実は、婚約破棄され追放された地味な令嬢はとても重要な役目をになっていたのに。 (※誤字報告ありがとうございます)

婚約破棄に乗り換え、上等です。私は名前を変えて隣国へ行きますね

ルーシャオ
恋愛
アンカーソン伯爵家令嬢メリッサはテイト公爵家後継のヒューバートから婚約破棄を言い渡される。幼い頃妹ライラをかばってできたあざを指して「失せろ、その顔が治ってから出直してこい」と言い放たれ、挙句にはヒューバートはライラと婚約することに。 失意のメリッサは王立寄宿学校の教師マギニスの言葉に支えられ、一人で生きていくことを決断。エミーと名前を変え、隣国アスタニア帝国に渡って書籍商になる。するとあるとき、ジーベルン子爵アレクシスと出会う。ひょんなことでアレクシスに顔のあざを見られ——。

私を捨てて後悔したようですけど、もうあなたと関わりません

天宮有
恋愛
「クノレラの方が好きだから、俺との婚約を破棄して欲しい」 伯爵令嬢の私キャシーは、婚約者ラウド王子の発言が信じられなかった。 一目惚れしたと言われて私は強引に婚約が決まり、その後ラウド王子は男爵令嬢クノレラを好きになったようだ。 ラウド王子が嫌になったから、私に関わらないと約束させる。 その後ラウド王子は、私を捨てたことを後悔していた。

我が家の乗っ取りを企む婚約者とその幼馴染みに鉄槌を下します!

真理亜
恋愛
とある侯爵家で催された夜会、伯爵令嬢である私ことアンリエットは、婚約者である侯爵令息のギルバートと逸れてしまい、彼の姿を探して庭園の方に足を運んでいた。 そこで目撃してしまったのだ。 婚約者が幼馴染みの男爵令嬢キャロラインと愛し合っている場面を。しかもギルバートは私の家の乗っ取りを企んでいるらしい。 よろしい! おバカな二人に鉄槌を下しましょう!  長くなって来たので長編に変更しました。

【完結】私を捨てた皆様、どうぞその選択を後悔なさってください 〜婚約破棄された令嬢の、遅すぎる謝罪はお断りです〜

くろねこ
恋愛
王太子の婚約者として尽くしてきた公爵令嬢エリシアは、ある日突然、身に覚えのない罪で断罪され婚約破棄を言い渡される。 味方だと思っていた家族も友人も、誰一人として彼女を庇わなかった。 ――けれど、彼らは知らなかった。 彼女こそが国を支えていた“本当の功労者”だったことを。 すべてを失ったはずの令嬢が選んだのは、 復讐ではなく「関わらない」という選択。 だがその選択こそが、彼らにとって最も残酷な“ざまぁ”の始まりだった。

処理中です...