25 / 35
25
しおりを挟む
街から出ることを怖れるエミリアと、仕事が忙しくて中々まとまった休みを取れなかったアシュリー。二人が再会を果たしたのは、それから半年以上経ってからのことだった。
「エミリアさんっ」
アシュリーたちが訪れる日に屋敷に招待されたエミリアは、手土産片手に、シンディーたちの元に来ていた。
「マリアンちゃん、お久しぶりですね。少し大きくなられたのでは?」
「はい。しんちょうがすこしのびました!」
「素晴らしいです。そんなマリアンちゃんにお土産があるのですか、受け取ってくれますか?」
「?! なんですか?」
エミリアはポケットから、花を刺繍した一枚のハンカチを取り出した。
「マリアンちゃんが好きだと教えてくれたデイジーの花を刺繍したハンカチです。送ってもよかったんですが、やっぱり、直接渡したいなって」
「ありがとうございますっ」
マリアンはそれを両手で受け取ると、勢いよく後ろにいるアシュリーを振り向き、目を輝かせながらドヤッと自慢気な顔をした。
(……マリアンだけお土産を貰ったという自慢がしたいのか。それとも、やっぱりエミリアさんは父様よりマリアンを見てくれたでしょうと言いたいのか。どちらだろう)
「アシュリーさんも、お久しぶりです」
立ち上がり、ぺこりと頭を下げるエミリアにあいさつを返しながら、アシュリーは自分の隣に立つシンディーをちらっと見た。
やけに上機嫌の姉が最近送ってくる手紙には、やたらエミリアの近況報告が書かれていたりする。その思惑は、考えるまでもない。だからこそ、アシュリーは柄にもなく、少し緊張していた。
夜勤明けのクリフトンも加わり、大人が四人と、子ども二人のお茶会がはじまった。天気がいいので、お庭はどうでしょう。シンディーの提案に、みなが庭のテーブルの前に集まる。マリアンを真ん中に、アシュリーとエミリアが並んで座る。正面には、同じように、息子を挟んだシンディーとクリフトンが腰掛ける。
会話の中。確信はないものの、シンディーはアシュリーの近況など、エミリアにはなにも伝えていない風だった。
(……姉上のせいで意識してしまうせいか、つい視線がエミリアさんに向いてしまうな。しかし)
驚くほど目が合わない。合わせないよう意識しているようにも見えない。
(女性とこんなに目が合わないの、珍しいな。いつもはよく──ん?)
ふと振り返ってみれば、妻と離縁してからというもの、やたらと女性と目が合い、話しかけられることが増えたように思う。それは、使用人の二人も同じで。
(あまり気にしていなかったけど……近頃、手紙や荷物を受け取るとき、手が触れることがやたら多くなったような。いや、気のせいか……?)
「──マリアンちゃん、眠いですか?」
気遣うようなエミリアの声色に隣を見れば、マリアンがうつらうつらしていた。
「長距離の移動でしたから、疲れたんでしょう。姉上、いつもの客室の寝室を使わせてもらいますね」
「疲れているのはアシュリーもでしょう? マリアンのことはわたくしたちにまかせて。ね、あなた」
「そうだな」
お前もそろそろ昼寝の時間だろうと、クリフトンが息子を見て立ち上がる。ぼくまだねむくないですと不思議がる息子を抱き上げ、同じくマリアンを抱き上げたシンディーと、止める間もなく屋敷の中へ入っていってしまった。
傍に控えていたはずの使用人もいつの間にやら姿を消していて、気付けばアシュリーは、エミリアと二人きりになっていた。
(絶対に姉上の指示だ……)
気まずそうに左隣へ視線を向けると、エミリアは呆気にとられ、目を丸くしていた。頭を抱えそうになるアシュリー。
「……すみません」
呟いたのは、アシュリーではなく、エミリアだった。今度はアシュリーが呆然とした。
「どうしてエミリアさんが謝るのですか?」
「……シンディーさんはたぶん、わたしに負い目があって……だからこのようなことを」
「負い目?」
「……シンディーさんは被害者で、ちっとも悪くはないのですが。お優しい方ですので……」
話が全然見えない。困惑するアシュリーに、エミリアは元夫とどうして離縁することになったのか。その訳を説明した。
「やはり、アシュリーさんはなにも聞いていらっしゃらなかったのですね」
「……すべて、初耳です」
アシュリーが、ぼんやり掠れた声で答える。元妻も大概酷かったが、エミリアの元夫も、相当なものだった。
「巻き込んでしまい、申し訳ありません。まさかシンディーさんが、ここまで追い詰められていたなんて思いもよらず……わたしからきちんと、自分の気持ちを説明しておきますね」
「……自分の気持ち?」
「はい。わたしはもう、恋愛も結婚もしたくないのです。なにより──少し飛躍しすぎかもですが、シンディーさんの大切な弟であるアシュリーさんの奥様も、マリアンちゃんの母親も、わたしのような女になってほしくはありません」
「…………え?」
突っ込みどころが多すぎて、アシュリーは数秒、固まってしまった。
「……待ってください。前にも、わたしなんかと卑下していましたが、それは離縁してからですか? 元夫の言葉に影響を受けて?」
「自分でも、あんな男に振り回されるのは愚かだと思います。でも、消えないのです。『わたしなんか』を、無意識に口癖にしてしまっていることも、アシュリーさんに指摘されてはじめて気付きました。それほどまでに、影響されてしまっている……いえ。もしかするとわたしは、元から根が暗かったのかもしれせん。こんなわたしとアシュリーさんがどうこうなるなんて、ありえません。シンディーさんが戻られたら、きちんとお話せねばっ」
エミリアが俯き、ぐっと小さくこぶしを握る。それを視界に捉えながら、アシュリーは胸中で呟いた。
──違う、と。
「エミリアさんっ」
アシュリーたちが訪れる日に屋敷に招待されたエミリアは、手土産片手に、シンディーたちの元に来ていた。
「マリアンちゃん、お久しぶりですね。少し大きくなられたのでは?」
「はい。しんちょうがすこしのびました!」
「素晴らしいです。そんなマリアンちゃんにお土産があるのですか、受け取ってくれますか?」
「?! なんですか?」
エミリアはポケットから、花を刺繍した一枚のハンカチを取り出した。
「マリアンちゃんが好きだと教えてくれたデイジーの花を刺繍したハンカチです。送ってもよかったんですが、やっぱり、直接渡したいなって」
「ありがとうございますっ」
マリアンはそれを両手で受け取ると、勢いよく後ろにいるアシュリーを振り向き、目を輝かせながらドヤッと自慢気な顔をした。
(……マリアンだけお土産を貰ったという自慢がしたいのか。それとも、やっぱりエミリアさんは父様よりマリアンを見てくれたでしょうと言いたいのか。どちらだろう)
「アシュリーさんも、お久しぶりです」
立ち上がり、ぺこりと頭を下げるエミリアにあいさつを返しながら、アシュリーは自分の隣に立つシンディーをちらっと見た。
やけに上機嫌の姉が最近送ってくる手紙には、やたらエミリアの近況報告が書かれていたりする。その思惑は、考えるまでもない。だからこそ、アシュリーは柄にもなく、少し緊張していた。
夜勤明けのクリフトンも加わり、大人が四人と、子ども二人のお茶会がはじまった。天気がいいので、お庭はどうでしょう。シンディーの提案に、みなが庭のテーブルの前に集まる。マリアンを真ん中に、アシュリーとエミリアが並んで座る。正面には、同じように、息子を挟んだシンディーとクリフトンが腰掛ける。
会話の中。確信はないものの、シンディーはアシュリーの近況など、エミリアにはなにも伝えていない風だった。
(……姉上のせいで意識してしまうせいか、つい視線がエミリアさんに向いてしまうな。しかし)
驚くほど目が合わない。合わせないよう意識しているようにも見えない。
(女性とこんなに目が合わないの、珍しいな。いつもはよく──ん?)
ふと振り返ってみれば、妻と離縁してからというもの、やたらと女性と目が合い、話しかけられることが増えたように思う。それは、使用人の二人も同じで。
(あまり気にしていなかったけど……近頃、手紙や荷物を受け取るとき、手が触れることがやたら多くなったような。いや、気のせいか……?)
「──マリアンちゃん、眠いですか?」
気遣うようなエミリアの声色に隣を見れば、マリアンがうつらうつらしていた。
「長距離の移動でしたから、疲れたんでしょう。姉上、いつもの客室の寝室を使わせてもらいますね」
「疲れているのはアシュリーもでしょう? マリアンのことはわたくしたちにまかせて。ね、あなた」
「そうだな」
お前もそろそろ昼寝の時間だろうと、クリフトンが息子を見て立ち上がる。ぼくまだねむくないですと不思議がる息子を抱き上げ、同じくマリアンを抱き上げたシンディーと、止める間もなく屋敷の中へ入っていってしまった。
傍に控えていたはずの使用人もいつの間にやら姿を消していて、気付けばアシュリーは、エミリアと二人きりになっていた。
(絶対に姉上の指示だ……)
気まずそうに左隣へ視線を向けると、エミリアは呆気にとられ、目を丸くしていた。頭を抱えそうになるアシュリー。
「……すみません」
呟いたのは、アシュリーではなく、エミリアだった。今度はアシュリーが呆然とした。
「どうしてエミリアさんが謝るのですか?」
「……シンディーさんはたぶん、わたしに負い目があって……だからこのようなことを」
「負い目?」
「……シンディーさんは被害者で、ちっとも悪くはないのですが。お優しい方ですので……」
話が全然見えない。困惑するアシュリーに、エミリアは元夫とどうして離縁することになったのか。その訳を説明した。
「やはり、アシュリーさんはなにも聞いていらっしゃらなかったのですね」
「……すべて、初耳です」
アシュリーが、ぼんやり掠れた声で答える。元妻も大概酷かったが、エミリアの元夫も、相当なものだった。
「巻き込んでしまい、申し訳ありません。まさかシンディーさんが、ここまで追い詰められていたなんて思いもよらず……わたしからきちんと、自分の気持ちを説明しておきますね」
「……自分の気持ち?」
「はい。わたしはもう、恋愛も結婚もしたくないのです。なにより──少し飛躍しすぎかもですが、シンディーさんの大切な弟であるアシュリーさんの奥様も、マリアンちゃんの母親も、わたしのような女になってほしくはありません」
「…………え?」
突っ込みどころが多すぎて、アシュリーは数秒、固まってしまった。
「……待ってください。前にも、わたしなんかと卑下していましたが、それは離縁してからですか? 元夫の言葉に影響を受けて?」
「自分でも、あんな男に振り回されるのは愚かだと思います。でも、消えないのです。『わたしなんか』を、無意識に口癖にしてしまっていることも、アシュリーさんに指摘されてはじめて気付きました。それほどまでに、影響されてしまっている……いえ。もしかするとわたしは、元から根が暗かったのかもしれせん。こんなわたしとアシュリーさんがどうこうなるなんて、ありえません。シンディーさんが戻られたら、きちんとお話せねばっ」
エミリアが俯き、ぐっと小さくこぶしを握る。それを視界に捉えながら、アシュリーは胸中で呟いた。
──違う、と。
1,270
あなたにおすすめの小説
婚約者から「君のことを好きになれなかった」と婚約解消されました。えっ、あなたから告白してきたのに?
四折 柊
恋愛
結婚式を三か月後に控えたある日、婚約者である侯爵子息スコットに「セシル……君のことを好きになれなかった」と言われた。私は驚きそして耳を疑った。(だってあなたが私に告白をして婚約を申し込んだのですよ?)
スコットに理由を問えば告白は人違いだったらしい。ショックを受けながらも新しい婚約者を探そうと気持ちを切り替えたセシルに、美貌の公爵子息から縁談の申し込みが来た。引く手数多な人がなぜ私にと思いながら会ってみると、どうやら彼はシスコンのようだ。でも嫌な感じはしない。セシルは彼と婚約することにした――。全40話。
「失礼いたしますわ」と唇を噛む悪役令嬢は、破滅という結末から外れた?
パリパリかぷちーの
恋愛
「失礼いたしますわ」――断罪の広場で令嬢が告げたのは、たった一言の沈黙だった。
侯爵令嬢レオノーラ=ヴァン=エーデルハイトは、“涙の聖女”によって悪役とされ、王太子に婚約を破棄され、すべてを失った。だが彼女は泣かない。反論しない。赦しも求めない。ただ静かに、矛盾なき言葉と香りの力で、歪められた真実と制度の綻びに向き合っていく。
「誰にも属さず、誰も裁かず、それでもわたくしは、生きてまいりますわ」
これは、断罪劇という筋書きを拒んだ“悪役令嬢”が、沈黙と香りで“未来”という舞台を歩んだ、静かなる反抗と再生の物語。
なぜ、私に関係あるのかしら?
シエル
ファンタジー
「初めまして、アシュフォード公爵家一女、セシリア・アシュフォードと申します」
彼女は、つい先日までこの国の王太子殿下の婚約者だった。
そして今日、このトレヴァント辺境伯家へと嫁いできた。
「…レオンハルト・トレヴァントだ」
非道にも自らの実妹を長年にわたり虐げ、婚約者以外の男との不適切な関係を理由に、王太子妃に不適格とされ、貴族学院の卒業式で婚約破棄を宣告された。
そして、新たな婚約者として、その妹が王太子本人から指名されたのだった。
「私は君と夫婦になるつもりはないし、辺境伯夫人として扱うこともない」
この判断によって、どうなるかなども考えずに…
※ 中世ヨーロッパ風の世界観です。
※ ご都合主義ですので、ご了承下さい、
※ 画像はAIにて作成しております
兄にいらないと言われたので勝手に幸せになります
毒島醜女
恋愛
モラハラ兄に追い出された先で待っていたのは、甘く幸せな生活でした。
侯爵令嬢ライラ・コーデルは、実家が平民出の聖女ミミを養子に迎えてから実の兄デイヴィッドから冷遇されていた。
家でも学園でも、デビュタントでも、兄はいつもミミを最優先する。
友人である王太子たちと一緒にミミを持ち上げてはライラを貶めている始末だ。
「ミミみたいな可愛い妹が欲しかった」
挙句の果てには兄が婚約を破棄した辺境伯家の元へ代わりに嫁がされることになった。
ベミリオン辺境伯の一家はそんなライラを温かく迎えてくれた。
「あなたの笑顔は、どんな宝石や星よりも綺麗に輝いています!」
兄の元婚約者の弟、ヒューゴは不器用ながらも優しい愛情をライラに与え、甘いお菓子で癒してくれた。
ライラは次第に笑顔を取り戻し、ベミリオン家で幸せになっていく。
王都で聖女が起こした騒動も知らずに……
『有能すぎる王太子秘書官、馬鹿がいいと言われ婚約破棄されましたが、国を賢者にして去ります』
しおしお
恋愛
王太子の秘書官として、陰で国政を支えてきたアヴェンタドール。
どれほど杜撰な政策案でも整え、形にし、成果へ導いてきたのは彼女だった。
しかし王太子エリシオンは、その功績に気づくことなく、
「女は馬鹿なくらいがいい」
という傲慢な理由で婚約破棄を言い渡す。
出しゃばりすぎる女は、妃に相応しくない――
そう断じられ、王宮から追い出された彼女を待っていたのは、
さらに危険な第二王子の婚約話と、国家を揺るがす陰謀だった。
王太子は無能さを露呈し、
第二王子は野心のために手段を選ばない。
そして隣国と帝国の影が、静かに国を包囲していく。
ならば――
関わらないために、関わるしかない。
アヴェンタドールは王国を救うため、
政治の最前線に立つことを選ぶ。
だがそれは、権力を欲したからではない。
国を“賢く”して、
自分がいなくても回るようにするため。
有能すぎたがゆえに切り捨てられた一人の女性が、
ざまぁの先で選んだのは、復讐でも栄光でもない、
静かな勝利だった。
---
【完結】私を忘れてしまった貴方に、憎まれています
高瀬船
恋愛
夜会会場で突然意識を失うように倒れてしまった自分の旦那であるアーヴィング様を急いで邸へ連れて戻った。
そうして、医者の診察が終わり、体に異常は無い、と言われて安心したのも束の間。
最愛の旦那様は、目が覚めると綺麗さっぱりと私の事を忘れてしまっており、私と結婚した事も、お互い愛を育んだ事を忘れ。
何故か、私を憎しみの籠った瞳で見つめるのです。
優しかったアーヴィング様が、突然見知らぬ男性になってしまったかのようで、冷たくあしらわれ、憎まれ、私の心は日が経つにつれて疲弊して行く一方となってしまったのです。
【完結】虐げられて自己肯定感を失った令嬢は、周囲からの愛を受け取れない
春風由実
恋愛
事情があって伯爵家で長く虐げられてきたオリヴィアは、公爵家に嫁ぐも、同じく虐げられる日々が続くものだと信じていた。
願わくば、公爵家では邪魔にならず、ひっそりと生かして貰えたら。
そんなオリヴィアの小さな願いを、夫となった公爵レオンは容赦なく打ち砕く。
※完結まで毎日1話更新します。最終話は2/15の投稿です。
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています。
貴方が要らないと言ったのです
藍田ひびき
恋愛
「アイリス、お前はもう必要ない」
ケヴィン・サージェント伯爵から一方的に離縁を告げられたアイリス。
彼女の実家の資金援助を目当てにした結婚だったため、財政が立て直された今では結婚を続ける意味がなくなったとケヴィンは語る。
屈辱に怒りを覚えながらも、アイリスは離縁に同意した。
しかしアイリスが去った後、伯爵家は次々と困難に見舞われていく――。
※ 他サイトにも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる