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ワガママ 4. 迎えに来て
しおりを挟む手を繋いで往来を歩くっていう俺のとんでもないワガママから、5日が経った。
それからアルジオは食堂に現れなくて、心にモヤモヤとしてものが溜まる。
……あれで嫌になったのかな。
優しいからその場では手を繋いでやったけど、あんなことさせる奴、もう顔も見たくない、とか?
別にそれで自然消滅みたいな感じで別れるっていうなら、それはそれでいいんだけど。
だけど俺は馬鹿だから、もしかしたら彼が来るかもしれないと毎日思ってしまう。
きっと、この先もずっと。
別れる決心をつけたと思っていたのに、全然覚悟ができていない自分に呆れてため息が出る。
そもそも別に元からアルジオは毎日来るわけじゃない。
週に1度か2度、俺を抱きたくなった時に彼の気まぐれで訪れるだけだった。
ずっとそうだっただろ、と心を戒める。
それで今まで満足していたはずなのに、アルジオの部屋に泊めて貰って朝ごはん食べさせてもらって、手まで繋いじゃったから調子に乗ってるのかもしれない。
あんなことしたのに、まだ俺を見捨てないでくれているんじゃなか、なんて。
決定的な言葉はまだ言われてないんだからと。
でも冷静に考えれば、自然消滅は一番あり得る。
彼と俺の生活は、アルジオが意識してこちらに来なければ、まったく重ならないんだから。
そう思って、ひび割れそうな心に俺は深くため息をついた。
釣り合わないからと押し込めていたはずのワガママな心が、別れると決めた今になって暴れ出す。
どうせこうやって来てくれなくなっちゃうんだったら、ちゃんと好きって言えば良かった、とか。
もっと甘えたかったとか。
でももし好き勝手なこと言ってたら、今よりもずっと短い間しか付き合えなかったかもしれない。
堂々巡りをする思考を、頭を振って散らした。
仕事中にこんなに集中できなくてどうするんだよ。
この店を追い出されたら行くところなんてないのに。
夕食時で賑わう店で、大きな酒のジョッキをいくつも手に持ってあちこちのテーブルを回る。
絡んでくるおじさん達を冗談を言って躱して、追加のオーダーを取る。
重たい皿を運んで、厨房が回っていないのを見て、皿洗いの助っ人に入る。
客に呼ばれて厨房を飛び出して、空いたグラスをかたずけて新しい酒を用意する。
ただひたすら目の前のことだけをやっていったら、時間はどんどん過ぎて行った。
ピークは過ぎたしあとちょっとで終わりだ。
そう思ってふと肩の力を抜いたら、カランと軽い音とともに扉が開いて。
綺麗な金髪の逞しい男__アルジオが入ってきた。
嘘だろと言いかけて、慌てて笑顔を取り繕って席へ案内した。
アルジオは、5日間会っていなかったことなんて当たり前だけどまったく気にしていないようで、ゆったりと席に着く。
適当にいくつか料理をオーダーされて、酒はどうするか尋ねると頷かれる。
……酒を頼むのは、アルジオの家に来いっていう合図だった。
それは今はどうなっているんだろう。
そんなことを聞けるわけもなくて席を離れようとすると、腕を掴まれて小声で囁かれた。
「この後、来れるか?」
そんなこと言われたの、付き合ってから本当にすぐの時だけだ。
二人の間にあっという間に色々なルールができて、俺はそれに雁字搦めになったし、彼もそれを踏み越えてはこなかったのに。
小さくこくりと頷くと、ほっとした顔で腕が放される。
その顔に、彼はまだ俺と別れたつもりじゃないんだろうと、勝手な妄想かもしれないけど思った。
胸が疼くのは、まだ別れられなかったことへか。それとも会えた喜びのためか。
絶対的に後者だな、と思って、俺は内心ため息をついた。
覚悟を決めたんだろ、と自分を鼓舞して、ノートに書き綴った4つ目のワガママを思い出す。
「俺、後2時間で仕事終わるんだけど、たまには、その、」
閉店まで1時間半。
それから後片付けで30分。
彼の家はこの食堂から歩いて20分程度だから、いつもだったら飯を食い終わったら彼は先に帰っている。
それが普通だ。
でも俺は顔を俯けながら、食堂内の喧騒に消えそうな小声でワガママを言った。
「む……迎えに、来てほしいな、なーんて」
か弱い女の子かよ。
そう自分で突っ込みながら、ちらりとアルジオの顔を伺うと。
きっと呆れた顔をしていると思っていたのに、彼は少し眉を寄せて頷いていた。
「そうだな。夜道だし危険だったな……気が付かなくて、すまなかった」
謝罪なんてするところじゃないだろう。
ここは、男のくせに手間を掛けさせるな、ふざけるなと言うところだろう。
そう思いながらも、自分から吐いた言葉は飲み込むことはできない。
後ろから他の客に呼ばれて、踵を返してアルジオの席を離れる。
けど俺の背中に彼の視線が突き刺さっている気がした。
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