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ワガママ 9.一緒に住んで
しおりを挟む広いアルジオのベッドの上で、キラキラ光る指輪を照明にかざして、俺はため息を飲み込んだ。
この指輪はやっぱり店の人たちに目ざとく見つけられた。
でも意外と邪推なんてされなくて、皿洗いの時になくさないように気を付けろ、と言われてしまった。
それほど俺が嬉しそうな顔してたのかもしれない。
そう言えば食堂が気に入ったのか、ソムが一人で飯を食いに来てくれた。
なのに俺の指輪を見て変な顔をして、今度はからかわれることも絡まれることもなく、彼は無言で帰っていった。
からかう気も起きないくらい、俺には不釣り合いな指輪だって思われたのかもしれない。
別れる時には返した方がいい気がする。
それとも、大事にしてるけど傷とか付いちゃうから代金を払った方がいいだろうか。
その時は分割払いにしてもらえないか、相談しよう。
シャワーを浴びたアルジオが部屋に戻ってきて、俺は寝転がっていたベッドから降りた。
「俺、そろそろ帰んないと」
「泊っていけばいいだろう。朝には送る」
そう言うと、俺のことをひょいと抱えてベッドに戻る。
引き戻されて毛布にくるまれそうになって、俺は彼の腕の中でもがいた。
「そうもいかないよ……。みんなが寝てる時間に部屋に戻ると、迷惑だし。アルジオさんの部屋と違って壁薄いからさ」
「ああ……今は、住み込みなんだよな?」
「うん。キッチンないし風呂もトイレも皆と一緒だけど、安いからね」
この綺麗な部屋と違って、狭いし天井も低いし壁や床も汚れてるし古いけど。
それでも田舎から出てきた俺には保証人もいなくて、他に借りられるところもないし。
潔癖症じゃないから、値段の割にはそこそこ快適だと思っている。
「な、ちょっと待て! 風呂も一緒!?」
「え?そうだよ。シャワーブース一個しかないから、コックの奴らと奪い合いなんだよね。鍵ないから、俺が入ってても乱入してくるし」
今の食堂には俺のほかに何人か従業員がいて、その中でも給仕は俺以外に1人、コックは2人住み込みで働いている。
どいつも良い奴だから住んでてストレスはないんだけど、油まみれになるコックは仕事が終わったら即シャワーを浴びたいらしく、俺の都合なんてお構いなしに風呂場に入ってくる。
ベタベタのままで過ごしたくないっていう気持ちは分かるから強く文句も言えないし。
しょうがない笑い話のつもりだったのに、アルジオは俺の言葉にベッドから起き上がると俺を座らせて怖い顔で肩を掴んできた。
「……そこを出る気はないのか?」
「出るって、住み込みやめるってこと? それはしないよ」
住み込みをやめるって・・・それってつまり、仕事をやめて田舎に帰るってことか。
俺が住み込み先を出たら、次に住む場所はそう見つからない。
住所がなければ仕事も見つからない。
それは俺の頭でも分かることだ。
「なぜだ」
「いや、マジで無理だよ。嫌だ」
たしかに住環境は騎士のアルジオから見たら劣悪かもしれないけど、俺は別に満足している。
今言った愚痴みたいなのも、ちょっとした話のネタで文句なんかじゃない。
いくら俺のことそんな好きじゃないって言っても、同じ街にいるくらいはいいじゃないか。
彼にとっては俺なんか気にかかる存在じゃないんだろうけど、それでもまだ『恋人』なのに、田舎に帰るように言われるなんて。
酷い。それは酷いだろ。
そばに居なくていいって堂々と言われて、俺は情けない恨み言が口から漏れ出そうになって、ぐっと唇を噛みしめる。
「別に俺は今のところで満足している」
「エーク、頼む」
手を振り払おうとするけど、アルジオの力強い腕は体から剥がれない。
なんだか悲しくて虚しくて俺は、鼻でわざと嘲笑するように笑った。
「だって俺 他に行くところないじゃん。なに、それともここに住ませてくれるの?」
そう言ってベッドから飛び降りる。
俺の言葉に驚いたのかようやく離れた腕に、なんだか余計腹が立つ。
苛立ちと悲しみが両方一気に胸に押し寄せて来て、苛々しながら服を身につけた。
乱暴にシャツを羽織って、逃げるように出て行こうとすると。
後ろからぎゅっと抱きしめられた。
「わ、ちょ、放して、」
「エーク、ここに住んでくれるのか?」
ぎゅうぎゅうと強く抱きしめられたまま、首筋に彼の吐息がかかる。
ぞくっとしたものが背筋に走って体が震える。
放して欲しいけど身動きが取れなくて腕をぱしぱし叩いた。
「アルジオさん、何言ってんの……」
一緒に住むとかありえないだろう。
腕を意外とあっさりと放してくれたアルジオは、大股でベッドサイドのチェストを開けて、その中から何か取り出して来た。
掌に納まる小さな『それ』を俺の手に押し付ける。
「え、これ、まさかここの鍵?」
「それはスペアだからそのまま使って。それから、荷物は別にすぐ全部持ってこなくてもいい。とりあえず必要なものだけ明日取りに行こう」
「え、いや、そうじゃなくて、」
いやいやちょっと待ってくれ。
どうなってるんだ。
なんで俺がアルジオの部屋の鍵をもらうんだ。
からかわれているんだとしたら、こんな冗談は質が悪い。
こんなひどい冗談言うような人じゃなかったと思うのに。
俺は掌の中の鍵を強く握りしめた。
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