腐った林檎

アズ

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第4章 名もなき島

04 春を知らせる風

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 雪が溶け始め春が訪れれば、新しい風がやってくる。
 シェフェールの公約は着実に実行され、結果をもたらし、撒かれた種は芽を出し始め成長し続けている。あとは立派な花を咲かせるだけだ。
 シェフェールの公約の一つ、女性の中絶に対する保険の適応化が実現された。シェフェールに敵対する議員は馬鹿げた制度だと言ったが、シェフェールは市民に直接問うことにした。それが市議会議員選挙である。敵対議員はシェフェールは分断を煽っているとあくまで反対の意思を曲げなかった。しかし、結果は多くの人達がシェフェールを支持したのだ。
「皆さんのおかげで女性が救われました」
 この言葉は新聞の見出しになった。
 予期せぬ妊娠に苦しめられた女性にとっては大きな変化となるだろう。中絶費用の問題は長らく続いていたが進展がないまま、女性だけが責められる社会に狭い思いをしてきた。これに男は深刻に受け止め考えるべきことだった。
 シェフェールの勢いは周囲に影響を及ぼし、それは違う市の選挙戦にもシェフェールは応援演説にかけつけるなど、自分の味方を増やしていった。
 焦りを感じるのは与党である。与党側はシェフェールは自分の任務(仕事)に集中していないと非難をした。だが、効果はさほどだった。
 世間はシェフェールの最大目標であるこの馬鹿げた戦争を終わらせることにあり、戦争反対の声はシェフェールの勢いと比例して増加していった。
 こうなれば与党は政権を失う可能性を心配しなければならなくなった。
 もし、国政選挙にこのままシェフェールの勢いを許せば、新たな国のトップはシェフェールに移るだろうと予想される。今の地位は足がかりに過ぎず、きっと市長の座を別の後継者に譲り渡すだろう。
 肝心の与党支持の軍までもが心を揺らぎ始めている。というのも選ばれし者の登場は減少傾向にあり、このままでは苦しい戦況になると予想されるからだ。その上、捕虜収容所が何者かに襲われ、うち選ばれし者が脱出するという始末。政府の責任問題としてマスコミは騒いでいる。
 与党幹部は頭を悩ましていた。低下する支持率。更に本土の相次ぐ被害。あの収容所襲撃事件だって例の男、オスマンが関わっていたとなれば仕方のないことだ。とは言え、本音を記者の前でぶちまけるわけにはいかない。
 春風は現政権にとっては鋭く刺さるような寒さの風となるだろう。



 イリゼの市長室に白いローブ姿の少女が入ってきた。それを見てシェフェールは顔を明るくした。
 ルルーは適当に椅子に座った。シェフェールのデスクにはパソコンがあり、目を疲れたのか目薬をさした。
「疲れてるみたいね」
「まだまだよ、やることは山ほどある」
「あなたを失ったらこの国は終わるね」
 シェフェールは苦笑し「ありがとう」と言った。
 自分はただの社会の歯車の一つだと思っているようだが、そうではないとルルーは思っていた。
「良い知らせがあるわ。あなたが探していた子だけど、見つかったと思う」
「本当? パクスにはいなかったわ」
「ええ。パクスじゃないわ。軍の基地で保護されている。と言っても彼、オラスという少年は入隊したようだけど」
「入隊?」
「前線で苦戦していた雷獣を相手に倒したのよ」
「それじゃ、完全に変身出来たんだ……」
「でも、急に出来たようでその分の体の負荷が思ったより負担だったのか、その後数日は眠り込んだみたいね」
 それを聞いてルルーは考え込んだ。
「どうかしたの?」
「いや……数日も眠ってしまうなんて聞いたことないから」
「それが何か重要?」
「どんな変身だったか分かる?」
「ラードーンと聞いているわ」
「ラードーン……」
「他の選ばれし者の変身と違い負荷が違うんじゃないのかしら? だって、ラードーンって強いじゃない」
「シェフェール市長、私は違う可能性を考えてます。オラスはまだ完全ではないまま力を無理に使ったから数日眠ってしまったんだと思います」
「まだ、完全ではない? でも、ラードーンだって……それ以上があると?」
「分かりません。もしかしたら、オラスは私達にとって危険かもしれません」
「詳しく聞かせてちょうだい」
 シェフェールは身を乗り出して聞く姿勢になった。
「私はずっと彼が気になっていました。私の知らないことが彼には起きている。片腕しか最初変身出来なかったのも一つです。もしかすると、私達が知らないものがオラスの本当の力だとしたら?」
「私達の知らないこと?」
「通常、賢者はイデアと繋がることで世界を知ろうとします。しかし、オラスの進化の先にもしイデアにないものだとしたら私達には知りようがありません。それは未知です。未知には対抗手段がありません」
「今も自分が正しいのか迷うことはあるわ。自問自答の繰り返しよ。未知と言うなら今がまさにそれよ。こんな大規模な戦争を終わらせるなんて前例がないんですもの」
「あなたが不安に感じるのは分かりますが、私はあなたなら成し遂げられると思います。しかし、それとこれは次元が違う」
「でも、あなたの知り合いよ。信じられないというの?」
「分かりません。だから、会ってみようと思います」
「それがいいわね。私にその話しをしても無駄よ。私にはそのへんは理解出来ないわ」
 シェフェールは正直だ。ルルーはそんな彼女が好きだ。
「居場所を教えてくれてありがとう」
 ルルーはお礼を言って市長室を出ていった。
「また行ってしまうのね、小猫ちゃん。次来る時はいつかしら。それとも来てくれるのかしら?」
 一人だけになったシェフェールは天井を見上げた。
 猫はいつだって気まぐれだ。猫のことは人間には理解できない。
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