悪役令嬢は反省しない!

束原ミヤコ

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 上着を脱いで髪を結いなおし、調理場に立っている私を広い調理台の傍の椅子に座ってジルベルト様が眺めている。一国の王というのは多忙である筈なのだが、ジルベルト様は多分時間を持て余しているのだろう。それに一分一秒でも私の傍を離れたくないようなので、そっとしておくことにした。
 調理台にはイッカクツノウサギが横たわっている。その他野草や木の実やきのこ類などは、汚れを取るために大きめのたらいの中で水につけてある。

 さて、私の前にいるイッカクツノウサギという動物は、王国では第三級危険種と認定され、討伐対象とされている。
 王国で食すお肉は、牛か馬か鳥が主流だ。それらは牧場で増やされて、加工されたものが肉屋で売られている。生肉は日持ちしないため贅沢品とされ、手に入りにくい。
 干し肉や、ハーブや塩でつけてある腸詰が一般的で、生肉を手に入れたい場合は牧場に直接買い付けにいく場合が多い。
 危険な動物が蔓延る遺跡や森を趣味で渡り歩く人々のことを、冒険者と呼ぶ。
 イッカクツノウサギは群れで家畜を襲うことがあり、蕃殖力が強いため、繁殖地の森や山を抱えた領主から冒険者に討伐依頼がでることがある。
 私はジルベルト様にイッカクツノウサギを抱えて逃げると言ったが、あれは嘘である。
 イッカクツノウサギは大きめの狼ぐらいの大きさがあるため、私には両手で抱えて持ち上げるぐらいが精一杯だからだ。
 耳が長いのでウサギと呼ばれているが、口が裂けていて牙が並び、4本足は長くやはりどちらかといえば馬に似ている。持ち上げるとずっしりと重く、足が長いのでおさまりが悪い。
 先程はジルベルト様が傍に居たから安易な方法で仕留めてしまったが、普通は罠を仕掛けて捉える。イッカクツノウサギは群れで行動するため、一匹仕留めると次々襲い掛かってくるからだ。
 多分五匹ぐらいならば、私一人でも相手をできるだろうが、十匹を超えてしまえば流石に無理だ。ジルベルト様が助けてくれることを見越してお肉を確保したわけである。

 因みに、一般的には流通していないし、食べる事もほとんどない。
 だが、冒険者の方々は討伐したイッカクツノウサギをよく食べるのだという。
 私がイッカクツノウサギを食べたことがあるのは、私やお兄様の剣の師である、ノワールさんに聞いたからだ。
 ノワールさんは一時期お父様の護衛を務めていた冒険者の方で、護衛と言ってもお父様が外出するとき以外はあまりやることがないらしく、暇つぶしにお兄様や私を相手に剣を教えてくれていた。
 腕がなまると言っては度々森の中にふらりと入っていくので、何回かついていったことがある。動植物に興味を示す私を「面白いお嬢ちゃんだなぁ」といって良く相手にしてくれていた。
 私が十歳を過ぎるころ、面白い遺跡があるらしいとかなんとか言って冒険者に戻ってしまった。快活で、剣の腕が確かな良いお兄さんだった。もう随分会っていない。私の記憶が確かなら、今はもう四十歳近くになっている筈だ。
 そんなわけで、私はイッカクツノウサギの罠のかけ方から捌き方までを知っているわけである。

「ジルベルト様、私、思いますに、調理される前の状態からお肉を捌くのを見ているのは、あまり気持ちの良いものではありませんのよ。出来上がったらお呼びしますから、お部屋にお戻りになって」

 ノワールさんが森の中で肉を捌くのを見せてもらったとき、私は多分六歳を過ぎたばかりだったように思う。それまでは肉屋に並んでいる加工肉や、公爵家が仕入れてくる生肉しか知らなかったので、衝撃を受けた。
 森の中で火を焚いて焼かれたお肉は美味しくて、なんでもできるノワールさんはなんて素晴らしいのかと感銘を受けたのだが、それは私がそう思っただけであって、その光景が苦手な方も勿論いるだろう。

「お前たちは、何のために食うんだ?」

「生きるため……、とは言いますけれど、ただ生きるためでしたら調理方法や見栄えは美味しさに気を配る必要はありませんわね。楽しむため、と言った方が正しいのかもしれませんわ。美味しい食事をとると、幸せな気持ちになりますもの。私に美味しい食事を提供したいと思い日々料理をしてくれている、料理人たちの真心を体の中に入れているのです。つまり、ジルベルト様が私の手料理を食べるということは、私の心を体の中に受け入れるという事になりますわね」

「……お前は別に、俺の事を好きじゃねぇだろ」

「あら、可愛らしいことをおっしゃいますのね。ところで、本当に見ているつもりですの?」

 首を傾げて尋ねると、ジルベルト様は不満気な表情を浮かべる。
 私からの愛の言葉が欲しいのかもしれない。
 確かに初対面の時のジルベルト様は粗野で怠惰な印象が強く、その辺の野良猫の方がまだ可愛いと思っていた。けれど今は違う、その辺の野良猫よりは可愛らしい。
 とはいえ、私からの言葉を受け取るためにはそれ相応の愛情表現が必要だ。すぐさま「好きです」とか「愛しております」などと言って貰えると思ったら、それは大きな間違い、そんな甘えが許されるのは幼い子供か動物だけだ。

「見てる」

 ジルベルト様は不貞腐れたまま小さな声でそう答える。
 私は溜息をついた。察しの良い私は、今夜あたりまたカミシールが現れそうな気配に気づく。
 たぶん「男の前で血塗れになって動物を捌くとか、何を考えてるんだお前は」などと言われるのだろう。
 流石にそれについては、狩人や牧場や肉屋の方には申し訳ないけれど、同意見である。

 お湯が煮えた鍋に、煮えるとほくほくとして甘くなるコクリの実と、良い出汁が出るフクロダケと、野草を入れて煮込み、香草を塗して焼き目をつけた一口大に切ったお肉を入れて煮込む。香草をひとまとめにして縛ったものを一緒に煮込み、丁寧に灰汁を取って捨てていく。それを二時間程行い、透き通る金色のスープのウサギシチューが出来上がった。
 美味しいパンがあればもっと良いのだが、贅沢は言っていられない。ついでに串にさして炙ったイッカクツノウサギの串焼き、きのこソテー添えも作った。調理場の炎はかつては火精の方々が管理してくれていたらしく、使い方が分からなかったのだが、今日はジルベルト様が傍に居たのでかわりに火を灯してくれた。
 今後は薪も準備しなければいけない。不可思議な力が使えないと、なにかと生活するには不便な場所だということが数日でよく分かった。
 お皿や調理器具は良いものが揃っている事だけが救いだ。道具すらも準備から始めるとなると、とても時間がかかってしまう。

 シチューと、串から外した串焼きと、きのこをお皿に盛りつける。
 香ばしく、香草の爽やかさも入り混じった良い香りがする。ジルベルト様は私が動き回るのを、特に口を挟まず静かに見ていたのだが、料理の盛り付けが終わると感心したように私を見上げる。

「リディス、終わったのか?」

「えぇ、完成ですわ。ところで、どちらで召し上がりますの? 自室にお運びしましょうか」

「お前は、どうするんだ」

「私は料理長ですので、このままここで、残ったものを頂きますわ。まずは、ジルベルト様とアスタロト様に召し上がっていただきますのよ。それが、料理長の仕事というものです」

 今日の私も、完璧な仕事ぶりである。
 お皿に並んだ料理たちは、きらきらと輝き、美味しそうな湯気をたてている。
 食事用のテーブルがあれば、美しく並べて花や燭台で飾りたいところだが、果たしてこのお城にそんな場所は存在するのだろうか。
 あの放置された薔薇園の奥に、薔薇が咲いて居たりしないだろうか。一輪でもいける事ができれば、お城の暗い雰囲気も少しは華やかになるだろう。

「一応、城の主が使う食事用の部屋はあるが、お前がここにいるなら、俺もここで良い」

「そういうわけにはいきませんわ。私は、料理長。ジルベルト様は、皇子ですので、立場というものがございましてよ」

「お前は自分で料理長って言ってるだけだろ。俺は別に認めてねぇよ」

「そうですの……、まだ、私の働きに不足があると、そういうことですのね。明日からは、全ての支度ができてから、お呼びしますわね。確かに、出来上がるまで随分と待たせてしまいましたし……、これではまだ、完璧な料理長とはいえませんわね」

 テーブルセットが整ってから、主を呼ぶのが料理長というものだ。
 傍で待たせるなど、あってはならない。
 その意味では私は、まだ認められるまでには至っていないのだろう。

「そういう意味じゃねぇよ。……ともかく、お前がここにいるなら、俺もここで食う。他に誰かいる訳じゃねぇし、別に良いだろ。クソ蛇は呼ばなくて良い」

「私、アスタロト様にも料理を振舞うと、約束しましたのよ」

「じゃあ、あいつの分は部屋に運んでおいてやる」

 ジルベルト様がそういうと、唐突に彼の周囲に炎を体に纏った手足があり耳のとがった、猫と人との中間のような見た目の、人間の子供ぐらいの大きさの何かが数人現れる。
 彼らはふわりと空中を漂って、アスタロト用のお皿を大きなお盆にのせると、その両端を四人で抱えて、ふわふわと調理場の扉からいなくなった。

「今の方々は……」

「あれは、火精。元々ここで働いていたんだが、水精クロネアと相性が悪くてな、城の暖炉の中に隠れてたのを、呼び戻した。お前が料理しているのを見ていたら、手伝いたくなったらしい」

「随分可愛らしいのですね。撫でたりは、できますの?」

「できなくはないが、気分を害すると手が焦げるから、やめておいた方が良いな」

「それでは、今度会ったらきちんと頼んでから、撫でさせていただきますわね」

 アスタロト用の食事は運ばれてしまい、ジルベルト様は調理場から動く気はなさそうである。
 私は手早く後片付けをすると、自分の服を見下ろした。
 森の探索中や調理中に、気を付けていたのだがかなり汚れてしまっている。このまま一緒に食事をとるわけにはいかないだろう。

「……あの、ジルベルト様」

「なんだ?」

「私、着替えだけさせて頂いても、よろしいかしら。……せっかく一緒に食事をするのなら、もう少し綺麗な服に着替えたいのです。急ぎますけれど、お料理が、少し冷めてしまうかもしれませんわ」

「待ってる。別に、急がなくて良い」

 スープは温めなおせば良いけれど、串焼きは焼き過ぎると硬くなってしまうので、もう一度火を通すわけにはいかない。ともかく急がなければと思い、私は足早に自室へと戻った。

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