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作戦会議
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石油ストーブの上に置いたやかんの蓋がカタカタと鳴っていた。今の時代、事務所には部屋全体を温めるエアコンでもいいのだろうが、寒い外から凍えて入ってきたときは、体を熱で直接「解凍」できる石油ストーブに勝るものはない。
そのストーブが置いてある圭太が所属する音楽事務所「K‘s」の応接室に、社長の菊池の他に関係者数人が集まっていた。
「いや、実際よ。考えてみればうちの事務所って10代の女の子をプロデュースしたことなんかねえことに気がついてよ」と社長の菊池。「ガハハ」と笑っている。
「気がついてよ、じゃないですよ。社長が見つけてこいって言うから頑張って見つけてきたのに、ガハハって」と、圭太。「てっきり何か勝算があるのかと思うじゃないですか」
「えー、私なんて仕事探すのをやめてここに来たのに……。またバイト探すの?」
恵が絶句している。
「いやな、可愛い女の子だったらフリフリのロリータ服でも着せて、なんとか30とか上り坂がどうとか言うところに放り込んだら、少しは事務所の稼ぎの足しにでもなりゃあしねえか、とかな。ガハハ」と菊池は悪びれる様子もないのだ。
今日は圭を売り出す方法を考える事務所会議だった。圭の音楽的感性についてはもう疑いようがないと菊池も言っていて。でも、学校と約束したのが、全てに学校を優先した活動をさせることである以上、あちこちのメディアに売り込んでいく時間がない。
「それは冗談として、問題は」と菊池。「あの子のシンガーとしての素質は、特に英語で歌う時にその才能が発揮されるような気がするんだが、じゃあ英語の曲ってそもそも日本で受け入れられるかわからないし、どんな曲を、誰がそれを作ればいいのかも、なあ……。まあ、混沌だ」
菊池は多分、混沌という言葉を使いたかっただけのような気がするのだが、そういう圭太も明確な答えはなくて行き詰まっているのだ。
「あっ」突然何かを思い出したかのように恵が声を上げた。
「何、めぐちゃん」と圭太。
「あの曲は? ほら、あそこで歌った——そう、Over the seaだっけ? あれ、すごく良かったわ」と恵が思い出しながら菊池と圭太の顔を交互に見た。
「R&B色が強過ぎないかな。めぐちゃんは古いアメリカ音楽が好きだからそう思うんだろうし、俺もいい曲だと思うけど、あのままで日本人にウケるかな」
圭太がそういうと、恵は「そうかなあ」と黙った。
「いや、待てよ。それなら日本人好みに曲をアレンジしてみたらどうだ」
菊池が思いついたように言う。
「アレンジですか」と圭太。
「そう、サビ以外の歌詞のほとんどを日本語に置き換えて、まあ翻訳でもいいけどな。日本語にのりやすいメロディに少しいじってしまうんだ。元の曲がいいからアレンジ次第でいけると思うんだが」
「翻訳ならめぐちゃん、できる?」と圭太が言うと、恵は少し首を傾げて「うーん……」と唸った。
「できないことはないと思うけど、そのまま訳したらメロディにのりにくいかもね。私、勉強したけど聴く方専門だし、どう訳していいのかなあ……」
「いや、それは圭太がプロなんだから、やってみたらどうだ。とりあえず、歌詞の目指す意味は大きく変えずに、でも今の歌詞を大胆に意訳しても構わないと思うんだ。海外の歌の訳詞なんて、ほとんどそうじゃないのかい」と困っている恵に菊池が言った。
「じゃあ、翻訳をやるだけやってみて、それの出来具合を見てから決めてもらうでいいかなあ」と、迷いながら恵が言って、とりあえずその方向で動いてみることを決めたのだった。
⌘
「圭太ぁ! こっちも教えて!」
いつの間にか、圭太は圭の学校の軽音部では呼び捨てで呼ばれている。最初は圭だけだったのだが、30分もするとみんなが「圭太」と呼んでいたのだ。
「こら、先生と呼びなさいよ」
生徒たちも顧問の西川先生から注意を受けるのだが、「だって圭ちゃんがいいんだから、私たちだっていいじゃん」と言われると反論の余地がなく、結局定着してしまったようだ。
毎月の土曜日に1日だけではあるが、午前中の部活の時間に圭太は軽音部にギターの指導に通うようになっていた。それが終わると東京までバイクに圭を乗せて代官山にあるスタジオに連れていくのだ。そのまま土曜日の夜は恵とホテルに泊まり、日曜日の夜まで音作りをする。合間に教員資格を持つ恵が日本語を含め勉強を教えることになっている。
恵が翻訳——ほとんど原曲の歌詞とは違っているが——した曲をベースに、圭の最初の曲を煮詰めていく。もともとは日本語の曲が原曲として存在したことを圭から聞いた時には少し驚いた。日本語の曲を圭が英語でアレンジし、それをまた日本語にアレンジし直しているということになる。それはそれで面白い。
日本語のタイトルは「海の向こうに」を仮題とすることになった。
そのストーブが置いてある圭太が所属する音楽事務所「K‘s」の応接室に、社長の菊池の他に関係者数人が集まっていた。
「いや、実際よ。考えてみればうちの事務所って10代の女の子をプロデュースしたことなんかねえことに気がついてよ」と社長の菊池。「ガハハ」と笑っている。
「気がついてよ、じゃないですよ。社長が見つけてこいって言うから頑張って見つけてきたのに、ガハハって」と、圭太。「てっきり何か勝算があるのかと思うじゃないですか」
「えー、私なんて仕事探すのをやめてここに来たのに……。またバイト探すの?」
恵が絶句している。
「いやな、可愛い女の子だったらフリフリのロリータ服でも着せて、なんとか30とか上り坂がどうとか言うところに放り込んだら、少しは事務所の稼ぎの足しにでもなりゃあしねえか、とかな。ガハハ」と菊池は悪びれる様子もないのだ。
今日は圭を売り出す方法を考える事務所会議だった。圭の音楽的感性についてはもう疑いようがないと菊池も言っていて。でも、学校と約束したのが、全てに学校を優先した活動をさせることである以上、あちこちのメディアに売り込んでいく時間がない。
「それは冗談として、問題は」と菊池。「あの子のシンガーとしての素質は、特に英語で歌う時にその才能が発揮されるような気がするんだが、じゃあ英語の曲ってそもそも日本で受け入れられるかわからないし、どんな曲を、誰がそれを作ればいいのかも、なあ……。まあ、混沌だ」
菊池は多分、混沌という言葉を使いたかっただけのような気がするのだが、そういう圭太も明確な答えはなくて行き詰まっているのだ。
「あっ」突然何かを思い出したかのように恵が声を上げた。
「何、めぐちゃん」と圭太。
「あの曲は? ほら、あそこで歌った——そう、Over the seaだっけ? あれ、すごく良かったわ」と恵が思い出しながら菊池と圭太の顔を交互に見た。
「R&B色が強過ぎないかな。めぐちゃんは古いアメリカ音楽が好きだからそう思うんだろうし、俺もいい曲だと思うけど、あのままで日本人にウケるかな」
圭太がそういうと、恵は「そうかなあ」と黙った。
「いや、待てよ。それなら日本人好みに曲をアレンジしてみたらどうだ」
菊池が思いついたように言う。
「アレンジですか」と圭太。
「そう、サビ以外の歌詞のほとんどを日本語に置き換えて、まあ翻訳でもいいけどな。日本語にのりやすいメロディに少しいじってしまうんだ。元の曲がいいからアレンジ次第でいけると思うんだが」
「翻訳ならめぐちゃん、できる?」と圭太が言うと、恵は少し首を傾げて「うーん……」と唸った。
「できないことはないと思うけど、そのまま訳したらメロディにのりにくいかもね。私、勉強したけど聴く方専門だし、どう訳していいのかなあ……」
「いや、それは圭太がプロなんだから、やってみたらどうだ。とりあえず、歌詞の目指す意味は大きく変えずに、でも今の歌詞を大胆に意訳しても構わないと思うんだ。海外の歌の訳詞なんて、ほとんどそうじゃないのかい」と困っている恵に菊池が言った。
「じゃあ、翻訳をやるだけやってみて、それの出来具合を見てから決めてもらうでいいかなあ」と、迷いながら恵が言って、とりあえずその方向で動いてみることを決めたのだった。
⌘
「圭太ぁ! こっちも教えて!」
いつの間にか、圭太は圭の学校の軽音部では呼び捨てで呼ばれている。最初は圭だけだったのだが、30分もするとみんなが「圭太」と呼んでいたのだ。
「こら、先生と呼びなさいよ」
生徒たちも顧問の西川先生から注意を受けるのだが、「だって圭ちゃんがいいんだから、私たちだっていいじゃん」と言われると反論の余地がなく、結局定着してしまったようだ。
毎月の土曜日に1日だけではあるが、午前中の部活の時間に圭太は軽音部にギターの指導に通うようになっていた。それが終わると東京までバイクに圭を乗せて代官山にあるスタジオに連れていくのだ。そのまま土曜日の夜は恵とホテルに泊まり、日曜日の夜まで音作りをする。合間に教員資格を持つ恵が日本語を含め勉強を教えることになっている。
恵が翻訳——ほとんど原曲の歌詞とは違っているが——した曲をベースに、圭の最初の曲を煮詰めていく。もともとは日本語の曲が原曲として存在したことを圭から聞いた時には少し驚いた。日本語の曲を圭が英語でアレンジし、それをまた日本語にアレンジし直しているということになる。それはそれで面白い。
日本語のタイトルは「海の向こうに」を仮題とすることになった。
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