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圭太、朝に走る
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十二月一日は月曜日で、例の週刊日日の発売日だった。いつもは午前中はゆっくりと起きるのだが、社長の菊池はああ言ったが、どうしても気になって昨夜はよく眠れなかった。気がつくと時計は五時を少し回っている。
ゴソゴソと起き出してタバコに火をつけてみる。起き抜けのタバコは相変わらず不味いなと思いながらぼんやりと煙を眺め、ほとんど吸う気にならないまま灰皿でもみ消すと、治らない胸騒ぎに居ても立ってもいられず、壁のフックにそのまま掛けてあったスタジャンを片手に取り部屋を飛び出した。
地下鉄の駅に着くと、売店はまだ閉まっていた。腕時計を見るとまだ五時半、開店の準備だろうか、売店の中で人の気配はしている。
周りを見回しても、近頃はどこにもタバコを吸う場所もない。仕方がないので自販で温かいブラックの缶コーヒーを買い、改札近くにある壁際のプラスチック椅子に座ってコーヒーを飲みながら時間を潰すことにした。
——なあに、二、三日もすりゃあ忘れちまうさ
菊池の淡い期待は残念ながらハズレたようだ。全く自覚のかけらもないが、自分たちが思っているよりもずっと、OJガール——つまり高橋圭——は売れ始めていたことを、駅売の週刊誌で圭太は知ることになった。
暴かれた「ロック少女」の闇——両親のいない孤独を抱えた彼女は、アメリカでたった一人でどうやって生きてきたのか
ゲラ刷りのまま記事は昨日読んだ。嘘だらけの胸糞の悪い文字が、売店の一番前で大きく踊っている。さらに気分の悪いことに、平積みにされたその雑誌の前に貼られたポップが目に入るのか、通り過ぎようとした男どもがつと立ち止まりサッと雑誌を手にして購入していく。
くそっ、全部買い占めてやろうか。そんな考えを、それじゃあ奴らの売上になるばかりで思う壺じゃないかという怒りにも似た感情が、グッと押し込める。
どうすりゃいいんだ? そんな気持ちのまま圭太は売店でサンドイッチを二つとコーヒーをもう一本買い、家路についた。
家に帰りテレビをつけて、ベッドに足を投げ出してベッドに横になると、安普請のアパートのため極力小さく絞った音量のテレビから音声が入ってくる。
——さて、次は今日発売の週刊誌チェック。まずは驚きのスクープはこちら!
つい釣られて圭太が画面に顔を向ける。
「今日のスクープは週刊日日から。題して『暴かれたロック少女の闇』という文字が大きく踊っていますねえ。徳田さん、もう読まれました?」
MCのアナウンサーが話を隣の男性に振った。
「ええ、先ほど読ませていただきました。これ、にわかに信じがたい記事ではあるんですが、ロック少女といえば、記事では名前ははっきりとは書いていませんが、今やオールデイズファンの大人たちから若い人までジワジワと人気が浸透してきている、あのグループ——ですかねえ」
コメンテーターという字幕の前で徳田某がわざとらしく顔をしかめている。
「そうですねえ。女の子がボーカルで、アメリカ生まれで、ということになると、かなり対象者は絞られてきますよねえ? どうやら未成年ということもあるので
名前はぼかしてますが、そのボーカルの女の子が十一才の頃には、その、街角に立って大人相手の商売をしていたとか、常習で窃盗をして暮らしていたとか、内容はかなり過激で際どいものとなっていますよね」
ここまで大きくテレビが取り上げたことに、圭太は呆然としながらただ身動きせずに見ていた。
「これ、出どころはどこの話なんでしょうか」
MCがコメンテーターに再び話を振る。
「そのロック少女が育った、アメリカの児童養護施設にあたるところの元経営者に取材したのだと週刊日日は答えているんですね」
こいつ、さっき読んだばかりだと言ってたくせに、もう取材済みか。こいつら結局みんなグルかよ。圭太の怒りがますます大きくなる。
「さて、この衝撃の記事の行方は! これからの展開に注目です」
MCが大げさにそう言って、次の話題に切り替わった。
そこまできて、ハッと圭太は気がついた。
——圭はこんな報道が始まったことを、もう知ってるだろうか。
思っていたよりもずっと、大きくテレビが取り上げてしまっている。圭が知ったかどうかわからないが、学校の生徒や教師がみんな知らないことなどあり得ない話だ。これから学校で起こるかもしれない最悪の事態に圭太は凍りついたのだった。
⌘
西川史江は、毎朝教育テレビの英会話講座を見ることが習慣だった。言葉というのは生き物であり、毎日触れていないと忘れてしまう。まして日頃は授業以外で英語を使う機会も少ないため、できるだけテレビででも生の英語に触れるようにしていた。
最近は、朝食を摂りながら圭も一緒にテレビを見て、それが終わると圭はバスで通学するために先に家を出る。史江は同じ場所に車で通うのだが、そこは教師と生徒としての「ケジメ」をつけようと二人で話して決めていたのだ。
だが、その時点では二人は世間で何が起き始めているのか知らなかったのだから仕方のないことではあるが、一緒に車で行っておけばよかったと史江は後々ひどく後悔する一日が始まろうとしていた。
ゴソゴソと起き出してタバコに火をつけてみる。起き抜けのタバコは相変わらず不味いなと思いながらぼんやりと煙を眺め、ほとんど吸う気にならないまま灰皿でもみ消すと、治らない胸騒ぎに居ても立ってもいられず、壁のフックにそのまま掛けてあったスタジャンを片手に取り部屋を飛び出した。
地下鉄の駅に着くと、売店はまだ閉まっていた。腕時計を見るとまだ五時半、開店の準備だろうか、売店の中で人の気配はしている。
周りを見回しても、近頃はどこにもタバコを吸う場所もない。仕方がないので自販で温かいブラックの缶コーヒーを買い、改札近くにある壁際のプラスチック椅子に座ってコーヒーを飲みながら時間を潰すことにした。
——なあに、二、三日もすりゃあ忘れちまうさ
菊池の淡い期待は残念ながらハズレたようだ。全く自覚のかけらもないが、自分たちが思っているよりもずっと、OJガール——つまり高橋圭——は売れ始めていたことを、駅売の週刊誌で圭太は知ることになった。
暴かれた「ロック少女」の闇——両親のいない孤独を抱えた彼女は、アメリカでたった一人でどうやって生きてきたのか
ゲラ刷りのまま記事は昨日読んだ。嘘だらけの胸糞の悪い文字が、売店の一番前で大きく踊っている。さらに気分の悪いことに、平積みにされたその雑誌の前に貼られたポップが目に入るのか、通り過ぎようとした男どもがつと立ち止まりサッと雑誌を手にして購入していく。
くそっ、全部買い占めてやろうか。そんな考えを、それじゃあ奴らの売上になるばかりで思う壺じゃないかという怒りにも似た感情が、グッと押し込める。
どうすりゃいいんだ? そんな気持ちのまま圭太は売店でサンドイッチを二つとコーヒーをもう一本買い、家路についた。
家に帰りテレビをつけて、ベッドに足を投げ出してベッドに横になると、安普請のアパートのため極力小さく絞った音量のテレビから音声が入ってくる。
——さて、次は今日発売の週刊誌チェック。まずは驚きのスクープはこちら!
つい釣られて圭太が画面に顔を向ける。
「今日のスクープは週刊日日から。題して『暴かれたロック少女の闇』という文字が大きく踊っていますねえ。徳田さん、もう読まれました?」
MCのアナウンサーが話を隣の男性に振った。
「ええ、先ほど読ませていただきました。これ、にわかに信じがたい記事ではあるんですが、ロック少女といえば、記事では名前ははっきりとは書いていませんが、今やオールデイズファンの大人たちから若い人までジワジワと人気が浸透してきている、あのグループ——ですかねえ」
コメンテーターという字幕の前で徳田某がわざとらしく顔をしかめている。
「そうですねえ。女の子がボーカルで、アメリカ生まれで、ということになると、かなり対象者は絞られてきますよねえ? どうやら未成年ということもあるので
名前はぼかしてますが、そのボーカルの女の子が十一才の頃には、その、街角に立って大人相手の商売をしていたとか、常習で窃盗をして暮らしていたとか、内容はかなり過激で際どいものとなっていますよね」
ここまで大きくテレビが取り上げたことに、圭太は呆然としながらただ身動きせずに見ていた。
「これ、出どころはどこの話なんでしょうか」
MCがコメンテーターに再び話を振る。
「そのロック少女が育った、アメリカの児童養護施設にあたるところの元経営者に取材したのだと週刊日日は答えているんですね」
こいつ、さっき読んだばかりだと言ってたくせに、もう取材済みか。こいつら結局みんなグルかよ。圭太の怒りがますます大きくなる。
「さて、この衝撃の記事の行方は! これからの展開に注目です」
MCが大げさにそう言って、次の話題に切り替わった。
そこまできて、ハッと圭太は気がついた。
——圭はこんな報道が始まったことを、もう知ってるだろうか。
思っていたよりもずっと、大きくテレビが取り上げてしまっている。圭が知ったかどうかわからないが、学校の生徒や教師がみんな知らないことなどあり得ない話だ。これから学校で起こるかもしれない最悪の事態に圭太は凍りついたのだった。
⌘
西川史江は、毎朝教育テレビの英会話講座を見ることが習慣だった。言葉というのは生き物であり、毎日触れていないと忘れてしまう。まして日頃は授業以外で英語を使う機会も少ないため、できるだけテレビででも生の英語に触れるようにしていた。
最近は、朝食を摂りながら圭も一緒にテレビを見て、それが終わると圭はバスで通学するために先に家を出る。史江は同じ場所に車で通うのだが、そこは教師と生徒としての「ケジメ」をつけようと二人で話して決めていたのだ。
だが、その時点では二人は世間で何が起き始めているのか知らなかったのだから仕方のないことではあるが、一緒に車で行っておけばよかったと史江は後々ひどく後悔する一日が始まろうとしていた。
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