あやかしが家族になりました

山いい奈

文字の大きさ
14 / 45
2章 「まこ庵」での日々

第1話 春に向けて

しおりを挟む
 もうすぐ訪れる春に向け、真琴まことと子どもたちの準備は着々と進む。

 外見が小学校低学年ぐらいの子どもたちは、春から小学校に入学することになった。家があるあびこをようする大阪市住吉すみよし区の私立小学校である。

 子どもたちは真琴が驚くほどに優秀で、入学試験を難なく制した。あやかしの世界で、人間が受ける教育も受けていたそうだ。あやかしには人間世界で教職に就いているものもいるとのこと。面接など親が必要なシーンもあるので、真琴も就職活動以来の地味なスーツを着込み、雅玖がくとともに学校に赴いた。

 真琴は専門学校に進学するまではずっと公立学校で過ごしていたので、初めて足を踏み入れた私立小学校の校舎の豪華さや綺麗さに驚いたものだった。お勉強や遊びの設備もきっと充実しているのだろう。

 そして、真琴はメニュー開発に余念が無い。「まこ庵」は和カフェなので、スイーツの提供は必要不可欠である。しかし専門学校で主に学んだのは日本料理。製菓は1年生の時に少し習った程度。

 真琴は様々な和スイーツのレシピを見ながら、出すスイーツに目星を付けて行く。やはりパフェは外せない。厨房設備に鉄板を入れたので、パンケーキとどら焼きの皮が焼ける。焼きたてのそれはぜひ作りたい。

 オーブンもあるので、ケーキだって焼ける。抹茶クリームなどのケーキは定番だろうが、真琴はシフォンケーキを考えている。プレーンと抹茶、ほうじ茶あたりだろうか。甘さ控えめの生クリームを添えて、お茶の風味を引き立てたい。

 あと、和スイーツに欠かせないのが餡子あんこである。どら焼きの中身や、パンケーキに添えたりと、色々使いたい。

 もうひとつ、季節限定メニューはぜひ作りたいところ。春は桜、夏はすいかやマンゴー、秋は栗やかぼちゃにさつまいも、冬はいちごやりんご。ああ、夢が膨らむ。

 スイーツ作るんも結構楽しいな。真琴はそんなことを思いながらも試作を重ねる。今日もお鍋で餡子を練っている。ふつふつと気泡ができ、それが弾けて鍋の持ち手や木べらを持つ手に当たり、小さな火傷を作る。だがこれは料理人、菓子職人の勲章くんしょうである。

 今日はどら焼きの研究である。餡子はすっきりしつつも少し甘めにし、どら焼きの皮を素朴なものにしたい。薄力粉に卵、お砂糖はきび砂糖にし、艶を出すためのはちみつと、みりんを隠し味程度に少々。

 ベーキングパウダーや重曹を入れるレシピもあるが、真琴は卵の力でふんわりと作りたいと苦心していた。軽くほぐした卵にきび砂糖を加え、ハンドミキサーで泡立てて行く。そこに他の材料を入れてゴムベラでさっくりと混ぜ、できた生地をお玉で鉄板にそっと落とす。

 ふんわりと膨らんで、表面にぷつぷつと気泡ができたらひっくり返す合図。金属製のヘラを使ってぽんぽんと返して行く。大阪人はお好み焼きのお陰でヘラ使いが堪能なのである。すっかり慣れたものだ。

 綺麗な焼き目が付いている。鉄板で焼いているから、色も均一である。焼きあがったら網に乗せ、熱を軽く取る。焼きたてを提供するのだが、熱過ぎるとお客が持てないからだ。

 その2枚の皮で、粗熱を取った餡子をたっぷりと挟む。それをペーパーで挟み、和の白いお皿にひとつづつ置いた。合計7個。家族の分である。

 真琴は厨房の壁に取り付けられている受話器を取る。これは住居のリビングにあるインターフォンの受け機に繋がっていた。

『はい』

 出たのは雅玖だった。

「真琴です。どら焼きが焼きあがったから、食べたい人は降りて来て」

『わかりました。ありがとうございます』

 少しして、雅玖と子どもたち全員がわらわらとフロアに降りて来た。雅玖と壱斗いちと四音しおん景五けいごが4人掛けのテーブルに、弐那にな三鶴みつるがふたり掛けのテーブルに着く。

「お母ちゃまのどら焼き、楽しみやで~」

 壱斗が待ち切れないと言う様に、椅子の下で足をばたばたさせる。

「に、弐那、ママさまが作ってくれるお菓子、大好き」

「甘いものは頭にもええんやで。これでお勉強続けられるわ」

 三鶴はお勉強が大好きで、春から始まる授業に使う学校の教科書で、すでに予習を始めている。

「はーい、お待たせ」

 真琴はトレイに乗せたどら焼きを、それぞれの前に置いて行く。真琴の分はカウンタに置いて、揃ったら「いただきます」と手を合わせた。

 さっそくかぶりつく子どもたち。真琴と雅玖はその様子を見守る。雅玖は食べている子どもたちを見るのが好きな様だが、真琴は味の感想も気になるのである。

「うまー!」

 壱斗が叫ぶ様に言い、次々とどら焼きが口の中に消えて行く。

「んふ、んふ」

 弐那は小さな口で懸命に頬張る。その目が輝いていて、満足してくれている様子が見られる。

 三鶴も目を細めながらゆっくりと味わい、四音も笑顔のまま口を開け、景五はむっつりと不機嫌そうに見えるが、口角が緩やかに上がっている。

「どうやろ。美味しい?」

 真琴がどきどきしながら聞くと、子どもたちは揃って「うん!」と頷いた。

「私はもう少し餡が甘くてもええかも。でも食間に手軽に食べるんやったら、これぐらいの方がええんかもやわ」

 三鶴の感想になるほどと思う。真琴としては餡子は甘めにしたつもりだが、三鶴の様にお勉強などで頭を存分に使う子には、物足りないかも知れない。

「……俺にはむしろ甘過ぎる。でも皮があっさりしてるから、これぐらいがええんかも」

 景五の様な男の子には甘過ぎたか。三鶴とは真逆とも言える意見で、真琴はどうしたものかと思案する。

「オレは美味しいと思うで」

「あ、あたしも」

「僕も~」

 壱斗と弐那、四音が言ってくれる。ここで雅玖がようやくどら焼きに手を伸ばした。紙に包まれたそれを上品に口に運ぶ。

「……私もとても美味しいと思います。ですが、真琴さんが納得していなければ。真琴さんが美味しいと思うものが、「まこ庵」の味なのですから」

 それは確かにそうかと、真琴もどら焼きを持ち上げて一口かじった。餡子は生地きじの端までたっぷり入れたので、ひとくち目からしっかりと餡子も口に入る。

 素朴ながらもきめ細やかなふんわりとした生地と、甘さを効かせた餡子の相性は悪くない。両方を甘くしてしまうと、くどくなってしまう。みりんの量はこれ以上増やさない方が良さそうだ。

 きび砂糖もこれぐらいだろうか。まろやかな甘さが心地よい。艶出しのはちみつも加糖の一端を担っているが、これはもう少し少なくしても良いかも知れない。コクはみりんが担ってくれる。

「悪く無いけど、もう少し改良したいな。みんな、また食べてくれる?」

 真琴が言うと、子どもたちは「うん!」と元気に返事をしてくれた。そんな子どもたちを、雅玖はいつくしみのある視線で見守り、真琴も微笑ましくなって、やわりと頬を緩めた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

秋月の鬼

凪子
キャラ文芸
時は昔。吉野の国の寒村に生まれ育った少女・常盤(ときわ)は、主都・白鴎(はくおう)を目指して旅立つ。領主秋月家では、当主である京次郎が正室を娶るため、国中の娘から身分を問わず花嫁候補を募っていた。 安曇城へたどりついた常盤は、美貌の花魁・夕霧や、高貴な姫君・容花、おきゃんな町娘・春日、おしとやかな令嬢・清子らと出会う。 境遇も立場もさまざまな彼女らは候補者として大部屋に集められ、その日から当主の嫁選びと称する試練が始まった。 ところが、その試練は死者が出るほど苛酷なものだった……。 常盤は試練を乗り越え、領主の正妻の座を掴みとれるのか?

男装官吏と花散る後宮〜禹国謎解き物語〜

春日あざみ
キャラ文芸
<第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました。応援ありがとうございました!> 宮廷で史書編纂事業が立ち上がると聞き、居ても立ってもいられなくなった歴史オタクの柳羅刹(りゅうらせつ)。男と偽り官吏登用試験、科挙を受験し、見事第一等の成績で官吏となった彼女だったが。珍妙な仮面の貴人、雲嵐に女であることがバレてしまう。皇帝の食客であるという彼は、羅刹の秘密を守る代わり、後宮の悪霊によるとされる妃嬪の連続不審死事件の調査を命じる。 しかたなく羅刹は、悪霊について調べ始めるが——? 「歴女×仮面の貴人(奇人?)」が紡ぐ、中華風世界を舞台にしたミステリ開幕!

理想の男性(ヒト)は、お祖父さま

たつみ
恋愛
月代結奈は、ある日突然、見知らぬ場所に立っていた。 そこで行われていたのは「正妃選びの儀」正妃に側室? 王太子はまったく好みじゃない。 彼女は「これは夢だ」と思い、とっとと「正妃」を辞退してその場から去る。 彼女が思いこんだ「夢設定」の流れの中、帰った屋敷は超アウェイ。 そんな中、現れたまさしく「理想の男性」なんと、それは彼女のお祖父さまだった! 彼女を正妃にするのを諦めない王太子と側近魔術師サイラスの企み。 そんな2人から彼女守ろうとする理想の男性、お祖父さま。 恋愛よりも家族愛を優先する彼女の日常に否応なく訪れる試練。 この世界で彼女がくだす決断と、肝心な恋愛の結末は?  ◇◇◇◇◇設定はあくまでも「貴族風」なので、現実の貴族社会などとは異なります。 本物の貴族社会ではこんなこと通用しない、ということも多々あります。 R-Kingdom_1 他サイトでも掲載しています。

王女殿下のモラトリアム

あとさん♪
恋愛
「君は彼の気持ちを弄んで、どういうつもりなんだ?!この悪女が!」 突然、怒鳴られたの。 見知らぬ男子生徒から。 それが余りにも突然で反応できなかったの。 この方、まさかと思うけど、わたくしに言ってるの? わたくし、アンネローゼ・フォン・ローリンゲン。花も恥じらう16歳。この国の王女よ。 先日、学園内で突然無礼者に絡まれたの。 お義姉様が仰るに、学園には色んな人が来るから、何が起こるか分からないんですって! 婚約者も居ない、この先どうなるのか未定の王女などつまらないと思っていたけれど、それ以来、俄然楽しみが増したわ♪ お義姉様が仰るにはピンクブロンドのライバルが現れるそうなのだけど。 え? 違うの? ライバルって縦ロールなの? 世間というものは、なかなか複雑で一筋縄ではいかない物なのですね。 わたくしの婚約者も学園で捕まえる事が出来るかしら? この話は、自分は平凡な人間だと思っている王女が、自分のしたい事や好きな人を見つける迄のお話。 ※設定はゆるんゆるん ※ざまぁは無いけど、水戸○門的なモノはある。 ※明るいラブコメが書きたくて。 ※シャティエル王国シリーズ3作目! ※過去拙作『相互理解は難しい(略)』の12年後、 『王宮勤めにも色々ありまして』の10年後の話になります。 上記未読でも話は分かるとは思いますが、お読みいただくともっと面白いかも。 ※ちょいちょい修正が入ると思います。誤字撲滅! ※小説家になろうにも投稿しました。

とくら食堂、朝とお昼のおもてなし

山いい奈
キャラ文芸
25歳の都倉碧は、両親と一緒に朝昼ごはんのお店「とくら食堂」を営んでいる。 やがては跡を継ぐつもりで励んでいた。 そんな碧は将来、一緒に「とくら食堂」を動かしてくれるパートナーを探していた。 結婚相談所に登録したり、紹介してもらったりしながら、様々な男性と会うのだが? 前職でのトラブルや、おかしなお見合い相手も乗り越えて。 25歳がターニングポイントになるのか。碧の奮闘記です。

小さな姫さまは護衛騎士に恋してる

絹乃
恋愛
マルティナ王女の護衛騎士のアレクサンドル。幼い姫に気に入られ、ままごとに招待される。「泥団子は本当に食べなくても姫さまは傷つかないよな。大丈夫だよな」幼女相手にアレクは戸惑う日々を過ごす。マルティナも大きくなり、アレクに恋心を抱く。「畏れながら姫さま、押しが強すぎます。私はあなたさまの護衛なのですよ」と、マルティナの想いはなかなか受け取ってもらえない。※『わたしは妹にとっても嫌われています』の護衛騎士と小さな王女のその後のお話です。可愛く、とても優しい世界です。

冷徹宰相様の嫁探し

菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。 その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。 マレーヌは思う。 いやいやいやっ。 私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!? 実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。 (「小説家になろう」でも公開しています)

視える宮廷女官 ―霊能力で後宮の事件を解決します!―

島崎 紗都子
キャラ文芸
父の手伝いで薬を売るかたわら 生まれ持った霊能力で占いをしながら日々の生活費を稼ぐ蓮花。ある日 突然襲ってきた賊に両親を殺され 自分も命を狙われそうになったところを 景安国の将軍 一颯に助けられ成り行きで後宮の女官に! 持ち前の明るさと霊能力で 後宮の事件を解決していくうちに 蓮花は母の秘密を知ることに――。

処理中です...