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2章 碧、あやかしと触れ合う
第5話 負けず嫌いなので
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お父さんが運転するレンタカーは、15時ごろ、無事箕面市桜井にあるお父さんの実家に到着した。駐車場は3台が停められる広さがあるのだが、今、駐車されている車は伯父さんが運転する紺色のステーションワゴンと、兄嫁さんが運転するオレンジ色の軽自動車。空いている1台分にお父さんはレンタカーを入れた。
碧は保温バッグを手に車を降りる。お父さんとお母さんも出てきて、お父さんがキィをロックする。
都倉本家は定期的に手を入れていて、耐震対策はもちろん、最近も水回りをリフォームしたと聞いている。外観こそ何十年も前の建設当時の趣を残しているが、中は暮らしやすい様にされているのだ。重厚感のある正門に回ってお父さんがインターフォンを押すと、すぐに『はい』と反応があった。
「こんにちは、泰三です」
『はーい、いらっしゃい。ドアすぐに開けるから、入ってきて~』
兄嫁さんの声である。お父さんは門扉を開け、少し石畳を歩いたところにある玄関、開き戸を開けた。すると兄嫁さん、碧にとっての伯母ちゃんが迎えてくれた。
「義姉さん、こんにちは」
「こんにちは~」
「伯母ちゃん、こんにちは」
「はい、こんにちは。ほら、ざしきちゃんも」
伯母ちゃんが言うと、伯母ちゃんの黒いフレアロングスカートの向こうから、ひょこっとおかっぱ頭の子どもが顔を覗かせた。
「……こんにちは」
可愛らしい女の子である。両親と碧は少しかがんで、女の子と目線を近付けた。
「こんにちは、ざしきちゃん」
お父さんがひっこりと優しい声色で言い、お母さんと碧も「こんにちは」と声を掛けた。
すると女の子はぴょこんと伯母ちゃんの後ろから出てきて、にこーっと嬉しそうに笑った。オレンジ色の着物が良く似合っている。
この女の子は、座敷童子である。この都倉本家に長年憑いているあやかしである。都倉家の人々はざしきちゃんと呼び、可愛がって大切にしていた。
都倉家が裕福で栄えているのは、このざしきちゃんのおかげでもある。ただ座敷童子は家人が怠けようものなら、そのお家を見限ってしまう。この繁栄はやはり、都倉家の人々の日々の賜物なのだ。
「ささ、どうぞ上がって上がって。ほんで泰三くん、お義母さんを止めたって」
「は?」
お父さんがきょとんとし、お母さんと碧も首を傾げて顔を見合わせる。伯母ちゃんに促されて勝手知ったるリビングに入ると、碧を目掛けて大人の大きさの黒猫が飛び込んできた。
「碧!」
黒猫は碧を見上げて、嬉しそうに碧の名を呼ぶ。碧も顔をほころばせて、腕の中にすっぽりと納まった黒猫の頭を撫でた。
「黒助くん、久々やなぁ。元気そうやん」
「おう、そう簡単にくたばらんで。おれは猫又やからな!」
得意げに言って、猫又の黒助くんは胸を張った。
「せやね」
碧はまた黒助くんの背中を撫でる。喉を指先でこしょこしょとさすってあげると、ごろごろと音を鳴らす。やはり猫は可愛い。犬派と猫派を行ったりきたりする碧だが、今は猫派で良い。許す。……何を?
「よっしゃ、っと」
黒助くんは碧の腕からするりと抜けて床に降りた。
「そろそろ、おれの美貌を見てもらおかな」
黒助くんは得意げに言って、お尻を床に下ろして背筋をぐんと伸ばす。碧はぎょっとして。
「陽くん! 陽くーん!」
陽くん、この都倉本家の跡継ぎである伯父ちゃんと伯母ちゃんの息子で、碧にとっては2歳上の従兄弟の陽介くんを、大声で呼んだ。
「何や、おお、碧ちゃんか、いらっしゃい」
陽ちゃんが気だるげな顔でリビングに現れる。長袖のTシャツと薄手のスゥエットパンツというラフな格好だった。
「服! 何か服! 黒助くんが人型になる!」
すると、陽ちゃんは「はぁ!?」と怒りをにじませた様な声を上げる。
「黒助お前、いつもは猫の姿で好き勝手やっとるや無いかい。碧ちゃんがきたら格好付けたがりやがって!」
陽くんは声を荒げながら走って取って返し、少ししてから両手に洋服らしきものを抱えて戻ってきた。それを黒助くんの上にぱさりと置く。
碧が目をそらして数秒後、「碧!」と嬉しそうな声が碧を呼んだ。
やれやれ。そう思いながら振り返ると、上下グレイのスェット姿の美少年が立っていた。襟足までの黒髪は柔らかく波打ち、くるんとした猫目、すっと通った鼻筋、ぽってりとしたピンク色の唇。紛うこと無き美形だ。とはいえ、もう碧は見慣れているのだが。
「ちょ、陽介! もっとええ服無かったんか! 碧がきとんのに!」
碧に向けていた笑顔を引っ込めて、さっそく陽ちゃんに文句を言う黒助くん。
「わがまま言うな。お前の格好なんかそれで充分や」
陽ちゃんはそっけない。このふたり、仲が悪いとまでは言わないが、あまり良くは無いみたいで、何かといがみ合っている。
お父さんは伯母ちゃんと一緒にキッチンに入っていく。碧も気になって、中が見えるところまで行ってみた。そんな碧の横には黒助くんがぴったりとくっついている。
このお家は歴史もあるので、ダイニングキッチンは完全に別室になっている。リフォームはされているものの、間取りは変えていないのだ。かなりの広さがあり、普段のお食事はそこでしているそうだ。
するとコンロの前では、白くなった髪を後頭部に結い上げている、すみれ色の着物のお祖母ちゃんが、何か作業をしていた。
「お義母さん、泰三くんの筑前煮を再現するんやって、さっきから奮闘してはるんよ」
伯母ちゃんが苦笑いを浮かべながら、お父さんに言う。お父さんは「ああ……」とほんの少し呆れた様な声を漏らした。
「半年前に持ってきてくれた筑前煮が美味しすぎて、対抗心に火が着いたみたいでねぇ」
「泰三はわたしが産んだんやから、わたしが作られへんわけあれへん」
お祖母ちゃんの声は意地になっている様にも思える。お祖母ちゃんはミーハーだけでは無く、負けず嫌いなのだ。
お祖母ちゃんの横では、エプロン姿の家政婦、久慈さんがきっちり黙々と自分のお仕事をしている。もうお祖母ちゃんの性格にも慣れているのだろう。
「お義母さん、ええ加減に諦めはったらどうです? そもそも泰三くんはプロなんですから」
確かにお父さんが味付けをする筑前煮は絶品だ。半年前は確か、碧はお野菜を切るのはお手伝いしたが、調理そのものはお父さんだった。豚の角煮はすべて碧だったはずだ。
「あかん。筑前煮完成させて、次は角煮作らなあかんねん。孫にも負けてられへん」
おや、お祖母ちゃんは碧の角煮も対抗心の対象なのだろうか。お祖母ちゃん相手に限っては、それは嬉しいことなのだと思う。
お父さんはお祖母ちゃんの前にあるお鍋を覗き込んで。
「調味料足しまくってるから、煮汁増えてスープみたいになってるやん。ぼく、母さんの筑前煮も旨いと思うで?」
「あかん。最低でも息子と同じ美味しさで作れんと、母親の面子が潰れるわ」
相変わらずお祖母ちゃんは極端やなぁ、と、碧は思わず苦笑いを浮かべてしまったのだった。
碧は保温バッグを手に車を降りる。お父さんとお母さんも出てきて、お父さんがキィをロックする。
都倉本家は定期的に手を入れていて、耐震対策はもちろん、最近も水回りをリフォームしたと聞いている。外観こそ何十年も前の建設当時の趣を残しているが、中は暮らしやすい様にされているのだ。重厚感のある正門に回ってお父さんがインターフォンを押すと、すぐに『はい』と反応があった。
「こんにちは、泰三です」
『はーい、いらっしゃい。ドアすぐに開けるから、入ってきて~』
兄嫁さんの声である。お父さんは門扉を開け、少し石畳を歩いたところにある玄関、開き戸を開けた。すると兄嫁さん、碧にとっての伯母ちゃんが迎えてくれた。
「義姉さん、こんにちは」
「こんにちは~」
「伯母ちゃん、こんにちは」
「はい、こんにちは。ほら、ざしきちゃんも」
伯母ちゃんが言うと、伯母ちゃんの黒いフレアロングスカートの向こうから、ひょこっとおかっぱ頭の子どもが顔を覗かせた。
「……こんにちは」
可愛らしい女の子である。両親と碧は少しかがんで、女の子と目線を近付けた。
「こんにちは、ざしきちゃん」
お父さんがひっこりと優しい声色で言い、お母さんと碧も「こんにちは」と声を掛けた。
すると女の子はぴょこんと伯母ちゃんの後ろから出てきて、にこーっと嬉しそうに笑った。オレンジ色の着物が良く似合っている。
この女の子は、座敷童子である。この都倉本家に長年憑いているあやかしである。都倉家の人々はざしきちゃんと呼び、可愛がって大切にしていた。
都倉家が裕福で栄えているのは、このざしきちゃんのおかげでもある。ただ座敷童子は家人が怠けようものなら、そのお家を見限ってしまう。この繁栄はやはり、都倉家の人々の日々の賜物なのだ。
「ささ、どうぞ上がって上がって。ほんで泰三くん、お義母さんを止めたって」
「は?」
お父さんがきょとんとし、お母さんと碧も首を傾げて顔を見合わせる。伯母ちゃんに促されて勝手知ったるリビングに入ると、碧を目掛けて大人の大きさの黒猫が飛び込んできた。
「碧!」
黒猫は碧を見上げて、嬉しそうに碧の名を呼ぶ。碧も顔をほころばせて、腕の中にすっぽりと納まった黒猫の頭を撫でた。
「黒助くん、久々やなぁ。元気そうやん」
「おう、そう簡単にくたばらんで。おれは猫又やからな!」
得意げに言って、猫又の黒助くんは胸を張った。
「せやね」
碧はまた黒助くんの背中を撫でる。喉を指先でこしょこしょとさすってあげると、ごろごろと音を鳴らす。やはり猫は可愛い。犬派と猫派を行ったりきたりする碧だが、今は猫派で良い。許す。……何を?
「よっしゃ、っと」
黒助くんは碧の腕からするりと抜けて床に降りた。
「そろそろ、おれの美貌を見てもらおかな」
黒助くんは得意げに言って、お尻を床に下ろして背筋をぐんと伸ばす。碧はぎょっとして。
「陽くん! 陽くーん!」
陽くん、この都倉本家の跡継ぎである伯父ちゃんと伯母ちゃんの息子で、碧にとっては2歳上の従兄弟の陽介くんを、大声で呼んだ。
「何や、おお、碧ちゃんか、いらっしゃい」
陽ちゃんが気だるげな顔でリビングに現れる。長袖のTシャツと薄手のスゥエットパンツというラフな格好だった。
「服! 何か服! 黒助くんが人型になる!」
すると、陽ちゃんは「はぁ!?」と怒りをにじませた様な声を上げる。
「黒助お前、いつもは猫の姿で好き勝手やっとるや無いかい。碧ちゃんがきたら格好付けたがりやがって!」
陽くんは声を荒げながら走って取って返し、少ししてから両手に洋服らしきものを抱えて戻ってきた。それを黒助くんの上にぱさりと置く。
碧が目をそらして数秒後、「碧!」と嬉しそうな声が碧を呼んだ。
やれやれ。そう思いながら振り返ると、上下グレイのスェット姿の美少年が立っていた。襟足までの黒髪は柔らかく波打ち、くるんとした猫目、すっと通った鼻筋、ぽってりとしたピンク色の唇。紛うこと無き美形だ。とはいえ、もう碧は見慣れているのだが。
「ちょ、陽介! もっとええ服無かったんか! 碧がきとんのに!」
碧に向けていた笑顔を引っ込めて、さっそく陽ちゃんに文句を言う黒助くん。
「わがまま言うな。お前の格好なんかそれで充分や」
陽ちゃんはそっけない。このふたり、仲が悪いとまでは言わないが、あまり良くは無いみたいで、何かといがみ合っている。
お父さんは伯母ちゃんと一緒にキッチンに入っていく。碧も気になって、中が見えるところまで行ってみた。そんな碧の横には黒助くんがぴったりとくっついている。
このお家は歴史もあるので、ダイニングキッチンは完全に別室になっている。リフォームはされているものの、間取りは変えていないのだ。かなりの広さがあり、普段のお食事はそこでしているそうだ。
するとコンロの前では、白くなった髪を後頭部に結い上げている、すみれ色の着物のお祖母ちゃんが、何か作業をしていた。
「お義母さん、泰三くんの筑前煮を再現するんやって、さっきから奮闘してはるんよ」
伯母ちゃんが苦笑いを浮かべながら、お父さんに言う。お父さんは「ああ……」とほんの少し呆れた様な声を漏らした。
「半年前に持ってきてくれた筑前煮が美味しすぎて、対抗心に火が着いたみたいでねぇ」
「泰三はわたしが産んだんやから、わたしが作られへんわけあれへん」
お祖母ちゃんの声は意地になっている様にも思える。お祖母ちゃんはミーハーだけでは無く、負けず嫌いなのだ。
お祖母ちゃんの横では、エプロン姿の家政婦、久慈さんがきっちり黙々と自分のお仕事をしている。もうお祖母ちゃんの性格にも慣れているのだろう。
「お義母さん、ええ加減に諦めはったらどうです? そもそも泰三くんはプロなんですから」
確かにお父さんが味付けをする筑前煮は絶品だ。半年前は確か、碧はお野菜を切るのはお手伝いしたが、調理そのものはお父さんだった。豚の角煮はすべて碧だったはずだ。
「あかん。筑前煮完成させて、次は角煮作らなあかんねん。孫にも負けてられへん」
おや、お祖母ちゃんは碧の角煮も対抗心の対象なのだろうか。お祖母ちゃん相手に限っては、それは嬉しいことなのだと思う。
お父さんはお祖母ちゃんの前にあるお鍋を覗き込んで。
「調味料足しまくってるから、煮汁増えてスープみたいになってるやん。ぼく、母さんの筑前煮も旨いと思うで?」
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