とくら食堂、朝とお昼のおもてなし

山いい奈

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2章 碧、あやかしと触れ合う

第13話 ほっとする味

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 休日が明け、月曜日。「とくら食堂」の営業が始まる。家事を終えたお母さんも来て、さぁ、開店だ。

 今朝の卵料理は卵焼き、小鉢はポテトサラダである。一昨日に久慈くじさんのポテトサラダをいただいて、すっかりと刺激を受けたお父さんが張り切って仕込んだのだ。

 具材はコストのこともあって、塩もみ玉ねぎとかりかりベーコンだが、茹でて粉ふきにしたじゃがいもはふたつのボウルに分けて、ひとつは滑らかに、ひとつは粗く潰して、ひとつにまとめあげた。

 味付けはマヨネーズと、お酢少量とお塩とこしょう、隠し味にマスタード。じゃがいもが熱いうちにバターも使って。久慈さんのものにも負けない、美味しいポテトサラダに仕上がっているのでは無いか、と、あおは思っている。

 お味噌汁の具はお揚げさんとわかめ。吸い口に青ねぎを浮かべる。

 お昼は、これに肉豆腐がメインとして付く予定だ。関西はお肉といえば牛肉の文化なので、きっちりと牛肉を使っている。切り落としではあるのだが。お豆腐は木綿豆腐を使い、玉ねぎも入れて、彩りはうすいえんどうだ。これは塩茹でして、肉豆腐を盛り付けてから散らすのだ。

 うすいえんどうは、なにわ伝統野菜に指定されているお豆さんだ。アメリカから大阪羽曳野はびきの市の碓井うすい地区に入ってきたえんどう豆を品種改良し、うすいえんどうと名付けられた。今は和歌山で主に生産されている。

 春にしか出回らない季節ものなので、碧にとってはごちそうである。お家のごはんでも良く使う。豆ごはん、卵とじ、ベーコンと炒めたり、今日の様に煮物の彩りにしたり。えんどう豆よりも大粒で皮が薄く、ほくほくとした歯ごたえと、青臭さが少ない甘みが特徴である。

 季節の終わりには多めに買って、さやから外して冷凍保存するのも都倉家の恒例だ。こうしておくと、3週間ほどは品質が保たれる。と言ってもその前にもりもりと食べきってしまうのだが。

 そして7時の開店時間から目まぐるしく動き回り、ピークが落ち着いた8時半ごろ、いつもの様に弓月ゆづきさんが訪れた。

「おはようございます」

「おはようございます、いらっしゃいませ」

「いらっしゃい」

 碧とお父さんは元気に挨拶を返す。弓月さんはいつもの様にカウンタ席に掛けた。碧がカウンタ越しに温かいおしぼりとお冷やを出す。お父さんは肉豆腐の準備を始めようと、冷蔵庫から木綿豆腐を出した。

 卵焼きはすでに焼いてあるので、碧はバットに保存してあるそれを角皿に移し、トレイに乗せる。小鉢にはタッパーからポテトサラダをこんもりと盛り付けて。お椀にはお味噌汁、お茶碗には白いごはんをよそって、それぞれをトレイに置いた。割り箸も添えて。

「はい、お待たせしました~」

 揃ったそれを、お母さんが弓月さんの元に運ぶ。

「ありがとうございます。いただきます」

 弓月さんはさっそく割り箸を割って、お味噌汁を飲み、「はぁ~」と心地よさげなため息を吐いた。

「お味噌汁めっちゃ美味しいです。こんなとき、日本人で良かったなぁなんて思うんですよねぇ~」

 すっかりと頬が緩んでいる。碧は嬉しくも微笑ましくなってしまった。

「そうですねぇ。日本人はお出汁とお味噌のお味噌汁って、ある意味ソウルフードみたいなもんですけど、例えばインド人にとってのカレーとか、故郷のほっとするお味って、各国にあるんでしょうねぇ」

 碧が言うと、弓月さんは「確かに」と納得した様に頷く。

「タイやったらトムヤムクンとか、韓国やったらキムチとか? ぼくは外国の料理にあんま詳しく無いんですけど」

「そのイメージがありますよねぇ。でもご当地料理ってひとつやふたつや無いですから、その人それぞれのお味があるんかもですね」

「なるほどです。おもしろいなぁ~」

 弓月さんは楽しそうに言って、卵焼きを口に入れた。

「やっぱ美味しい。作りたてや無くてもしっとりしてて美味しいんが、卵焼きのええとこですよね。だし巻きやったらあったかい方がええかなって思ったりもするんですけど。卵焼きやったら冷めてても全然許容できる」

「それが、卵焼きマジックですね」

 お父さんが穏やかに言う。

「卵焼きって、弁当に入ってることが多くなかったですか?」

「ええ、確かに」

 弓月さんが「うんうん」と頷く。

「せやからね、卵焼きは冷めても美味しいってね、刷り込まれてるんですよ、一般家庭の日本人はね。って、ぼくの持論ですけど」

 お父さんは言って、少し照れた様に小さく笑う。すると弓月さんは。

「めっちゃ分かります! ぼくとこも、おかんが作ってくれたお弁当にほぼ確実に卵焼きって入ってて、でも食べるときには当然冷めてて、それでも美味しいんですよねぇ。確かに刷り込みやわ」

 同意してもらって嬉しいのか、お父さんはにっこりとした笑みを浮かべた。

「ほんまはね、ご注文のたびに焼けたらええんやろなって思うんですよ。でもピーク時は難しくてね。少しでも早く朝ごはん食べて、少しでも時間の余裕が欲しいってお客さまが多いですからね、今の形になりましたねぇ」

 お父さんも試行錯誤はしたのだ。その結果が今だ。だからお父さんは、だし巻き卵は「とくら食堂」では作らない。それにはそれに至った信念があるのである。



 その日の閉店時間を迎え、碧たちはテーブル席で遅めのお昼ごはんをいただく。おしながきは作ってあった朝ごはんとお昼ごはんのあまりである。

 もちろんできる限りあまらない様に仕込むのだが、なかなかぴったりにはいかないものである。卵焼きは途中で終わり、注文を受けながら焼いたので余っていない。小鉢とお昼のメインは切らすわけにはいかないからそれなりに仕込むので、今日も残りがある。

 それでも「とくら食堂」を始めて十数年。ある程度の数は読める。なのでそう過分にはならないのだ。

 というわけで、大皿に残りの肉豆腐、ポテトサラダはタッパーのまま、目玉焼きを新たに焼いて、ごはんとお味噌汁。それらと取り皿、割り箸をテーブルに並べた。

「いただきまーす」

 声を揃えて手を合わせ、割り箸と取り皿を手にする。

 「とくら食堂」営業日の閉店後の、いつもの光景である。こうして残ってしまったものを、全員で平らげるのだ。これは二口女ふたくちおんなであるお母さんと、その性質を継ぐ碧がいるからできることだ。

 もちろんお父さんにはお腹いっぱい食べてもらって、が前提である。残りが少なければ、ありものの材料、主に卵で作り足す。

 碧はできたての目玉焼きを頬張り、お父さんの美味に舌鼓を打つ。これも碧のほっとする味やな、なんて思いながら。

 そんな碧の目の前で隣り合っている両親を見て、相手があやかしでも、人間でも、大事にしていきたい、そう思える関係を築ける人と出会えたらいいな、とあらためて思うのだった。
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