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3章 碧、マッチングするかも知れない
第1話 あらたなる扉
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6月初旬の土曜日、碧は予約を入れておいた結婚相談所の自動ドアの前に立った。5月に無事25歳の誕生日を迎え、本格的に婚活を始めるのだ。
碧の誕生日の日は平日で、「とくら食堂」はいつも通りに営業した。翌日も平日だったので、普通に過ごして早い時間に床に着いたのだが。
その週の土曜日、要は都倉本家での宴の1週間後、お家でお父さんのごちそうでお祝いをしてもらった。
お誕生日は通過点ではあるが、心の区切り、切り替えの日でもあると思っている。25歳になり、これからも成長していきたいと、気持ちを新たにした。
碧にとって結婚は、「とくら食堂」を継続していくためのものではあるものの、素敵な人と出会って、両親の様に幸せになりたいという思いだってある。だから下手な妥協はできない。
あまり気合いを入れすぎて前のめりになるのも、空回りしそうで良く無いと思うので、アンテナだけは張り巡らせて、ほどほどに、そしてたくさんの人の中から、素敵な出会いがあれば嬉しいなと思う。
自動ドアを開けて中に入ると、白を基調にした明るいインテリアで、入ってすぐに受付カウンタがあった。ばっちりお化粧を施し、姿勢正しい綺麗な受付嬢さんが座っていた。白い女性らしいブラウスが可愛らしい。
「14時からの予約の都倉と申します」
「はい、お待ちしておりました。少々お待ちくださいませ」
受付嬢さんがどこかに電話を掛ける。おそらく内線だろう。その間、碧はぐるりと相談所内を見渡す。壁にはいくつかのドアがあり、もしかしたら個室かも知れない。予約をするときに開いた公式サイトに「個室でプライベートを守ります」とあったからだ。
ちなみにこの結婚相談所は、口コミサイトで探し当てた。こういう世界の素人である碧が頼る先としては適当だと思う。それらの中で入会費などが無理無く払えるところを選んだのだ。
少しすると、奥から受付嬢さんと同じブラウスと、黒のタイトスカートの女性が出てきた。柔らかな笑顔を浮かべて。
「都倉さま、お待たせいたしました。わたくし、担当をさせていただきます、柏木と申します。よろしくお願いいたします」
柏木さんと名乗った女性は、しとやかに頭を下げる。碧も慌てて。
「都倉と申します。こちらこそ、よろしくお願いいたします」
がばっと頭を下げた。少し緊張しているみたいで、動きがぎこちなくなっているのが分かる。ちゃんと自分の言葉を、思っていることを話せるだろうか。少しでもリラックスしなければ。
「ご案内いたしますね」
そうして促され、壁にあったいくつかのドアから、いちばん左端の個室に入る。そこも白で統一されていて、4人掛けのテーブルセットが置かれていた。
「あらためまして、よろしくお願いいたします。柏木です」
柏木さんはテーブルの上に置かれていた黒の名刺入れを取り上げ、中から名刺を1枚出して、両手で碧に差し出す。碧は「ちょうだいします」と、やはり両手で受け取った。
「どうぞお掛けください」
奥の席をすすめられ、素直にそこに座る。柏木さんも碧の正面にするりと座った。
「では、さっそくお話をお伺いいたしますね」
柏木さんはテーブルにあった黒いノートパソコンを開き、何やらキィを叩く。おそらくだが、碧が予約をするときに入力した情報は、すでにカルテの様なものにインプットされているのだろう。
「まずはですね、ご予約のときにご入力いただきましたところ、都倉さまのご実家は飲食店を経営されていて、そちらをお継ぎになりたいとのことで、一緒に運営してくださる男性をご希望、と」
「はい。なので、飲食店経営に興味があるとか、経験者だとか、そういう方がおられたら、お話をしてみたいです」
そして、いくつかの設問をされる。
碧はまだ、この結婚相談所に登録するかを決めてはいない。だが物腰良く対応してくれる柏木さんを見ていて、かなり入会する方に傾いていた。この相談所は人気も高い様で、となると、登録している男性会員も多いはずだ。出会いのチャンスは増えるのでは、と思っている。
ただ、同時に碧の様な事情の女性も登録していると思うので、そんな人たちと取り合いになったり……なんて不安にもなる。しかし持っている価値観や性格などは違うだろうから、そこは上手く棲み分けできるのかな? なんて思ったりもする。
「最後に、都倉さまは、どういう方とご結婚したいとか、ありますか?」
柏木さんに穏やかにそう聞かれ、きちんと伝えなければと、碧は姿勢を正した。
「実家のお店を一緒にやりたいっていうのもそうなんですけど、わたしは自分の両親を見ていて、両親みたいに思いやり合える人と出会えたらなって思います。家事でも、将来子どもができたとして育児とかも、協力し合えたらなって。贅沢かも知れませんが」
すると柏木さんは優しく微笑んで。
「そんなことはありません。今は共働きのご家庭が多いです。ですので、互いに気遣い合えなければご家庭の維持は難しいんです。今でもそうですが、以前、熟年離婚なんて言葉が流行ったことを、ご存知ですか?」
「聞いたことはあります」
「20年ほども前のことですからね。都倉さまはまだお小さかったでしょうから」
なんていう柏木さん。若そうに見えているが、いったいおいくつなのか。これもいっとき流行った美魔女というものなのだろうか。
「どちらか一方だけが悪かった、と言い切るのは乱暴かも知れません。ですが、いわゆる団塊の世代という男性の方々は、ご家庭を顧みず、お仕事だけに精を出してこられた方が多かったんです。それが正義だった時代は確かにあります。ですが、その結果が熟年離婚に繋がることも多かったんです」
「……はい」
ぞっとする。もし自分がそういう人と結婚をしてしまったら。もちろん自分の希望だけを聞いてもらうなんて虫が良いのかも知れない。それでも、両親の様な繋がりを望んでしまうのだ。
「結婚は、お式はハレの日だとしても、日々の生活と密接に結びついています。だからこそ、おふたりでいろいろなことの責任を持たなければならないのです。お仕事も家事も、子育ても、他人事だなんで言語道断なんです」
「はい」
柏木さんの言葉は、本当にその通りだと思う。家族を、家庭を築こうと思うのなら、互いに協力し合うことが必要不可欠だ。どちらかに大きく責任を押し付けてしまう様なことは、あってはならないのだ。
「妥協できるところ、できないところ、それを見極めることは大切です。女性にいろいろな方がいる様に、男性にもいろいろな方がいます。ですので、よろしければわたしどもにお手伝いをさせてください。誰しもに幸せになる権利があるんです。あ、もちろん悪いことをしている人は別ですよ?」
柏木さんはそう言って、茶目っ気たっぷりな笑顔を見せた。
そして碧は、この結婚相談所に登録することを決めたのだった。
碧の誕生日の日は平日で、「とくら食堂」はいつも通りに営業した。翌日も平日だったので、普通に過ごして早い時間に床に着いたのだが。
その週の土曜日、要は都倉本家での宴の1週間後、お家でお父さんのごちそうでお祝いをしてもらった。
お誕生日は通過点ではあるが、心の区切り、切り替えの日でもあると思っている。25歳になり、これからも成長していきたいと、気持ちを新たにした。
碧にとって結婚は、「とくら食堂」を継続していくためのものではあるものの、素敵な人と出会って、両親の様に幸せになりたいという思いだってある。だから下手な妥協はできない。
あまり気合いを入れすぎて前のめりになるのも、空回りしそうで良く無いと思うので、アンテナだけは張り巡らせて、ほどほどに、そしてたくさんの人の中から、素敵な出会いがあれば嬉しいなと思う。
自動ドアを開けて中に入ると、白を基調にした明るいインテリアで、入ってすぐに受付カウンタがあった。ばっちりお化粧を施し、姿勢正しい綺麗な受付嬢さんが座っていた。白い女性らしいブラウスが可愛らしい。
「14時からの予約の都倉と申します」
「はい、お待ちしておりました。少々お待ちくださいませ」
受付嬢さんがどこかに電話を掛ける。おそらく内線だろう。その間、碧はぐるりと相談所内を見渡す。壁にはいくつかのドアがあり、もしかしたら個室かも知れない。予約をするときに開いた公式サイトに「個室でプライベートを守ります」とあったからだ。
ちなみにこの結婚相談所は、口コミサイトで探し当てた。こういう世界の素人である碧が頼る先としては適当だと思う。それらの中で入会費などが無理無く払えるところを選んだのだ。
少しすると、奥から受付嬢さんと同じブラウスと、黒のタイトスカートの女性が出てきた。柔らかな笑顔を浮かべて。
「都倉さま、お待たせいたしました。わたくし、担当をさせていただきます、柏木と申します。よろしくお願いいたします」
柏木さんと名乗った女性は、しとやかに頭を下げる。碧も慌てて。
「都倉と申します。こちらこそ、よろしくお願いいたします」
がばっと頭を下げた。少し緊張しているみたいで、動きがぎこちなくなっているのが分かる。ちゃんと自分の言葉を、思っていることを話せるだろうか。少しでもリラックスしなければ。
「ご案内いたしますね」
そうして促され、壁にあったいくつかのドアから、いちばん左端の個室に入る。そこも白で統一されていて、4人掛けのテーブルセットが置かれていた。
「あらためまして、よろしくお願いいたします。柏木です」
柏木さんはテーブルの上に置かれていた黒の名刺入れを取り上げ、中から名刺を1枚出して、両手で碧に差し出す。碧は「ちょうだいします」と、やはり両手で受け取った。
「どうぞお掛けください」
奥の席をすすめられ、素直にそこに座る。柏木さんも碧の正面にするりと座った。
「では、さっそくお話をお伺いいたしますね」
柏木さんはテーブルにあった黒いノートパソコンを開き、何やらキィを叩く。おそらくだが、碧が予約をするときに入力した情報は、すでにカルテの様なものにインプットされているのだろう。
「まずはですね、ご予約のときにご入力いただきましたところ、都倉さまのご実家は飲食店を経営されていて、そちらをお継ぎになりたいとのことで、一緒に運営してくださる男性をご希望、と」
「はい。なので、飲食店経営に興味があるとか、経験者だとか、そういう方がおられたら、お話をしてみたいです」
そして、いくつかの設問をされる。
碧はまだ、この結婚相談所に登録するかを決めてはいない。だが物腰良く対応してくれる柏木さんを見ていて、かなり入会する方に傾いていた。この相談所は人気も高い様で、となると、登録している男性会員も多いはずだ。出会いのチャンスは増えるのでは、と思っている。
ただ、同時に碧の様な事情の女性も登録していると思うので、そんな人たちと取り合いになったり……なんて不安にもなる。しかし持っている価値観や性格などは違うだろうから、そこは上手く棲み分けできるのかな? なんて思ったりもする。
「最後に、都倉さまは、どういう方とご結婚したいとか、ありますか?」
柏木さんに穏やかにそう聞かれ、きちんと伝えなければと、碧は姿勢を正した。
「実家のお店を一緒にやりたいっていうのもそうなんですけど、わたしは自分の両親を見ていて、両親みたいに思いやり合える人と出会えたらなって思います。家事でも、将来子どもができたとして育児とかも、協力し合えたらなって。贅沢かも知れませんが」
すると柏木さんは優しく微笑んで。
「そんなことはありません。今は共働きのご家庭が多いです。ですので、互いに気遣い合えなければご家庭の維持は難しいんです。今でもそうですが、以前、熟年離婚なんて言葉が流行ったことを、ご存知ですか?」
「聞いたことはあります」
「20年ほども前のことですからね。都倉さまはまだお小さかったでしょうから」
なんていう柏木さん。若そうに見えているが、いったいおいくつなのか。これもいっとき流行った美魔女というものなのだろうか。
「どちらか一方だけが悪かった、と言い切るのは乱暴かも知れません。ですが、いわゆる団塊の世代という男性の方々は、ご家庭を顧みず、お仕事だけに精を出してこられた方が多かったんです。それが正義だった時代は確かにあります。ですが、その結果が熟年離婚に繋がることも多かったんです」
「……はい」
ぞっとする。もし自分がそういう人と結婚をしてしまったら。もちろん自分の希望だけを聞いてもらうなんて虫が良いのかも知れない。それでも、両親の様な繋がりを望んでしまうのだ。
「結婚は、お式はハレの日だとしても、日々の生活と密接に結びついています。だからこそ、おふたりでいろいろなことの責任を持たなければならないのです。お仕事も家事も、子育ても、他人事だなんで言語道断なんです」
「はい」
柏木さんの言葉は、本当にその通りだと思う。家族を、家庭を築こうと思うのなら、互いに協力し合うことが必要不可欠だ。どちらかに大きく責任を押し付けてしまう様なことは、あってはならないのだ。
「妥協できるところ、できないところ、それを見極めることは大切です。女性にいろいろな方がいる様に、男性にもいろいろな方がいます。ですので、よろしければわたしどもにお手伝いをさせてください。誰しもに幸せになる権利があるんです。あ、もちろん悪いことをしている人は別ですよ?」
柏木さんはそう言って、茶目っ気たっぷりな笑顔を見せた。
そして碧は、この結婚相談所に登録することを決めたのだった。
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