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3章 碧、マッチングするかも知れない
第7話 碧の悪癖
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「何やとわれ、舐めとんかこら」
普段の碧のものとは違う、低い声が口から漏れた。
「……へ?」
正面に座る佐竹さんが、動きを止めてぽかんと目を丸くする。碧は構わず続ける。
「うちはな、おとんが作った美味しいごはんをお客さまに提供してるんや。それを馬鹿にされるいわれはあれへんわ」
佐竹さんは呆然としてしまい、言い返すこともしてこない。碧はさらに続けた。
「それを、どこで食べても一緒のファミレスにしろとか、何やねんそれ。ふざけんなや。おとんのお料理は唯一無二や。あほか」
決して声は荒げない。淡々と、冷静に。だが頭の中は煮えたぎっている。佐竹さんは唖然として、ぽかんと開けた口を震わせていた。
「そんな心持ちのやつと一緒になるんはおろか、仕事するんも嫌やわ。時間の無駄。帰るわ」
碧はバッグから財布を出し、1,000円札を1枚取り出して、ばん、と音を立てて佐竹さんの前に置いた。そして手早く荷物をまとめ、乾き始めている傘も忘れずに、早足でカフェを出た。「ありがとうございました~」と、店員さんの声が碧を追いかけた。
そのまま速度を落とさず、碧は大阪メトロ御堂筋線のなんば駅に向かう。もうすぐそこだ。平日だというのに大勢の人の流れ。大きなスーツケースを転がすインバウンドも多い。
碧はその流れにうまく乗りながら、改札に向かう。早く両親の顔が見たい。話を聞いて欲しい。今日はお酒にも付き合って欲しい。ヤケ酒だ。でも明日には響かない様に、ウコン粉末も飲もう。まだお家にあったはずだ。肴にカレー炒めなんかを用意するのも良さそうだ。
これは、碧の決して良く無いくせのひとつである。怒りが頂点に達すると、口がやたらと悪くなるのである。怒鳴り散らさないだけましだと思ってはいるが、直さなければと思いつつ、なかなか巧くいかない。
「さつき亭」でこのくせが出なかったのは、本当に幸いだった。とはいえ、碧は自分のことを悪し様に言われたところで、そこまで怒りは感じない。今回は「とくら食堂」、要は自分の両親が馬鹿にされたからだ。
だから反省も後悔もしていない。もう佐竹さんには2度と会わないだろうし、何の問題も無い。
碧の頭はまだ怒りが渦巻いている。今、怖い顔をしているだろう。だが、今はこの感情に任せよう。その方が収まるのも早い。
碧はスマートフォンを出し、カバーを開いて改札に通した。大阪メトロの交通ICカードであるPITAPAを収納しているのだった。
「あ~、やっぱり腹立つ~」
碧はビールが半分ほど入ったグラスを手に、何度目か分からないため息を吐いた。自宅のダイニングテーブルには、お父さんが作ってくれた美味が並んでいる。
なんばから本町までメトロで帰り、お家までの道すがら、碧はコンビニでお酒を買い込んだ。スーパーマーケットの方がお安く買えるが、遠回りになってしまう。その気力が沸かなかった。怒りのおかげで動けているが、想像以上にダメージを受けてしまった様だ。
佐竹さんとはもともとお茶だけをする予定で、晩ごはんはお家で食べるつもりだった。碧がお酒を詰めたエコバッグを手にお家に帰り着いたのは16時半。お父さんは晩ごはんの支度中だった。
「とくら食堂」があるため、日曜日から木曜日の都倉家の晩ごはんは早い。17時ごろには食べ始められる様に準備をする。いつもは碧もお手伝いをするのだが、今日は帰ってくる時間が読めなかったので、お父さんは先に取り掛かってくれていたのだ。
碧がまだ完全に冷めやらぬ怒りとともに、冷蔵庫にお酒を詰めている間に、お父さんはお鍋などを洗い、そのあと、碧はカレー味の肴を作るためにキッチンに立つ。
冷蔵庫を隅々まで見ると、野菜室に半玉分のきゃべつを見つけた。これを使おう。
作るのは、オーソドックスなきゃべつのカレー炒めである。碧はきゃべつを太めの千切りにした。
フライパンにオリーブオイルとマヨネーズを引いて、チューブのにんにくとしょうがを炒める。香りが出たら、切ったきゃべつをこんもりと入れる。シリコンスプーンでざくざくと混ぜながら炒めた。
お料理をしていると、心が落ち着いていく。荒れた心がやんわりと凪いでいくのが分かる。やっぱり碧は、この瞬間が大好きだ。
今は「とくら食堂」でお父さんのサポートに徹しながら、「とくら食堂」の味を盗もうと必死のぱっちだ。だがこうして自分で好きに作ることも、かけがえのないことだ。
楽しい。単純にそんな感情が沸き上がる。ただきゃべつを炒めているだけなのに、そう思える自分は単純だろうか。
きゃべつがしんなりとしてきたら、カレー粉を振り、香ばしい香りになるまで炒める。最後にウスターソース少量と、お塩と粗挽き黒こしょうで味を整えて。
できあがったそれをお皿に移し、熱々できたてのスパイシーな香りを堪能すると、怒りなどはとうにどこかに飛んでいき、思わず頬を緩めるのだった。
普段の碧のものとは違う、低い声が口から漏れた。
「……へ?」
正面に座る佐竹さんが、動きを止めてぽかんと目を丸くする。碧は構わず続ける。
「うちはな、おとんが作った美味しいごはんをお客さまに提供してるんや。それを馬鹿にされるいわれはあれへんわ」
佐竹さんは呆然としてしまい、言い返すこともしてこない。碧はさらに続けた。
「それを、どこで食べても一緒のファミレスにしろとか、何やねんそれ。ふざけんなや。おとんのお料理は唯一無二や。あほか」
決して声は荒げない。淡々と、冷静に。だが頭の中は煮えたぎっている。佐竹さんは唖然として、ぽかんと開けた口を震わせていた。
「そんな心持ちのやつと一緒になるんはおろか、仕事するんも嫌やわ。時間の無駄。帰るわ」
碧はバッグから財布を出し、1,000円札を1枚取り出して、ばん、と音を立てて佐竹さんの前に置いた。そして手早く荷物をまとめ、乾き始めている傘も忘れずに、早足でカフェを出た。「ありがとうございました~」と、店員さんの声が碧を追いかけた。
そのまま速度を落とさず、碧は大阪メトロ御堂筋線のなんば駅に向かう。もうすぐそこだ。平日だというのに大勢の人の流れ。大きなスーツケースを転がすインバウンドも多い。
碧はその流れにうまく乗りながら、改札に向かう。早く両親の顔が見たい。話を聞いて欲しい。今日はお酒にも付き合って欲しい。ヤケ酒だ。でも明日には響かない様に、ウコン粉末も飲もう。まだお家にあったはずだ。肴にカレー炒めなんかを用意するのも良さそうだ。
これは、碧の決して良く無いくせのひとつである。怒りが頂点に達すると、口がやたらと悪くなるのである。怒鳴り散らさないだけましだと思ってはいるが、直さなければと思いつつ、なかなか巧くいかない。
「さつき亭」でこのくせが出なかったのは、本当に幸いだった。とはいえ、碧は自分のことを悪し様に言われたところで、そこまで怒りは感じない。今回は「とくら食堂」、要は自分の両親が馬鹿にされたからだ。
だから反省も後悔もしていない。もう佐竹さんには2度と会わないだろうし、何の問題も無い。
碧の頭はまだ怒りが渦巻いている。今、怖い顔をしているだろう。だが、今はこの感情に任せよう。その方が収まるのも早い。
碧はスマートフォンを出し、カバーを開いて改札に通した。大阪メトロの交通ICカードであるPITAPAを収納しているのだった。
「あ~、やっぱり腹立つ~」
碧はビールが半分ほど入ったグラスを手に、何度目か分からないため息を吐いた。自宅のダイニングテーブルには、お父さんが作ってくれた美味が並んでいる。
なんばから本町までメトロで帰り、お家までの道すがら、碧はコンビニでお酒を買い込んだ。スーパーマーケットの方がお安く買えるが、遠回りになってしまう。その気力が沸かなかった。怒りのおかげで動けているが、想像以上にダメージを受けてしまった様だ。
佐竹さんとはもともとお茶だけをする予定で、晩ごはんはお家で食べるつもりだった。碧がお酒を詰めたエコバッグを手にお家に帰り着いたのは16時半。お父さんは晩ごはんの支度中だった。
「とくら食堂」があるため、日曜日から木曜日の都倉家の晩ごはんは早い。17時ごろには食べ始められる様に準備をする。いつもは碧もお手伝いをするのだが、今日は帰ってくる時間が読めなかったので、お父さんは先に取り掛かってくれていたのだ。
碧がまだ完全に冷めやらぬ怒りとともに、冷蔵庫にお酒を詰めている間に、お父さんはお鍋などを洗い、そのあと、碧はカレー味の肴を作るためにキッチンに立つ。
冷蔵庫を隅々まで見ると、野菜室に半玉分のきゃべつを見つけた。これを使おう。
作るのは、オーソドックスなきゃべつのカレー炒めである。碧はきゃべつを太めの千切りにした。
フライパンにオリーブオイルとマヨネーズを引いて、チューブのにんにくとしょうがを炒める。香りが出たら、切ったきゃべつをこんもりと入れる。シリコンスプーンでざくざくと混ぜながら炒めた。
お料理をしていると、心が落ち着いていく。荒れた心がやんわりと凪いでいくのが分かる。やっぱり碧は、この瞬間が大好きだ。
今は「とくら食堂」でお父さんのサポートに徹しながら、「とくら食堂」の味を盗もうと必死のぱっちだ。だがこうして自分で好きに作ることも、かけがえのないことだ。
楽しい。単純にそんな感情が沸き上がる。ただきゃべつを炒めているだけなのに、そう思える自分は単純だろうか。
きゃべつがしんなりとしてきたら、カレー粉を振り、香ばしい香りになるまで炒める。最後にウスターソース少量と、お塩と粗挽き黒こしょうで味を整えて。
できあがったそれをお皿に移し、熱々できたてのスパイシーな香りを堪能すると、怒りなどはとうにどこかに飛んでいき、思わず頬を緩めるのだった。
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