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3章 碧、マッチングするかも知れない
第8話 碧を幸せにしてくれるもの
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と、お料理で心が落ち着いたはずなのに。
ダイニングテーブルで両親と向かい合わせで座り、お酒で乾杯をし、お父さんが作ってくれた手羽中のグリル、豚肉と白菜と人参の塩焼きそば、卵入りエビチリ、根菜のオイスタソース煮込み、そして碧が作ったきゃべつのカレー炒めを前に、ビール片手に愚痴っていると、怒りが再燃してしまったのだ。
「それは災難やったなぁ」
碧の話を聞いて、お父さんもビールを傾けながら、眉尻を下げた。
「ほんま。あの人、もしかしたらお店やってたりする人に、ああやって持ちかけてるんかも知れん。あ、柏木さんに連絡しとかんと」
「そうしたら、その佐竹さんて人、どうなるん? 悪質っちゅうたら悪質やけど」
お母さんは赤ワインを飲んでいる。お母さんは甘口の赤ワインが好きなのだ。これも碧がコンビニで買ってきた1本である。
「どうなるんやろ。退会とか? 厳重注意とか? でも佐竹さん、悪気無さそうやったから、繰り返す気もするんよねぇ。お父さんお母さん、ちょっとごめんやで」
忘れないうちに、と、碧はスマートフォンを操作し、結婚相談所のアプリを立ち上げ、柏木さんにメッセージを打ち込んだ。
お世話になっております。
本日、佐竹さんとお会いしました。
ですが、私のうちのお店を、佐竹さんが勤めているファミレスにしないか、と言われました。
私は少し不愉快な思いをしてしまいました。
もしかしたら、他の女性会員の方にも同じ事をしているかも知れません。
お手数ですが、ご確認お願いできましたら幸いです。
どうぞよろしくお願いいたします。
相談所は基本、年中無休だ。書き入れどきは土日だという。なのでスタッフさんのお休みは平日だということだ。柏木さんのお休みがいつかは分からないが、いつでも時間があるときに確認してもらえればと思う。
スマートフォンをテーブルの端に置いて、碧はまたお父さんのごはんにお箸を伸ばす。
手羽中のグリルは、鶏の手羽中に刷毛で日本酒とごま油を塗り、お塩と粗挽き黒こしょうを振って、オーブンのグリル機能でじっくりと焼いたものだ。
表面の皮はぱりぱりで、ごま油の風味がほのかに香り、じっくりと噛みしめると、しっとりとした柔らかなお肉が弾ける。
「……おいし~い」
険しかったであろう碧の表情が一気に緩む。様々な感情において、それがマイナスのものであっても、美味しいものの前には無力になる。綺麗に骨だけになった手羽中を取り皿に置き、次は卵入りエビチリだ。
お父さんのエビチリはえびに衣を付けて揚げるのでは無く、お塩などで下味を付けてから片栗粉を薄くまぶし、米油でこんがりと焼いている。ぷりぷりのえびが、ケチャップをベースに作られたソースとふわふわの卵をまとい、酸味がありつつもまろやかに仕上がっている。
そうやって美味を堪能している間は穏やかでいられる。だが佐竹さんに言われたことをすぐに水に流せるほど、碧は人間ができていないのだ。未熟だなとは思うが、まだまだ若い証拠なのかも知れない。
すると、スマートフォンが反応する。見ると、柏木さんからお返事が届いていた。
都倉様、お世話になっております。
佐竹様の件、大変ご迷惑をお掛けしてしまい、誠に申し訳ございません。
佐竹様の担当者と共有し、今後を検討させていただきたいと思っております。
重ねてになりますが、この度は誠に申し訳ございませんでした。
また連絡させていただきますので、どうぞよろしくお願いいたします。
「……結婚相談所のスタッフさんも大変やねぇ。佐竹さんのこと、これから検討しはるって」
碧がスマートフォンを閉じてテーブルに置くと、お母さんが「そっか」と笑みを浮かべる。
「碧ちゃんが腹立つんは分かる。お父さんとお母さんのために怒ってくれたんやろ? 碧ちゃんは優しいから」
「優しかったら、こんな風に怒らんよ」
「ちゃうよ。人のために怒ってくれるんは、優しい人なんよ。ありがとうねぇ」
お父さんも「うん」と頷いてくれる。碧は少し照れてしまう。
「あのね、結婚相談所って、当たり前やけど、いろんな人が登録してはるでしょ?」
お母さんの声は、どこまでも穏やかだ。碧を慰めてくれて、そして諭してもくれる様な。
「うん」
「その中には、優しい人もたくさんいてはるんやろうけど、平気で嘘を吐く人とか、嫌味ばっかり言う人とか、すぐに怒鳴ったりする人とか、手ぇ上げる人とか、いはると思うんよ」
「……うん」
できれば、碧がマッチングしたくない人ばかりだ。一緒に客商売をしたいと思っているのに、そんな人はできれば願い下げである。だが、それも碧が見極めなければならないのだ。
「でもね、どの人も、結婚したいと思って、相談所に登録してはるんは確かでね。でもね、女性を下に見たりね、支配したいとかね、思ってる人ってね、嫌やなぁって思うんやけど、いてはる」
「うん」
「お父さんもお母さんも、碧ちゃんに幸せになって欲しくて、そのための結婚とか婚活やったら応援するけど、もし変な人とやったら、お母さんらは碧ちゃんに嫌われても、反対するからね」
「……うん」
「前にも言うたけど、いちばん大事なんは、碧ちゃんの幸せ。「とくら食堂」の将来は二の次。それを忘れんといてね」
「うん」
お父さんとお母さんは、本当に碧のことを大切にして、考えてくれている。碧はそれに報いたいと、心の底から思うのだった。
ダイニングテーブルで両親と向かい合わせで座り、お酒で乾杯をし、お父さんが作ってくれた手羽中のグリル、豚肉と白菜と人参の塩焼きそば、卵入りエビチリ、根菜のオイスタソース煮込み、そして碧が作ったきゃべつのカレー炒めを前に、ビール片手に愚痴っていると、怒りが再燃してしまったのだ。
「それは災難やったなぁ」
碧の話を聞いて、お父さんもビールを傾けながら、眉尻を下げた。
「ほんま。あの人、もしかしたらお店やってたりする人に、ああやって持ちかけてるんかも知れん。あ、柏木さんに連絡しとかんと」
「そうしたら、その佐竹さんて人、どうなるん? 悪質っちゅうたら悪質やけど」
お母さんは赤ワインを飲んでいる。お母さんは甘口の赤ワインが好きなのだ。これも碧がコンビニで買ってきた1本である。
「どうなるんやろ。退会とか? 厳重注意とか? でも佐竹さん、悪気無さそうやったから、繰り返す気もするんよねぇ。お父さんお母さん、ちょっとごめんやで」
忘れないうちに、と、碧はスマートフォンを操作し、結婚相談所のアプリを立ち上げ、柏木さんにメッセージを打ち込んだ。
お世話になっております。
本日、佐竹さんとお会いしました。
ですが、私のうちのお店を、佐竹さんが勤めているファミレスにしないか、と言われました。
私は少し不愉快な思いをしてしまいました。
もしかしたら、他の女性会員の方にも同じ事をしているかも知れません。
お手数ですが、ご確認お願いできましたら幸いです。
どうぞよろしくお願いいたします。
相談所は基本、年中無休だ。書き入れどきは土日だという。なのでスタッフさんのお休みは平日だということだ。柏木さんのお休みがいつかは分からないが、いつでも時間があるときに確認してもらえればと思う。
スマートフォンをテーブルの端に置いて、碧はまたお父さんのごはんにお箸を伸ばす。
手羽中のグリルは、鶏の手羽中に刷毛で日本酒とごま油を塗り、お塩と粗挽き黒こしょうを振って、オーブンのグリル機能でじっくりと焼いたものだ。
表面の皮はぱりぱりで、ごま油の風味がほのかに香り、じっくりと噛みしめると、しっとりとした柔らかなお肉が弾ける。
「……おいし~い」
険しかったであろう碧の表情が一気に緩む。様々な感情において、それがマイナスのものであっても、美味しいものの前には無力になる。綺麗に骨だけになった手羽中を取り皿に置き、次は卵入りエビチリだ。
お父さんのエビチリはえびに衣を付けて揚げるのでは無く、お塩などで下味を付けてから片栗粉を薄くまぶし、米油でこんがりと焼いている。ぷりぷりのえびが、ケチャップをベースに作られたソースとふわふわの卵をまとい、酸味がありつつもまろやかに仕上がっている。
そうやって美味を堪能している間は穏やかでいられる。だが佐竹さんに言われたことをすぐに水に流せるほど、碧は人間ができていないのだ。未熟だなとは思うが、まだまだ若い証拠なのかも知れない。
すると、スマートフォンが反応する。見ると、柏木さんからお返事が届いていた。
都倉様、お世話になっております。
佐竹様の件、大変ご迷惑をお掛けしてしまい、誠に申し訳ございません。
佐竹様の担当者と共有し、今後を検討させていただきたいと思っております。
重ねてになりますが、この度は誠に申し訳ございませんでした。
また連絡させていただきますので、どうぞよろしくお願いいたします。
「……結婚相談所のスタッフさんも大変やねぇ。佐竹さんのこと、これから検討しはるって」
碧がスマートフォンを閉じてテーブルに置くと、お母さんが「そっか」と笑みを浮かべる。
「碧ちゃんが腹立つんは分かる。お父さんとお母さんのために怒ってくれたんやろ? 碧ちゃんは優しいから」
「優しかったら、こんな風に怒らんよ」
「ちゃうよ。人のために怒ってくれるんは、優しい人なんよ。ありがとうねぇ」
お父さんも「うん」と頷いてくれる。碧は少し照れてしまう。
「あのね、結婚相談所って、当たり前やけど、いろんな人が登録してはるでしょ?」
お母さんの声は、どこまでも穏やかだ。碧を慰めてくれて、そして諭してもくれる様な。
「うん」
「その中には、優しい人もたくさんいてはるんやろうけど、平気で嘘を吐く人とか、嫌味ばっかり言う人とか、すぐに怒鳴ったりする人とか、手ぇ上げる人とか、いはると思うんよ」
「……うん」
できれば、碧がマッチングしたくない人ばかりだ。一緒に客商売をしたいと思っているのに、そんな人はできれば願い下げである。だが、それも碧が見極めなければならないのだ。
「でもね、どの人も、結婚したいと思って、相談所に登録してはるんは確かでね。でもね、女性を下に見たりね、支配したいとかね、思ってる人ってね、嫌やなぁって思うんやけど、いてはる」
「うん」
「お父さんもお母さんも、碧ちゃんに幸せになって欲しくて、そのための結婚とか婚活やったら応援するけど、もし変な人とやったら、お母さんらは碧ちゃんに嫌われても、反対するからね」
「……うん」
「前にも言うたけど、いちばん大事なんは、碧ちゃんの幸せ。「とくら食堂」の将来は二の次。それを忘れんといてね」
「うん」
お父さんとお母さんは、本当に碧のことを大切にして、考えてくれている。碧はそれに報いたいと、心の底から思うのだった。
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