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3章 碧、マッチングするかも知れない
第9話 碧の誇り
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あれからさらに結構飲んだが、一応加減はしたし、楽しくもあったし、ウコン粉末のおかげもあってか、二日酔いの憂き目には遭わずに済んだ。
碧はお母さんの言葉をあらためて噛みしめる。お父さんとお母さんに悲しい思いはさせたくない。
碧は自分の結婚で、両親も、応援してくれている両家の祖父母も親戚も、幸せな気持ちになってほしい、なんて、おこがましいことを思ってしまうのだ。
そのためにも、今日の「とくら食堂」の営業もがんばろう!と、気合いを入れるのだった。
今日の卵料理は卵焼き。小鉢はヤングコーンと赤パプリカの柚子胡椒和え、お味噌汁はお揚げさんとおくらだ。お昼のメインは鶏の照り焼きである。
いつもの様に8時半ごろにきた弓月さんは、見ているこちらが嬉しくなる様な表情で、朝ごはんを頬張っている。
それは、碧の自信になる。主に作っているのはお父さんで、碧自身はまだ未熟な自覚がある。それでも、「とくら食堂」はこうしたお客さまにとって、必要な場所なのだと、思えることができる。
佐竹さんに「お父さんのお料理は唯一無二」なんて啖呵を切ったが、それは間違いでは無いのだと。
美味しいものを作れる人は世界中にたくさんいて、お父さんはその中では、決して上位では無いのかも知れない。「とくら食堂」は星付きでは無いし、何かのコンテストなどで受賞したわけでも無い。
それでも「とくら食堂」には毎日たくさんのお客さまがきて、ご常連もいっぱいいて、みなさんのお腹を満たしている。お父さんのお料理が美味しいと思ってくれているからこそ、通ってくれるのだ。
そんな「とくら食堂」は碧の自慢である。お父さんの美味しいお料理と、お母さんの明るい接客、そして碧のサポート。以前は両親のふたりだったけど、今は3人で成り立っている「とくら食堂」の存在が誇らしい。
これからも続けていくために、この先、お父さんが年齢を重ねて勇退することになっても、碧が守っていけるように。そのための結婚に、妥協はできるかぎりしたくないのだ。
「ヤングコーン、めっちゃええ歯ごたえですね。こりこりしてる。いつも食べてるんとちゃいます」
弓月さんが小鉢を口に運んで、楽しそうに目を丸くした。
「生で仕入れて、お店で蒸してるんですよ。水煮のやつも便利でおいしいですけど、国産の生のヤングコーンはこの時季しか出回らんですからね。ぜひ使いたいねって、大将と」
大将とはお父さんのことである。お母さんは女将だ。どちらもお店や組織のトップを示す言葉だが、重複していても誰も気にしていない。お客さまの誰かが言い出して、それが定着したのだそうだ。
「へぇ。ヤングコーンって野菜? ですよね?」
「穀物ですね。とうもろこしですから」
「え?」
弓月さんは驚いた様に、さらに目を見開いた。
「とうもろこしなんですか? ヤングコーンって」
「とうもろこしを摘果したものです。えっと、とうもろこしって、1株に実がみっつとかできるんですけど、美味しいとうもろこしにするために、いちばん上のひとつだけを残して、あとは若いときにもぐんです。それがヤングコーンなんですね」
「へぇ~、知りませんでした。えっと、摘果? 他にもそういうのってあったりするんですか?」
「大根菜とか、きゅうりやメロンとかも摘果しますよ。スーパーに行かれたりします?」
「自炊はぜんぜんせんので、あんまり」
「大根菜はお大根の摘果で、実の部分はほとんど育ってない葉っぱだけのやつです。柔らかくておいしいんですよ。きゅうりも短かったりくるんと曲がってたりで可愛くて、そのままでお味噌を付けて食べたり。メロンもほんまちっさくて、浅漬けとかで食べたりするんですって。大根菜ときゅうりは大阪でもたまに見かけますけど、メロンは大阪では生産量がそう多く無いからか、スーパーでは見かけることはほぼ無いですね。デパートにはあるんかなぁ」
「え? 大阪でメロンですか?」
弓月さんはまた驚いた様で、目を瞬かせた。
「はい。八尾とか富田林とか、能勢とかで生産されてますよ。大阪、農家さんもたくさんいてはりますから、お野菜も果物も、いろんなもんが生産されてるんですよねぇ。道の駅とか行ったら壮観です」
「じゃあ、ここで使われてるお野菜も、大阪産ってことですか?」
「コスト面で、全部をそうにはできないんですけどね。そこは仕入業者さんと相談しながらで。でもね、大阪ってなにわ伝統野菜もそうなんですけど、昔からの種を守っているお野菜も多いんですよ。難波ねぎとかもそうですよね。日本のおねぎは、難波ねぎから始まってるって言われてるんですよね」
「難波ねぎも初めて聞きましたけど、難波ってあのなんばですか? 繁華街のミナミの」
「そうですよ。えっと、どこやったかな、中国やったかな、そこから日本の大阪に入ってきて、なんばで栽培されてたんですよ。それで難波ねぎ。今は松原で育てられてるんですね。それが京都に行って九条ねぎ、関東に行って千住ねぎになったんですって」
「へぇ、そう聞いたら何か嬉しいですね」
「そうですね」
普段の世間話ももちろん楽しませてもらっているが、やはり食べ物のお話はわくわくする。世の中には碧の知らない食べ物がまだまだたくさんあるのだと思う。調理師専門学校の座学で学んだこともあるが、きっと2年間の勉学ではカバーできていないお国のお料理はてんこもりだ。
専門学校時代のお友だちは、いろいろな国のレストランに就職している。「さつき亭」で働いていたときは拘束時間が長くて、休日は身体を休めることに費やしていたし、店長になってからはどうしても「さつき亭」のことが気になってしまって、気持ちが落ち着かなかった。
だが今は違う。金曜日か土曜日の夜に、予約を入れてお邪魔させてもらうのも良いかも知れない。
弓月さんとのお話もあって、心がほっこりになっていると、お店の開き戸が勢いよく開いた。
「いらっしゃいま、え?」
最後まで言い終わらぬうちに、碧は呆然としてしまう。そこに立っていたのは、佐竹さんだったのだ。
碧はお母さんの言葉をあらためて噛みしめる。お父さんとお母さんに悲しい思いはさせたくない。
碧は自分の結婚で、両親も、応援してくれている両家の祖父母も親戚も、幸せな気持ちになってほしい、なんて、おこがましいことを思ってしまうのだ。
そのためにも、今日の「とくら食堂」の営業もがんばろう!と、気合いを入れるのだった。
今日の卵料理は卵焼き。小鉢はヤングコーンと赤パプリカの柚子胡椒和え、お味噌汁はお揚げさんとおくらだ。お昼のメインは鶏の照り焼きである。
いつもの様に8時半ごろにきた弓月さんは、見ているこちらが嬉しくなる様な表情で、朝ごはんを頬張っている。
それは、碧の自信になる。主に作っているのはお父さんで、碧自身はまだ未熟な自覚がある。それでも、「とくら食堂」はこうしたお客さまにとって、必要な場所なのだと、思えることができる。
佐竹さんに「お父さんのお料理は唯一無二」なんて啖呵を切ったが、それは間違いでは無いのだと。
美味しいものを作れる人は世界中にたくさんいて、お父さんはその中では、決して上位では無いのかも知れない。「とくら食堂」は星付きでは無いし、何かのコンテストなどで受賞したわけでも無い。
それでも「とくら食堂」には毎日たくさんのお客さまがきて、ご常連もいっぱいいて、みなさんのお腹を満たしている。お父さんのお料理が美味しいと思ってくれているからこそ、通ってくれるのだ。
そんな「とくら食堂」は碧の自慢である。お父さんの美味しいお料理と、お母さんの明るい接客、そして碧のサポート。以前は両親のふたりだったけど、今は3人で成り立っている「とくら食堂」の存在が誇らしい。
これからも続けていくために、この先、お父さんが年齢を重ねて勇退することになっても、碧が守っていけるように。そのための結婚に、妥協はできるかぎりしたくないのだ。
「ヤングコーン、めっちゃええ歯ごたえですね。こりこりしてる。いつも食べてるんとちゃいます」
弓月さんが小鉢を口に運んで、楽しそうに目を丸くした。
「生で仕入れて、お店で蒸してるんですよ。水煮のやつも便利でおいしいですけど、国産の生のヤングコーンはこの時季しか出回らんですからね。ぜひ使いたいねって、大将と」
大将とはお父さんのことである。お母さんは女将だ。どちらもお店や組織のトップを示す言葉だが、重複していても誰も気にしていない。お客さまの誰かが言い出して、それが定着したのだそうだ。
「へぇ。ヤングコーンって野菜? ですよね?」
「穀物ですね。とうもろこしですから」
「え?」
弓月さんは驚いた様に、さらに目を見開いた。
「とうもろこしなんですか? ヤングコーンって」
「とうもろこしを摘果したものです。えっと、とうもろこしって、1株に実がみっつとかできるんですけど、美味しいとうもろこしにするために、いちばん上のひとつだけを残して、あとは若いときにもぐんです。それがヤングコーンなんですね」
「へぇ~、知りませんでした。えっと、摘果? 他にもそういうのってあったりするんですか?」
「大根菜とか、きゅうりやメロンとかも摘果しますよ。スーパーに行かれたりします?」
「自炊はぜんぜんせんので、あんまり」
「大根菜はお大根の摘果で、実の部分はほとんど育ってない葉っぱだけのやつです。柔らかくておいしいんですよ。きゅうりも短かったりくるんと曲がってたりで可愛くて、そのままでお味噌を付けて食べたり。メロンもほんまちっさくて、浅漬けとかで食べたりするんですって。大根菜ときゅうりは大阪でもたまに見かけますけど、メロンは大阪では生産量がそう多く無いからか、スーパーでは見かけることはほぼ無いですね。デパートにはあるんかなぁ」
「え? 大阪でメロンですか?」
弓月さんはまた驚いた様で、目を瞬かせた。
「はい。八尾とか富田林とか、能勢とかで生産されてますよ。大阪、農家さんもたくさんいてはりますから、お野菜も果物も、いろんなもんが生産されてるんですよねぇ。道の駅とか行ったら壮観です」
「じゃあ、ここで使われてるお野菜も、大阪産ってことですか?」
「コスト面で、全部をそうにはできないんですけどね。そこは仕入業者さんと相談しながらで。でもね、大阪ってなにわ伝統野菜もそうなんですけど、昔からの種を守っているお野菜も多いんですよ。難波ねぎとかもそうですよね。日本のおねぎは、難波ねぎから始まってるって言われてるんですよね」
「難波ねぎも初めて聞きましたけど、難波ってあのなんばですか? 繁華街のミナミの」
「そうですよ。えっと、どこやったかな、中国やったかな、そこから日本の大阪に入ってきて、なんばで栽培されてたんですよ。それで難波ねぎ。今は松原で育てられてるんですね。それが京都に行って九条ねぎ、関東に行って千住ねぎになったんですって」
「へぇ、そう聞いたら何か嬉しいですね」
「そうですね」
普段の世間話ももちろん楽しませてもらっているが、やはり食べ物のお話はわくわくする。世の中には碧の知らない食べ物がまだまだたくさんあるのだと思う。調理師専門学校の座学で学んだこともあるが、きっと2年間の勉学ではカバーできていないお国のお料理はてんこもりだ。
専門学校時代のお友だちは、いろいろな国のレストランに就職している。「さつき亭」で働いていたときは拘束時間が長くて、休日は身体を休めることに費やしていたし、店長になってからはどうしても「さつき亭」のことが気になってしまって、気持ちが落ち着かなかった。
だが今は違う。金曜日か土曜日の夜に、予約を入れてお邪魔させてもらうのも良いかも知れない。
弓月さんとのお話もあって、心がほっこりになっていると、お店の開き戸が勢いよく開いた。
「いらっしゃいま、え?」
最後まで言い終わらぬうちに、碧は呆然としてしまう。そこに立っていたのは、佐竹さんだったのだ。
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