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3章 碧、マッチングするかも知れない
第10話 よもやの再会
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「いらっしゃい」
お父さんに迎えられ、スーツ姿の佐竹さんは「はよっす!」と元気な挨拶をよこす。碧はまだ唖然としたままだ。
佐竹さんは、きっと間抜けな表情になってしまっているであろう碧に。
「都倉さん、はよっす!」
そう気安く声を掛けた。
「碧、知り合いか?」
お父さんに問われて。
「あ、あの、昨日の」
まだ半ば呆然としたまま、そう言っただけで伝わった様で、お父さんは「ああ」と小さく頷いた。
「昨日は碧がお世話になりました。ゆっくりしていってくださいね」
笑顔で言うお父さん。その言葉に嫌味などは含まれていない。佐竹さんは「あざっす」と言って、空いているカウンタ席に腰を降ろした。
「碧ちゃん、おしぼりとお冷や」
お母さんに言われ、碧はやっと我に返る。慌てて冷たいおしぼりとお冷やを出した。
「あの、何でここに」
「ここの朝めしを食ってみたくて」
碧は思わず警戒してしまうが、佐竹さんはけろっとしている。
「わたし、ここのこと言うてへんかったと思いますけど」
「そんなん、本町で朝と昼だけやってて、都倉っちゅうたら、ここしかあれへんやん。調べたらすぐに分かったわ」
「とくら食堂」はホームページもSNSも持っていないが、グルメサイトには掲載されている。そちらで情報を知ったのだろう。
お父さんはさっそく卵焼きを焼いている。碧は諦めの境地になって、小鉢とお味噌汁、ごはんを用意した。
できあがった朝ごはんを、お母さんが佐竹さんの元に運ぶ。
「はい、お待たせしました。ごゆっくりどうぞ~。ごはんとお味噌汁は1杯だけおかわり無料でできますから、ご遠慮なくどうぞ」
「あざっす」
昨日と打って変わって、口調はすっかりとほどけている。これが佐竹さんの素なのだろう。昨日は初対面だったし、一応お見合い相手だしで、気遣ってくれていたのだろう。「ペンギンキッチン」について熱弁しているときは、ほろほろになりかけていたが。
まったくもって親しくも無い間柄ではあるが、さして気にはならない。「とくら食堂」でも「さつき亭」でも、たくさんのいろいろなお客さまと接していて慣れたといえる。馴れ馴れしいお客さまは珍しくも無いのだ。
佐竹さんは割り箸を割ると、まずはごはんを口に入れる。そして「あ」と目を丸くした。
「白米旨い。これはうちより旨いかも」
「あ、ありがとう、ございます」
碧は戸惑いつつも、反射的にお礼を言った。まさか佐竹さんに褒めてもらえるとは思わなかった。こき下ろされるとまでは思っていなかったのだが、碧が悪態をついたこともあり、良い印象は持たれていないと思っていたのだ。
わざわざここにきたのも、仕返しをしにきたのでは、なんて思ってしまったのだ。でもやはり、後悔も反省もしようとは思わないのだが。
そもそも、仕返しをしようと思えば、今はいくらでもやりようがある。グルメサイトで最低評価を付けたり、SNSで悪評を広げるなど、素人でも簡単にできてしまうのだから。
佐竹さんはもしかして、本当に碧が「唯一無二」と言ったお父さんのお料理を、食べにきただけなのかも知れない。
「ごはんは、電気ですけど圧力釜の炊飯器で炊いてます。ごはんもうちのメインみたいなものなんで」
「そうやんなぁ、食堂とか定食屋とかって、白米が旨くてなんぼみたいなとこ、あるもんな」
その通りである。ごはん、お米は日本人の主食ということもあって、これが残念な炊き上がりだったら、きっとお客さまもがっかりするし、多分来てくれなくなる。
「卵焼きも素朴でええなぁ。おかずもええ感じ。柚子胡椒が効いてて。味噌汁もしっかりと出汁が効いてる」
佐竹さんは早食いのくせでもあるのか、まるで追われているかの様に朝ごはんをかっ込んでいく。そして5分後には、綺麗に平らげた。
「ごっそさん!」
割り箸を置いて手を合わせる佐竹さんの顔は、満ち足りている様に見える。
「和食の朝めし久々やったわ。やっぱ米はええな。おれ、朝は適当に菓子パンとか食ってるけど、たまにこんなええの食ったら、生き返る気分やわ」
「あらまぁ、それやったら、良かったらまた来てくださいね」
お母さんがにこにこしながらお冷やを継ぎ足し、お盆を下げる。
「そっすね、またきます。今日は仕事の途中で抜けてきたんすけど、おれもここと一緒で土日休みやから、次も仕事中かなぁ」
「あれ? 佐竹さんって、「ペンギンキッチン」さんのホールとか厨房とかのお勤めや無いんですか?」
碧が不思議に思って聞く。店舗勤めなら、よほどのことが無い限り、中抜けなんてできないはずだ。
「あ、言うてへんかったっけ。おれ、「ペンギンキッチン」唯一の営業やねん。いつもは本店の豊中におるけど、適当に外出れるし。車であっちゅう間や」
適当やなぁ、と、碧は思わず呆れてしまう。店舗を増やすための営業も、碧にしていた様なことを他の人にもしていたとしたら、それはやはりあまり良く無いことだ。中には渡りに船の人もいるのかも知れないが。
「あ、それともうひとつ。おれ、あの結婚相談所、退会になったから」
柏木さんからはまだ連絡は無いが、碧のクレームでそう至ったのだろうか。だとしたら、申し訳無いと思う方が良いのか。だが褒められたことをしていなかったのは、紛れも無く佐竹さんである。
「いやぁ、前にも厳重注意受けたんやけど」
受け取ったんかい。思わず心中で突っ込んで。
「ま、ちーとやりすぎたかな。都倉さんもチクったやろ」
「はい。不愉快になりましたので」
「はっきり言うなぁ」
佐竹さんはおかしそうに笑う。佐竹さんには遠慮する必要は無い、そんな空気感があるのだ。
「でもま、そういうことやから。都倉さんは安心して婚活続けてな」
「はい」
「じゃ、おれ、そろそろ仕事に戻るわ。また店舗広げる方法考えんとな~」
佐竹さんはそう言いながら立ち上がる。すると。
「あ、あの、碧さんとこの方って、その」
弓月さんにも話は聞こえていただろう。おずおず、そんな雰囲気で聞いてくる。どう応えたものかと碧は思案しようとしたが、佐竹さんがそれよりも早く。
「あ、おれ、都倉さんの見合い相手っす」
そう、軽やかに言った。
「え、ええ?」
弓月さんは心底驚いた様に、目を白黒させたのだった。
お父さんに迎えられ、スーツ姿の佐竹さんは「はよっす!」と元気な挨拶をよこす。碧はまだ唖然としたままだ。
佐竹さんは、きっと間抜けな表情になってしまっているであろう碧に。
「都倉さん、はよっす!」
そう気安く声を掛けた。
「碧、知り合いか?」
お父さんに問われて。
「あ、あの、昨日の」
まだ半ば呆然としたまま、そう言っただけで伝わった様で、お父さんは「ああ」と小さく頷いた。
「昨日は碧がお世話になりました。ゆっくりしていってくださいね」
笑顔で言うお父さん。その言葉に嫌味などは含まれていない。佐竹さんは「あざっす」と言って、空いているカウンタ席に腰を降ろした。
「碧ちゃん、おしぼりとお冷や」
お母さんに言われ、碧はやっと我に返る。慌てて冷たいおしぼりとお冷やを出した。
「あの、何でここに」
「ここの朝めしを食ってみたくて」
碧は思わず警戒してしまうが、佐竹さんはけろっとしている。
「わたし、ここのこと言うてへんかったと思いますけど」
「そんなん、本町で朝と昼だけやってて、都倉っちゅうたら、ここしかあれへんやん。調べたらすぐに分かったわ」
「とくら食堂」はホームページもSNSも持っていないが、グルメサイトには掲載されている。そちらで情報を知ったのだろう。
お父さんはさっそく卵焼きを焼いている。碧は諦めの境地になって、小鉢とお味噌汁、ごはんを用意した。
できあがった朝ごはんを、お母さんが佐竹さんの元に運ぶ。
「はい、お待たせしました。ごゆっくりどうぞ~。ごはんとお味噌汁は1杯だけおかわり無料でできますから、ご遠慮なくどうぞ」
「あざっす」
昨日と打って変わって、口調はすっかりとほどけている。これが佐竹さんの素なのだろう。昨日は初対面だったし、一応お見合い相手だしで、気遣ってくれていたのだろう。「ペンギンキッチン」について熱弁しているときは、ほろほろになりかけていたが。
まったくもって親しくも無い間柄ではあるが、さして気にはならない。「とくら食堂」でも「さつき亭」でも、たくさんのいろいろなお客さまと接していて慣れたといえる。馴れ馴れしいお客さまは珍しくも無いのだ。
佐竹さんは割り箸を割ると、まずはごはんを口に入れる。そして「あ」と目を丸くした。
「白米旨い。これはうちより旨いかも」
「あ、ありがとう、ございます」
碧は戸惑いつつも、反射的にお礼を言った。まさか佐竹さんに褒めてもらえるとは思わなかった。こき下ろされるとまでは思っていなかったのだが、碧が悪態をついたこともあり、良い印象は持たれていないと思っていたのだ。
わざわざここにきたのも、仕返しをしにきたのでは、なんて思ってしまったのだ。でもやはり、後悔も反省もしようとは思わないのだが。
そもそも、仕返しをしようと思えば、今はいくらでもやりようがある。グルメサイトで最低評価を付けたり、SNSで悪評を広げるなど、素人でも簡単にできてしまうのだから。
佐竹さんはもしかして、本当に碧が「唯一無二」と言ったお父さんのお料理を、食べにきただけなのかも知れない。
「ごはんは、電気ですけど圧力釜の炊飯器で炊いてます。ごはんもうちのメインみたいなものなんで」
「そうやんなぁ、食堂とか定食屋とかって、白米が旨くてなんぼみたいなとこ、あるもんな」
その通りである。ごはん、お米は日本人の主食ということもあって、これが残念な炊き上がりだったら、きっとお客さまもがっかりするし、多分来てくれなくなる。
「卵焼きも素朴でええなぁ。おかずもええ感じ。柚子胡椒が効いてて。味噌汁もしっかりと出汁が効いてる」
佐竹さんは早食いのくせでもあるのか、まるで追われているかの様に朝ごはんをかっ込んでいく。そして5分後には、綺麗に平らげた。
「ごっそさん!」
割り箸を置いて手を合わせる佐竹さんの顔は、満ち足りている様に見える。
「和食の朝めし久々やったわ。やっぱ米はええな。おれ、朝は適当に菓子パンとか食ってるけど、たまにこんなええの食ったら、生き返る気分やわ」
「あらまぁ、それやったら、良かったらまた来てくださいね」
お母さんがにこにこしながらお冷やを継ぎ足し、お盆を下げる。
「そっすね、またきます。今日は仕事の途中で抜けてきたんすけど、おれもここと一緒で土日休みやから、次も仕事中かなぁ」
「あれ? 佐竹さんって、「ペンギンキッチン」さんのホールとか厨房とかのお勤めや無いんですか?」
碧が不思議に思って聞く。店舗勤めなら、よほどのことが無い限り、中抜けなんてできないはずだ。
「あ、言うてへんかったっけ。おれ、「ペンギンキッチン」唯一の営業やねん。いつもは本店の豊中におるけど、適当に外出れるし。車であっちゅう間や」
適当やなぁ、と、碧は思わず呆れてしまう。店舗を増やすための営業も、碧にしていた様なことを他の人にもしていたとしたら、それはやはりあまり良く無いことだ。中には渡りに船の人もいるのかも知れないが。
「あ、それともうひとつ。おれ、あの結婚相談所、退会になったから」
柏木さんからはまだ連絡は無いが、碧のクレームでそう至ったのだろうか。だとしたら、申し訳無いと思う方が良いのか。だが褒められたことをしていなかったのは、紛れも無く佐竹さんである。
「いやぁ、前にも厳重注意受けたんやけど」
受け取ったんかい。思わず心中で突っ込んで。
「ま、ちーとやりすぎたかな。都倉さんもチクったやろ」
「はい。不愉快になりましたので」
「はっきり言うなぁ」
佐竹さんはおかしそうに笑う。佐竹さんには遠慮する必要は無い、そんな空気感があるのだ。
「でもま、そういうことやから。都倉さんは安心して婚活続けてな」
「はい」
「じゃ、おれ、そろそろ仕事に戻るわ。また店舗広げる方法考えんとな~」
佐竹さんはそう言いながら立ち上がる。すると。
「あ、あの、碧さんとこの方って、その」
弓月さんにも話は聞こえていただろう。おずおず、そんな雰囲気で聞いてくる。どう応えたものかと碧は思案しようとしたが、佐竹さんがそれよりも早く。
「あ、おれ、都倉さんの見合い相手っす」
そう、軽やかに言った。
「え、ええ?」
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