34 / 50
3章 碧、マッチングするかも知れない
第11話 食材が与えてくれる喜び
しおりを挟む
「とくら食堂」営業後、碧たちはごはんを食べようと、あまりをテーブル席に運んでいた。
鶏の照り焼きに使っていた鶏もも肉は、お塩と日本酒で下味を付けているので、残りは全部焼いてしまう。
鶏肉は冷凍状態で入荷して、使う分だけを前日の帰りしなに冷蔵庫に移して解凍する。なので、余ってしまったとしても再冷凍する様なことはしない。そうしてしまうと味はますます落ちてしまう。
そして、佐竹さんも褒めてくれたごはん。「とくら食堂」では一升炊きの炊飯器をふたつ使っている。一升は10合、1合でふたり分なので、ひと釜で20人分が取れる。
お昼営業の間に片方のごはんが無くなったら、時間とお客入りを見て、追加で炊く分を決めるのだ。余る分には問題無い。お母さんと碧で食べ尽くせるからだ。だが足りなくなってしまうのはいけない。
だがお父さんももう慣れたもので、碧が「とくら食堂」に入ってからも、足りなくなることも、過度に余ることも無いのだ。
それでも一般的な3人分には多いお料理を前に、碧たちは「いただきます」と手を合わせ、割り箸を割った。
お味噌汁に入れられているおくらは、大振りに切られている。お味噌をまとったおくらはねっとりと、だが爽やかで、夏の恵みを感じさせる。そしておつゆに沁み出したお揚げさんの旨味は、お味噌の美味しさをさらに引き上げてくれるのだ。
さて、楽しみにしていた、ヤングコーンと赤パプリカの柚子胡椒和え。ヤングコーンそのものは、タイなどの南国産のものが年中手に入る。それもとてもありがたい。だが季節限定の国産だからこその価値だと思っている。
口に入れると、まずは柚子胡椒のぴりっとした刺激が鼻を抜ける。そして、昆布とかつお出汁が持つふくよかさ。ヤングコーンに歯を当てると、こりっと小気味の良い音がする。ほっくりも併せ持つこの歯ごたえがたまらない。これぞ生を調理する醍醐味だ。
和え衣は、お出汁に薄口醤油とお砂糖、柚子胡椒を混ぜたシンプルなものである。だからこそ素材と柚子胡椒の旨味が際立つのだ。
そうして碧が美味を堪能していると。
「碧ちゃん、今日きてくれはった佐竹さん、そんな悪い人には見えへんかったねぇ」
お母さんがのんびりとそんなことを言う。
「うん、今日はね。でも結局相談所は退会になったみたいやし、あかんことしてはったんは確かやから」
佐竹さんが結婚相談所の、お店を持っている女性会員に、「ペンギンキッチン」への加入を持ちかけたことが、退会の原因なのは明らかだった。以前にも注意を受けたということだったのだから、それを繰り返し、とうとう相談所も看過できなくなったのだと思う。
「そうやなぁ。思い込んだら、なタイプなんやろか」
お父さんがそう言って首を傾げる。昨日今日知り合っただけの人だから、性格までは分からないが。
「そうなんかなぁ、でもお勤め先の「ペンンギンキッチン」を大事にしてはるんは分かるんよ。せやから悪気も無くあんなことしてしまうんやと思う。今日お話して、邪気が無いのは分かった。でもなぁ」
「うん、何やややこしいことにならんかったらええねぇ」
お母さんはそう言って苦笑した。
碧は佐竹さんに言ったのだ。
「昨日は言い過ぎたかも知れません。ですがお詫びはしません」
そう、きっぱりと。すると佐竹さんは。
「ああ、全然大丈夫。おれ、ドMやから、むしろご褒美や」
そう爽やかな笑顔で言ったのだ。
碧たちは若干引きはしたものの、それは佐竹さんなりの気遣いだろうか。そう思ったのだが。帰るときに。
「おれ、ほんまにドMやから。これからもよろしくな~」
そう言って軽やかに去っていったのだった。
佐竹さんはまた「とくら食堂」にくるのだろうか。嫌なわけでは無いが、碧の悪癖を見られていること、そして堂々とドMだと公言していることで、変に絡まれなければ良いのだが。
というものの、ここで深く考えても仕方が無い。佐竹さんはお仕事もあるのだから、まさか弓月さんみたいに毎日こられるわけでは無いだろうし。
きっとなる様になるのだろう。そう、楽観的に考えることにした。
数日後、7月25日。豚汁の日である。小鉢を作らない代わりに、具沢山の豚汁を作る。
せっかくだからと、夏野菜をメインにした豚汁にしようと用意した具材は、玉ねぎ、人参、おくら、冬瓜、こんにゃく、そして要の豚肉。
「碧、冬瓜頼むわ。1センチ幅な」
「はーい」
碧は青々とした冬瓜を横半分に切る。瑞々しくて白い断面だ。皮を厚めに剥き、中心のたねをくるんだわたを取り外す。
切ると、さくっと気持ちの良い音がする。ああ、楽しい。食材と触れ合うことは、碧に喜びを与えてくれる。
コンロの上には大鍋。お水が張られ、昆布が沈んでいる。昨日の営業終わりから浸けていた昆布はふっくらしている。今は火に掛けられていて、ゆっくりゆっくりと熱を持っていく。沸いたら削り節を詰めたお茶パックを入れるのだ。
卵料理は目玉焼き。お昼のメインはさばの塩焼き。今日もお客さまの心と身体を満たすために、碧は手を動かすのだ。
鶏の照り焼きに使っていた鶏もも肉は、お塩と日本酒で下味を付けているので、残りは全部焼いてしまう。
鶏肉は冷凍状態で入荷して、使う分だけを前日の帰りしなに冷蔵庫に移して解凍する。なので、余ってしまったとしても再冷凍する様なことはしない。そうしてしまうと味はますます落ちてしまう。
そして、佐竹さんも褒めてくれたごはん。「とくら食堂」では一升炊きの炊飯器をふたつ使っている。一升は10合、1合でふたり分なので、ひと釜で20人分が取れる。
お昼営業の間に片方のごはんが無くなったら、時間とお客入りを見て、追加で炊く分を決めるのだ。余る分には問題無い。お母さんと碧で食べ尽くせるからだ。だが足りなくなってしまうのはいけない。
だがお父さんももう慣れたもので、碧が「とくら食堂」に入ってからも、足りなくなることも、過度に余ることも無いのだ。
それでも一般的な3人分には多いお料理を前に、碧たちは「いただきます」と手を合わせ、割り箸を割った。
お味噌汁に入れられているおくらは、大振りに切られている。お味噌をまとったおくらはねっとりと、だが爽やかで、夏の恵みを感じさせる。そしておつゆに沁み出したお揚げさんの旨味は、お味噌の美味しさをさらに引き上げてくれるのだ。
さて、楽しみにしていた、ヤングコーンと赤パプリカの柚子胡椒和え。ヤングコーンそのものは、タイなどの南国産のものが年中手に入る。それもとてもありがたい。だが季節限定の国産だからこその価値だと思っている。
口に入れると、まずは柚子胡椒のぴりっとした刺激が鼻を抜ける。そして、昆布とかつお出汁が持つふくよかさ。ヤングコーンに歯を当てると、こりっと小気味の良い音がする。ほっくりも併せ持つこの歯ごたえがたまらない。これぞ生を調理する醍醐味だ。
和え衣は、お出汁に薄口醤油とお砂糖、柚子胡椒を混ぜたシンプルなものである。だからこそ素材と柚子胡椒の旨味が際立つのだ。
そうして碧が美味を堪能していると。
「碧ちゃん、今日きてくれはった佐竹さん、そんな悪い人には見えへんかったねぇ」
お母さんがのんびりとそんなことを言う。
「うん、今日はね。でも結局相談所は退会になったみたいやし、あかんことしてはったんは確かやから」
佐竹さんが結婚相談所の、お店を持っている女性会員に、「ペンギンキッチン」への加入を持ちかけたことが、退会の原因なのは明らかだった。以前にも注意を受けたということだったのだから、それを繰り返し、とうとう相談所も看過できなくなったのだと思う。
「そうやなぁ。思い込んだら、なタイプなんやろか」
お父さんがそう言って首を傾げる。昨日今日知り合っただけの人だから、性格までは分からないが。
「そうなんかなぁ、でもお勤め先の「ペンンギンキッチン」を大事にしてはるんは分かるんよ。せやから悪気も無くあんなことしてしまうんやと思う。今日お話して、邪気が無いのは分かった。でもなぁ」
「うん、何やややこしいことにならんかったらええねぇ」
お母さんはそう言って苦笑した。
碧は佐竹さんに言ったのだ。
「昨日は言い過ぎたかも知れません。ですがお詫びはしません」
そう、きっぱりと。すると佐竹さんは。
「ああ、全然大丈夫。おれ、ドMやから、むしろご褒美や」
そう爽やかな笑顔で言ったのだ。
碧たちは若干引きはしたものの、それは佐竹さんなりの気遣いだろうか。そう思ったのだが。帰るときに。
「おれ、ほんまにドMやから。これからもよろしくな~」
そう言って軽やかに去っていったのだった。
佐竹さんはまた「とくら食堂」にくるのだろうか。嫌なわけでは無いが、碧の悪癖を見られていること、そして堂々とドMだと公言していることで、変に絡まれなければ良いのだが。
というものの、ここで深く考えても仕方が無い。佐竹さんはお仕事もあるのだから、まさか弓月さんみたいに毎日こられるわけでは無いだろうし。
きっとなる様になるのだろう。そう、楽観的に考えることにした。
数日後、7月25日。豚汁の日である。小鉢を作らない代わりに、具沢山の豚汁を作る。
せっかくだからと、夏野菜をメインにした豚汁にしようと用意した具材は、玉ねぎ、人参、おくら、冬瓜、こんにゃく、そして要の豚肉。
「碧、冬瓜頼むわ。1センチ幅な」
「はーい」
碧は青々とした冬瓜を横半分に切る。瑞々しくて白い断面だ。皮を厚めに剥き、中心のたねをくるんだわたを取り外す。
切ると、さくっと気持ちの良い音がする。ああ、楽しい。食材と触れ合うことは、碧に喜びを与えてくれる。
コンロの上には大鍋。お水が張られ、昆布が沈んでいる。昨日の営業終わりから浸けていた昆布はふっくらしている。今は火に掛けられていて、ゆっくりゆっくりと熱を持っていく。沸いたら削り節を詰めたお茶パックを入れるのだ。
卵料理は目玉焼き。お昼のメインはさばの塩焼き。今日もお客さまの心と身体を満たすために、碧は手を動かすのだ。
3
あなたにおすすめの小説
香死妃(かしひ)は香りに埋もれて謎を解く
液体猫
キャラ文芸
第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞受賞しました(^_^)/
香を操り、死者の想いを知る一族がいる。そう囁かれたのは、ずっと昔の話だった。今ではその一族の生き残りすら見ず、誰もが彼ら、彼女たちの存在を忘れてしまっていた。
ある日のこと、一人の侍女が急死した。原因は不明で、解決されないまま月日が流れていき……
その事件を解決するために一人の青年が動き出す。その過程で出会った少女──香 麗然《コウ レイラン》──は、忘れ去られた一族の者だったと知った。
香 麗然《コウ レイラン》が後宮に現れた瞬間、事態は動いていく。
彼女は香りに秘められた事件を解決。ついでに、ぶっきらぼうな青年兵、幼い妃など。数多の人々を無自覚に誑かしていった。
テンパると田舎娘丸出しになる香 麗然《コウ レイラン》と謎だらけの青年兵がダッグを組み、数々の事件に挑んでいく。
後宮の闇、そして人々の想いを描く、後宮恋愛ミステリーです。
シリアス成分が少し多めとなっています。
「わざわざ始まるまでまたないで、今のうちに手を打ったってよくない?」
イチイ アキラ
恋愛
アスター公爵令嬢エステルは、夢をみる。それは先を映す夢。
ある日、夢をみた。
この国の未来を。
それをアルフレッド王太子に相談する。彼女を愛して止まない婚約者に。
彼は言う。
愛する君とぼくの国のためなら、未来を変えるのも仕方なくない?
後宮の手かざし皇后〜盲目のお飾り皇后が持つ波動の力〜
二位関りをん
キャラ文芸
龍の国の若き皇帝・浩明に5大名家の娘である美華が皇后として嫁いできた。しかし美華は病により目が見えなくなっていた。
そんな美華を冷たくあしらう浩明。婚儀の夜、美華の目の前で彼女付きの女官が心臓発作に倒れてしまう。
その時。美華は慌てること無く駆け寄り、女官に手をかざすと女官は元気になる。
どうも美華には不思議な力があるようで…?
✿ 私は夫のことが好きなのに、彼は私なんかよりずっと若くてきれいでスタイルの良い女が好きらしい
設楽理沙
ライト文芸
累計ポイント110万ポイント超えました。皆さま、ありがとうございます。❀
結婚後、2か月足らずで夫の心変わりを知ることに。
結婚前から他の女性と付き合っていたんだって。
それならそうと、ちゃんと話してくれていれば、結婚なんて
しなかった。
呆れた私はすぐに家を出て自立の道を探すことにした。
それなのに、私と別れたくないなんて信じられない
世迷言を言ってくる夫。
だめだめ、信用できないからね~。
さようなら。
*******.✿..✿.*******
◇|日比野滉星《ひびのこうせい》32才 会社員
◇ 日比野ひまり 32才
◇ 石田唯 29才 滉星の同僚
◇新堂冬也 25才 ひまりの転職先の先輩(鉄道会社)
2025.4.11 完結 25649字
悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます
綾月百花
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
後宮薬師は名を持たない
由香
キャラ文芸
後宮で怪異を診る薬師・玉玲は、母が禁薬により処刑された過去を持つ。
帝と皇子に迫る“鬼”の気配、母の遺した禁薬、鬼神の青年・玄曜との出会い。
救いと犠牲の狭間で、玉玲は母が選ばなかった選択を重ねていく。
後宮が燃え、名を失ってもなお――
彼女は薬師として、人として、生きる道を選ぶ。
本物の夫は愛人に夢中なので、影武者とだけ愛し合います
こじまき
恋愛
幼い頃から許嫁だった王太子ヴァレリアンと結婚した公爵令嬢ディアーヌ。しかしヴァレリアンは身分の低い男爵令嬢に夢中で、初夜をすっぽかしてしまう。代わりに寝室にいたのは、彼そっくりの影武者…生まれたときに存在を消された双子の弟ルイだった。
※「小説家になろう」にも投稿しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる