とくら食堂、朝とお昼のおもてなし

山いい奈

文字の大きさ
38 / 50
4章 碧、転機を迎える

第3話 新たなる関係

しおりを挟む
 佐竹さたけさんのお隣に座っている弓月ゆずきさんが、ぎょっとした顔になり、だが失礼だと思ったのか、ぱっと片手で口を押さえた。

 佐竹さんはそんな弓月さんに朗らかに笑いかけ、「気にせんでください」と言った。

「ほら、昔よりはましになったっちゅうても、マイノリティへの偏見てまだまだあるやん。ゲイは男やったらだれかれ構わずアタックするとかさ。んなわけ無いやん。ノーマルかて、異性見て誰でも好きになるわけや無いやん。一緒や。そりゃマジョリティよりはままならんことは多いわ。でもこれもおれの個性やから、受け入れるしか無いんやわ。まぁ弓月さんには確かに下心があるんやけど」

 また弓月さんが目を白黒させる。佐竹さんは「はは」と屈託なく笑った。

「弓月さんの気持ちとかは分かってるつもりっすから、そこを無理強いしたりするほど、おれは無神経なつもり無いっすよ」

 弓月さんはほっとした様な表情を浮かべる。それはあからさまで。

「ははっ、正直っすねぇ、弓月さん」

 佐竹さんはどこまでも明るい。そこに佐竹さんの強さが表れている様な気がする。あおはあらためて佐竹さんを見直す。なのだが。

「それやのに、何で結婚相談所に登録してはったんですか?」

 碧の素朴な疑問である。ゲイであるのなら、女性とマッチングする可能性は限りなく低い。それに相手の女性に失礼とも言える。

「いや、「ペンギンキッチン」の店舗拡大の狙いもあったんやけど、ゲイのおれでも結婚したいて思える女の人に出会えたらっちゅう、一縷の望みっちゅうんか? そんな奇跡が起こったらなって」

「佐竹さん、結婚したいんですか?」

「おれ自身はこだわってへんねん。でもさ、おれらの親世代って、どうしてもおれみたいなのって理解が難しい人が多いみたいでな。うちの親もそうで。恋愛対象は同性で、異性は好きになられへんて言うても、「じゃあどんな女性やったらええねん」て言われる。どんなええ女でも、女性やっていうだけで難しいのにな。ほんま、しんどいわ」

 佐竹さんはらしく無くも苦笑を見せる。親御さんに理解されないことは、佐竹さんにとってやはり辛いことなのだろう。親御さんこそ、いちばん分かって欲しい存在だろうに。

 碧が何を言っても、どうにもならないのだろう。なぜなら、碧に佐竹さんの気持ちは分からない。碧は恋愛対象が異性で、今はまだ結婚相手に巡り合っていないだけで、その選択肢はきっと多い。だが佐竹さんはそうでは無いのだと思う。

「わたしは、佐竹さんがご納得される形で、お好きな人と寄り添って欲しいって思います。それが男性でも、もしかしたら女性でも、理解してくれはる人がいるって、それだけで心強いというか、安心できるんかなって」

 碧が言うと、佐竹さんはぽかんとした表情になる。ああ、おかしなことを言ってしまったのだろうか。

「変なこと言うてすいません」

 碧が慌てて頭を下げると。

「ううん、ありがとう、碧ちゃん」

 佐竹さんは、少し照れた様な笑みを見せてくれた。それもまた、意外な表情で。

「碧ちゃんがそう言ってくれて嬉しいわ。おれはこんなんやけど、同じ様な人は世間が思うよりもたくさんおって、しんどい思いしてる人もおる。おれは結構楽観的な方やと思うけど、それでもしんどいなぁて思うときはあってな。せやから、碧ちゃんの言葉って救われるんよ」

「いえ、わたしはほんまに何も分かってへんくて。でも、いろんな人がいてはるってことは知っていたくて。このお店のお客さまもおひとりおひとりのお考えとか価値観とかがあって、でもそういう方たちがみなさまここの味を求めてくださって。わたしは自分ができることしかできひんので、みなさまをお迎えすることしかできませんけど、佐竹さんみたいにご自分のことをお話してくださる方に、少しでも寄り添えたらなって、生意気なことを思ってしまうんです」

 おこがましいことは分かっている。それでもひとりひとり違う人だから、その人に合った接し方ができたら、と思っている。難しいことだと思う。ましてや碧はまだ未熟だ。どこまでそうすることができるのか。それはその人の人となりを見て、努力するしか無い。

「生意気なことあれへんよ。碧ちゃんのその気持ちだけで充分やわ。そういう思いやりの気持ちって、誰もに備わってるもんや無いからな。せやからおれは、碧ちゃんと友だちになりたいって思ったんや」

「友だち、ですか?」

「そう。弓月さんとも、そう。おれがいくら弓月さんを思ってても、それが叶わんことはおれがいちばん分かってるから、せめて友だちでおりたいなって」

 明るい佐竹さんの言葉に、嘘などは感じられない。きっと本当にそう思ってくれているのだ。そしてそう言ってもらえることこそが、碧にとってありがたいことなのだ。

「ありがとうございます。嬉しいです。でもやっぱり、わたしはお客さまとの線引きは、ちゃんとしといた方がええって思ってまうんです。こうしてきていただいて、お話さしてもらうんは楽しいですけど、飲みに行ったりとか、それ以上は。申し訳無いです」

 碧ができるかぎり丁寧に頭を下げると、佐竹さんは「そっか~」と残念そうに呟いた。

「でも、それでも充分やわ。けど、おれ、碧ちゃんの友だちやって思っててええ? それだけでも、おれは嬉しいねん」

「はい。こちらこそ、光栄です。ありがとうございます」

 碧が微笑むと、佐竹さんは「よっしゃ! ありがとう!」とガッツポーズを作った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

下宿屋 東風荘 2

浅井 ことは
キャラ文芸
※※※※※ 下宿屋を営み、趣味は料理と酒と言う変わり者の主。 毎日の夕餉を楽しみに下宿屋を営むも、千年祭の祭りで無事に鳥居を飛んだ冬弥。 しかし、飛んで仙になるだけだと思っていた冬弥はさらなる試練を受けるべく、空高く舞い上がったまま消えてしまった。 下宿屋は一体どうなるのか! そして必ず戻ってくると信じて待っている、残された雪翔の高校生活は___ ※※※※※ 下宿屋東風荘 第二弾。

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

鎌倉黒猫カフェ クロスオーバー

櫻井千姫
キャラ文芸
鎌倉の滑川近くにある古民家カフェ「クロスオーバー」。イケメンだけどちょっと不思議な雰囲気のマスター、船瀬守生と、守生と意思を交わすことのできる黒猫ハデス。ふたりが迎えるお客さんたちは、希死念慮を抱えた人ばかり。ブラック企業、失恋、友人関係、生活苦......消えたい、いなくなりたい。そんな思いを抱える彼らに振る舞われる「思い出のおやつ」が、人生のどん詰まりにぶち当たった彼らの未来をやさしく照らす。そして守生とハデス、「クロスオーバー」の秘密とは?※表紙のみAI使用

【完結】「かわいそう」な公女のプライド

干野ワニ
恋愛
馬車事故で片脚の自由を奪われたフロレットは、それを理由に婚約者までをも失い、過保護な姉から「かわいそう」と口癖のように言われながら日々を過ごしていた。 だが自分は、本当に「かわいそう」なのだろうか? 前を向き続けた令嬢が、真の理解者を得て幸せになる話。 ※長編のスピンオフですが、単体で読めます。

あやかしが家族になりました

山いい奈
キャラ文芸
★お知らせ いつもありがとうございます。 当作品、3月末にて非公開にさせていただきます。再公開の日時は未定です。 ご迷惑をお掛けいたしますが、どうぞよろしくお願いいたします。 母親に結婚をせっつかれている主人公、真琴。 一人前の料理人になるべく、天王寺の割烹で修行している。 ある日また母親にうるさく言われ、たわむれに観音さまに良縁を願うと、それがきっかけとなり、白狐のあやかしである雅玖と結婚することになってしまう。 そして5体のあやかしの子を預かり、5つ子として育てることになる。 真琴の夢を知った雅玖は、真琴のために和カフェを建ててくれた。真琴は昼は人間相手に、夜には子どもたちに会いに来るあやかし相手に切り盛りする。 しかし、子どもたちには、ある秘密があるのだった。 家族の行く末は、一体どこにたどり着くのだろうか。

【完結】二十五歳のドレスを脱ぐとき ~「私という色」を探しに出かけます~

朝日みらい
恋愛
 二十五歳――それは、誰かのために生きることをやめて、  自分のために色を選び直す年齢だったのかもしれません。  リリア・ベルアメール。王都の宰相夫人として、誰もが羨む立場にありながら、 彼女の暮らす屋敷には、静かすぎるほどの沈黙が流れていました。  深緑のドレスを纏い、夫と並んで歩くことが誇りだと信じていた年月は、  いまではすべて、くすんだ記憶の陰に沈んでいます。  “夫の色”――それは、誇りでもあり、呪いでもあった。  リリアはその色の中で、感情を隠し、言葉を飲み込み、微笑むことを覚えた。  けれど二十五歳の冬、長く続いた沈黙に小さなひびが入ります。  愛されることよりも、自分を取り戻すこと。  選ばれる幸せよりも、自分で選ぶ勇気。  その夜、彼女が纏ったのは、夫の深緑ではなく――春の蕾のような淡いピンク。  それは、彼女が“自分の色”で生きると決めた最初の夜でした――。

隠された第四皇女

山田ランチ
恋愛
 ギルベアト帝国。  帝国では忌み嫌われる魔女達が集う娼館で働くウィノラは、魔女の中でも稀有な癒やしの力を持っていた。ある時、皇宮から内密に呼び出しがかかり、赴いた先に居たのは三度目の出産で今にも命尽きそうな第二側妃のリナだった。しかし癒やしの力を使って助けたリナからは何故か拒絶されてしまう。逃げるように皇宮を出る途中、ライナーという貴族男性に助けてもらう。それから3年後、とある命令を受けてウィノラは再び皇宮に赴く事になる。  皇帝の命令で魔女を捕らえる動きが活発になっていく中、エミル王国との戦争が勃発。そしてウィノラが娼館に隠された秘密が明らかとなっていく。 ヒュー娼館の人々 ウィノラ(娼館で育った第四皇女) アデリータ(女将、ウィノラの育ての親) マイノ(アデリータの弟で護衛長) ディアンヌ、ロラ(娼婦) デルマ、イリーゼ(高級娼婦) 皇宮の人々 ライナー・フックス(公爵家嫡男) バラード・クラウゼ(伯爵、ライナーの友人、デルマの恋人) ルシャード・ツーファール(ギルベアト皇帝) ガリオン・ツーファール(第一皇子、アイテル軍団の第一師団団長) リーヴィス・ツーファール(第三皇子、騎士団所属) オーティス・ツーファール(第四皇子、幻の皇女の弟) エデル・ツーファール(第五皇子、幻の皇女の弟) セリア・エミル(第二皇女、現エミル王国王妃) ローデリカ・ツーファール(第三皇女、ガリオンの妹、死亡) 幻の皇女(第四皇女、死産?) アナイス・ツーファール(第五皇女、ライナーの婚約者候補) ロタリオ(ライナーの従者) ウィリアム(伯爵家三男、アイテル軍団の第一師団副団長) レナード・ハーン(子爵令息) リナ(第二側妃、幻の皇女の母。魔女) ローザ(リナの侍女、魔女) ※フェッチ   力ある魔女の力が具現化したもの。その形は様々で魔女の性格や能力によって変化する。生き物のように視えていても力が形を成したもの。魔女が死亡、もしくは能力を失った時点で消滅する。  ある程度の力がある者達にしかフェッチは視えず、それ以外では気配や感覚でのみ感じる者もいる。

あっ、追放されちゃった…。

satomi
恋愛
ガイダール侯爵家の長女であるパールは精霊の話を聞くことができる。がそのことは誰にも話してはいない。亡き母との約束。 母が亡くなって喪も明けないうちに義母を父は連れてきた。義妹付きで。義妹はパールのものをなんでも欲しがった。事前に精霊の話を聞いていたパールは対処なりをできていたけれど、これは…。 ついにウラルはパールの婚約者である王太子を横取りした。 そのことについては王太子は特に魅力のある人ではないし、なんにも感じなかったのですが、王宮内でも噂になり、家の恥だと、家まで追い出されてしまったのです。 精霊さんのアドバイスによりブルハング帝国へと行ったパールですが…。

処理中です...