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4章 碧、転機を迎える
第4話 弱さと強さと
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「弓月さんは? どうっすか? おれと友だち!」
佐竹さんが笑顔のままで聞くと、弓月さんは「え、えっと」と戸惑う素振りを見せる。
「あ、もちろんふたりっきりにならん様にします。それは絶対。嫌な思いとか迷惑とか、それだけはさしたくないんで。ここでこうやって話せるだけでも、おれは満足なんすよ」
佐竹さんに邪気はまるで見られない。本当に素直な人なのだな、と思わせる。
「それやったら、それぐらいやったら、まぁ……」
弓月さんはやはり気乗りがしない様でもごもご言うが、それでも佐竹さんは「やったー!」と嬉しそうに両手を挙げた。
「ほな、おれと弓月さんも友だちっちゅうことで! おれ、そろそろ行きますね。今日は結構長居してしもたわ~」
「お仕事大丈夫なんですか?」
「大丈夫大丈夫。アポとかあるわけや無いし。でも昼から、また不動産屋巡りや。やっぱり狙いは大阪市内やで。応援しとってな」
「はい。がんばってください」
「ありがとう!」
そうして佐竹さんは、お母さんに会計をしてもらい、手を振りながら爽やかに出て行った。
弓月さんはまだ、複雑そうな表情を崩さない。碧は心配になってしまって。
「あの、弓月さん、何て言ったらええんかあれですけど、ご無理はせん様にしてくださいね」
「あ、ああ、大丈夫です。あの、ちょっと佐竹さんが羨ましいなぁって」
弓月さんはうろたえた様に言う。どういうことだろうか。碧が首を傾げると。
「あんなに自分に正直でいられるって、凄いなぁって思って。佐竹さんは、強い人なんでしょうね」
そう言って、まるで自虐する様に唇を歪める。弓月さんには何か、思い悩んだりしていることがあるのだろうか。
「佐竹さんにもきっと弱さもあって、でもそれを跳ね除けるほどの強さと素直さをお持ちなんかも知れませんね。わたしも羨ましいです」
碧自身には今、幸いにもそう悩んだりしていることは無い。そう思うと、自分は楽天的なのだろうなと思う。やはりいろいろな人がいて、同じ悩みなどに遭遇しても、深く悩んでしまう人もいれば、軽やかにいられる人もいる。それは性格などの違いとしか言いようが無いのだろうが、それで心を痛めてしまうのは、見ている方も辛い。
碧ができることは、やっぱり美味しい朝ごはんとお昼ごはんを提供することだけなのだ。きっと美味しいごはんは心を癒してくれる。お話を聞くことで、少しでも心を軽くしてもらえたら、それも嬉しい。
それは些細なことかも知れないが、碧ができる精一杯なのだ。
「ぼくは、碧さんも羨ましいなって思います。お好きなことをして、毎日輝いてはる。人の話を聞かはる余裕もあって」
まさか、弓月さんにそんなふうに思われているなんて思いもよらなかったので、碧は思わず目を丸くする。
「いえいえ、わたしも精一杯なんですよ。確かにわたしはありがたいことに、好きなことをさせてもらってます。以前の職場はプレッシャーもありましたけど、それでも充実してました。もちろん今でも。でもそれは、わたしだけの力や無いって分かってるので」
碧が微笑むと、弓月さんは眩しそうに目を細める。そして「そうですね」と呟いた。
「ありがとうございます、碧さん。ぼく、ちょっと考えてみます。やってみたいことがあるんです。それが自分にふさわしいかどうか、考えたいです」
「はい、応援してますね」
碧が笑みを浮かべると、弓月さんは照れた様な顔になった。
結婚相談所の専用アプリに、柏木さんから連絡があったのは、その数日後のことだった。
都倉様、お世話になっております。
先日登録された男性で、私が担当をさせていただいているのですが、その方に都倉様のご条件をお伝えしたところ、飲食店の経営にご興味があるとの事でした。
よろしければ、プロフィールをご覧になりませんか?
大変お手数ですが、お時間のある時にご連絡いただけますと幸いでございます。
どうぞよろしくお願いいたします。
碧はさっそくお返事を打ち込む。
お世話になっております。
ご紹介ありがとうございます。
よろしければ、その男性のプロフィールを拝見したいです。
お送りいただけましたら幸いです。
どうぞよろしくお願いいたします。
それから数分ののち、柏木さんから返信があった。
都倉様、お世話になっております。
件の男性のプロフィールをお送りさせていただきました。
お手数ではございますが、ご覧いただけましたら幸いでございます。
また、お見合いをご希望されるかを、ご検討いただけましたらと思います。
どうぞよろしくお願いいたします。
碧はさっそくプロフィール一覧ページに飛んだ。いちばん上に未読のプロフィール。さっそくタップした。
お名前は、渡辺楓さんと言った。きれいな名前だな、と碧は感想を抱く。年齢は31歳。顔写真を見ると、碧と変わらないぐらいに見える。童顔なのだろうか。
但し書きのところに、学生のときに飲食店でホール係のアルバイトを長年続けたとあった。碧の条件があるので、付け足してくれたのだろうか。
結婚相談所に登録して、週や月にどれぐらい紹介してもらえるのか、その平均は分からないが、碧の場合は、どちらかというと少ない方かな? という印象だった。それはやはり、「とくら食堂」のことが起因しているのだと思うのだ。
佐竹さんが笑顔のままで聞くと、弓月さんは「え、えっと」と戸惑う素振りを見せる。
「あ、もちろんふたりっきりにならん様にします。それは絶対。嫌な思いとか迷惑とか、それだけはさしたくないんで。ここでこうやって話せるだけでも、おれは満足なんすよ」
佐竹さんに邪気はまるで見られない。本当に素直な人なのだな、と思わせる。
「それやったら、それぐらいやったら、まぁ……」
弓月さんはやはり気乗りがしない様でもごもご言うが、それでも佐竹さんは「やったー!」と嬉しそうに両手を挙げた。
「ほな、おれと弓月さんも友だちっちゅうことで! おれ、そろそろ行きますね。今日は結構長居してしもたわ~」
「お仕事大丈夫なんですか?」
「大丈夫大丈夫。アポとかあるわけや無いし。でも昼から、また不動産屋巡りや。やっぱり狙いは大阪市内やで。応援しとってな」
「はい。がんばってください」
「ありがとう!」
そうして佐竹さんは、お母さんに会計をしてもらい、手を振りながら爽やかに出て行った。
弓月さんはまだ、複雑そうな表情を崩さない。碧は心配になってしまって。
「あの、弓月さん、何て言ったらええんかあれですけど、ご無理はせん様にしてくださいね」
「あ、ああ、大丈夫です。あの、ちょっと佐竹さんが羨ましいなぁって」
弓月さんはうろたえた様に言う。どういうことだろうか。碧が首を傾げると。
「あんなに自分に正直でいられるって、凄いなぁって思って。佐竹さんは、強い人なんでしょうね」
そう言って、まるで自虐する様に唇を歪める。弓月さんには何か、思い悩んだりしていることがあるのだろうか。
「佐竹さんにもきっと弱さもあって、でもそれを跳ね除けるほどの強さと素直さをお持ちなんかも知れませんね。わたしも羨ましいです」
碧自身には今、幸いにもそう悩んだりしていることは無い。そう思うと、自分は楽天的なのだろうなと思う。やはりいろいろな人がいて、同じ悩みなどに遭遇しても、深く悩んでしまう人もいれば、軽やかにいられる人もいる。それは性格などの違いとしか言いようが無いのだろうが、それで心を痛めてしまうのは、見ている方も辛い。
碧ができることは、やっぱり美味しい朝ごはんとお昼ごはんを提供することだけなのだ。きっと美味しいごはんは心を癒してくれる。お話を聞くことで、少しでも心を軽くしてもらえたら、それも嬉しい。
それは些細なことかも知れないが、碧ができる精一杯なのだ。
「ぼくは、碧さんも羨ましいなって思います。お好きなことをして、毎日輝いてはる。人の話を聞かはる余裕もあって」
まさか、弓月さんにそんなふうに思われているなんて思いもよらなかったので、碧は思わず目を丸くする。
「いえいえ、わたしも精一杯なんですよ。確かにわたしはありがたいことに、好きなことをさせてもらってます。以前の職場はプレッシャーもありましたけど、それでも充実してました。もちろん今でも。でもそれは、わたしだけの力や無いって分かってるので」
碧が微笑むと、弓月さんは眩しそうに目を細める。そして「そうですね」と呟いた。
「ありがとうございます、碧さん。ぼく、ちょっと考えてみます。やってみたいことがあるんです。それが自分にふさわしいかどうか、考えたいです」
「はい、応援してますね」
碧が笑みを浮かべると、弓月さんは照れた様な顔になった。
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都倉様、お世話になっております。
先日登録された男性で、私が担当をさせていただいているのですが、その方に都倉様のご条件をお伝えしたところ、飲食店の経営にご興味があるとの事でした。
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どうぞよろしくお願いいたします。
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お名前は、渡辺楓さんと言った。きれいな名前だな、と碧は感想を抱く。年齢は31歳。顔写真を見ると、碧と変わらないぐらいに見える。童顔なのだろうか。
但し書きのところに、学生のときに飲食店でホール係のアルバイトを長年続けたとあった。碧の条件があるので、付け足してくれたのだろうか。
結婚相談所に登録して、週や月にどれぐらい紹介してもらえるのか、その平均は分からないが、碧の場合は、どちらかというと少ない方かな? という印象だった。それはやはり、「とくら食堂」のことが起因しているのだと思うのだ。
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