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4章 碧、転機を迎える
第5話 飲食店の浮き沈み
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飲食店というのは、どう転ぶのかの予測が難しい水商売のひとつである。この「とくら食堂」は幸いにも、日々、たくさんのお客さまがきてくれている。
それはお父さんとお母さんの営業努力であり、碧はその恩恵を受けている。先々お父さんが勇退して、碧が本格的にお料理をするとなると、どれぐらいのお客さまが続けて通ってくれるのか。
それにお客さまが、例えご常連であったとしても、ライフステージの変化で「とくら食堂」が必要無くなってしまうことだってある。
ひとり暮らし独身の人が結婚などすれば、ご家族と朝ごはんを食べる様になるだろう。お客さまの中には年かさのいった人もいるのだが、その人たちにご家庭があるのかは分からない。だが定年退職をすれば、そもそも本町に用が無くなる可能性だって高い。
「とくら食堂」の味に、飽きてしまうことだってあるかも知れない。
そんな様々な理由が、お客さまを「とくら食堂」から遠ざける。となると、新たなお客さまにきてもらわなくてはならなくなる。それは、とても難しいことなのだ。
両親は「とくら食堂」を始めるとき、お母さんの手書きをモノクロコピーしたフライヤーを作り、近隣の企業さんに置かせてもらったらしいのだ。それは今でも続いていて、新入社員さんが入社する4月と、転勤のシーズンである10月に、一部の企業さんに置かせてもらっている。
近隣の住宅にも、年に1度ポスティングをさせてもらって。
そうして地味ながらも、地道に努力を重ねてきたのだ。
今の時代に合わない手段かも知れない。SNSのアカウントのひとつでも作った方が良いのかも知れない。それでも両親の努力は着実に実を結んでいて。
先々、碧が「とくら食堂」を継ぐときがきても、ぬくもりのあるそれは続けていきたいと思っているし、また、時代に沿った手段も取り入れていけたらと思っている。
そんな「とくら食堂」を一緒に守ってくれる人。それが碧が結婚相手に提示する条件のひとつである。家事だって将来の育児だって、一緒にやっていきたい。
それはきっと、贅沢な望みなのだと思う。それでも、協力し合えない人とは一緒には過ごせない。碧は助け合う両親を見て育ったから、それが刷り込まれているのだ。
柏木さんから紹介してもらった渡辺さん。まずは会ってお話をしてみないと何も分からない。通り一遍のプロフィールだけで知れることは、上っ面だけなのだ。
佐竹さんだってそうだった。佐竹さんの本当の姿は明るくて、強くて、でもきっと弱さも抱えていて、「ペンギンキッチン」さんの発展と店舗拡大に燃え、そしてゲイだった。
碧は結婚相談所の専用アプリを開き、柏木さんにメッセージを打ち込んだ。
お世話になっております。
渡辺さんのプロフィールを拝見しました。ありがとうございます。
できましたら、1度お会いできましたら嬉しいです。
どうぞよろしくお願いいたします。
お返事は、そう時間が掛からずに届いた。
都倉様、お世話になっております。
渡辺様もぜひお会いしたいと言っておられます。
もし可能でしたら、都倉様が経営されているお店を拝見したいとの事なのですが、いかがでしょうか。
難しいかとは思いますが、ぜひご検討いただけましたら幸いでございます。
どうぞよろしくお願いいたします。
碧は自宅リビングのソファにいたので、隣に座っていたお母さんに聞いてみる。
「ええんとちゃう? お客が少なめな時間帯やったら、話もできるやろうし」
「ありがとう。お父さんにも聞かんとな~」
お父さんはまだ帰ってきていない。「とくら食堂」のあと、晩ごはんのおこんだてを決めて、買い物をするのはお父さんの役目なのだ。お母さんと碧は日用品やお菓子などが欲しいときには一緒に行くが、毎日では無い。
その間にお母さんと碧は、朝にお母さんが洗濯して干してくれた洗濯物を取り込んで畳むのだ。今はそれが終わって、コーヒーを入れて一息ついていたのだった。
お父さんが帰ってきて、16時ごろになったら晩ごはんの支度。これはお父さんと碧でやるのだ。
こうして助け合いをしている両親を見ている碧だから、理想が高くならないわけが無い。さて、渡辺さんはどんな人なのだろうか。柏木さんがわざわざ碧のことを伝えてくれたということは、何か思うところがあったのかも知れない。結婚事情のプロの勘というところだろうか。
まだ会える日は決まっていないが、碧は楽しみになったのだった。
8月の中旬、晴天で暴力的な暑さを誇るその日、渡辺さんが「とくら食堂」にくることになっていた。時間は9時半ごろを予定している。。
弓月さんもいつもの通り8時半ごろにきて、もうすぐ食べ終わる。
何となく、何となくなのだが、お見合いの現場を弓月さんに見られるのがためらわれた。なので、いつもなら帰っている時間帯にきてもらう様に計らってもらったのだ。
「ごちそうさまでした」
弓月さんは割り箸を置いて、丁寧に手を合わせた。碧はほっとしてしまう。弓月さんは食べ終わればそう長居をする人では無いから、間も無く帰っていくだろう。
碧が柏木さんを介して渡辺さんに指定をしたのが9時半、もしくは13時だった。ただし平日になってしまうので、渡辺さんには半休もしくは全休を取ってもらわなければならない。それは申し訳無いのではと碧は思ったのだが。
渡辺様のお勤め先は、有給休暇を取得されやすいそうです。
むしろ普段あまりお使いにならない為、お勤め先からも取得を推奨されていたそうなので、お気になさらずとの事でした。
碧の懸念に、柏木さんがそうお返事をくれたのだ。
「ありがとうございました、行ってらっしゃいませ」
弓月さんがお会計をして、満足げな表情でお店を出た数分後、がらりと開き戸が開いた。
「いらっしゃいませ、おはようございます」
碧が迎えると、出入り口に立っていた若い男性は。
「おはようございます。渡辺です」
ああ、確かにお写真の顔だ。碧は思わず緊張をして。
「都倉碧です。おはようございます」
そう、頭を下げた。
それはお父さんとお母さんの営業努力であり、碧はその恩恵を受けている。先々お父さんが勇退して、碧が本格的にお料理をするとなると、どれぐらいのお客さまが続けて通ってくれるのか。
それにお客さまが、例えご常連であったとしても、ライフステージの変化で「とくら食堂」が必要無くなってしまうことだってある。
ひとり暮らし独身の人が結婚などすれば、ご家族と朝ごはんを食べる様になるだろう。お客さまの中には年かさのいった人もいるのだが、その人たちにご家庭があるのかは分からない。だが定年退職をすれば、そもそも本町に用が無くなる可能性だって高い。
「とくら食堂」の味に、飽きてしまうことだってあるかも知れない。
そんな様々な理由が、お客さまを「とくら食堂」から遠ざける。となると、新たなお客さまにきてもらわなくてはならなくなる。それは、とても難しいことなのだ。
両親は「とくら食堂」を始めるとき、お母さんの手書きをモノクロコピーしたフライヤーを作り、近隣の企業さんに置かせてもらったらしいのだ。それは今でも続いていて、新入社員さんが入社する4月と、転勤のシーズンである10月に、一部の企業さんに置かせてもらっている。
近隣の住宅にも、年に1度ポスティングをさせてもらって。
そうして地味ながらも、地道に努力を重ねてきたのだ。
今の時代に合わない手段かも知れない。SNSのアカウントのひとつでも作った方が良いのかも知れない。それでも両親の努力は着実に実を結んでいて。
先々、碧が「とくら食堂」を継ぐときがきても、ぬくもりのあるそれは続けていきたいと思っているし、また、時代に沿った手段も取り入れていけたらと思っている。
そんな「とくら食堂」を一緒に守ってくれる人。それが碧が結婚相手に提示する条件のひとつである。家事だって将来の育児だって、一緒にやっていきたい。
それはきっと、贅沢な望みなのだと思う。それでも、協力し合えない人とは一緒には過ごせない。碧は助け合う両親を見て育ったから、それが刷り込まれているのだ。
柏木さんから紹介してもらった渡辺さん。まずは会ってお話をしてみないと何も分からない。通り一遍のプロフィールだけで知れることは、上っ面だけなのだ。
佐竹さんだってそうだった。佐竹さんの本当の姿は明るくて、強くて、でもきっと弱さも抱えていて、「ペンギンキッチン」さんの発展と店舗拡大に燃え、そしてゲイだった。
碧は結婚相談所の専用アプリを開き、柏木さんにメッセージを打ち込んだ。
お世話になっております。
渡辺さんのプロフィールを拝見しました。ありがとうございます。
できましたら、1度お会いできましたら嬉しいです。
どうぞよろしくお願いいたします。
お返事は、そう時間が掛からずに届いた。
都倉様、お世話になっております。
渡辺様もぜひお会いしたいと言っておられます。
もし可能でしたら、都倉様が経営されているお店を拝見したいとの事なのですが、いかがでしょうか。
難しいかとは思いますが、ぜひご検討いただけましたら幸いでございます。
どうぞよろしくお願いいたします。
碧は自宅リビングのソファにいたので、隣に座っていたお母さんに聞いてみる。
「ええんとちゃう? お客が少なめな時間帯やったら、話もできるやろうし」
「ありがとう。お父さんにも聞かんとな~」
お父さんはまだ帰ってきていない。「とくら食堂」のあと、晩ごはんのおこんだてを決めて、買い物をするのはお父さんの役目なのだ。お母さんと碧は日用品やお菓子などが欲しいときには一緒に行くが、毎日では無い。
その間にお母さんと碧は、朝にお母さんが洗濯して干してくれた洗濯物を取り込んで畳むのだ。今はそれが終わって、コーヒーを入れて一息ついていたのだった。
お父さんが帰ってきて、16時ごろになったら晩ごはんの支度。これはお父さんと碧でやるのだ。
こうして助け合いをしている両親を見ている碧だから、理想が高くならないわけが無い。さて、渡辺さんはどんな人なのだろうか。柏木さんがわざわざ碧のことを伝えてくれたということは、何か思うところがあったのかも知れない。結婚事情のプロの勘というところだろうか。
まだ会える日は決まっていないが、碧は楽しみになったのだった。
8月の中旬、晴天で暴力的な暑さを誇るその日、渡辺さんが「とくら食堂」にくることになっていた。時間は9時半ごろを予定している。。
弓月さんもいつもの通り8時半ごろにきて、もうすぐ食べ終わる。
何となく、何となくなのだが、お見合いの現場を弓月さんに見られるのがためらわれた。なので、いつもなら帰っている時間帯にきてもらう様に計らってもらったのだ。
「ごちそうさまでした」
弓月さんは割り箸を置いて、丁寧に手を合わせた。碧はほっとしてしまう。弓月さんは食べ終わればそう長居をする人では無いから、間も無く帰っていくだろう。
碧が柏木さんを介して渡辺さんに指定をしたのが9時半、もしくは13時だった。ただし平日になってしまうので、渡辺さんには半休もしくは全休を取ってもらわなければならない。それは申し訳無いのではと碧は思ったのだが。
渡辺様のお勤め先は、有給休暇を取得されやすいそうです。
むしろ普段あまりお使いにならない為、お勤め先からも取得を推奨されていたそうなので、お気になさらずとの事でした。
碧の懸念に、柏木さんがそうお返事をくれたのだ。
「ありがとうございました、行ってらっしゃいませ」
弓月さんがお会計をして、満足げな表情でお店を出た数分後、がらりと開き戸が開いた。
「いらっしゃいませ、おはようございます」
碧が迎えると、出入り口に立っていた若い男性は。
「おはようございます。渡辺です」
ああ、確かにお写真の顔だ。碧は思わず緊張をして。
「都倉碧です。おはようございます」
そう、頭を下げた。
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