とくら食堂、朝とお昼のおもてなし

山いい奈

文字の大きさ
41 / 50
4章 碧、転機を迎える

第6話 ふわふわと現実

しおりを挟む
「座ってもええですか?」

 スーツ姿の渡辺わたなべさんは笑顔を絶やさない。あおはその爽やかさに胸がどきっとしてしまい。

「あ、どうぞ、よろしければカウンタ席に」

 しどろもどろになりながら案内をする。渡辺さんはにこやかなまま「ありがとうございます」と、カウンタの碧の近いところに掛けた。

 碧は慌てつつ、お冷やと冷たいおしぼりを渡した。

「どうぞ」

「ありがとうございます」

「あ、あの、うちは朝ごはんは、お昼ごはんもですけど、おしながきが決まっていて。よろしいですか?」

「もちろんです。楽しみです」

 人好きのする笑顔だな、と思った。だがそれが、その人の人となりとは限らない。短い時間では難しいだろうが、少しでも内面を知れたら、と思っている。

 まずは会話だ。探る、といえば聞こえは良く無いかも知れないが、知りたいのだ。お店経営に興味があると言ってくれたこと、碧に会いたいと思ってくれたこと。

 今朝の卵料理は卵焼きだ。小鉢はツナと大阪しろ菜のごま和え、お味噌汁はお揚げさんとしめじ。お昼のメインは豚肉のしょうが焼きである。

 大阪しろ菜はなにわの伝統野菜のひとつである。形としては小松菜と似ているが、軸は白くて幅があり、青い葉はまるまるとしている。くせの少ないお野菜で、いろいろな使い方ができる。

 当初は大阪造幣局があることでも有名な天満橋てんまばしで育てられていたので、天満菜とも呼ばれている。今は主に大阪南部で栽培されている。

 大阪しろ菜は早生種と中生種、晩生種があり、年中収穫されている。8月の今は早生種が旬である。





 お父さんは卵焼きを焼き始め、碧も小鉢とお味噌汁、ごはんを用意した。トレイに揃えたそれらを、お母さんが渡辺さんに運ぶ。

 お父さんは、渡辺さん、碧のお見合い相手がくるからと言って、特別なことは何もしないと言った。普段の「とくら食堂」を見たもらえば良いと。碧もそう思う。ただ心なしか、昨日の営業後のお掃除は、いつも以上に丁寧にしてしまったことは否めないのである。

「はーい、お待たせしました。ごはんとお味噌汁は1杯だけ無料でお代わりできますからね。ごゆっくりどうぞ~」

「ありがとうございます」

 渡辺さんの柔らかな笑顔はそのままだ。お母さんに愛想良く微笑み、朝ごはんを前にして「わぁ……」と嬉しそうな声を漏らした。

「いただきます」

 言って、割り箸を割る。まずはごはんをかっこみ、お味噌汁をすすり、そして小鉢に割り箸を伸ばす。口に入れて「ん」と目を丸くした。

「これ、ええですね。あっさりとしたしろ菜にツナとごまがめっちゃ合いますね。へぇ、こんな美味しいのが毎朝食べられるんですねぇ」

 渡辺さんはふわりとした笑みを浮かべながら、お食事を進めていく。卵焼きを食べたときには「んふ」とため息を漏らした。

 じっくりと味わう様に手と口を動かして、10分ほどが経ったころ、器たちはすっかりときれいになった。

「ごちそうさまでした」

 割り箸を置いて、手を合わせる。碧は食べる前とあとで、こうして丁寧に手を合わせる人に、悪い人はいない、なんて思っている。礼儀正しさと繋がっていると思っているからだ。

「美味しかったです。何というか、物理的にはおかずは冷めてるんやけど、あったかいっちゅうか。卵焼きもぷるぷるで」

「ありがとうございます」

「それにしても……」

 渡辺さんは言うと、ゆっくりと店内を見渡した。今はお客さまも少なく、穏やかな雰囲気が漂っている。

「ええですねぇ。ぼく、今の職場環境も悪くは無いんですけど」

 確かに、有給が取りやすい、むしろ積極的に取る様に勧められているのなら、良い環境なのだろう。碧が「さつき亭」に勤めているときは、有給はあったものの、取れる様な環境では無かった。

 もしかしたらそれは碧の思い込みだったのかも知れないが、他の社員もめったに休まなかったし、碧もよほどのことが無ければ休もうとは思わなかった。

「こんなええ雰囲気のお店で、のんびりやってくんも、悪く無いですかねぇ」

 碧は思わず眉をぴくりとさせる。お父さんもお母さんも柔和な表情を崩さないが、未熟な碧は顔に出てしまう。

「……のんびりと商売、飲食店をやっている人は、ひとりもおらんと思うんですよ。うちも、今は閑散時間なだけでして」

 碧ができる限り穏やかに言うと、渡辺さんの顔つきがわずかに変わった。だがそれは決して不快そうなものでは無くて。

「ここは、わたしの両親が開いて、盛り立てたお店です。わたしにとっても大切で、せやので跡を継ぎたいって思ってます。今は幸いたくさんのご常連がいてくださってます。でもそれも永遠や無いんですよね。新しいお客さまにもきていただかんといけない。せやからのんびりはできないんです」

 すると渡辺さんは目を伏せて、頭を掻いた。

「すいません、決して軽んじたつもりは無くて。この店の雰囲気が良かったもんですから」

「いえ、わたしこそ生意気言いました、すいません。でも、分かって欲しかったんです。決して簡単では無いってことを」

 お見合い相手に初対面でこんなことを言うのは、きっと良く無いのだろう。だが現実なのだ。知っておいてもらわなければならないことなのである。

「はい、思い知りました。あの、この店のこともですけど、都倉とくらさんのことも、もっと知りたいなって思います。ぼくよりお若いのに、すごいしっかりしてはりますよね」

「え、いえいえ、全然そんなこと無いですよ。まだまだ未熟者ですから」

 碧が慌てて言うと、渡辺さんはふわりと微笑んだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

下宿屋 東風荘 2

浅井 ことは
キャラ文芸
※※※※※ 下宿屋を営み、趣味は料理と酒と言う変わり者の主。 毎日の夕餉を楽しみに下宿屋を営むも、千年祭の祭りで無事に鳥居を飛んだ冬弥。 しかし、飛んで仙になるだけだと思っていた冬弥はさらなる試練を受けるべく、空高く舞い上がったまま消えてしまった。 下宿屋は一体どうなるのか! そして必ず戻ってくると信じて待っている、残された雪翔の高校生活は___ ※※※※※ 下宿屋東風荘 第二弾。

むしゃくしゃしてやった、後悔はしていないがやばいとは思っている

F.conoe
ファンタジー
婚約者をないがしろにしていい気になってる王子の国とかまじ終わってるよねー

使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

友人の結婚式で友人兄嫁がスピーチしてくれたのだけど修羅場だった

海林檎
恋愛
え·····こんな時代錯誤の家まだあったんだ····? 友人の家はまさに嫁は義実家の家政婦と言った風潮の生きた化石でガチで引いた上での修羅場展開になった話を書きます·····(((((´°ω°`*))))))

あやかしが家族になりました

山いい奈
キャラ文芸
★お知らせ いつもありがとうございます。 当作品、3月末にて非公開にさせていただきます。再公開の日時は未定です。 ご迷惑をお掛けいたしますが、どうぞよろしくお願いいたします。 母親に結婚をせっつかれている主人公、真琴。 一人前の料理人になるべく、天王寺の割烹で修行している。 ある日また母親にうるさく言われ、たわむれに観音さまに良縁を願うと、それがきっかけとなり、白狐のあやかしである雅玖と結婚することになってしまう。 そして5体のあやかしの子を預かり、5つ子として育てることになる。 真琴の夢を知った雅玖は、真琴のために和カフェを建ててくれた。真琴は昼は人間相手に、夜には子どもたちに会いに来るあやかし相手に切り盛りする。 しかし、子どもたちには、ある秘密があるのだった。 家族の行く末は、一体どこにたどり着くのだろうか。

【完結】帝国から追放された最強のチーム、リミッター外して無双する

エース皇命
ファンタジー
【HOTランキング2位獲得作品】  スペイゴール大陸最強の帝国、ユハ帝国。  帝国に仕え、最強の戦力を誇っていたチーム、『デイブレイク』は、突然議会から追放を言い渡される。  しかし帝国は気づいていなかった。彼らの力が帝国を拡大し、恐るべき戦力を誇示していたことに。  自由になった『デイブレイク』のメンバー、エルフのクリス、バランス型のアキラ、強大な魔力を宿すジャック、杖さばきの達人ランラン、絶世の美女シエナは、今まで抑えていた実力を完全開放し、ゼロからユハ帝国を超える国を建国していく。   ※この世界では、杖と魔法を使って戦闘を行います。しかし、あの稲妻型の傷を持つメガネの少年のように戦うわけではありません。どうやって戦うのかは、本文を読んでのお楽しみです。杖で戦う戦士のことを、本文では杖士(ブレイカー)と描写しています。 ※舞台の雰囲気は中世ヨーロッパ〜近世ヨーロッパに近いです。 〜『デイブレイク』のメンバー紹介〜 ・クリス(男・エルフ・570歳)   チームのリーダー。もともとはエルフの貴族の家系だったため、上品で高潔。白く透明感のある肌に、整った顔立ちである。エルフ特有のとがった耳も特徴的。メンバーからも信頼されているが…… ・アキラ(男・人間・29歳)  杖術、身体能力、頭脳、魔力など、あらゆる面のバランスが取れたチームの主力。独特なユーモアのセンスがあり、ムードメーカーでもある。唯一の弱点が…… ・ジャック(男・人間・34歳)  怪物級の魔力を持つ杖士。その魔力が強大すぎるがゆえに、普段はその魔力を抑え込んでいるため、感情をあまり出さない。チームで唯一の黒人で、ドレッドヘアが特徴的。戦闘で右腕を失って以来義手を装着しているが…… ・ランラン(女・人間・25歳)  優れた杖の腕前を持ち、チームを支える杖士。陽気でチャレンジャーな一面もあり、可愛さも武器である。性格の共通点から、アキラと親しく、親友である。しかし実は…… ・シエナ(女・人間・28歳)  絶世の美女。とはいっても杖士としての実力も高く、アキラと同じくバランス型である。誰もが羨む美貌をもっているが、本人はあまり自信がないらしく、相手の反応を確認しながら静かに話す。あるメンバーのことが……

もしかして寝てる間にざまぁしました?

ぴぴみ
ファンタジー
令嬢アリアは気が弱く、何をされても言い返せない。 内気な性格が邪魔をして本来の能力を活かせていなかった。 しかし、ある時から状況は一変する。彼女を馬鹿にし嘲笑っていた人間が怯えたように見てくるのだ。 私、寝てる間に何かしました?

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

処理中です...