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4章 碧、転機を迎える
第7話 そこに至るまで
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「とくら食堂」の営業中だから、あまりゆっくりも、込み入ったお話もできなかった。それでも、次は土曜日にゆっくりごはんでも行きましょうと連絡先を交換し、渡辺さんはお昼営業が始まる11時少し前に帰っていった。お昼からは出勤するらしい。
11時を回り、徐々にお昼ごはんのお客さまが入ってくる。12時にはまた満席になってくれるだろう。また忙しい時間が始まる。大変だが、わくわくもする。それだけ、「とくら食堂」がお客さまに求められているということなのだから。
お父さんが3人分の豚肉のしょうが焼きを作っている間に、碧はその分の小鉢などを用意した。
その日の営業が終わり、碧たちは少し遅いお昼ごはんを食べる。テーブルに並べられているのは、やはり一般的に3人で食べるには多い量。ごはんもお茶碗に大盛りである。
お父さんが作ってくれたばかりの卵焼きは、しっとりとしつつ層が濃密で、でも口の中でほろりとほどけていく。シンプルなお塩の味が、卵の旨味を引き上げている。
ツナと大阪しろ菜のごま和えは、ツナとすり白ごまが味付けの要になっている。風味付けにお醤油も使っているが、白ごまの香ばしさが立ち、ツナの濃厚さも大阪しろ菜を彩る。大阪しろ菜のくせの少なさが、これらの味付けを見事に調和させているのだ。
お父さんの豚肉のしょうが焼きは、お醤油が控えめで、すりおろしたしょうががたっぷりである。火を通すことで角は取れるが、爽やかな風味が際立っている。それを日本酒と少量のお砂糖がまろやかにしてくれるのだ。
お味噌汁もふくよかで、しめじはしゃくっとした歯ごたえを損なわない。ごはんもつやつやに炊きあがっている。
そうして満足しつつ、一通り食べ進めていって。
「渡辺さん、お父さんとお母さんから見て、どうやった?」
碧はストレートに聞いてみる。
「ん~、お母さんには、ええ人に見えたけど」
「お父さんにもや。碧はどうやってん」
「わたしもええ人そうに見えたんやけどね、わたしはあんま人を見る目が無いっちゅうか、自信が無いから」
「まぁねぇ、確かに碧ちゃんは、あんま目が良く無いからねぇ」
お母さんのその言葉の使い方に少し引っ掛かりを覚えるが、悪印象は感じなかったので、碧は小首を傾げただけでスルーすることにした。
「「さつき亭」におったときに、もっと目を養えたら良かったんやけどなぁ」
碧が思わず眉根を寄せると、お父さんがおかしそうに「はは」と笑う。
「こればっかりは人生経験もあるからなぁ。でもぼくも、そう自信があるわけやあれへん。結局は碧が渡辺さんと話をして、見極めていかなあかんことや。それに、碧は一緒にここをやってくれる人を探してるんやろ?」
「うん」
それは揺るがない、譲れない条件である。
「ぼくとしては、正直なとこ言うと、やっぱり大事なんは碧の幸せで、ここは二の次なんや。結婚相談所の紹介も抜きにして、碧が一緒になりたい人が現れたら、その人がここを一緒にするつもりが無くても、碧自身のことをいちばんに考えて欲しいんや。それはお母さんも一緒やと思う」
「うん。ここを碧が継いでくれたとして、バイトさんにきてもらうっちゅう手もあるんやから、あんま難しく考えんでええと思うんよ。気楽にいこ、気楽に」
お父さんもお母さんもにこにこしながらそう言うものだから、碧はそれでもええんかな、という気になってしまう。だが、碧の理想は両親なのである。仲睦まじく、一緒に「とくら食堂」に立つ姿。それはいつだって微笑ましくて、少し羨ましくて。
信頼できる人との二人三脚は、これ以上無く心強いと思うのだ。とはいえ、両親だって最初からこうだったわけでは無いと思う。人間のお父さんとあやかしのお母さんだから、価値観の違いだってあったかも知れない。それでもきっと、互いを思いやって、尊重して、紆余曲折しながらここまでやってきたのだ。
碧だって、最初からお相手とうまくできるかなんて分からない。だからこそ、できる限り妥協はしたくないと思ってしまうのだ。
もちろん、親子とはいえ、両親と碧は別の人間で、性格だって価値観だって違うから、同じ様にはいかないだろう。だから、碧は碧なりの関係性を築いていかなければならない。その結果、「とくら食堂」と家庭を維持していければと思っているのだ。
それでも、両親が碧を思ってくれる気持ちも、痛いほど分かるから。
「うん。もう少し選択肢とか、そういうのも考えてみる。ありがとう、お父さん、お母さん」
碧が微笑むと、両親はにっこりと笑ってくれたのだった。
11時を回り、徐々にお昼ごはんのお客さまが入ってくる。12時にはまた満席になってくれるだろう。また忙しい時間が始まる。大変だが、わくわくもする。それだけ、「とくら食堂」がお客さまに求められているということなのだから。
お父さんが3人分の豚肉のしょうが焼きを作っている間に、碧はその分の小鉢などを用意した。
その日の営業が終わり、碧たちは少し遅いお昼ごはんを食べる。テーブルに並べられているのは、やはり一般的に3人で食べるには多い量。ごはんもお茶碗に大盛りである。
お父さんが作ってくれたばかりの卵焼きは、しっとりとしつつ層が濃密で、でも口の中でほろりとほどけていく。シンプルなお塩の味が、卵の旨味を引き上げている。
ツナと大阪しろ菜のごま和えは、ツナとすり白ごまが味付けの要になっている。風味付けにお醤油も使っているが、白ごまの香ばしさが立ち、ツナの濃厚さも大阪しろ菜を彩る。大阪しろ菜のくせの少なさが、これらの味付けを見事に調和させているのだ。
お父さんの豚肉のしょうが焼きは、お醤油が控えめで、すりおろしたしょうががたっぷりである。火を通すことで角は取れるが、爽やかな風味が際立っている。それを日本酒と少量のお砂糖がまろやかにしてくれるのだ。
お味噌汁もふくよかで、しめじはしゃくっとした歯ごたえを損なわない。ごはんもつやつやに炊きあがっている。
そうして満足しつつ、一通り食べ進めていって。
「渡辺さん、お父さんとお母さんから見て、どうやった?」
碧はストレートに聞いてみる。
「ん~、お母さんには、ええ人に見えたけど」
「お父さんにもや。碧はどうやってん」
「わたしもええ人そうに見えたんやけどね、わたしはあんま人を見る目が無いっちゅうか、自信が無いから」
「まぁねぇ、確かに碧ちゃんは、あんま目が良く無いからねぇ」
お母さんのその言葉の使い方に少し引っ掛かりを覚えるが、悪印象は感じなかったので、碧は小首を傾げただけでスルーすることにした。
「「さつき亭」におったときに、もっと目を養えたら良かったんやけどなぁ」
碧が思わず眉根を寄せると、お父さんがおかしそうに「はは」と笑う。
「こればっかりは人生経験もあるからなぁ。でもぼくも、そう自信があるわけやあれへん。結局は碧が渡辺さんと話をして、見極めていかなあかんことや。それに、碧は一緒にここをやってくれる人を探してるんやろ?」
「うん」
それは揺るがない、譲れない条件である。
「ぼくとしては、正直なとこ言うと、やっぱり大事なんは碧の幸せで、ここは二の次なんや。結婚相談所の紹介も抜きにして、碧が一緒になりたい人が現れたら、その人がここを一緒にするつもりが無くても、碧自身のことをいちばんに考えて欲しいんや。それはお母さんも一緒やと思う」
「うん。ここを碧が継いでくれたとして、バイトさんにきてもらうっちゅう手もあるんやから、あんま難しく考えんでええと思うんよ。気楽にいこ、気楽に」
お父さんもお母さんもにこにこしながらそう言うものだから、碧はそれでもええんかな、という気になってしまう。だが、碧の理想は両親なのである。仲睦まじく、一緒に「とくら食堂」に立つ姿。それはいつだって微笑ましくて、少し羨ましくて。
信頼できる人との二人三脚は、これ以上無く心強いと思うのだ。とはいえ、両親だって最初からこうだったわけでは無いと思う。人間のお父さんとあやかしのお母さんだから、価値観の違いだってあったかも知れない。それでもきっと、互いを思いやって、尊重して、紆余曲折しながらここまでやってきたのだ。
碧だって、最初からお相手とうまくできるかなんて分からない。だからこそ、できる限り妥協はしたくないと思ってしまうのだ。
もちろん、親子とはいえ、両親と碧は別の人間で、性格だって価値観だって違うから、同じ様にはいかないだろう。だから、碧は碧なりの関係性を築いていかなければならない。その結果、「とくら食堂」と家庭を維持していければと思っているのだ。
それでも、両親が碧を思ってくれる気持ちも、痛いほど分かるから。
「うん。もう少し選択肢とか、そういうのも考えてみる。ありがとう、お父さん、お母さん」
碧が微笑むと、両親はにっこりと笑ってくれたのだった。
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