とくら食堂、朝とお昼のおもてなし

山いい奈

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4章 碧、転機を迎える

第8話 おもしろい人なのかも

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 翌週の土曜日のお昼、少し遅めのランチタイムに、梅田のホテルのビュッフェであお渡辺わたなべさんと向かい合っていた。

 碧の前にはたくさんのお料理が。前菜になるものから、メインにできるものまで、さまざまだ。碧が何往復もして揃えたお料理を見て、渡辺さんは。

「凄いですね!」

 そう言って目を丸くした。さすがに引かれただろうか。しかし碧は結婚相談所へのプロフィールにも「大食い」としっかり明記してあった。3キログラムは食べられるとも。それでもやはり、目の前にすると驚かれるのだろうか。

「どれも美味しそうやったんで、つい……」

 碧は苦笑するしか無い。いくらビュッフェでも、これは失敗しただろうかと思っていると。

「ほんま、どれも美味しそうですよね! たくさん食べられるん羨ましいです。ほんまに今日、ビュッフェにして良かったです。たくさん食べましょうね!」

 朗らかにそう言ってくれたのだ。碧はほっとする。

 本当に、どれも美味しそうだったのだ。特にライブキッチンの破壊力は凄まじかった。ステーキにオムレツ、切りたてのローストビーフにお寿司。天ぷらも揚げたてを提供してくれた。もちろん全部もらってきた。

 他にもシュリンプカクテルやビーフカレー、鶏ささみのテリーヌにほうれん草たっぷりのキッシュなど、それらがテーブルに所狭しと並んでいるのだった。どれもこれも良い香りで碧を誘い、我慢ができなかったのだ。

 スイーツも可愛らしくて色とりどりのものがたくさん並んでいたので、あとで取りに行く予定である。

 渡辺さんが取ってきたのはプレート2枚分。一般男性の常識的な量だ、と思う。

「では、いただきましょう」

「は、はい」

 そしてふたりは「いただきます」と手を合わせ、さっそくお箸を取った。

 まずはシュリンプカクテルのガラス製の器を持ち上げる。サラダ菜とオニオンスライスとともに、2尾の大振りなえびが添えられ、赤みがかったカクテルソースが掛けられている。

 えびはぷりっぷりに火が通されていて、カクテルソースは甘みと酸味とぴりっとした辛味のバランスがとても良い。えびが持つ甘さが損なわれない量を調整しているのだと思う。オニオンスライスと一緒に口に運ぶと、爽やかさも運んでくれる。

 ミディアムレアに焼かれたステーキは肉汁が溢れ、お醤油がベースになっているステーキソースがその旨味を高めている。

 しっとりとしたローストビーフ、さくさくの天ぷらは瑞々しいアスパラガスとほくほくのかぼちゃ。つやつやとろとろのオムレツに、ネタが新鮮で分厚いお寿司の食べ応え。

 他の美味も堪能して。

「やっぱり凄いですねぇ。都倉凪とくらなぎさんの娘さんなだけありますね」

 渡辺さんに感心した様に言われ、碧は思わず噴き出しそうになった。どうしてここでお母さんの名前が。

 碧が思わず呆然とすると、渡辺さんはマイペースにお食事をしながら。

「都倉さんのお母さん、昔フードファイターしてはった都倉凪さんでしょ?」

「は、それはそうですけど、もうかなり昔の、わたしが生まれる前のことで」

 碧が驚きつつも言うと、渡辺さんは懐かしそうに目を細めて。

「もう引退されて、そんなになるんですねぇ。いえね、ぼくも言うてもまだ幼かったから、そう記憶が鮮明なわけや無いんですよ。でもぼく、小さいころから大食い番組が大好きで、今でも好きで、結構見るんですよ」

「そうなんですか」

 なら、過去のフードファイターに多少詳しくてもおかしくは無いのかも知れない。特にお母さんは「美人すぎるフードファイター」の異名まで与えられた人だったから、界隈では今でも知られているのだろうか。

「世間に、大食いが下品っちゅう感想があるんも知ってます。でも、きれいな所作で残さずに食べてはるんを見るんは惚れ惚れします。せやから今日は楽しみにしてたんです。良かったらどんどん食べてくださいね。ほんで、お話もできたら嬉しいです」

 碧もその評判は聞いたことがある。だから碧は、できるだけきれいに食べられる様に心がけてきたつもりだ。大食いだということを差し引いても、飲食店経営を目指す者として、当たり前のことだと思っていた。

「食べる量は、このお店の迷惑にならんぐらいで……。でもお話は、わたしもさせてもらいたいです。確か、飲食店で長年アルバイトしてはったってありましたよねぇ」

「はい。長年て言うても、高校入ってから大学卒業するまでの7年間ですけどね。のんびりとしたカフェで、ぼくが入ってるときは基本マスターとふたりで、ぼく、そのイメージで、この前失礼なこと言うてしもたんかも知れません。ほんまにごめんなさい」

 渡辺さんがそう言って、丁寧に頭を下げてくれた。碧は慌てて。

「いえ、ほんまに大丈夫ですから。でも学生時代のアルバイトやったら、放課後から夕方とか夜とかぐらいまでですよね。確かにランチタイムとかで無かったら、余裕があるんかも知れませんねぇ」

「ですよねぇ。ぼくは平日の午後だけやったから、ランチタイムとかは知らんかったわけですし。ほんまに浅はかでした。想像力が足りんかったなぁ。自分は混んでる店でランチとか食べてるのに」

「ふふ」

 碧は何だかおかしくなって、小さく笑ってしまう。浅はかと言われたら確かにそうだったのかも知れないが、碧はもう気にしていない。

 おもしろい人なのかも知れない。碧は渡辺さんに好感を持ったのだった。
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