新世界に恋の花咲く〜お惣菜酒房ゆうやけは今日も賑やかに〜

山いい奈

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2章 多種多様なお客さま

第5話 オーダーストップのときには

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 たこ焼きのお客さまとそのお連れさまは、健啖家、というのだろうか、たくさん食べて、たくさん飲んでくれた。

 お惣菜は全種類頼まれた。今日はポテトサラダを始めいつもの5種の他に、豆もやしのナムル、きのこの塩昆布炒め、じゃがいもといかの塩辛のバターソテーを作った。

 豆もやしのひげ根取りは、茨木いばらきくんにお願いした。お願いしたら渋々ながらもやってくれるのが、茨木くんの良いところのひとつである。

 日替わりのメインはやげん軟骨の柚子胡椒炒めと棒棒鶏、えびのオーロラソースだ。もちろんどて焼きと豚の角煮も寸胴鍋の中でスタンバイしている。

「姉ちゃん、どて焼きおかわりちょうだい。同じ器でええから。旨いな、ここの!」

「ありがとうございます。すぐにお入れしますね」

 由祐ゆうはお客さまから空いた小鉢を受け取り、どて焼きを盛り付ける。実はこれで3杯目だった。好きだということもあるのだろうが、由祐のどて焼きを気に入ってもらえたのだと思うと、心から喜びが沸き上がる。

「お待たせしました、どて焼きです。たくさん食べてもらえて嬉しいです」

 思わずそう声を掛けると。

「こっちこそ、旨いもん食わしてもろて嬉しいわ。ここ、最近開店したんやろ? 新世界しんせかいやのに串かつ出さん惣菜の店やて聞いてたんやけど、こういうんもええな。繁盛しとるみたいやし」

 お連れさんが「うんうん」と頷く。あなたたち以外は、あやかしなんです、何てことはもちろん言えるわけは無く。由祐は笑顔を浮かべるに留める。

 この「ゆうやけ」にいる人間のお客さまは1組から2組。あとはあやかしで埋まる。あやかしのお客さまもお金はきちんと支払ってくれるので構わないのだが、不思議だなと思う。多分茨木くんや他の力あるあやかしが何かをしているのだろう。

 あやかしは長居はするが、一般的な人間以上に飲み食いしてくれるし、大事なお客さまに違い無い。人間でもあやかしでも、由祐の「ゆうやけ」を大事にしてくれるなら嬉しいのだ。

「お、抹茶スイーツもあるやん。姉ちゃん、わし、抹茶シャーベットちょうだい」

「はい。お待ちくださいね」

 抹茶スイーツは、お酒のあとということもあって、お口がさっぱりする抹茶シャーベットと抹茶ゼリー、若いお嬢さんにも人気の抹茶プリンを用意している。もちろん由祐のお手製である。

 そうして出した抹茶シャーベットを、お客さまは「濃厚!」と言いながら嬉しそうに口に運んでくれた。

 そして、締めを食べ終えたたこ焼きのお客さまの会計のとき、持ち込み料について一悶着あったことは言うまでも無く、由祐の完敗だったことも記しておきたいと思う。由祐はお客さまに何度も頭を下げたのだった。

「ほんま、気にせんとってほしいわ。俺、好きでやっとんねん。自分で言うんもあれやけど、めっちゃ金あんねん。姉ちゃんも新世界で商売するんやったら、もっとふてぶてしくなってもええんやで、ほんま」

 そして「また来るわな~」と、軽い口調で言いながら帰っていった。

 本当に豪快で気持ちの良いお客さまだった。あの持ち込み料はさすがに恐縮してしまうが、また来て欲しいお客さまとなったのだった。



 「ゆうやけ」の開店時間は16時なのだが、閉店時間は23時。お食事のオーダーストップは22時、ドリンクは22時半となっている。

 その22時少し前、からりと開き戸が開いた。

「こんばんはぁ~」

 のんびりとそう言いながら入ってきたのは、これまたあやかしのお客さま。小柄で可愛らしい女性である。

釜本かまもとさん、こんばんは、いらっしゃいませ」

「とりあえず生、よろしくね~」

「はい、お待ちくださいね」

 由祐はジョッキを出して、生ビールを入れる。もうすっかりと慣れたものだ。最初、缶ビールから深雪みゆきちゃんのグラスに注いだときには、まともに泡を立てることができなかったのに、凄い進化であると由祐は思っている。

「生ビール、お待たせしました」

「ありがとぉ~。えっとぉ、まずはポテサラと卵焼きちょうだいな。あとは、オーダーストップでね~」

「はい、お待ちくださいませ」

 由祐が小鉢にそれぞれポテトサラダと卵焼きを盛り付け、お出しして少しすると、オーダーストップの時間になった。

 もうこの時間になったら、お客さまはあやかししかいない今夜の「ゆうやけ」なのだが。

「お食事のオーダーストップですよ。ご注文ありますか?」

 するとひとりがお茶漬けを頼み、茨木くんがどて焼きとお茶漬け、抹茶プリンを頼む。茨木くんはいつも、締めにこの3品を食べるのだ。

 「ゆうやけ」では締めの炭水化物メニューとして、お茶漬けとチキンラーメンを出している。

 お茶漬けは塩昆布とみつばを乗せて、ほうじ茶を掛けるだけのシンプルなものだ。チキンラーメンは日清にっしんさんの看板商品のあれだ。卵を乗せてお湯を注いで3分、青ねぎの小口切りをトッピングして仕上げる。居酒屋さんでたまに見かけるメニューである。

 チキンラーメンにはミニサイズもあって、たくさんは食べられないけど少しだけ欲しいお客さまに好評である。こちらはお椀で提供する。卵を使わないのでお値段もお手頃だ。

 チキンラーメンの発祥は大阪の池田いけだ市で、小さな工房で安藤百福あんどうももふく氏が開発したことで知られているが、だからなのか、池田市にはチキンラーメンのアレンジメニューがいただけるお店がたくさんあるのだそう。

 ラストオーダーのお客さまと茨木さんに、用意した品をそれぞれ出して。

「釜本さん、お待たせしました。何からお出ししましょう」

「ポテサラ!」

「はい、お待ちくださいね」

 ポテトサラダは残りふたり分ほど。由祐はそれをまとめて中鉢に盛り付けた。

 この釜本さん、その正体は二口女ふたくちおんななのである。頭の後ろにふたつめのお口を持っていて、そのお口で人の何十倍ものごはんを食べるのだ。今は人間に変化しているので、普通に顔にあるお口で食べている。

 釜本さんは毎日オーダーストップ間際に来店して、お料理とスイーツをチキンラーメン以外、食べ尽くすのである。

 実はこれが、本当に助かるのである。何と言ってもフードロスをほぼ無くすことができるからだ。

 お惣菜のほとんどは作り置きができるものだ。だがさすがに前日に作ったものをお客さまに出すことはできない。由祐が食べるにしても限界がある。

 その日の天気などを見て、仕込みの量は加減する。それでもきっちりというには難しい。足りなくなるのならともかく、多めに残ってしまうこともある。

 二口女の釜本さんは、それを余すことなくぺろりと平らげてしまうのだ。華奢な身体のどこに入るのかと思うのだが、気持ちの良い食べっぷりを見せてくれるのである。継ぎ足していこうと思っていたどて焼きと豚の角煮もすっからかんになるのだ。

「はい、ポテトサラダ、お待たせしました」

「やったぁ! ありがとぉ~」

 釜本さんは可憐な顔を目一杯ほころばせる。お箸でポテトサラダをすくい上げると、大きなお口でもぐりと食べ、ほっこりと満足げな笑みを浮かべたのだった。
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