新世界に恋の花咲く〜お惣菜酒房ゆうやけは今日も賑やかに〜

山いい奈

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2章 多種多様なお客さま

第7話 深夜の過ごし方

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 「ゆうやけ」の片付けを終えるのは深夜12時半ごろ。由祐ゆうは人間に変化したままの茨木いばらきさんと連れ立って、お店を出る。2カ所の鍵をしっかりと閉めて。

 13時ごろに仕込みのためにここにくるとき、由祐が引くカートはずっしりと重いが、帰りは軽いものである。だが茨木さんが引いてくれる。由祐はその日1日分のごみをまとめた大きなビニール袋を出して、お店の前にどさりと置く。

 ごみはこうして出しておけば、深夜のうちに契約しているごみ処理業者さんが持っていってくれるのだ。他のお店も同様で、店舗の規模によっては何袋ものごみが積み上がっている。

「よっしゃ、行こか」

「はい」

 茨木さんと由祐は歩き出す。「ゆうやけ」のある新世界本通しんせかいほんどおりを進み、メイン通りに出る。

 この時間、ほとんどのお店の灯りは落とされている。だが深夜営業や24時間営業のお店があり、街灯もあるので、暗いことは無い。

 通天閣つうてんかくのライトアップは、この時間には終わっている。点灯時間は日没から22時で、意外と短いと思われるかも知れない。

 この時間になっても飲み足りない、まだ遊びたい人はいて、開いているお店はきっと賑わっている。お食事などに夢中になって終電を逃した人もいるだろう。深夜まで、そして24時間営業のお店は、そんな人々の受け皿になっているのだろう。

 新世界で24時間開いているといえば、コンビニと、「日本一の串かつ」を謳っている「横綱よこづな」さんの通天閣店である。店舗はかなりの広さを誇り、2階部分は貸し切りも可能なのだそうだ。

 串かつの種類の多さもさることながら、一般的な居酒屋メニューやドリンクも豊富だと聞く。いろいろなものがいただけるのも魅力のひとつなのだろう。

 何を以ってして「日本一」なのかは分からないが、この雑多な新世界の中でもひときわ目を引くきらびやかな装飾は、その自信の表れなのかも知れない。

 メイン通りと新世界本通が交差するところから北側を見ると、看板の灯りが煌々と灯っている。周りが静かだからか、まるで賑わいまで届いてきそうだ。

 そんな空間に背を向けて、茨木さんと由祐は恵美須町えびすちょうに向けて歩みを進める。メイン通りを北に進み、通天閣のふもとを通り過ぎて、通天閣本通商店街へ。

 この通りにもたくさんの店舗があり、飲食店や遊技場、そしてホテル。ホテル以外はほとんどが閉店しているが、商店街の反対側の入り口にある「大阪王将おうしょう」さんは深夜営業中だ。大阪に本社を持つ町中華のチェーン店で、焼き餃子が看板メニューである。

 創業100年を超える老舗のお蕎麦屋さん「総本家 更科さらしな」さんがあるのもこの商店街である。和の佇まいで、落ち着く雰囲気を醸している。更科そばとはそばがらを使わずに打った白いおそばのことで、ここの名物だ。

 おうどんやどんぶりものなどもあり、閉店時間が21時と早めなこともあって、お昼の時間帯に賑わっている印象だ。

 通天閣本通商店街を通り抜けると、大阪メトロ堺筋さかいすじ線恵美須町駅へ繋がる階段がある。そこも横切って恵美須交差点の信号を渡ると浪速なにわ警察署。そこ角を右折してひとつめの角を左折すると、玉水橋たまみずばし筋。由祐の今のお家はこの通りにある。

 街灯が無いので暗い通りを、ふたり並んで歩く。由祐のマンションに着くと、茨木くんはカートを由祐に渡してくれた。

「ありがとうございました」

「おう。部屋まで気をつけてな」

「はい。おやすみなさい」

「おやすみ」

 由祐は茨木さんにぺこりと頭を下げ、鍵を使ってオートロックのドアを開ける。由祐の部屋は3階部分だ。ワンルームだがお風呂とお手洗いが別で、そう広くは無いがもともとあまり荷物を持たないので、暮らしやすいといえる。

 茨木さんは由祐の帰り、こうして送ってくれるのである。新世界も恵美須町界隈も、この時間になれば人通りはぐっと減る。だが酔っ払いはいるし、もともと治安が良く無かった街だけあって、人が少ないからこそ、ひとり歩きは怖いのだ。

 こういうときも、茨木さんがいてくれて、本当に良かったと感じる。深夜のこの街をひとりでも歩けないことは無い。だがやはり女性のひとり歩きより、男性と一緒の方が安心感がある。気が大きくなった酔いどれが絡んでこないとは限らないのだから。

 鍵を開けて部屋に入った由祐は、ワンルームの端に置いてあるダイニングテーブルの椅子に肩掛けのトートバッグを置き、手を洗って服を脱ぐ。大判のボディシート数枚を使って全身を丁寧に拭いた。

 ものぐさだと思われるだろうが、飲食商売をしているので、お風呂はできれば開店の前に入りたかった。それに疲れていることもあって、気力が沸かないのだ。

 主にあやかしに支えられているお店で、ありがたいことに過剰な気遣いの必要は無い。人間のお客さまは別だが。それでもやはり気疲れはある。帰宅後に大きく沸き上がるのは達成感ではあるのだが。

 さっぱりとした由祐は顔にオールインワンジェルを塗り、パジャマに着替え、持って帰ってきたトートバッグから小さなタッパーを、そして冷蔵庫から缶ビールを、食器棚からはグラスとお箸を出した。

 晩酌はお酒が飲める様になった由祐の、新しい習慣だった。お仕事で疲れた身体に、ビールがこんなに染み渡るなんて思わなかった。そりゃあお客さまの多くも「とりあえず生」なんて言うわけだ。

 タッパーに入っているのは、その日いちばん多く余ったお惣菜と、卵焼き一切れ。釜本かまもとさんに出す前に取り分けておくのだ。これが缶ビールのお供になる。今日はちんげん菜のごま和えだった。

 缶ビールをグラスに注いだら。

「今日もお疲れさま。いただきます」

 由祐は手を合わせて、グラスを口に付けた。ごくっごくっと喉を鳴らす姿も堂に入っている。もうすっかりとお酒には慣れたものだ。

 些細なことかも知れないが、人生の喜びが増えたな、と由祐は思っている。もちろん飲み過ぎ無い様には気を付けている。お母さんのこともあるし、しんどい思いはしたく無いからだ。今も350ミリリットル缶を1本と決めている。

 そうして心の疲れを取ったら、洗い物をして歯を磨いて寝てしまうのだ。由祐にとっては豊かな1日の締めくくりなのだった。
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