新世界に恋の花咲く〜お惣菜酒房ゆうやけは今日も賑やかに〜

山いい奈

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2章 多種多様なお客さま

第8話 おでん始めました

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 11月になった。徐々に冬の気配が濃くなってきている。由祐もお家を出るときには、長袖のカットソーの上にアウターを羽織る様になっている。これからますます風は冷たくなるのだろう。「ゆうやけ」初めての冬だ。何か温かいものでも用意した方が良いのだろうか。

 お酒のお店で温かいものといえば、ぱっと思い浮かぶのはおでんである。しかし今以上に仕込みの手間を増やすのはためらわれる。

 お惣菜を減らしておでんにする、という手はありだろうか。これはなかなか難問である。

 おでんの下ごしらえ自体は、お惣菜の仕込みの手間とそう変わらない。1度試験的にやってみようか。お客さまの多くがあやかしのご常連だからできることかも知れない。

 とりあえず、おでん用のお鍋を用意しなくては。コンロがもうひとつ埋まっても大丈夫だろう。これまでもメインの調理にふたつ同時に使うことはあまり無かった。

 今度のお休みに、道具屋筋商店街に行くことにしよう。「ゆうやけ」の定休日は月曜日である。場所柄年中無休が望ましいのかも知れないが、ひとりで切り盛りしているので、さすがに難しいのだ。



 というわけで、新しいステンレス鍋が「ゆうやけ」にやってきた。おでんには適度な深型で口が広めのものが適している。

 お惣菜は毎日作る5品プラス日替わり1品にして、代わりにおでんだ。ちなみに今日のごま和えはわさび菜で、日替わりはさつまいものレモン煮である。

 おでんの具は、厚揚げとごぼ天、じゃがいもとお大根と卵、こんにゃく。牛すじ肉は大阪ではおでんの定番だが、どて焼きと被るので使わない。代わりに鶏団子を用意する。

 お大根は下茹での手間を省くために、昨日の夜にお家で下ごしらえをして、冷凍しておいた。こうすれば繊維が壊れて味沁みが良くなるのだ。

 それでも少しはあくがあるので、軽く茹でて抜いてあげる。深型のフライパンにお湯を沸かし、まずはお大根を茹で、引き上げたら厚揚げとごぼ天をさっと油抜きし、最後にこんにゃくのあく抜き。

 引き上げたものは、すでに皮を剥いたじゃがいもとゆで卵が沈んでいるお鍋のお出汁に加えていく。お出汁は出汁パックを使い、味付けはみりんと日本酒、お砂糖と薄口醤油。優しい味を心掛けた。

 ちなみにゆで卵はレンジで作った。おしりに小さな穴を開けた生卵をアルミホイルでぴっちり包み、耐熱容器に敷き詰めて、卵がかぶるぐらいにお水を注いで、レンジで加熱。そうすると破裂すること無く、ゆで卵ができるのだ。

 最後に鶏団子。鶏団子はあく抜きに使ったフライパンをさっと洗って、表面を軽く焼き付けた。こうすると香ばしくなるし、寸胴鍋に入れたときにあくが出にくくなる。鶏団子は胸肉のひき肉を使っているので、こくを出してあげる意味もある。

 おでんの仕込みが終われば、どて焼きと豚の角煮の仕込み。両方のお肉はおでんを作りながら茹でこぼしてある。続けてお惣菜だ。やることはまだまだたくさん。由祐は「よっしゃ」と腕まくりをして、あらたに気合いを入れた。



「お、おでんや無いか。そっか、もう冬か」

 たこ焼きのお客さま、平井さんがおしながきを見て、ぱっと表情をほころばせた。平井さんはあれから週に2、3回の頻度で来てくれている。持ち込みは今のところ最初の1回だけだったので、あれは開店祝いの様なものだったのかも知れない。

「はい。冬の間だけどうかなぁと思って。とりあえずお試して作ってみたんです。でもそしたらお惣菜の品数が減ってしもうて。悩ましいところで」

「そりゃ、由祐ちゃんひとりでここやっとるんやからなぁ、しゃあないやろ。でも日替わりのおかずはあるし、ええやん。いうてもわしはどて焼き命やけどな。ちゅうわけでまずはどて焼き頼むわ。それと生な」

「お心遣いありがとうございます。どて焼きと生、お待ちくださいね」

 最初こそお連れさまがいた平井さんだが、2回目以降はずっとひとりで来てくれている。理由は分からないが、聞くのも無粋だろう。

 由祐はまず生ビールを出し、続けて小鉢にどて焼きを盛り付けた。

「お待たせしました、どて焼きです」

「ありがとう。由祐ちゃんも良かったら飲んでくれ」

「いつもありがとうございます。酎ハイのレモンいただきますね」

「おう」

 平井さんは持ち込みをしない代わりなのか、いつもこうして由祐に1杯ごちそうしてくれるのだ。本当に気前が良い。こういうおおらかな人だから、お金も集まってくるのだろうな、なんて下世話なことを思ってしまう。

 由祐が酎ハイレモンを選ぶのは、アルコールメニューの中でいちばん低価格だからだ。ハイボールも同じ値段なのだが、やはりまだ少しウィスキーには苦手感がある。なので酎ハイの中で、さっぱり飲めるレモンをいただく。

 由祐はさっそく酎ハイのレモンを作る。「こだわり酒場のレモンサワー」で、専用タンブラーだ。由祐はどうやらアルコールにはそこそこ強い様で、これぐらいなら全然素面でいられる。もちろん時間を掛けてゆっくりいただくのだが。

「平井さん、ありがとうございます、いただきます」

 由祐は平井さんにランブラーを掲げた。

「おう!」

 平井さんは気の良い返事をして、生ビールのジョッキを掲げてくれた。由祐はぺこりと頭を下げ、タンブラーに口を付けた。

 しゅわっとした炭酸とレモンの甘やかな酸味が喉を通っていく。何だかリフレッシュされた気分になって、由祐は頬をほころばせたのだった。
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