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3章 それは誰の幸せか
第1話 人間だから
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12月に入り、世間はすっかりと冬である。クリスマスも近い。大阪は滅多に雪などは降らないので、ホワイトクリスマスは期待できないだろうが。
ディープな街新世界にクリスマスはイメージに合わない様な気もするのだが、通天閣の展望台に鎮座しているビリケンさんはきっともうクリスマスモードになっているだろう。通天閣のライトアップもクリスマス仕様である。
ビリケンさんとは通天閣、新世界の福の神である。目を細くしたにっこり笑顔に両足を投げ出す様に座る形状となっていて、足の裏を撫でるとご利益があると言われている。
アメリカの女性芸術家であるフローレンス・プリッツさんが「夢の中で見た神さま」をモデルに制作したことが起源なのだそう。日本に来たのは明治42年のことである。
通天閣が完成したのが明治45年。その際に初代ビリケンさん像が設置された。現在のビリケンさん像は3代目である。
さて、だいだらぼっちの大村さんは、とても穏やかな人だ。いつでもにこにこしていて、いろいろな種類の酎ハイを楽しむ。お惣菜はポテトサラダを必ず頼むので、きっと好きなのだろう。
そんな大村さんもすっかりと「ゆうやけ」のご常連となっていて、ほとんど毎日来てくれている。今日も酎ハイカルピスから始まり、ポテトサラダとたたききゅうりに、日替わりメインの豚の生姜焼き、どて焼きなどを頼んでくれている。
今大村さんが飲んでいるのは酎ハイの巨峰だ。多分甘党なのだと思う。
大村さんは一般的に見てイケメンでは無い。だが美醜の好みは人それぞれである。素朴な容姿が好きな人だっているのだ。
と、言うのも。
最近、茨木さんに絡んでいる雲田さんに、大村さんが羨ましそうな視線を送っているのだ。
前からも「ええなぁ」なんて言っていたのだが、最近はそれが真剣味を帯びている様に感じる。由祐の気のせいなのかも知れないが。
今は人間のお客さまがいないこともあって、雲田さんは茨木さんにやりたい放題である。茨木さんもそれを許しているので、まんざらでも無いのか、それともただ面倒なだけなのか。
今日も龍さんがいるので茨木さんの隣は埋まっているが、いなければそこに陣取って動かないだろう。今は龍さんを押しつぶす勢いである。
間に挟まれた龍さんはというと、何を思っているのか、穏やかな表情を崩さない。達観していそうな人なので、雲田さんの行動を微笑ましいとでも思っているのかも知れない。
主に雲田さんの黄色い声が響いているところに、からりと開き戸が引かれた。
「こんばんは」
「久田さん、こんばんは、いらっしゃいませ」
くだんの久田さんは今日も紫色のワンピースがお似合いだった。紫といっても、色の濃淡がある。深い紫色から淡い紫色まで様々だ。今日は黒にも近いほどのぱっきりとした紫色だった。
久田さんはいつものごとく生ビールを注文し、ぐい、とジョッキを傾ける。今日も気持ちの良い飲みっぷりだ。お料理はまずは豚の角煮だった。
豚の角煮は、豚ばら肉を真四角に切って煮込むイメージがある。だが「ゆうやけ」の角煮はその半分ぐらいの厚みで作る。そうすると時間の短縮ができるのだ。
柔らかく仕上げるために日本酒もたっぷり使い、臭み抜きと風味付けを兼ねてしょうがの輪切りを入れて、弱火でことことと煮込む。
お肉は強火で火を入れると固くなってしまう。煮汁が沸くまでは強めの火だが、ぐつぐつと煮込んでしまわない様に気を付ける。そうすることでしっとりとろとろな角煮ができあがるのだ。
「由祐ちゃん、おあいそお願いします」
大村さんだ。カウンタテーブルの下に設えた棚から出した、黒くて薄いビジネスバッグからお財布を出す。
「はい、ありがとうございます」
由祐はPOSレジを操作し、大村さんの会計を出す。お金をもらって、お釣りとレシートを渡した。
「ごちそうさまです、また来ます」
「ありがとうございました~」
そうして大村さんが帰ったときには、久田さんは2杯目の生ビールを傾けている。久田さんは1杯目はそれこそ「水か!」と突っ込みたくなるほどペースが早く、2杯目からはゆっくりである。それでも普通の人間よりは早いペースだろう。
「由祐ちゃん、余計なお世話なんやけど、一応お耳に入れとくわね」
「はい、何でしょう」
すると久田さんが身を乗り出して、由祐を手招きする。内緒話だろうか。由祐は耳を久田さんに傾けた。
「近々、このお店で、恋愛絡みのごたごたが起こるからね」
そう言われ、由祐は目を見張る。恋愛絡み? 何が? 由祐が思わず雲田さんを見ると。
「ああ、ちゃうちゃう、雲田さんとちゃう、大村さんや」
「へ?」
由祐は間抜けな声を出してしまう。ああ、もしかしたら、さっき大村さんに感じた違和感の様なものは、当たりだったのだろうか。
「別に、そんな構えんでええとは思うんよ。でも一応ね、念のためにね、言うておこうと思って。由祐ちゃんは人間やから」
「はい?」
人間やから? と少し引っ掛かったが、久田さんはもう話は終わったとばかりに姿勢を直してしまったので、深追いすることは止めておいた。そのうち分かるだろうか。
「由祐~、白ワインおかわりぃ~」
雲田さんが空のワイングラスを掲げる。由祐は切り替えて「はーい」とそちらに向かった。
ディープな街新世界にクリスマスはイメージに合わない様な気もするのだが、通天閣の展望台に鎮座しているビリケンさんはきっともうクリスマスモードになっているだろう。通天閣のライトアップもクリスマス仕様である。
ビリケンさんとは通天閣、新世界の福の神である。目を細くしたにっこり笑顔に両足を投げ出す様に座る形状となっていて、足の裏を撫でるとご利益があると言われている。
アメリカの女性芸術家であるフローレンス・プリッツさんが「夢の中で見た神さま」をモデルに制作したことが起源なのだそう。日本に来たのは明治42年のことである。
通天閣が完成したのが明治45年。その際に初代ビリケンさん像が設置された。現在のビリケンさん像は3代目である。
さて、だいだらぼっちの大村さんは、とても穏やかな人だ。いつでもにこにこしていて、いろいろな種類の酎ハイを楽しむ。お惣菜はポテトサラダを必ず頼むので、きっと好きなのだろう。
そんな大村さんもすっかりと「ゆうやけ」のご常連となっていて、ほとんど毎日来てくれている。今日も酎ハイカルピスから始まり、ポテトサラダとたたききゅうりに、日替わりメインの豚の生姜焼き、どて焼きなどを頼んでくれている。
今大村さんが飲んでいるのは酎ハイの巨峰だ。多分甘党なのだと思う。
大村さんは一般的に見てイケメンでは無い。だが美醜の好みは人それぞれである。素朴な容姿が好きな人だっているのだ。
と、言うのも。
最近、茨木さんに絡んでいる雲田さんに、大村さんが羨ましそうな視線を送っているのだ。
前からも「ええなぁ」なんて言っていたのだが、最近はそれが真剣味を帯びている様に感じる。由祐の気のせいなのかも知れないが。
今は人間のお客さまがいないこともあって、雲田さんは茨木さんにやりたい放題である。茨木さんもそれを許しているので、まんざらでも無いのか、それともただ面倒なだけなのか。
今日も龍さんがいるので茨木さんの隣は埋まっているが、いなければそこに陣取って動かないだろう。今は龍さんを押しつぶす勢いである。
間に挟まれた龍さんはというと、何を思っているのか、穏やかな表情を崩さない。達観していそうな人なので、雲田さんの行動を微笑ましいとでも思っているのかも知れない。
主に雲田さんの黄色い声が響いているところに、からりと開き戸が引かれた。
「こんばんは」
「久田さん、こんばんは、いらっしゃいませ」
くだんの久田さんは今日も紫色のワンピースがお似合いだった。紫といっても、色の濃淡がある。深い紫色から淡い紫色まで様々だ。今日は黒にも近いほどのぱっきりとした紫色だった。
久田さんはいつものごとく生ビールを注文し、ぐい、とジョッキを傾ける。今日も気持ちの良い飲みっぷりだ。お料理はまずは豚の角煮だった。
豚の角煮は、豚ばら肉を真四角に切って煮込むイメージがある。だが「ゆうやけ」の角煮はその半分ぐらいの厚みで作る。そうすると時間の短縮ができるのだ。
柔らかく仕上げるために日本酒もたっぷり使い、臭み抜きと風味付けを兼ねてしょうがの輪切りを入れて、弱火でことことと煮込む。
お肉は強火で火を入れると固くなってしまう。煮汁が沸くまでは強めの火だが、ぐつぐつと煮込んでしまわない様に気を付ける。そうすることでしっとりとろとろな角煮ができあがるのだ。
「由祐ちゃん、おあいそお願いします」
大村さんだ。カウンタテーブルの下に設えた棚から出した、黒くて薄いビジネスバッグからお財布を出す。
「はい、ありがとうございます」
由祐はPOSレジを操作し、大村さんの会計を出す。お金をもらって、お釣りとレシートを渡した。
「ごちそうさまです、また来ます」
「ありがとうございました~」
そうして大村さんが帰ったときには、久田さんは2杯目の生ビールを傾けている。久田さんは1杯目はそれこそ「水か!」と突っ込みたくなるほどペースが早く、2杯目からはゆっくりである。それでも普通の人間よりは早いペースだろう。
「由祐ちゃん、余計なお世話なんやけど、一応お耳に入れとくわね」
「はい、何でしょう」
すると久田さんが身を乗り出して、由祐を手招きする。内緒話だろうか。由祐は耳を久田さんに傾けた。
「近々、このお店で、恋愛絡みのごたごたが起こるからね」
そう言われ、由祐は目を見張る。恋愛絡み? 何が? 由祐が思わず雲田さんを見ると。
「ああ、ちゃうちゃう、雲田さんとちゃう、大村さんや」
「へ?」
由祐は間抜けな声を出してしまう。ああ、もしかしたら、さっき大村さんに感じた違和感の様なものは、当たりだったのだろうか。
「別に、そんな構えんでええとは思うんよ。でも一応ね、念のためにね、言うておこうと思って。由祐ちゃんは人間やから」
「はい?」
人間やから? と少し引っ掛かったが、久田さんはもう話は終わったとばかりに姿勢を直してしまったので、深追いすることは止めておいた。そのうち分かるだろうか。
「由祐~、白ワインおかわりぃ~」
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