新世界に恋の花咲く〜お惣菜酒房ゆうやけは今日も賑やかに〜

山いい奈

文字の大きさ
23 / 52
3章 それは誰の幸せか

第1話 人間だから

しおりを挟む
 12月に入り、世間はすっかりと冬である。クリスマスも近い。大阪は滅多に雪などは降らないので、ホワイトクリスマスは期待できないだろうが。

 ディープな街新世界しんせかいにクリスマスはイメージに合わない様な気もするのだが、通天閣つうてんかくの展望台に鎮座しているビリケンさんはきっともうクリスマスモードになっているだろう。通天閣のライトアップもクリスマス仕様である。

 ビリケンさんとは通天閣、新世界の福の神である。目を細くしたにっこり笑顔に両足を投げ出す様に座る形状となっていて、足の裏を撫でるとご利益があると言われている。

 アメリカの女性芸術家であるフローレンス・プリッツさんが「夢の中で見た神さま」をモデルに制作したことが起源なのだそう。日本に来たのは明治42年のことである。

 通天閣が完成したのが明治45年。その際に初代ビリケンさん像が設置された。現在のビリケンさん像は3代目である。

 さて、だいだらぼっちの大村おおむらさんは、とても穏やかな人だ。いつでもにこにこしていて、いろいろな種類の酎ハイを楽しむ。お惣菜はポテトサラダを必ず頼むので、きっと好きなのだろう。

 そんな大村さんもすっかりと「ゆうやけ」のご常連となっていて、ほとんど毎日来てくれている。今日も酎ハイカルピスから始まり、ポテトサラダとたたききゅうりに、日替わりメインの豚の生姜焼き、どて焼きなどを頼んでくれている。

 今大村さんが飲んでいるのは酎ハイの巨峰だ。多分甘党なのだと思う。

 大村さんは一般的に見てイケメンでは無い。だが美醜の好みは人それぞれである。素朴な容姿が好きな人だっているのだ。

 と、言うのも。

 最近、茨木いばらきさんに絡んでいる雲田くもたさんに、大村さんが羨ましそうな視線を送っているのだ。

 前からも「ええなぁ」なんて言っていたのだが、最近はそれが真剣味を帯びている様に感じる。由祐ゆうの気のせいなのかも知れないが。

 今は人間のお客さまがいないこともあって、雲田さんは茨木さんにやりたい放題である。茨木さんもそれを許しているので、まんざらでも無いのか、それともただ面倒なだけなのか。

 今日もりゅうさんがいるので茨木さんの隣は埋まっているが、いなければそこに陣取って動かないだろう。今は龍さんを押しつぶす勢いである。

 間に挟まれた龍さんはというと、何を思っているのか、穏やかな表情を崩さない。達観していそうな人なので、雲田さんの行動を微笑ましいとでも思っているのかも知れない。

 主に雲田さんの黄色い声が響いているところに、からりと開き戸が引かれた。

「こんばんは」

久田くださん、こんばんは、いらっしゃいませ」

 くだんの久田さんは今日も紫色のワンピースがお似合いだった。紫といっても、色の濃淡がある。深い紫色から淡い紫色まで様々だ。今日は黒にも近いほどのぱっきりとした紫色だった。

 久田さんはいつものごとく生ビールを注文し、ぐい、とジョッキを傾ける。今日も気持ちの良い飲みっぷりだ。お料理はまずは豚の角煮だった。

 豚の角煮は、豚ばら肉を真四角に切って煮込むイメージがある。だが「ゆうやけ」の角煮はその半分ぐらいの厚みで作る。そうすると時間の短縮ができるのだ。

 柔らかく仕上げるために日本酒もたっぷり使い、臭み抜きと風味付けを兼ねてしょうがの輪切りを入れて、弱火でことことと煮込む。

 お肉は強火で火を入れると固くなってしまう。煮汁が沸くまでは強めの火だが、ぐつぐつと煮込んでしまわない様に気を付ける。そうすることでしっとりとろとろな角煮ができあがるのだ。

「由祐ちゃん、おあいそお願いします」

 大村さんだ。カウンタテーブルの下に設えた棚から出した、黒くて薄いビジネスバッグからお財布を出す。

「はい、ありがとうございます」

 由祐はPOSレジを操作し、大村さんの会計を出す。お金をもらって、お釣りとレシートを渡した。

「ごちそうさまです、また来ます」

「ありがとうございました~」

 そうして大村さんが帰ったときには、久田さんは2杯目の生ビールを傾けている。久田さんは1杯目はそれこそ「水か!」と突っ込みたくなるほどペースが早く、2杯目からはゆっくりである。それでも普通の人間よりは早いペースだろう。

「由祐ちゃん、余計なお世話なんやけど、一応お耳に入れとくわね」

「はい、何でしょう」

 すると久田さんが身を乗り出して、由祐を手招きする。内緒話だろうか。由祐は耳を久田さんに傾けた。

「近々、このお店で、恋愛絡みのごたごたが起こるからね」

 そう言われ、由祐は目を見張る。恋愛絡み? 何が? 由祐が思わず雲田さんを見ると。

「ああ、ちゃうちゃう、雲田さんとちゃう、大村さんや」

「へ?」

 由祐は間抜けな声を出してしまう。ああ、もしかしたら、さっき大村さんに感じた違和感の様なものは、当たりだったのだろうか。

「別に、そんな構えんでええとは思うんよ。でも一応ね、念のためにね、言うておこうと思って。由祐ちゃんは人間やから」

「はい?」

 人間やから? と少し引っ掛かったが、久田さんはもう話は終わったとばかりに姿勢を直してしまったので、深追いすることは止めておいた。そのうち分かるだろうか。

「由祐~、白ワインおかわりぃ~」

 雲田さんが空のワイングラスを掲げる。由祐は切り替えて「はーい」とそちらに向かった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

ヒロインになれませんが。

橘しづき
恋愛
 安西朱里、二十七歳。    顔もスタイルもいいのに、なぜか本命には選ばれず変な男ばかり寄ってきてしまう。初対面の女性には嫌われることも多く、いつも気がつけば当て馬女役。損な役回りだと友人からも言われる始末。  そんな朱里は、異動で営業部に所属することに。そこで、タイプの違うイケメン二人を発見。さらには、真面目で控えめ、そして可愛らしいヒロイン像にぴったりの女の子も。    イケメンのうち一人の片思いを察した朱里は、その二人の恋を応援しようと必死に走り回るが……。    全然上手くいかなくて、何かがおかしい??

出逢いがしらに恋をして 〜一目惚れした超イケメンが今日から上司になりました〜

泉南佳那
恋愛
高橋ひよりは25歳の会社員。 ある朝、遅刻寸前で乗った会社のエレベーターで見知らぬ男性とふたりになる。 モデルと見まごうほど超美形のその人は、その日、本社から移動してきた ひよりの上司だった。 彼、宮沢ジュリアーノは29歳。日伊ハーフの気鋭のプロジェクト・マネージャー。 彼に一目惚れしたひよりだが、彼には本社重役の娘で会社で一番の美人、鈴木亜矢美の花婿候補との噂が……

俺と結婚してくれ〜若き御曹司の真実の愛

ラヴ KAZU
恋愛
村藤潤一郎 潤一郎は村藤コーポレーションの社長を就任したばかりの二十五歳。 大学卒業後、海外に留学した。 過去の恋愛にトラウマを抱えていた。 そんな時、気になる女性社員と巡り会う。 八神あやか 村藤コーポレーション社員の四十歳。 過去の恋愛にトラウマを抱えて、男性の言葉を信じられない。 恋人に騙されて借金を払う生活を送っていた。 そんな時、バッグを取られ、怪我をして潤一郎のマンションでお世話になる羽目に...... 八神あやかは元恋人に騙されて借金を払う生活を送っていた。そんな矢先あやかの勤める村藤コーポレーション社長村藤潤一郎と巡り会う。ある日あやかはバッグを取られ、怪我をする。あやかを放っておけない潤一郎は自分のマンションへ誘った。あやかは優しい潤一郎に惹かれて行くが、会社が倒産の危機にあり、合併先のお嬢さんと婚約すると知る。潤一郎はあやかへの愛を貫こうとするが、あやかは潤一郎の前から姿を消すのであった。

皇太后(おかあ)様におまかせ!〜皇帝陛下の純愛探し〜

菰野るり
キャラ文芸
皇帝陛下はお年頃。 まわりは縁談を持ってくるが、どんな美人にもなびかない。 なんでも、3年前に一度だけ出逢った忘れられない女性がいるのだとか。手がかりはなし。そんな中、皇太后は自ら街に出て息子の嫁探しをすることに! この物語の皇太后の名は雲泪(ユンレイ)、皇帝の名は堯舜(ヤオシュン)です。つまり【後宮物語〜身代わり宮女は皇帝陛下に溺愛されます⁉︎〜】の続編です。しかし、こちらから読んでも楽しめます‼︎どちらから読んでも違う感覚で楽しめる⁉︎こちらはポジティブなラブコメです。

俺を信じろ〜財閥俺様御曹司とのニューヨークでの熱い夜

ラヴ KAZU
恋愛
二年間付き合った恋人に振られた亜紀は傷心旅行でニューヨークへ旅立つ。 そこで東條ホールディングス社長東條理樹にはじめてを捧げてしまう。結婚を約束するも日本に戻ると連絡を貰えず、会社へ乗り込むも、 理樹は亜紀の父親の会社を倒産に追い込んだ東條財閥東條理三郎の息子だった。 しかも理樹には婚約者がいたのである。 全てを捧げた相手の真実を知り翻弄される亜紀。 二人は結婚出来るのであろうか。

10年引きこもりの私が外に出たら、御曹司の妻になりました

専業プウタ
恋愛
25歳の桜田未来は中学生から10年以上引きこもりだったが、2人暮らしの母親の死により外に出なくてはならなくなる。城ヶ崎冬馬は女遊びの激しい大手アパレルブランドの副社長。彼をストーカーから身を張って助けた事で未来は一時的に記憶喪失に陥る。冬馬はちょっとした興味から、未来は自分の恋人だったと偽る。冬馬は未来の純粋さと直向きさに惹かれていき、嘘が明らかになる日を恐れながらも未来の為に自分を変えていく。そして、未来は恐れもなくし、愛する人の胸に飛び込み夢を叶える扉を自ら開くのだった。

(学園 + アイドル ÷ 未成年)× オッサン ≠ いちゃらぶ生活

まみ夜
キャラ文芸
年の差ラブコメ X 学園モノ X オッサン頭脳 様々な分野の専門家、様々な年齢を集め、それぞれ一芸をもっている学生が講師も務めて教え合う教育特区の学園へ出向した五十歳オッサンが、十七歳現役アイドルと同級生に。 子役出身の女優、芸能事務所社長、元セクシー女優なども登場し、学園の日常はハーレム展開? 第二巻は、ホラー風味です。 【ご注意ください】 ※物語のキーワードとして、摂食障害が出てきます ※ヒロインの少女には、ストーカー気質があります ※主人公はいい年してるくせに、ぐちぐち悩みます 第二巻「夏は、夜」の改定版が完結いたしました。 この後、第三巻へ続くかはわかりませんが、万が一開始したときのために、「お気に入り」登録すると忘れたころに始まって、通知が意外とウザいと思われます。 表紙イラストはAI作成です。 (セミロング女性アイドルが彼氏の腕を抱く 茶色ブレザー制服 アニメ) 題名が「(同級生+アイドル÷未成年)×オッサン≠いちゃらぶ」から変更されております

子持ち愛妻家の極悪上司にアタックしてもいいですか?天国の奥様には申し訳ないですが

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
胸がきゅんと、甘い音を立てる。 相手は、妻子持ちだというのに。 入社して配属一日目。 直属の上司で教育係だって紹介された人は、酷く人相の悪い人でした。 中高大と女子校育ちで男性慣れしてない私にとって、それだけでも恐怖なのに。 彼はちかよんなオーラバリバリで、仕事の質問すらする隙がない。 それでもどうにか仕事をこなしていたがとうとう、大きなミスを犯してしまう。 「俺が、悪いのか」 人のせいにするのかと叱責されるのかと思った。 けれど。 「俺の顔と、理由があって避け気味なせいだよな、すまん」 あやまってくれた彼に、胸がきゅんと甘い音を立てる。 相手は、妻子持ちなのに。 星谷桐子 22歳 システム開発会社営業事務 中高大女子校育ちで、ちょっぴり男性が苦手 自分の非はちゃんと認める子 頑張り屋さん × 京塚大介 32歳 システム開発会社営業事務 主任 ツンツンあたまで目つき悪い 態度もでかくて人に恐怖を与えがち 5歳の娘にデレデレな愛妻家 いまでも亡くなった妻を愛している 私は京塚主任を、好きになってもいいのかな……?

処理中です...