27 / 52
3章 それは誰の幸せか
第5話 相容れないもの
しおりを挟む
翌日、大村さんはまた来店してくれた。その表情からは嬉しさが滲み出ている。もしかして。
「由祐さん、昨日はありがとうございました。姫ゆかり、喜んでもらえました」
「良かったですねぇ!」
やはり。由祐も嬉しくなる。世の中には美味しいものが溢れていて、それでも何をお届けしようかと由祐なりに悩んだ。大村さんにもお相手さんにも喜んでもらえる様にと。
「昨日、ぼくも家に帰ってから食べました。さすがのゆかりと、由祐さんです。甘党のぼくにも美味しくて、辛党の同僚にも喜んでもらえて」
あやかしの居住事情はさまざまだが、大村さんや雲田さん、久田さんの様に都会に住むあやかしは、あやかしの状態で空き家を転々としている。茨木さんはこの「ゆうやけ」を根城にしている。
「その同僚、さっそく「見てるだけで小腹が空いた」言うて、席で食べてました」
「ほんまに良かったです。わたしも昨日の晩酌のおともになりました。ビールに合いますよねぇ」
「そうですよね。あ、ほんでね、その同僚、お礼言われる様なことしてへん、こちらこそや、て言うて、コンビニのコーヒーごちそうしてくれました。これでお互いさまや、言うて」
「素敵な同僚さんですねぇ」
由祐はほっこりしてしまう。大村さんもお相手さんも、気遣いのできる人なのだ。とても相性の良いふたりなのでは無いだろうか。
「その同僚さん、お若い方ですか?」
「そこまで若いってわけや無いんです。見た目30代のぼくと同じぐらいかな? せやからいろいろ経験とかもしてはるやろうし、見識が広いっちゅうか」
なるほど、だから長年生きている大村さんとお話が合うのだろう。しかし、それぐらいの年齢となると。
「あの、念のためなんですけど、その同僚さん、ご結婚とかしてはるんですか?」
「いえ、独身やて言うてました。なかなか出会いが無いって」
ああ、良かった。30歳代だったら結婚していてもおかしく無い。お子さまだって。由祐だっていくらなんでも不倫のお手伝いはしたく無いし、そもそも何より、大村さんがそんな、人の道を外れる様なことをするわけが無いではないか。大村さんはあやかしだが。
とはいえ、結婚そのものをするつもりが無い人も多い。今は昔よりもその傾向があるのだそうだ。お母さんは結婚をせずに由祐を産んだし、由祐も今のところ予定も何も無いので、意識は薄い。同僚さんのせりふでは無いが、出会いも無いことだし。
ま、なる様になるやろ、と、由祐は気楽に考えている。
すると、それまでらんらんとしていた大村さんの表情がふと陰る。
「……ぼくの気持ち、あの、勘付いてますよね?」
「何と無く、ですけど」
いくらお世話になっているからと言って、会社の同僚さんにアクセサリなどの高額なものをあげようとは思わない。そこにはほぼ確実に好意が隠れている。久田さんの言葉もあったことだし。
「これ以上、どうこうするつもりは無いんです。同僚は人間で、ぼくはあやかしです。人間とあやかしが結ばれることはありません。万が一あったとしても、結婚とかできるわけや無い。あやかしには戸籍があれへんから。子どもを作ることもできません。あやかし同士ならともかく、人間との間にその能力はありません。結婚や子どもが全てや無いし、幸せとかの形はそれぞれって分かってても、やっぱりそれを望んでる人の方が多いから、そういう人にとっては不毛な時間を過ごさせることになります。それはあかんと思うんです」
「……はい」
そうとしか言えなかった。確かに由祐の様に結婚出産にあまり関心の無い人もいる。だがお嫁さんに、お母さんになりたいと思っている女性の方が多いことは由祐も知っている。そのお相手さんがどうかは分からないが、結婚願望があるのなら、大村さんとは相容れない。
大村さんはきっと、女性を幸せにできる男性なのだと思う。だが根本の立ち位置が違うのだ。大村さんの思いが正しく無いなんて絶対に言いたくは無いが、お相手が人間であるのなら、結ばれることが喜ばしいとは言えない。
由祐には「ゆうやけ」にいてくれる茨木さん、そしてお客さまとして来てくれる大村さんの様なあやかしたちとは縁がある。絆だって芽生えているかも知れない。だがそれとは話がまるで違うのだ。
由祐は切なくなってしまう。関わりを持つことができるのに、例え思いがあっても、そこに故意に壁を作らなければならないのだから。
「せやから、ここまでです。ぼくはこれからも、同僚の仕事仲間として、淡々と仕事をするだけです。そもそもぼくはイケメンでもええ男でも無いから、同僚がどうこうってのは絶対に無いでしょうし、そこは安心していられます」
大村さんはそう言って、ほんのかすかに目を赤くした。悲恋、なんて安直な言葉で片付けてしまうのは嫌だが、きっと大村さんの気持ちはそれで終わってしまうのだろう。
由祐の心がざくりと痛んだ。
「由祐さん、昨日はありがとうございました。姫ゆかり、喜んでもらえました」
「良かったですねぇ!」
やはり。由祐も嬉しくなる。世の中には美味しいものが溢れていて、それでも何をお届けしようかと由祐なりに悩んだ。大村さんにもお相手さんにも喜んでもらえる様にと。
「昨日、ぼくも家に帰ってから食べました。さすがのゆかりと、由祐さんです。甘党のぼくにも美味しくて、辛党の同僚にも喜んでもらえて」
あやかしの居住事情はさまざまだが、大村さんや雲田さん、久田さんの様に都会に住むあやかしは、あやかしの状態で空き家を転々としている。茨木さんはこの「ゆうやけ」を根城にしている。
「その同僚、さっそく「見てるだけで小腹が空いた」言うて、席で食べてました」
「ほんまに良かったです。わたしも昨日の晩酌のおともになりました。ビールに合いますよねぇ」
「そうですよね。あ、ほんでね、その同僚、お礼言われる様なことしてへん、こちらこそや、て言うて、コンビニのコーヒーごちそうしてくれました。これでお互いさまや、言うて」
「素敵な同僚さんですねぇ」
由祐はほっこりしてしまう。大村さんもお相手さんも、気遣いのできる人なのだ。とても相性の良いふたりなのでは無いだろうか。
「その同僚さん、お若い方ですか?」
「そこまで若いってわけや無いんです。見た目30代のぼくと同じぐらいかな? せやからいろいろ経験とかもしてはるやろうし、見識が広いっちゅうか」
なるほど、だから長年生きている大村さんとお話が合うのだろう。しかし、それぐらいの年齢となると。
「あの、念のためなんですけど、その同僚さん、ご結婚とかしてはるんですか?」
「いえ、独身やて言うてました。なかなか出会いが無いって」
ああ、良かった。30歳代だったら結婚していてもおかしく無い。お子さまだって。由祐だっていくらなんでも不倫のお手伝いはしたく無いし、そもそも何より、大村さんがそんな、人の道を外れる様なことをするわけが無いではないか。大村さんはあやかしだが。
とはいえ、結婚そのものをするつもりが無い人も多い。今は昔よりもその傾向があるのだそうだ。お母さんは結婚をせずに由祐を産んだし、由祐も今のところ予定も何も無いので、意識は薄い。同僚さんのせりふでは無いが、出会いも無いことだし。
ま、なる様になるやろ、と、由祐は気楽に考えている。
すると、それまでらんらんとしていた大村さんの表情がふと陰る。
「……ぼくの気持ち、あの、勘付いてますよね?」
「何と無く、ですけど」
いくらお世話になっているからと言って、会社の同僚さんにアクセサリなどの高額なものをあげようとは思わない。そこにはほぼ確実に好意が隠れている。久田さんの言葉もあったことだし。
「これ以上、どうこうするつもりは無いんです。同僚は人間で、ぼくはあやかしです。人間とあやかしが結ばれることはありません。万が一あったとしても、結婚とかできるわけや無い。あやかしには戸籍があれへんから。子どもを作ることもできません。あやかし同士ならともかく、人間との間にその能力はありません。結婚や子どもが全てや無いし、幸せとかの形はそれぞれって分かってても、やっぱりそれを望んでる人の方が多いから、そういう人にとっては不毛な時間を過ごさせることになります。それはあかんと思うんです」
「……はい」
そうとしか言えなかった。確かに由祐の様に結婚出産にあまり関心の無い人もいる。だがお嫁さんに、お母さんになりたいと思っている女性の方が多いことは由祐も知っている。そのお相手さんがどうかは分からないが、結婚願望があるのなら、大村さんとは相容れない。
大村さんはきっと、女性を幸せにできる男性なのだと思う。だが根本の立ち位置が違うのだ。大村さんの思いが正しく無いなんて絶対に言いたくは無いが、お相手が人間であるのなら、結ばれることが喜ばしいとは言えない。
由祐には「ゆうやけ」にいてくれる茨木さん、そしてお客さまとして来てくれる大村さんの様なあやかしたちとは縁がある。絆だって芽生えているかも知れない。だがそれとは話がまるで違うのだ。
由祐は切なくなってしまう。関わりを持つことができるのに、例え思いがあっても、そこに故意に壁を作らなければならないのだから。
「せやから、ここまでです。ぼくはこれからも、同僚の仕事仲間として、淡々と仕事をするだけです。そもそもぼくはイケメンでもええ男でも無いから、同僚がどうこうってのは絶対に無いでしょうし、そこは安心していられます」
大村さんはそう言って、ほんのかすかに目を赤くした。悲恋、なんて安直な言葉で片付けてしまうのは嫌だが、きっと大村さんの気持ちはそれで終わってしまうのだろう。
由祐の心がざくりと痛んだ。
18
あなたにおすすめの小説
皇太后(おかあ)様におまかせ!〜皇帝陛下の純愛探し〜
菰野るり
キャラ文芸
皇帝陛下はお年頃。
まわりは縁談を持ってくるが、どんな美人にもなびかない。
なんでも、3年前に一度だけ出逢った忘れられない女性がいるのだとか。手がかりはなし。そんな中、皇太后は自ら街に出て息子の嫁探しをすることに!
この物語の皇太后の名は雲泪(ユンレイ)、皇帝の名は堯舜(ヤオシュン)です。つまり【後宮物語〜身代わり宮女は皇帝陛下に溺愛されます⁉︎〜】の続編です。しかし、こちらから読んでも楽しめます‼︎どちらから読んでも違う感覚で楽しめる⁉︎こちらはポジティブなラブコメです。
10年引きこもりの私が外に出たら、御曹司の妻になりました
専業プウタ
恋愛
25歳の桜田未来は中学生から10年以上引きこもりだったが、2人暮らしの母親の死により外に出なくてはならなくなる。城ヶ崎冬馬は女遊びの激しい大手アパレルブランドの副社長。彼をストーカーから身を張って助けた事で未来は一時的に記憶喪失に陥る。冬馬はちょっとした興味から、未来は自分の恋人だったと偽る。冬馬は未来の純粋さと直向きさに惹かれていき、嘘が明らかになる日を恐れながらも未来の為に自分を変えていく。そして、未来は恐れもなくし、愛する人の胸に飛び込み夢を叶える扉を自ら開くのだった。
ヒロインになれませんが。
橘しづき
恋愛
安西朱里、二十七歳。
顔もスタイルもいいのに、なぜか本命には選ばれず変な男ばかり寄ってきてしまう。初対面の女性には嫌われることも多く、いつも気がつけば当て馬女役。損な役回りだと友人からも言われる始末。 そんな朱里は、異動で営業部に所属することに。そこで、タイプの違うイケメン二人を発見。さらには、真面目で控えめ、そして可愛らしいヒロイン像にぴったりの女の子も。
イケメンのうち一人の片思いを察した朱里は、その二人の恋を応援しようと必死に走り回るが……。
全然上手くいかなくて、何かがおかしい??
出逢いがしらに恋をして 〜一目惚れした超イケメンが今日から上司になりました〜
泉南佳那
恋愛
高橋ひよりは25歳の会社員。
ある朝、遅刻寸前で乗った会社のエレベーターで見知らぬ男性とふたりになる。
モデルと見まごうほど超美形のその人は、その日、本社から移動してきた
ひよりの上司だった。
彼、宮沢ジュリアーノは29歳。日伊ハーフの気鋭のプロジェクト・マネージャー。
彼に一目惚れしたひよりだが、彼には本社重役の娘で会社で一番の美人、鈴木亜矢美の花婿候補との噂が……
俺と結婚してくれ〜若き御曹司の真実の愛
ラヴ KAZU
恋愛
村藤潤一郎
潤一郎は村藤コーポレーションの社長を就任したばかりの二十五歳。
大学卒業後、海外に留学した。
過去の恋愛にトラウマを抱えていた。
そんな時、気になる女性社員と巡り会う。
八神あやか
村藤コーポレーション社員の四十歳。
過去の恋愛にトラウマを抱えて、男性の言葉を信じられない。
恋人に騙されて借金を払う生活を送っていた。
そんな時、バッグを取られ、怪我をして潤一郎のマンションでお世話になる羽目に......
八神あやかは元恋人に騙されて借金を払う生活を送っていた。そんな矢先あやかの勤める村藤コーポレーション社長村藤潤一郎と巡り会う。ある日あやかはバッグを取られ、怪我をする。あやかを放っておけない潤一郎は自分のマンションへ誘った。あやかは優しい潤一郎に惹かれて行くが、会社が倒産の危機にあり、合併先のお嬢さんと婚約すると知る。潤一郎はあやかへの愛を貫こうとするが、あやかは潤一郎の前から姿を消すのであった。
それは、ホントに不可抗力で。
樹沙都
恋愛
これ以上他人に振り回されるのはまっぴらごめんと一大決意。人生における全ての無駄を排除し、おひとりさまを謳歌する歩夢の前に、ひとりの男が立ちはだかった。
「まさか、夫の顔……を、忘れたとは言わないだろうな? 奥さん」
その婚姻は、天の啓示か、はたまた……ついうっかり、か。
恋に仕事に人間関係にと翻弄されるお人好しオンナ関口歩夢と腹黒大魔王小林尊の攻防戦。
まさにいま、開始のゴングが鳴った。
まあね、所詮、人生は不可抗力でできている。わけよ。とほほっ。
【純愛百合】檸檬色に染まる泉【純愛GL】
里見 亮和
キャラ文芸
”世界で一番美しいと思ってしまった憧れの女性”
女子高生の私が、生まれてはじめて我を忘れて好きになったひと。
雑誌で見つけたたった一枚の写真しか手掛かりがないその女性が……
手なんか届かくはずがなかった憧れの女性が……
いま……私の目の前ににいる。
奇跡的な出会いを果たしてしまった私の人生は、大きく動き出す……
公主の嫁入り
マチバリ
キャラ文芸
宗国の公主である雪花は、後宮の最奥にある月花宮で息をひそめて生きていた。母の身分が低かったことを理由に他の妃たちから冷遇されていたからだ。
17歳になったある日、皇帝となった兄の命により龍の血を継ぐという道士の元へ降嫁する事が決まる。政略結婚の道具として役に立ちたいと願いつつも怯えていた雪花だったが、顔を合わせた道士の焔蓮は優しい人で……ぎこちなくも心を通わせ、夫婦となっていく二人の物語。
中華習作かつ色々ふんわりなファンタジー設定です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる