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3章 それは誰の幸せか
第4話 気遣いの中の至らなさ
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翌日も来店した大村さんは、お礼をしたいお相手さんの好みを入手できていた。
「食べ物とか、何が好きですか?」
お仕事中に、そんな世間話をしたそうだ。
大村さんはそのお相手の女性も交えたプロジェクトを動かしていて、その女性と組んで企画発案などをしているそうだ。
由祐に伝わった情報だと、その女性はぷち辛党で、好物はキムチと明太子なのだそうだ。明太子のお菓子といえば、由祐がぱっと思い付くのは、福岡にある福太郎さんのめんべいである。明太子を練りこんだおせんべいで、明太子のぴりっとした辛さと、おせんべい素材のほのかな甘みが美味しい。
だがこれは物産展でも無いと手に入れるのは難しい。通販もあるが、そこまですると却って気を使わせやしないだろうかと思ってしまう。大村さんにも、お相手さんにも。
お相手さんにはもちろん、由祐が見繕ったことを伝えるつもりは無い。知り合いに相談した、ぐらいは良いだろうが、別の女性が絡んでいるなんてことは下手をしたら地雷だ。
ああ、お相手さんには大村さんが食べたかったからついでに、という言い訳があるか? だが大村さんは甘党である。無理があるかも知れない。お相手さんがそれを知っているかは分からないが。
というわけで、考えたすえに「ゆうやけ」定休日のお昼過ぎに由祐がやってきたのは、なんば高島屋さんの地下1階に入っている坂角総本舗さんである。ゆかりと名付けられた海老せんべいが有名なお店だ。
ガラスケースの中や上に陳列されてある数ある商品の中から由祐が選んだのは、姫ゆかりの12枚入り。紙製のピンク色の可愛らしいお花があしらわれたパッケージである。
個包装でひと口サイズ。お仕事中でも食べてもらいやすい、小さなサイズのゆかりだ。これなら辛党の人にも甘党の人にも喜んでもらえると思う。お値段も500円程度なので、お相手さんも気を使わないだろう。
「ぼくののついでに買ってん」
気楽にそう言って渡してもらえれば良いと思う。由祐は姫ゆかりを自分の分も合わせて3箱買い、専用のショッパーを2枚付けてもらった。
翌日、休日明けの「ゆうやけ」に大村さんはやってきた。少し緊張している様で、目の前のカルピス酎ハイに手を付けずにそわそわしている。
「大村さん、忘れんうちにお渡ししておきますね、これ、坂角さんの姫ゆかりです」
由祐が姫ゆかりが2箱とショッパーが2枚入った紙袋を、カウンタ越しに渡した。大村さんはそれを受け取りながら。
「あ、ありがとうございます。えっと、坂角って確か海老せんべいのゆかりですよね? 姫ゆかりなんてもんがあるんですか?」
「はい。中、見てみてください。パッケージ可愛いですよ」
大村さんはショッパーを開けて、丁寧にひとつを取り出した。「わぁ」と目を丸くする。
「可愛いですねぇ、これやったら喜んでもらえると思います」
そう言って表情をほころばせた。
「中身はちっちゃなゆかりです。個包装のひと口サイズなんですよ。なんで、お手軽に食べてもらえると思います」
「はい。ゆかりやったらぼくも好きです。この姫ゆかりは初めてですけど、ゆかりはえびの味が深くて。これやったら辛党の同僚も食べてくれると思います。お酒にも合うんですよねぇ」
「そうですね。あ、これレシートです。お金は今日のお会計と一緒にいただきますね」
「はい、よろしくお願いします。あ、みっつ買わはったんですね」
由祐が差し出したレシートを見た大村さんが言う。
「はい、わたしの分を。あ、もちろんいただくお金はふたつ分ですから、ご安心くださいね」
「いえいえ、お礼て言うには少ないですけど、ぼくに出さしてください。お礼は何か1杯飲んでもらおうかって思ってたんで、ちょうどええです」
とんでも無い。由祐にしてみれば、旭屋書店さんに行くついでだ。お礼なんていただけない。
しまった、大村さんの分と由祐の分、お会計を分けてもらえば良かった。そうすれば2箱分のレシートが発行されただろう。これは由祐の落ち度だ。気が回らないにもほどがある。
「いえいえ、ほんまにいつも行くところからちょっと足を伸ばした程度なんで。おつかいの分だけいただけたら充分です」
「それじゃあぼくの気が済まんので。何かお礼させてください」
大村さんと由祐が押し問答をしていると。
「由祐、ありがたく姫ゆかり分、もろとけ」
そう口出しをしてきたのは茨木さんだった。
「でも……」
由祐が戸惑うと。
「ただでさえ大村は気を遣う男や。お前が礼もされんかったら、これからこんなことがあったとき、大村は絶対にお前に頼らん様になる。遠慮してな。お前もそれは嫌やろ」
「はい」
「それやったらもろとけ。大村も、それでええな?」
「もちろんです。茨木さん、ありがとうございます」
大村さんはほっとした様な表情で、茨木さんに何度も頭を下げた。
「ほな、姫ゆかり、わたしもごちそうになります。配慮不足ですいません」
そうだ。気を遣う人ほど、こういうことは気になってしまうだろう。迂闊だった。由祐は大村さんのお役に立てればという気持ちだったが、大村さんの気持ちを慮れていなかった。まだまだ未熟やな、と反省する。
「いやいや、こっちこそ。ぼくも至らんで。できる限り自分のことは自分でしたいけど、また相談とかに乗ってくれたら、ほんまに助かります」
「こちらこそ。わたしでお役に立てるんやったら、いつでも言うてくださいね」
「ありがとうございます」
大村さんがほんわかとする笑顔を浮かべてくれて、由祐も暖かな気持ちになったのだった。
「食べ物とか、何が好きですか?」
お仕事中に、そんな世間話をしたそうだ。
大村さんはそのお相手の女性も交えたプロジェクトを動かしていて、その女性と組んで企画発案などをしているそうだ。
由祐に伝わった情報だと、その女性はぷち辛党で、好物はキムチと明太子なのだそうだ。明太子のお菓子といえば、由祐がぱっと思い付くのは、福岡にある福太郎さんのめんべいである。明太子を練りこんだおせんべいで、明太子のぴりっとした辛さと、おせんべい素材のほのかな甘みが美味しい。
だがこれは物産展でも無いと手に入れるのは難しい。通販もあるが、そこまですると却って気を使わせやしないだろうかと思ってしまう。大村さんにも、お相手さんにも。
お相手さんにはもちろん、由祐が見繕ったことを伝えるつもりは無い。知り合いに相談した、ぐらいは良いだろうが、別の女性が絡んでいるなんてことは下手をしたら地雷だ。
ああ、お相手さんには大村さんが食べたかったからついでに、という言い訳があるか? だが大村さんは甘党である。無理があるかも知れない。お相手さんがそれを知っているかは分からないが。
というわけで、考えたすえに「ゆうやけ」定休日のお昼過ぎに由祐がやってきたのは、なんば高島屋さんの地下1階に入っている坂角総本舗さんである。ゆかりと名付けられた海老せんべいが有名なお店だ。
ガラスケースの中や上に陳列されてある数ある商品の中から由祐が選んだのは、姫ゆかりの12枚入り。紙製のピンク色の可愛らしいお花があしらわれたパッケージである。
個包装でひと口サイズ。お仕事中でも食べてもらいやすい、小さなサイズのゆかりだ。これなら辛党の人にも甘党の人にも喜んでもらえると思う。お値段も500円程度なので、お相手さんも気を使わないだろう。
「ぼくののついでに買ってん」
気楽にそう言って渡してもらえれば良いと思う。由祐は姫ゆかりを自分の分も合わせて3箱買い、専用のショッパーを2枚付けてもらった。
翌日、休日明けの「ゆうやけ」に大村さんはやってきた。少し緊張している様で、目の前のカルピス酎ハイに手を付けずにそわそわしている。
「大村さん、忘れんうちにお渡ししておきますね、これ、坂角さんの姫ゆかりです」
由祐が姫ゆかりが2箱とショッパーが2枚入った紙袋を、カウンタ越しに渡した。大村さんはそれを受け取りながら。
「あ、ありがとうございます。えっと、坂角って確か海老せんべいのゆかりですよね? 姫ゆかりなんてもんがあるんですか?」
「はい。中、見てみてください。パッケージ可愛いですよ」
大村さんはショッパーを開けて、丁寧にひとつを取り出した。「わぁ」と目を丸くする。
「可愛いですねぇ、これやったら喜んでもらえると思います」
そう言って表情をほころばせた。
「中身はちっちゃなゆかりです。個包装のひと口サイズなんですよ。なんで、お手軽に食べてもらえると思います」
「はい。ゆかりやったらぼくも好きです。この姫ゆかりは初めてですけど、ゆかりはえびの味が深くて。これやったら辛党の同僚も食べてくれると思います。お酒にも合うんですよねぇ」
「そうですね。あ、これレシートです。お金は今日のお会計と一緒にいただきますね」
「はい、よろしくお願いします。あ、みっつ買わはったんですね」
由祐が差し出したレシートを見た大村さんが言う。
「はい、わたしの分を。あ、もちろんいただくお金はふたつ分ですから、ご安心くださいね」
「いえいえ、お礼て言うには少ないですけど、ぼくに出さしてください。お礼は何か1杯飲んでもらおうかって思ってたんで、ちょうどええです」
とんでも無い。由祐にしてみれば、旭屋書店さんに行くついでだ。お礼なんていただけない。
しまった、大村さんの分と由祐の分、お会計を分けてもらえば良かった。そうすれば2箱分のレシートが発行されただろう。これは由祐の落ち度だ。気が回らないにもほどがある。
「いえいえ、ほんまにいつも行くところからちょっと足を伸ばした程度なんで。おつかいの分だけいただけたら充分です」
「それじゃあぼくの気が済まんので。何かお礼させてください」
大村さんと由祐が押し問答をしていると。
「由祐、ありがたく姫ゆかり分、もろとけ」
そう口出しをしてきたのは茨木さんだった。
「でも……」
由祐が戸惑うと。
「ただでさえ大村は気を遣う男や。お前が礼もされんかったら、これからこんなことがあったとき、大村は絶対にお前に頼らん様になる。遠慮してな。お前もそれは嫌やろ」
「はい」
「それやったらもろとけ。大村も、それでええな?」
「もちろんです。茨木さん、ありがとうございます」
大村さんはほっとした様な表情で、茨木さんに何度も頭を下げた。
「ほな、姫ゆかり、わたしもごちそうになります。配慮不足ですいません」
そうだ。気を遣う人ほど、こういうことは気になってしまうだろう。迂闊だった。由祐は大村さんのお役に立てればという気持ちだったが、大村さんの気持ちを慮れていなかった。まだまだ未熟やな、と反省する。
「いやいや、こっちこそ。ぼくも至らんで。できる限り自分のことは自分でしたいけど、また相談とかに乗ってくれたら、ほんまに助かります」
「こちらこそ。わたしでお役に立てるんやったら、いつでも言うてくださいね」
「ありがとうございます」
大村さんがほんわかとする笑顔を浮かべてくれて、由祐も暖かな気持ちになったのだった。
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