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3章 それは誰の幸せか
第5話 相容れないもの
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翌日、大村さんはまた来店してくれた。その表情からは嬉しさが滲み出ている。もしかして。
「由祐さん、昨日はありがとうございました。姫ゆかり、喜んでもらえました」
「良かったですねぇ!」
やはり。由祐も嬉しくなる。世の中には美味しいものが溢れていて、それでも何をお届けしようかと由祐なりに悩んだ。大村さんにもお相手さんにも喜んでもらえる様にと。
「昨日、ぼくも家に帰ってから食べました。さすがのゆかりと、由祐さんです。甘党のぼくにも美味しくて、辛党の同僚にも喜んでもらえて」
あやかしの居住事情はさまざまだが、大村さんや雲田さん、久田さんの様に都会に住むあやかしは、あやかしの状態で空き家を転々としている。茨木さんはこの「ゆうやけ」を根城にしている。
「その同僚、さっそく「見てるだけで小腹が空いた」言うて、席で食べてました」
「ほんまに良かったです。わたしも昨日の晩酌のおともになりました。ビールに合いますよねぇ」
「そうですよね。あ、ほんでね、その同僚、お礼言われる様なことしてへん、こちらこそや、て言うて、コンビニのコーヒーごちそうしてくれました。これでお互いさまや、言うて」
「素敵な同僚さんですねぇ」
由祐はほっこりしてしまう。大村さんもお相手さんも、気遣いのできる人なのだ。とても相性の良いふたりなのでは無いだろうか。
「その同僚さん、お若い方ですか?」
「そこまで若いってわけや無いんです。見た目30代のぼくと同じぐらいかな? せやからいろいろ経験とかもしてはるやろうし、見識が広いっちゅうか」
なるほど、だから長年生きている大村さんとお話が合うのだろう。しかし、それぐらいの年齢となると。
「あの、念のためなんですけど、その同僚さん、ご結婚とかしてはるんですか?」
「いえ、独身やて言うてました。なかなか出会いが無いって」
ああ、良かった。30歳代だったら結婚していてもおかしく無い。お子さまだって。由祐だっていくらなんでも不倫のお手伝いはしたく無いし、そもそも何より、大村さんがそんな、人の道を外れる様なことをするわけが無いではないか。大村さんはあやかしだが。
とはいえ、結婚そのものをするつもりが無い人も多い。今は昔よりもその傾向があるのだそうだ。お母さんは結婚をせずに由祐を産んだし、由祐も今のところ予定も何も無いので、意識は薄い。同僚さんのせりふでは無いが、出会いも無いことだし。
ま、なる様になるやろ、と、由祐は気楽に考えている。
すると、それまでらんらんとしていた大村さんの表情がふと陰る。
「……ぼくの気持ち、あの、勘付いてますよね?」
「何と無く、ですけど」
いくらお世話になっているからと言って、会社の同僚さんにアクセサリなどの高額なものをあげようとは思わない。そこにはほぼ確実に好意が隠れている。久田さんの言葉もあったことだし。
「これ以上、どうこうするつもりは無いんです。同僚は人間で、ぼくはあやかしです。人間とあやかしが結ばれることはありません。万が一あったとしても、結婚とかできるわけや無い。あやかしには戸籍があれへんから。子どもを作ることもできません。あやかし同士ならともかく、人間との間にその能力はありません。結婚や子どもが全てや無いし、幸せとかの形はそれぞれって分かってても、やっぱりそれを望んでる人の方が多いから、そういう人にとっては不毛な時間を過ごさせることになります。それはあかんと思うんです」
「……はい」
そうとしか言えなかった。確かに由祐の様に結婚出産にあまり関心の無い人もいる。だがお嫁さんに、お母さんになりたいと思っている女性の方が多いことは由祐も知っている。そのお相手さんがどうかは分からないが、結婚願望があるのなら、大村さんとは相容れない。
大村さんはきっと、女性を幸せにできる男性なのだと思う。だが根本の立ち位置が違うのだ。大村さんの思いが正しく無いなんて絶対に言いたくは無いが、お相手が人間であるのなら、結ばれることが喜ばしいとは言えない。
由祐には「ゆうやけ」にいてくれる茨木さん、そしてお客さまとして来てくれる大村さんの様なあやかしたちとは縁がある。絆だって芽生えているかも知れない。だがそれとは話がまるで違うのだ。
由祐は切なくなってしまう。関わりを持つことができるのに、例え思いがあっても、そこに故意に壁を作らなければならないのだから。
「せやから、ここまでです。ぼくはこれからも、同僚の仕事仲間として、淡々と仕事をするだけです。そもそもぼくはイケメンでもええ男でも無いから、同僚がどうこうってのは絶対に無いでしょうし、そこは安心していられます」
大村さんはそう言って、ほんのかすかに目を赤くした。悲恋、なんて安直な言葉で片付けてしまうのは嫌だが、きっと大村さんの気持ちはそれで終わってしまうのだろう。
由祐の心がざくりと痛んだ。
「由祐さん、昨日はありがとうございました。姫ゆかり、喜んでもらえました」
「良かったですねぇ!」
やはり。由祐も嬉しくなる。世の中には美味しいものが溢れていて、それでも何をお届けしようかと由祐なりに悩んだ。大村さんにもお相手さんにも喜んでもらえる様にと。
「昨日、ぼくも家に帰ってから食べました。さすがのゆかりと、由祐さんです。甘党のぼくにも美味しくて、辛党の同僚にも喜んでもらえて」
あやかしの居住事情はさまざまだが、大村さんや雲田さん、久田さんの様に都会に住むあやかしは、あやかしの状態で空き家を転々としている。茨木さんはこの「ゆうやけ」を根城にしている。
「その同僚、さっそく「見てるだけで小腹が空いた」言うて、席で食べてました」
「ほんまに良かったです。わたしも昨日の晩酌のおともになりました。ビールに合いますよねぇ」
「そうですよね。あ、ほんでね、その同僚、お礼言われる様なことしてへん、こちらこそや、て言うて、コンビニのコーヒーごちそうしてくれました。これでお互いさまや、言うて」
「素敵な同僚さんですねぇ」
由祐はほっこりしてしまう。大村さんもお相手さんも、気遣いのできる人なのだ。とても相性の良いふたりなのでは無いだろうか。
「その同僚さん、お若い方ですか?」
「そこまで若いってわけや無いんです。見た目30代のぼくと同じぐらいかな? せやからいろいろ経験とかもしてはるやろうし、見識が広いっちゅうか」
なるほど、だから長年生きている大村さんとお話が合うのだろう。しかし、それぐらいの年齢となると。
「あの、念のためなんですけど、その同僚さん、ご結婚とかしてはるんですか?」
「いえ、独身やて言うてました。なかなか出会いが無いって」
ああ、良かった。30歳代だったら結婚していてもおかしく無い。お子さまだって。由祐だっていくらなんでも不倫のお手伝いはしたく無いし、そもそも何より、大村さんがそんな、人の道を外れる様なことをするわけが無いではないか。大村さんはあやかしだが。
とはいえ、結婚そのものをするつもりが無い人も多い。今は昔よりもその傾向があるのだそうだ。お母さんは結婚をせずに由祐を産んだし、由祐も今のところ予定も何も無いので、意識は薄い。同僚さんのせりふでは無いが、出会いも無いことだし。
ま、なる様になるやろ、と、由祐は気楽に考えている。
すると、それまでらんらんとしていた大村さんの表情がふと陰る。
「……ぼくの気持ち、あの、勘付いてますよね?」
「何と無く、ですけど」
いくらお世話になっているからと言って、会社の同僚さんにアクセサリなどの高額なものをあげようとは思わない。そこにはほぼ確実に好意が隠れている。久田さんの言葉もあったことだし。
「これ以上、どうこうするつもりは無いんです。同僚は人間で、ぼくはあやかしです。人間とあやかしが結ばれることはありません。万が一あったとしても、結婚とかできるわけや無い。あやかしには戸籍があれへんから。子どもを作ることもできません。あやかし同士ならともかく、人間との間にその能力はありません。結婚や子どもが全てや無いし、幸せとかの形はそれぞれって分かってても、やっぱりそれを望んでる人の方が多いから、そういう人にとっては不毛な時間を過ごさせることになります。それはあかんと思うんです」
「……はい」
そうとしか言えなかった。確かに由祐の様に結婚出産にあまり関心の無い人もいる。だがお嫁さんに、お母さんになりたいと思っている女性の方が多いことは由祐も知っている。そのお相手さんがどうかは分からないが、結婚願望があるのなら、大村さんとは相容れない。
大村さんはきっと、女性を幸せにできる男性なのだと思う。だが根本の立ち位置が違うのだ。大村さんの思いが正しく無いなんて絶対に言いたくは無いが、お相手が人間であるのなら、結ばれることが喜ばしいとは言えない。
由祐には「ゆうやけ」にいてくれる茨木さん、そしてお客さまとして来てくれる大村さんの様なあやかしたちとは縁がある。絆だって芽生えているかも知れない。だがそれとは話がまるで違うのだ。
由祐は切なくなってしまう。関わりを持つことができるのに、例え思いがあっても、そこに故意に壁を作らなければならないのだから。
「せやから、ここまでです。ぼくはこれからも、同僚の仕事仲間として、淡々と仕事をするだけです。そもそもぼくはイケメンでもええ男でも無いから、同僚がどうこうってのは絶対に無いでしょうし、そこは安心していられます」
大村さんはそう言って、ほんのかすかに目を赤くした。悲恋、なんて安直な言葉で片付けてしまうのは嫌だが、きっと大村さんの気持ちはそれで終わってしまうのだろう。
由祐の心がざくりと痛んだ。
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