新世界に恋の花咲く〜お惣菜酒房ゆうやけは今日も賑やかに〜

山いい奈

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5章 前に進むために

第7話 折り合いはそのうちに

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 茨木いばらきさんは玉ねぎとわかめのピリ辛ナムルを食べ、ふっと頬を緩める。由祐ゆうも味の確認を兼ねて、ひと口放り込んだ。しんなりとした玉ねぎとしゃくっとしたわかめに、ごまの甘みと香ばしさ、一味唐辛子のぴりっとさが絡んで、我ながら美味しくできた。

「由祐、ここを洋祐ようすけがやっとったときな」

 茨木さんがぽつりと言う。由祐は思わず吹き出しそうになり、慌てて口を押さえて喉を締める。

 茨木さんを見ると、茨木さんは前を向いたまま、目線だけが由祐に向いていた。由祐の視線を確認した様に、茨木さんの目線はまた前に向けられる。

「人間の客と、家族の話になったんや。当たり前やけど、客には嫁がいたり子どもがいたり独身やったりきょうだいがおったり、もちろん親もな、まぁ、いろいろや」

「はい」

 由祐は小学生のときに家族、お母さんとの関わりを絶たれた。だが不思議なことに、今になって腹違いではあるものの血縁関係のあるお兄さんが現れた。そういう縁はどうやっても切れないものなのだろうか、なんて思ったりもする。

「そんときには、洋祐は言うたんや」

 由祐は思わず身体を固くする。お父さん、お父さんは何と言ったのか。


「ぼくね、奥さんと子どもらに、恥ずかしくない親でいたいんです」


 由祐は唖然としてしまう。どこから突っ込んだら良いのか。そんな由祐を見て、茨木さんは「くく」と小さく笑った。

 奥さんと「子どもら」。複数形。桑原くわはらさんはひとりっ子だと言っていた。ならまさか、そこには由祐も含まれているのだろうか。できたと聞いた途端に逃げた人が? そして奥さん? お母さんは? まさか「子どもら」に含まれていやしないだろうな?

 何を言っている。浮気をした時点で、そしてお母さんを騙して妊娠させたことで、恥ずかしいことでは無いか。

 由祐は初めてお父さんに対して、腹立たしい気持ちを覚えた。

「……お父さんへの苛立ちが初めて沸きました」

 茨木さんは「くく」と小さく笑う。

「まぁ、どの口が言うねんて話やわな。けど洋祐は洋祐なりに、由祐とおかんのことを気に掛けとったんやろな。それで救われるもんは何も無いけどな」

「そうですよ。お父さん、あの世でお母さんに会って、謝ってくれたかなぁ」

「せやな。また洋祐が逃げてへんかったらええけどな」

「やりそう」

 由祐は苦笑するしか無かった。そんなシーンが容易に想像できてしまうからだ。

「ここでのお父さんはどうやったんですか? 10年も続けられたんやったら、繁盛しとったんやと思うんですけど」

「そら、おれがおるんやから、繁盛さしたるわ。あやかしかて来とったしな、もちろん人間も」

「今の「ゆうやけ」みたいな感じですか?」

「せやな。ただ洋祐はあやかしが見えるわけや無かったから、あやかしたちも弁えとったな。様子は今とちょっとちゃうわな。今はあいつら、人間がおらんかったらやりたい放題やろ」

「特に雲田くもたさんがね」

 笑いながら、由祐の心には小さなさざ波が立つ。なぜだろうか。由祐は首を傾げながらも。

「おれから見た洋祐は、悪いやつや無かった。客にも丁寧で優しかったし、作るめしも美味かった。まぁ今回のことで、愚かなとこが露呈してもたわけやけど」

「ほんまに。でも、人間なんやから、いろんな面があって当たり前ですよね」

「せやな。あやかしも似た様なもんや。それぞれに個性がある。ま、洋祐の阿呆なところも、個性っちゅうたら個性や。お前の中で折り合いが着いたら、容認したったらええ」

「そうですね。そろそろお父さんについて現実感も沸いてきてますし。今度、深雪みゆきちゃんと笑い話にできたらええな」

「いや、洋祐がやったことは引かれるやろ」

「それもそうですね……。新婚の深雪ちゃんに話すことやないんでしょうけし。せやから、聞いて欲しいなって思うんは、わたしのエゴかも知れません」

 由祐はしんみりしてしまう。これは一般的に見たら重いことなのだと思うので、深雪ちゃんにまで背負わすのは、と思う。でもお父さんのことが分かったこと、腹違いだがお兄さんがいたことを、知って欲しいなとも思ってしまう。

「大事な人に、自分のことを知って欲しいて思うんは、不自然なことや無いやろ。それに深雪はしっかりしとる、それこそお前よりな。せやから多少のことでは動じんやろ」

「それは、そうですね、うん」

 多少は驚くかも知れないが、きっと深雪ちゃんのことだから「そうなんや」と、こともなげに言ってくれるだろう。

「それに深雪のことや、お前に血の繋がった兄がおるっちゅうたら、喜ぶかも知れんな。翔悟しょうごはええ男みたいやし。付き合いが続くかどうかは分からんけど」

「そうですね。お母さまとお店に来てくれるて言うてはったんも、社交辞令な可能性かてありますからね。でも、もしまたお会いできたら、わたしは嬉しいです」

「それぐらいの気持ちでええやろ。兄妹やからって変に過剰にする必要も無い。お前はお前の足元を固めて、しっかりと構えとったらええ」

「はい」

 手元のロックグラスに入れられている「白州はくしゅう」は、少し氷が溶けてほんのりと薄まっている。それをこくりと口に含むと、柔らかなミントの様な香りがふわりと抜けた。
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