ジルド・エヴァンズの嫁探し

やきめし

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薬師との出会い

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 「こりゃまた……すげぇことになってんな」
 
 フランクのパン屋だった場所に、ツタに覆われた魔女の家みてぇなもんがポツンと建っている。普通の薬師は国中を動き回って欲しい薬草を採集して歩いているもんだが、こうやって一ヶ所に居着くことも珍しくないらしい。だいたい気に入った土地を見付けたら飽きるまで土をいじくり植物を育てているから町中まちなかじゃあ見掛けないわけだ。
 
 中に入るとカラコロと耳障りのいい鐘の音が鳴って、奥からローブをかぶり布を口に巻いた男が一人出てきた。ひょろりとした男は目元しか見えんが、宿屋で見かけた薬師のジジイたちに比べて随分と若いように感じる。

 「やけど薬見繕ってくれ」

 診てもらえとは言われたが、毎年のことだ。オヤジの肌に金なんてかけちゃいられねぇ。

 薬師宿と違って不思議と臭くない店の中は、天井からも沢山の干した草が垂らしてある。たっぱのある俺の頭にこしょこしょと触れて気色が悪いったらねぇ。
 
 「見せて」
 
 言葉少なに呟かれると断りにくく、まぁそれくらいならとシャツを捲る。
 
 「こっち」
 
 ガタガタと隅にある小さな木の机の前へ、カウンターの中から引っ張ってきた椅子を置いた。どれもこれも小さくて壊れそうだ。おとなしく座るとぎぃぎぃと嫌な音が鳴る。
 
 「熱、ある…」
 
 そっと俺の真っ赤な二の腕に白い手を宛がう。ひんやりしていて気持ちがいい。サンドラとはまるで違う繊細な仕草で棚から取り出した葉を濡らしてゆっくり張り付けた。
 
 「すこし待って」
 
 静かだが良く通る声だ。片言なのは生まれが違うからだろう。薬師はあちこち移動するんで言葉が通じない相手も多い。
 
 おう、と返事をして店の奥に消えた薬師を待つ。
 
 窓枠にはひし形の色付きガラスがはまっていて、キラキラと薬瓶に反射している。本当にここはアーネシアだろうかと、夢の中のような光景に日常と切り離されて変な気分になりそうだ。
 
 「痛くない?」
 
 布を抱えて戻ってきた薬師がこれまた優しく優しく葉を剥いで、滑らかな布をあてて拭う。
 
 「これ薬。朝、寝る前塗る」
 「おう」
 「拭く。この布使う。いい?」
 「……おう」
 
 いちいち軟膏を塗る前に拭わないといけねぇらしい。面倒だな。
 
 「痛くない。ね?」
 
 俺がそう思ってるのがわかったのか、子供にするみたいに説明される。確かに日焼けを拭っても痛みがないくらい肌触りの優しい生地だ。
 
 「トキ、塗るの見て。真似する」
 「…お、おお」
 
 もしかしたらキースよりだいぶ下かもしれねぇな。自分のことを名で呼ぶなんて女の甘えたガキしかいねぇと思っていたが……。
 
 「ちゃんと、見るよ」
 「…すまん」
 
 手も声も若い男のもんだ。背だってひょろりとしててキースやクリスよりもたけぇくらい。俺の顎のすぐ下まで頭が来そうだ。なのに不思議と野郎とは雰囲気が違う。近寄ってぺたぺた触られても嫌じゃない。
 
 これまた優しく優しく軟膏を塗られ、その上から肌触りのいい布まで宛がわれて治療は終わった。ここまでしてもらう予定もなかったし、出された布もえれぇ高そうだ。ひやひやしながら値段をきくと、安い花酒五本ぶんにしかならん料金をおずおずと提示される。

 「なんだと?本気で言ってんのか?!」

 拍子抜けして相場はこんくらいなのか聞くと、交渉されたと感じたのか少しばかり下げやがった。
 
 「そんなんじゃ商売なりたたねぇぞ、にいちゃん」
 
 最初に提示された料金に少し足して渡す。俺にもこれが相場なのかわからんが、たかが日焼けした野郎にあんだけ丁寧にしてちゃあ割りに合わんだろう。
 
 「こんな……」
 「いやたぶんトントンなんじゃねぇか?俺も知らねぇがな」
 
 金のない相手とはいまだに物々交換が盛んだという薬師たちは、どいつもこいつもこうなのだろうか。心配になる。
 
 「いいか、おめぇは若いんだろ?ナメられねぇように気を付けろ。ここで商売して生きてくんだろ?」
 「ここ。水きれい。土もいい……」
 「おお!にいちゃん見る目があるな!そうだろうそうだろう」
 
 死にかけの俺の命を繋いでくれたのはアーネシアの湧き水だ。この薬師はきっと優秀にちがいねぇ。

 「じゃあ、あんがとな」
 
 そういって帰ろうとしたら、きゅるると薬師の腹が鳴った。ローブをかぶった姿で顔は見えんが、恥ずかしそうに袖を握りしめている。
 
 「腹が減ってりゃ商売もできんだろうよ」
 
 サンドラから持たされていたポトフとチーズパンに、キース宛かもしれねぇチョコクッキーも一緒に渡す。

 俺は空腹のときクリスに救われ、レンにも腹一杯食わせて貰った。飢餓ってのは恐ろしい。それを知ってるもんで放っておけない。誰かが空腹のときには食べさせてやれるやつが食べさせてやった方がいいに決まってんだ。
 
 貰えないと首を振る薬師に、うんならもう一緒に食っちまうか!と勝手に小さな机に広げていく。

 「ほら手伝え、椅子もう一脚持ってこい!」

 日が暮れて、もう店も閉めると言っていたので飯時だ。

 「にいちゃん……だよな…?」

 俺の呟きは聞こえなかったのか、せっせと机を拭いている。ここへ来て町に買い物に出ていないらしく保存食で食い繋いでいた薬師のトキは、口布を取るとえらくべっぴんで、もっと心配になってきやがった。たっぱもあるし声も女っぽくねぇから野郎だと決めつけているが、思わず不安になったほど。

 ただ『兄ちゃん』という呼び掛けに反応しているし単語も理解しているようなので、綺麗な男ってだけだろう。

 ひとまずその心配は置いといて、食えとスプーンを渡す。
 
 「空腹だとろくなこと考えんぞ、さぁ食おう」
  
 俺は手掴みでパンを囓る。おずおずとスープをすくったトキは、ひとくち飲んでポロポロと泣きながら、ふたくちみくちと口をつけた。

 うまかろう、そうだろうよ。
 
 「俺の妹の飯はうまいだろ。そいつが行ってこいってここに寄越したんだよ。今度つれてきてやる」
 
 小さな甥っ子が乗馬のし過ぎで股ズレをおこしてんだと笑って言うと、いい塗り薬があるから作っておくと約束してくれた。
 
 クッキーは持たせてやり、ちゃんと薬草の相場と手間賃を考えて商売するようにしつこく言い聞かして、帰る頃には外はとっくに暗くなって酔っぱらいも出始める頃合い。
 
 「おめぇは田舎じゃ目立つだろう。外にでるときゃ薬師の格好をして、変な路地には入るんじゃねぇぞ」

 キースの件もある。平和ボケしたここでもあんなことがあるんだ。注意するに越したことはねぇ。
 
 薬師は頭にも口にも布を巻いて、あちこち布をぶら下げ手と足首に絞りのついたシンプルでいて何処がどうなってんだかわからん服を着ている。あれなら変態に目をつけられることもないだろう。


 
 コクと頷いたトキに『よしよし』と満足して、草まみれの魔女の家を出た。
 
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