ジルド・エヴァンズの嫁探し

やきめし

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 「えっ、ぼくのサンドラさんの手作りクッキーはどうしたんですか!?」
 
 休みのはずのキースが朝っぱらから事務所に居ると思ったらそれか。
 
 「お前のだったか。知らんで食っちまった」
 「ええぇーーーっ!」
 
 おんおん泣き真似をして面倒な男だ。
 
 「おい、おめぇそんなことより責任もとれねぇのに手ぇ出しちゃあいねぇよな?なぁ?」
 「してないです!決して!ぼくはきちんと手順を踏んでいく男です!準備だってすすめていますしね!」
 「………」
 
 ……その準備っつーのが増築改築にと先走りすぎやしないか?
 
 「いえ今はそんなことよりサンドラさんの手作りクッキーのことですよ!焼いてくれるって言ってたんだ!食べないと死ねない!返してください!」
 「ええい、まとわりつくな!」
 
 ただでさえ暑いっつーのに野郎にぺたぺたと触られて不快でしかたねぇ。
 
 
 
 「…あの」
 
 ぎゃーぎゃーおんおん騒ぐ営業所に、鈴の音のような声がした。
 
 「トキじゃねえか!」
 「わあ、薬師さんだ。町中にくるなんて珍しいですね」
 
 ぺこ、と頭を下げたトキ。中に入れと促す。
 
 「クッキー。名前ある。トキ貰えない」
  
 俺が袋ごと渡したやつだ。アイター!と思っていると
 
 「あっあああ!サンドラさんのクッキー!ぼくのです!」
 「ごめんなさい。返す。きました」
 「いや俺が悪い。すまねぇなわざわざ」
 
 この町の配達員だと教えていたので、片言で人伝えにここまで来たのだろう。俺の言いつけを守り暑苦しい格好で歩いてきたのか、覗く目元が火照っている。

 逆に手間かけさせちまった。トキは何も悪くないとキースにどういうわけか簡単に説明する。 
 
 「そういうことでしたか、なら良いんです!まったくもうお兄さんってば人が良いんだから!」
 「おい誰がおめぇの兄さんだぁ?!聞き捨てならねぇなぁ!」
 「ではっぼくは休日なので!」
 
 サンドラのクッキーを握り締めてそそくさと帰っていったキース。逃げ足だけは早い野郎だ。
 
 「トキも、かえる」
 「いや時間あんならちょっとまて」
 
 花酒のばーさんから差し入れられた氷をなるべく平らに砕き、薄い革袋に入れてトキの頭に巻いている布に差し込んでやる。
 
 「わあ…つめたい」
 「そうだろ?頭のてっぺんが温まってちゃあ危ねぇからな」
 
 砕いたときの残りをコップにつめて、炭酸の抜けてアルコールも飛んだ花酒のジュースを注ぐ。興味深そうに見てるんでホイと渡した。
 
 「飲んでみろい」
 
 この安酒はしっかり栓がしまらなきゃすぐに酒がとぶ。ばーさんたちしか作り方を知らねぇんだから理屈は知らんが、炭酸が抜けたら子供も飲めるほど花の香りがするだけのただの水になっちまう。
 
 「おいしい…」
 
 ごきゅごきゅと気持ちいいくらい飲んでは目を輝かせるトキ。口布をとりゃあやっぱりべっぴんだ。テル兄に無理やり持たされて在庫を抱えてた花酒水にこんだけ喜ばれると、持たせてやりたくなる。
 
 「今日は何時くれぇから店開ける予定だ?」
 
 干していた薬草が完全に乾くのを待っている最中らしく、天候によると言う。日によって薬草の具合が異なるのであまり決めていないらしい。
 
 何もかも自然を中心に回る生活か。
 
 「なら丁度いいな」
 
 俺も次の荷物が届くのが昼過ぎだ。それまで手をつけてない事務所の片付けをするつもりだったが、そんなもんはいつでもできる。
 
 「トキの買い物できるようなとこ案内したらぁ」
 
 ついでに花酒水をいくつか抱え、小さな台車に乗っけて町をまわる。
 
 「おっジル!おめさん珍しいもん連れてんじゃねぇか!」
 「そうだろい、こいつぁフランクんとこの跡地で薬屋やってんだよ」
 「あー!あの草だらけの家かい!」
 
 みんな同じ反応で笑っちまう。
 
 トキは屋台のジジイにも耳の遠いばーさんらにも、どういったものならすぐ処方できて、在庫がなくなると数日歩き回るので店を閉めることになるってぇのを、たどたどしいが丁寧に説明していた。
 
 それから安い家具屋や変わった雑貨店、新鮮な魚や肉、牛乳を置いてる店主に紹介しながら商店街を歩き回った。
 みんな薬師だから暑苦しい格好をしていても「そういうもの」と不思議がらない。それはいいがトキが辛くないか、俺が言っておいて心配だ。
 
 値切って値切って買ったもんを台車にのせ、そのまま薬屋に持っていく。
 
 「頭ん中の氷は溶けちまったか?連れ回してわるいな」
 
 みんなが面白がって話しかけてくるんで、思ったより時間がかかっちまった。
 
 「いえ。とても…はじめて」
 
 トキは言葉を丁寧に紡ぐ。声が穏やかだからか、せっかちな俺でも黙って聞いてられる。
 
 「トキ、うれしい。とても」
 
 にこり、と目尻を下げたトキ。店の中に入ってから口布を下げてたもんで心臓に悪い。
 
 「ありがとう。ジルドさん」
 
 ジルやエドと呼ばれることはあっても、俺をジルドと呼ぶのはトキだけだ。
 
 「まとめて引っ越し祝いに開店祝いだ、いいってことよ」
 
 土を深く掘って板張りにした倉庫に食いもんと花酒水を入れる。薬草のためなのだろうが、食いもんを入れておくのに冷えていてとてもいい。
 
 「俺はもう戻るが、何かあったら連絡しろい」
 
 家に備え付けてあったという古びた光信号機。フランクの野郎、あんなパン屋でも稼いでたんだな。

 事務所と俺の新しい部屋、警備隊の連絡先をメモして壁にはりつけてやる。使ったことがなく不安だというので、俺から連絡するから練習してみろと、トキの連絡先もメモして懐へ入れた。
 





──────····



 

 ここんとこ毎日、嫌になるほど日照り続き。
 
 「ばーさん生きてるかぁ」
 「はいよぉ」
 
 それでも俺の日常は変わらず。いつものように酒瓶を積んだ台車を引いて裏口にまわり、どんどん下ろしていく。
 
 「よぉよぉジル坊!おめぇ薬師と知り合いらしいな!」
 
 テル兄はここより暑い地域に住んでいるからか、なんてことない顔をしてばーさんを手伝っている。酒屋の仕事が落ち着いてきたのでアル兄は先にアーネシアを出て自分の仕事へ戻ったようだ。
 
 「おう。妹にせっつかれて軟膏貰いに行ったんだけどよう、あんまり危なっかしいもんでつい世話やいちまったんだよ」
 「むかしっから変わんねぇなぁ。誰かが困ってりゃ可愛がりやがって」
 「何だテル兄ぃ、俺に可愛がられてぇのか?勘弁しろい!」
 「やめろやめろ!イボがたっちまった!ほれ!」
 
 ガハガハと大男二人で笑いあって肩を叩く。テル兄まで帰っちまうと寂しくなるな。
 
 「そうだ、その薬師がよ」
 
 随分と花酒水を気に入ってたと告げると、ほれみたことかとまた勝手に在庫を俺の台車に積みやがった。
 
 「開店祝いよぉ!薬師の先生によろしくな!」
 「へいへい!じゃあばーさん、生きてろよ!干からびるんじゃねぇぞ!」 
 「はぁいはいな」 
 
 仕事を終えて家へ帰るとき、抱えた花酒水に、しゅわしゅわと泡の粒が混じった酒が一本あるのに気付く。いつの間にやら紛れ込んでいやがるそれに自然と笑っちまった。今日も酒屋は賑やかで、ばーさんも手遊びが捗ってやがったようだ。





──────····



  
 ”今夜七刻半、店先で”

 毎日とは言わねぇが、たまに使い方を覚えさせるために俺たちは簡単なやり取りをしていた。まだ細かなメッセージは難しいようだが、きちんと意思疏通はとれる。

 どこかに待ち合わせて会おうと誘うと、ちゃんと返信も来た。この様子なら大丈夫だろうと、この間テル兄に持たされた花酒水を手にトキの店先に向かった。

 「よう、ちゃんと使えたじゃねぇか」
 「どきどきしました」
 
 ローブの上から小せぇ頭をぐりぐり撫でてやる。トキは言葉の勉強もしているようで、会うたびに話せるようになっていく。
 
 「酒屋の孫がおまえにって持たせてくれたんだ。俺も昔からそこのばーさんにも世話んなってんだ。今度顔見せ行くか」
 
 こくんと頷いて瓶を胸に抱いたトキ。
 
 「んでよ、俺から」
 
 店は閉じてたので裏からトキの生活スペースへ入る。薬草のにおいはするが、やっぱり不思議と臭くない。
 
 「これは…」
 「おめぇ何時までもその格好じゃあきついだろうと思ってな」
 
 服屋のババアに『そんなちいせぇのアンタが着んのかい?ちったあ痩せな!』と笑われながら見繕った裾の長い白シャツに、足首の絞ってあるゆったりしたパンツ。宿屋で見た薬師のじーさんらは皆こういった服装をしていたので、なんとなく薬師が好んで着てるんだと思って選んだ。
 
 「おう、いいな」
 
 細身のトキによく似合って、じーさんらとは雰囲気が違う。それにローブも薬師服も脱いだトキの黒い艶のある髪は想像より長くて、今は高いところでひとつにまとめている。自然とゆらゆら揺れるその尾っぽを目で追っかけちまう。

 「……こりゃあ」

 ううむ、と唸る。マーカスと宿屋の店主のように頭のおかしなやつが町に蔓延ってちゃかなわんが、心配には変わりない。薬師の格好で出かけるとき以外は、俺がなるべく付き添ってやれたらいいが。
 
 「サンドラはキンキンうるせぇし、ラル坊は馬から降りんで大変だろうがよ、きっと気に入るぜ」
 
 合流したら妹の家へ連れていくと伝えてあったので、トキはラル坊の軟膏の他にもなにやら詰め込んだ麻袋を背負って付いて来た。
 


 「いらっしゃい!さぁさぁかけて!」
 
 窓から俺らの姿が見えたんだろう。ドアを開けて出迎えたかと思えば入れ入れとうるさい。
 
 「あなたが薬師さんね!ジル兄さんがお世話になってねぇもう!この人せっかちで強引だから困ったことがあったらハッキリ言ってちょうだいね!」
 「おめぇが言うな!なぁトキ、言った通りだろ?」
 
 ころころと静かに笑うトキ。鈴の音の声はこんなに騒がしいサンドラがいてもよく通る。
 
 「とても似てます、ふたりは」
 
 おお……。
 
 「やだ、かわいいわね…」
 
 騒いでいたサンドラが小声でそう呟く。トキは普段もべっぴんだが、笑うともっとそうだ。
 
 ラル坊へ軟膏、サンドラへ手荒れ薬を飯のお礼にと渡したトキ。やいやい騒ぎながら晩飯をみんなで食べ終わると、俺が馬にしがみつく暴君をひっぺがして抱えてる間にサンドラがパンツをおろし、トキが優しく股ずれたところに軟膏を塗った。

 「やぁーー!」
 「こらっ!蹴るな!」
 「もーーっ!騒がないで!何時だとおもってるのっ!」

 離せ離せと泣くラル坊に夜なんだから静かにしろとキーキー怒るサンドラ。おめぇもうるせぇぞと叫ぶ俺。そんなうるさい家族に混じってトキもコロコロ笑うんで、俺は一瞬嫁さんでも貰ったのかと錯覚しちまう。
 

 そんないい夜だった。
 

 
 
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