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おじさん♡見守られていました
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宮司♡
高生は昔から浅慮で、我儘で、馬鹿だった。
しかし、馬鹿だが可愛い気があった。
それだけが取り柄だった。
あれはバカだけれど、声がデカい。
思った事はよく考えもぜず口にするし、しなくても顔に出ている。
思案して胸に秘める様な用心深さなどは、生まれつき持ち合わせが無いのだろう。
いつだって開けっぴろげに甘ったれで、それに周りがまんまと絆されるからいけない。
皆んなして何かと仕方ない仕様がない、と目こぼししてやるものだから、まんまと付け上がって調子に乗る。
そして往々にして面倒に巻き込まれては挙句にベソをかく、という始末だった。
儂も良うなかった。
あれの子供時分は可哀想なものだった。
もっと早くに見つけてやれていたら、違っただろうに。
だから、つい甘やかしてしまった。
人の気持ちも知らんで、あれは勝手に自分を憐れんでは怠ける言い訳にしておる。
実にけしからん!
なんとか性根を正して芯の強さを培わねば、結局はお前が辛いのだぞ。
そこの所を、あれはまるで分かっておらん。
高生は間抜けだから、自分が正念場に立っとる事にも気づいておらんのだった。
高生は正斎子である。
外国ではΩなどと呼ぶらしい。
この辺りでは昔から正斎子がよく出た。
とはいえ、この国ではその身に陰陽を有する隠者として伏せられた存在だった。
正斎子は見目が良く、秘事にも良く応える性を持つ。
だから往々にして時の権力者が、縁起者や宝者などと称して所有した。
都合の良い事に、正斎子とは大抵が男も女も持ち合わせている。
なんとも使い勝手のよい性奴として欲のままに弄ばれるのが常だった。
両の性を持とうとも、常人が相手では大概は子を成さぬ。
それもあって肉親の情にも縁が薄く、幸も薄いさだめだ。
そして終生を囲われて過ごす。
飼い殺しと言えよう。
なんとも殺生な事だ。
この様な正斎子の不遇を正すために、守手は出来た。
我らが社の宮司は代々その守手の頭を務めている。
何せこの斎子神社は正斎子をお祀りし、守護するために建立されたのだ。
我々は正斎子を神子として奉ることで保護し、御見守りして参った。
儂は十三代目の宮司であり、守手頭である。
しかしこれらは表沙汰にはならぬこと。
普通に生きておったら、正斎子など知らずにいるものだ。
あの高生も自身がそうであると未だに知らずにいる。
それは、知らせてはならぬ事だった。
全く、忌々しい!
これは新政府の役人供の策略だった。
それが本人の為だとぬかすのだ。
そのような事があるものか!
それは高生を外国に高値で輸出するための口実にすぎん。
あの軟弱者にその身に降りかかる難事を教えれば、確かに辛がるだろう。
それでも知らぬまま放り出されれば、あれはひとたまりもない。
身体だけ残して、呆気なく心が死ぬるだろう。
政府の役人供は、高生の事など微塵も労わる気など無いのだ。
我ら守手は、高生の素性を隠し通して守り抜く心算であった。
それが、しかし!
あれは馬鹿だから、大人しく儂らの罠にかかって捕まったらよいものを、七転八倒の末に逃げ切ってしまった。
その上、さらに馬鹿げた事に!
罪の重さに堪え兼ねて、高生は自首したのだ。
よりによって、政府の管轄する役所に!
そして、儂らが苦労して秘匿していた高生の性が白日の元に晒されたのだった。
知られてしまったら、否やはない。
公になったとたんに高生は確保された。
正斎子が出たらば、速やかに中欧大陸に報される。
そこは我ら常人とは異なる、超人の世界である。
古来より我が国では彼らを“鬼人”と呼んでいた。
その鬼人の地に、正斎子出現の報せは朗報として申し贈られる。
彼らは一日千秋の想いで待ち焦がれておいでなのだ。
そして正斎子は鬼人の地より夫を得ねばならない、と政府によって定められている。
中欧はそんな約束でこの国を贔屓にしているのだった。
そうでなければ、彼らは我らになど鼻も引っかけぬ。
本来ならまるで相手にせぬ所を、なんと下手に出てさえおるのだ。
彼らならば有無を言わせず欲しいものを奪う事も出来ように、敢えてそれをせぬ。
それ程に正斎子は彼らにとって特別なのだ。
本当の所などは、儂らにはわからん。
だが喉から手が出る程に欲しておるのは確かだった。
しかし、とうの高生はそんな事など露知らぬ。
まんまと甘言にのって、自ら死の淵に立とうとした。
我ら守手は総力を尽くして、高生を奪取した。
なんと政府側は即刻に高生を中欧に贈ろうとしておったのだ!
そうはさせまいと、儂らはそれを阻む手立てを繰り出した。
役人供を叱りつけ、それから旨味の吸い方を指南してやった。
奴らは上手く懐柔されてくれた。
おかげで少なくとも祝言までは、高生は海を渡らずに済むだろう。
上手くやれば中欧の女王とかいう、窮地に立たされる事も避けられるやもしれん。
とはいえ、相変わらず奴らめは小賢しい手を四方に回して儂ら守手の動きを抑え込もうとしている。
何とか高生を言い包めて、一人でも多くの夫をとらせようと目論んでおるのだ。
そうしてようやっと、とっ捕まえた高生を特製の座敷牢にどじ込めてやった。
しかし、青く芳しい畳敷に絹の布団がのべられた牢屋など前代未聞だ。
どう考えてもあり得んだろう。
にも関わらず、あれは少しも疑う事なく泣き喚きながら入って行ったものだ。
全く!あやつときたら!
厠の如く汚い小屋に平気で住みついているせいなのか?
世間知らずにも限度があろうに。
だがしかし、それが高生だ。
そんな具合であるからして、馬鹿が訳知らずにひょっこり逃亡しかねない訳である。
それ即ち自殺行為と言えよう。
なにせ高生は自分の容姿に無頓着だ。
それは元の麗しさを台無しにするほどに徹底している。
生ぶ湯を使って以来、まともに風呂に入った事も無かろう様な、臭い身体で構わぬし、腹がくちくさえなれば、腐った物も平気で喰らう。
そんな事だから、薹が立った年頃には非常に見苦しい仕上がりになってしまった。
なにせ悪どい役人らをして、度肝を抜かれたのだ。
捕まえてはみたものの国行を左右する重要人物が、どこに出すにも恥ずかしい有様であったのだからさもありなん。
しかし背に腹はかえられぬと、役人どもは薄汚れてどうにも貧相な“国宝”を必死に取り繕った。
徹底的に清めまくり、精のつく飯をせっせと食わせて肉を補った。
そうして元はどうでも、今はすっかり淫心を誘う様になっている。
だかいかんせん、本人に自覚が足りない。
あれでうっかり飛び出せば、容易に拐われてしまうだろう。
それで犯されたりしたら目も当てられん!
これ以上、話しをややこしくされては困るのだ。
とにかく不測の事態に陥るのを防ぐために、高生は閉じ込めてあるのだ。
高生には儂を殺した罪と放火の罪をきせてやった。
これはもちろん、濡れ衣だ。
儂はコブをこさえただけで生きておるし、あのボヤはきっちり消し止めて火事になどなってはおらん。
かなり乱暴な事をしたが、かまわぬ。
あれにはいい薬になろう。
勝手に飛んで行ってしまわぬよう、釘をさしてやったのだ。
しかし、いくら何でもおかしいと思うものだ。
こんなバカバカしい引っかけに、あの馬鹿は見事にひっかかった挙句に転げ回っておる。
何という体たらく、余りに危なっかしい!
全く、いい歳をして間の抜けた事よ。
以前から、出来る事なら座敷牢にでも押し込めておきたいと思っていたが…
ようやく、それが叶えられたと言う訳だ。
それにしても…
幼少から躾けておれば、あの高生でも訳を知れるのだから身の振り方も分かったろうか。
あれの父方の血筋には稀に正斎子が現れるのだが、もう三百年も出しておらなかった。
それだからして、守手も油断しておったのだ。
高生の親父は庄屋の跡取り息子だったが、やはり素行が悪かった。
勘当されて村を飛び出して、それきりだ。
母親の方はそれなりに出来た女だった。
やたらと手のかかる息子が、いつか自分の手に負えなくなる前に、と死んだ亭主の実家に相談に来る程の分別もあった。
そこでようやく、高生の本性が知れた。
正斎子とは世間では平たく生きてはいけぬ性だと説くと、母親は黙って居なくなった。
これは決して、薄情でしたことでは無い。
儂は高生を厳しいさだめから逃すため、隠密で事にあたらねばならぬと説得し、高生を預かりたいと申し出たのだった。
「自分は浅はかな女です。それでは皆様のお邪魔になるやも知れませんね…」
母親はお前の為にならぬと身をひいて、我らに可愛い子を託して行かれたのだった。
それを高生は薄情だなどと、いまだに根に持っておる。
全く、いつまでたっても了見が狭い!
せめて高生が人並みの分別を持ち合わせていれば、これ程までに苦労はしまい。
たが、時は満ちてしもうた。
高生よ、いよいよ覚醒は完全に成ったのだ。
役人どもの付け焼き刃の美装も、それはそれで見目良い様子だった。
しかしいざ、鬼人の手にかかった途端に高生の本性は一気に芽吹いてしまった。
真に番いたる者の愛撫が、あれの内から正斎子の性を引き出した。
高生の“覚醒”は緩やかなものであった。
人によってはもっと苛烈に現れるものだ。
とはいえ高生は子供時分に正斎子に在りがちな、酷い特徴があったという。
それは一度、酷く寝込んだのを機に徐々に快くなっていったらしい。
村に来た頃にはかなり癒えていた。
けれど、その事で虐げられたらしい事は想像に難く無い。
ふん…
元が知れないくらいに汚れていたのは…そのせいなのか?
人目に立つのが今とは違う向きで、恐ろしかったのか。
…ふん。
とにかく!
汚れ過ぎていたせいで目立たなかっただけで、もとより可愛い顔をしていたし美しい身体ではあったのだ。
それが、今となっては段違いである。
あの常人ならざる美貌は、すでに彼人々と渡り合うに相応しい。
もはや高生自身がその宿命がために、鬼人を求めているのだろう。
もう、後には引けぬ。
お前が夫を得る事はもはや絶対だ。
中欧大陸から夫を得る事は避けられん。
なんとか騙し騙し、先延ばしにしてきた。
お前が分別を身につけて大人しくなり、夫と渡り合っていけるようにと手を尽くしてきた。
儂らは守ってやりたかったのだ。
だが我ら守手の力及ばず、あれは馬鹿なまんま中欧に召し上がるやもしれん。
高生はどうでも、次の元旦で婚姻せねばならない。
それはもはや絶対に違うことのできぬ、誓約なのだ。
そして明くる日の初夜で破瓜されれば、あれは直ぐに身籠る事だろう。
覚醒が成ってみると、高生は稀に見るほど見事な玉体の主だった。
あれならば女王として望まれる通りの恩恵とを授けられよう。
しかし、それこそが高生の不幸になりかねぬのだった。
…この事はそっと隠しておくはずだった。
祝言のその日まで、高生は人知れず後悔と反省の日々を送る。
だが、そうはいかぬ事となった。
彼の国から派遣されてきた許婚達が詰め寄ってきたのだ。
高生が死刑囚として収監されたと聞いて仰天した事とは思う。
しかし余りにも殺気だって現れたものだから儂は腰を抜かした。
そして情け無くも仕方なく、彼らに事情を話す羽目になった。
するとどういう訳か、向こうから我らに協力を申し出て参ったのだ。
高生の更生に尽力するという名目で、彼らの大陸からの目眩しを買って出た。
それは実際、有難い事だった。
こちら側の画策を彼の国に気取られるのは致命的だ。
何せ、我らの願いは彼の国の意向に全くそぐわぬのだから。
彼らとて、祖国を欺く事になる。
どういった心境であるのかは想像もつかぬが、只事ではあるまい。
何かしらの思惑があって然りだ。
とはいえ今回の力添えの得点に、彼らは予定より早く高生との面会が叶った。
彼らが高生と会う事は本来なら許されぬ事らしい。
だが、それを取り決めた方が良しとすれば有りだ。
それを決定したのは政府だった。
役人供は許婚達の余りの激昂に恐れをなして承認した。
もちろんあの聡明な許婚殿達が、その為に危ない橋を渡る事にした訳でもなかろうが。
しかし、これは賭けだ。
諸刃の剣となる。
許婚達が高生に惚れ込んでくれる事を祈るしか無い。
可能性は無きにしも非ずだ。
許婚達は足繁くあれの元に通っているという。
高生はといえば、そんな許婚達に仕置きと称して身体を弄られては泣き喚いているらしい。
あれが処女であるのは検分で知れていたが、意外にも童貞だった。
しかもかなりの初心なのだ。
おそらく変態がこじれて身体に支障をきたしていたせいだろう。
まあ、あの育ちの良さそうな許婚達がそう酷い仕打ちもせぬはずだ。
彼らをたらしこんで味方に付けて、上手く立ち回ってもらいたいところだが…
あの馬鹿には荷が重かろう。
せめてお前の可愛さに、ほんの少しでも心を留めてくれたら良いな。
それに!
女王になればそんなモノでは済まぬのだぞ!
避けられんのだ、我慢しろ。
それにしても何故か協力的な許婚達ではあるが、底は知れぬ。
警戒をおこたらぬよう心得ねば。
ただ、高生の事を彼らなりに思うておいでだとは思う。
それは真摯なあの眼を見て感じた事だった。
儂の人を見る目が曇っておらねば、あれは信を置いて良いものだ。
とはいえ、肝はやはり当人なのだ。
高生に直に言い聞かせることはできぬ。
だが、何とか心得させたい。
とにかく、誰にも『夫にする』と言ってはならん。
口が裂けても、絶対に!
お前が一言、よいと漏らせば相手は夫に成り上がる。
夫は妻に権利を持ち、それを直ぐにも行使するであろう。
例えば、夫自身に国の意向とは違う意志があろうともそれは採用されぬ。
何せ国と国との取決めなのだ。
結局の所、夫は国使に過ぎぬ。
中欧は高生という正斎子を女王に頂く意向を変える訳もない。
そしてお前は、中欧大陸に拐われよう。
我ら守手の作戦はこうだ。
婚姻は避けられぬ。
だが、通い婚を突き通す。
こちらの国で、こちらの流儀での婚姻だと言い訳しては、むこうの夫婦の誓約から逃れるのだ。
しかし、高生が『夫にする』と許婚殿にその口で言ってしまえば終いだ。
鬼人には、言霊を操る者がいる。
高生がその言葉を言えば、絶対に聞き逃す事は無い。
そしてまるで呪いをかける様に、誓約が成される。
言ってしまえば、隠しようもなく知れ渡り認められてしまうのだった。
あれは馬鹿だから、優しくされたらイチコロだ。
いつもの甘えたで簡単に乗せられる。
だから、高生には口説かれる隙を与えぬようにと気配っていた。
許婚達には、仕置きであるから高生には厳しく、冷たく接するように頼んである。
高生が気を許さぬよう、彼らを憎み恐れて心を開かぬように。
今のところ、あれは悪鬼の如く許婚殿らを嫌っておる。
しかし、それもいつまで続くやら…
守手は海外には付き添えぬと定められしまっておる。
そして正斎子は一度、他国に行ったが最後で二度とは戻れぬことも決まっていた。
高生が海を渡り彼の国の土を踏めば、もう中欧に属するΩとなるしかない。
やがて中欧の女王を名乗ることになろう。
それは中欧大陸の全ての希望になる事で、その希望に生涯をかけて応える、という事だ。
その希望の熾烈なる事は想像するもおぞましい。
高生はどの道、囲い者の一生を送るさだめにある。
それはもう、この先どこに行ってもそうだ。
この国に居ようが、彼の国に行こうがそれは変わらぬ。
我ら守手は、お前に何ひとつも望まん。
お前は馬鹿で高望みのしようもないしの。
だが我らは皆、お前が可愛いのだよ。
だからせめて、その身に降りかかる苦難の一ひらだけでも払ってやろうぞ、と思う。
どうか高生が不幸のために、我を無くしませぬようにと神仏に祈ろう。
今更、何の力にもなってはやれん。
せめて側で見守ってやりたいものだ。
。・゜・(ノД`)・゜・。
高生は昔から浅慮で、我儘で、馬鹿だった。
しかし、馬鹿だが可愛い気があった。
それだけが取り柄だった。
あれはバカだけれど、声がデカい。
思った事はよく考えもぜず口にするし、しなくても顔に出ている。
思案して胸に秘める様な用心深さなどは、生まれつき持ち合わせが無いのだろう。
いつだって開けっぴろげに甘ったれで、それに周りがまんまと絆されるからいけない。
皆んなして何かと仕方ない仕様がない、と目こぼししてやるものだから、まんまと付け上がって調子に乗る。
そして往々にして面倒に巻き込まれては挙句にベソをかく、という始末だった。
儂も良うなかった。
あれの子供時分は可哀想なものだった。
もっと早くに見つけてやれていたら、違っただろうに。
だから、つい甘やかしてしまった。
人の気持ちも知らんで、あれは勝手に自分を憐れんでは怠ける言い訳にしておる。
実にけしからん!
なんとか性根を正して芯の強さを培わねば、結局はお前が辛いのだぞ。
そこの所を、あれはまるで分かっておらん。
高生は間抜けだから、自分が正念場に立っとる事にも気づいておらんのだった。
高生は正斎子である。
外国ではΩなどと呼ぶらしい。
この辺りでは昔から正斎子がよく出た。
とはいえ、この国ではその身に陰陽を有する隠者として伏せられた存在だった。
正斎子は見目が良く、秘事にも良く応える性を持つ。
だから往々にして時の権力者が、縁起者や宝者などと称して所有した。
都合の良い事に、正斎子とは大抵が男も女も持ち合わせている。
なんとも使い勝手のよい性奴として欲のままに弄ばれるのが常だった。
両の性を持とうとも、常人が相手では大概は子を成さぬ。
それもあって肉親の情にも縁が薄く、幸も薄いさだめだ。
そして終生を囲われて過ごす。
飼い殺しと言えよう。
なんとも殺生な事だ。
この様な正斎子の不遇を正すために、守手は出来た。
我らが社の宮司は代々その守手の頭を務めている。
何せこの斎子神社は正斎子をお祀りし、守護するために建立されたのだ。
我々は正斎子を神子として奉ることで保護し、御見守りして参った。
儂は十三代目の宮司であり、守手頭である。
しかしこれらは表沙汰にはならぬこと。
普通に生きておったら、正斎子など知らずにいるものだ。
あの高生も自身がそうであると未だに知らずにいる。
それは、知らせてはならぬ事だった。
全く、忌々しい!
これは新政府の役人供の策略だった。
それが本人の為だとぬかすのだ。
そのような事があるものか!
それは高生を外国に高値で輸出するための口実にすぎん。
あの軟弱者にその身に降りかかる難事を教えれば、確かに辛がるだろう。
それでも知らぬまま放り出されれば、あれはひとたまりもない。
身体だけ残して、呆気なく心が死ぬるだろう。
政府の役人供は、高生の事など微塵も労わる気など無いのだ。
我ら守手は、高生の素性を隠し通して守り抜く心算であった。
それが、しかし!
あれは馬鹿だから、大人しく儂らの罠にかかって捕まったらよいものを、七転八倒の末に逃げ切ってしまった。
その上、さらに馬鹿げた事に!
罪の重さに堪え兼ねて、高生は自首したのだ。
よりによって、政府の管轄する役所に!
そして、儂らが苦労して秘匿していた高生の性が白日の元に晒されたのだった。
知られてしまったら、否やはない。
公になったとたんに高生は確保された。
正斎子が出たらば、速やかに中欧大陸に報される。
そこは我ら常人とは異なる、超人の世界である。
古来より我が国では彼らを“鬼人”と呼んでいた。
その鬼人の地に、正斎子出現の報せは朗報として申し贈られる。
彼らは一日千秋の想いで待ち焦がれておいでなのだ。
そして正斎子は鬼人の地より夫を得ねばならない、と政府によって定められている。
中欧はそんな約束でこの国を贔屓にしているのだった。
そうでなければ、彼らは我らになど鼻も引っかけぬ。
本来ならまるで相手にせぬ所を、なんと下手に出てさえおるのだ。
彼らならば有無を言わせず欲しいものを奪う事も出来ように、敢えてそれをせぬ。
それ程に正斎子は彼らにとって特別なのだ。
本当の所などは、儂らにはわからん。
だが喉から手が出る程に欲しておるのは確かだった。
しかし、とうの高生はそんな事など露知らぬ。
まんまと甘言にのって、自ら死の淵に立とうとした。
我ら守手は総力を尽くして、高生を奪取した。
なんと政府側は即刻に高生を中欧に贈ろうとしておったのだ!
そうはさせまいと、儂らはそれを阻む手立てを繰り出した。
役人供を叱りつけ、それから旨味の吸い方を指南してやった。
奴らは上手く懐柔されてくれた。
おかげで少なくとも祝言までは、高生は海を渡らずに済むだろう。
上手くやれば中欧の女王とかいう、窮地に立たされる事も避けられるやもしれん。
とはいえ、相変わらず奴らめは小賢しい手を四方に回して儂ら守手の動きを抑え込もうとしている。
何とか高生を言い包めて、一人でも多くの夫をとらせようと目論んでおるのだ。
そうしてようやっと、とっ捕まえた高生を特製の座敷牢にどじ込めてやった。
しかし、青く芳しい畳敷に絹の布団がのべられた牢屋など前代未聞だ。
どう考えてもあり得んだろう。
にも関わらず、あれは少しも疑う事なく泣き喚きながら入って行ったものだ。
全く!あやつときたら!
厠の如く汚い小屋に平気で住みついているせいなのか?
世間知らずにも限度があろうに。
だがしかし、それが高生だ。
そんな具合であるからして、馬鹿が訳知らずにひょっこり逃亡しかねない訳である。
それ即ち自殺行為と言えよう。
なにせ高生は自分の容姿に無頓着だ。
それは元の麗しさを台無しにするほどに徹底している。
生ぶ湯を使って以来、まともに風呂に入った事も無かろう様な、臭い身体で構わぬし、腹がくちくさえなれば、腐った物も平気で喰らう。
そんな事だから、薹が立った年頃には非常に見苦しい仕上がりになってしまった。
なにせ悪どい役人らをして、度肝を抜かれたのだ。
捕まえてはみたものの国行を左右する重要人物が、どこに出すにも恥ずかしい有様であったのだからさもありなん。
しかし背に腹はかえられぬと、役人どもは薄汚れてどうにも貧相な“国宝”を必死に取り繕った。
徹底的に清めまくり、精のつく飯をせっせと食わせて肉を補った。
そうして元はどうでも、今はすっかり淫心を誘う様になっている。
だかいかんせん、本人に自覚が足りない。
あれでうっかり飛び出せば、容易に拐われてしまうだろう。
それで犯されたりしたら目も当てられん!
これ以上、話しをややこしくされては困るのだ。
とにかく不測の事態に陥るのを防ぐために、高生は閉じ込めてあるのだ。
高生には儂を殺した罪と放火の罪をきせてやった。
これはもちろん、濡れ衣だ。
儂はコブをこさえただけで生きておるし、あのボヤはきっちり消し止めて火事になどなってはおらん。
かなり乱暴な事をしたが、かまわぬ。
あれにはいい薬になろう。
勝手に飛んで行ってしまわぬよう、釘をさしてやったのだ。
しかし、いくら何でもおかしいと思うものだ。
こんなバカバカしい引っかけに、あの馬鹿は見事にひっかかった挙句に転げ回っておる。
何という体たらく、余りに危なっかしい!
全く、いい歳をして間の抜けた事よ。
以前から、出来る事なら座敷牢にでも押し込めておきたいと思っていたが…
ようやく、それが叶えられたと言う訳だ。
それにしても…
幼少から躾けておれば、あの高生でも訳を知れるのだから身の振り方も分かったろうか。
あれの父方の血筋には稀に正斎子が現れるのだが、もう三百年も出しておらなかった。
それだからして、守手も油断しておったのだ。
高生の親父は庄屋の跡取り息子だったが、やはり素行が悪かった。
勘当されて村を飛び出して、それきりだ。
母親の方はそれなりに出来た女だった。
やたらと手のかかる息子が、いつか自分の手に負えなくなる前に、と死んだ亭主の実家に相談に来る程の分別もあった。
そこでようやく、高生の本性が知れた。
正斎子とは世間では平たく生きてはいけぬ性だと説くと、母親は黙って居なくなった。
これは決して、薄情でしたことでは無い。
儂は高生を厳しいさだめから逃すため、隠密で事にあたらねばならぬと説得し、高生を預かりたいと申し出たのだった。
「自分は浅はかな女です。それでは皆様のお邪魔になるやも知れませんね…」
母親はお前の為にならぬと身をひいて、我らに可愛い子を託して行かれたのだった。
それを高生は薄情だなどと、いまだに根に持っておる。
全く、いつまでたっても了見が狭い!
せめて高生が人並みの分別を持ち合わせていれば、これ程までに苦労はしまい。
たが、時は満ちてしもうた。
高生よ、いよいよ覚醒は完全に成ったのだ。
役人どもの付け焼き刃の美装も、それはそれで見目良い様子だった。
しかしいざ、鬼人の手にかかった途端に高生の本性は一気に芽吹いてしまった。
真に番いたる者の愛撫が、あれの内から正斎子の性を引き出した。
高生の“覚醒”は緩やかなものであった。
人によってはもっと苛烈に現れるものだ。
とはいえ高生は子供時分に正斎子に在りがちな、酷い特徴があったという。
それは一度、酷く寝込んだのを機に徐々に快くなっていったらしい。
村に来た頃にはかなり癒えていた。
けれど、その事で虐げられたらしい事は想像に難く無い。
ふん…
元が知れないくらいに汚れていたのは…そのせいなのか?
人目に立つのが今とは違う向きで、恐ろしかったのか。
…ふん。
とにかく!
汚れ過ぎていたせいで目立たなかっただけで、もとより可愛い顔をしていたし美しい身体ではあったのだ。
それが、今となっては段違いである。
あの常人ならざる美貌は、すでに彼人々と渡り合うに相応しい。
もはや高生自身がその宿命がために、鬼人を求めているのだろう。
もう、後には引けぬ。
お前が夫を得る事はもはや絶対だ。
中欧大陸から夫を得る事は避けられん。
なんとか騙し騙し、先延ばしにしてきた。
お前が分別を身につけて大人しくなり、夫と渡り合っていけるようにと手を尽くしてきた。
儂らは守ってやりたかったのだ。
だが我ら守手の力及ばず、あれは馬鹿なまんま中欧に召し上がるやもしれん。
高生はどうでも、次の元旦で婚姻せねばならない。
それはもはや絶対に違うことのできぬ、誓約なのだ。
そして明くる日の初夜で破瓜されれば、あれは直ぐに身籠る事だろう。
覚醒が成ってみると、高生は稀に見るほど見事な玉体の主だった。
あれならば女王として望まれる通りの恩恵とを授けられよう。
しかし、それこそが高生の不幸になりかねぬのだった。
…この事はそっと隠しておくはずだった。
祝言のその日まで、高生は人知れず後悔と反省の日々を送る。
だが、そうはいかぬ事となった。
彼の国から派遣されてきた許婚達が詰め寄ってきたのだ。
高生が死刑囚として収監されたと聞いて仰天した事とは思う。
しかし余りにも殺気だって現れたものだから儂は腰を抜かした。
そして情け無くも仕方なく、彼らに事情を話す羽目になった。
するとどういう訳か、向こうから我らに協力を申し出て参ったのだ。
高生の更生に尽力するという名目で、彼らの大陸からの目眩しを買って出た。
それは実際、有難い事だった。
こちら側の画策を彼の国に気取られるのは致命的だ。
何せ、我らの願いは彼の国の意向に全くそぐわぬのだから。
彼らとて、祖国を欺く事になる。
どういった心境であるのかは想像もつかぬが、只事ではあるまい。
何かしらの思惑があって然りだ。
とはいえ今回の力添えの得点に、彼らは予定より早く高生との面会が叶った。
彼らが高生と会う事は本来なら許されぬ事らしい。
だが、それを取り決めた方が良しとすれば有りだ。
それを決定したのは政府だった。
役人供は許婚達の余りの激昂に恐れをなして承認した。
もちろんあの聡明な許婚殿達が、その為に危ない橋を渡る事にした訳でもなかろうが。
しかし、これは賭けだ。
諸刃の剣となる。
許婚達が高生に惚れ込んでくれる事を祈るしか無い。
可能性は無きにしも非ずだ。
許婚達は足繁くあれの元に通っているという。
高生はといえば、そんな許婚達に仕置きと称して身体を弄られては泣き喚いているらしい。
あれが処女であるのは検分で知れていたが、意外にも童貞だった。
しかもかなりの初心なのだ。
おそらく変態がこじれて身体に支障をきたしていたせいだろう。
まあ、あの育ちの良さそうな許婚達がそう酷い仕打ちもせぬはずだ。
彼らをたらしこんで味方に付けて、上手く立ち回ってもらいたいところだが…
あの馬鹿には荷が重かろう。
せめてお前の可愛さに、ほんの少しでも心を留めてくれたら良いな。
それに!
女王になればそんなモノでは済まぬのだぞ!
避けられんのだ、我慢しろ。
それにしても何故か協力的な許婚達ではあるが、底は知れぬ。
警戒をおこたらぬよう心得ねば。
ただ、高生の事を彼らなりに思うておいでだとは思う。
それは真摯なあの眼を見て感じた事だった。
儂の人を見る目が曇っておらねば、あれは信を置いて良いものだ。
とはいえ、肝はやはり当人なのだ。
高生に直に言い聞かせることはできぬ。
だが、何とか心得させたい。
とにかく、誰にも『夫にする』と言ってはならん。
口が裂けても、絶対に!
お前が一言、よいと漏らせば相手は夫に成り上がる。
夫は妻に権利を持ち、それを直ぐにも行使するであろう。
例えば、夫自身に国の意向とは違う意志があろうともそれは採用されぬ。
何せ国と国との取決めなのだ。
結局の所、夫は国使に過ぎぬ。
中欧は高生という正斎子を女王に頂く意向を変える訳もない。
そしてお前は、中欧大陸に拐われよう。
我ら守手の作戦はこうだ。
婚姻は避けられぬ。
だが、通い婚を突き通す。
こちらの国で、こちらの流儀での婚姻だと言い訳しては、むこうの夫婦の誓約から逃れるのだ。
しかし、高生が『夫にする』と許婚殿にその口で言ってしまえば終いだ。
鬼人には、言霊を操る者がいる。
高生がその言葉を言えば、絶対に聞き逃す事は無い。
そしてまるで呪いをかける様に、誓約が成される。
言ってしまえば、隠しようもなく知れ渡り認められてしまうのだった。
あれは馬鹿だから、優しくされたらイチコロだ。
いつもの甘えたで簡単に乗せられる。
だから、高生には口説かれる隙を与えぬようにと気配っていた。
許婚達には、仕置きであるから高生には厳しく、冷たく接するように頼んである。
高生が気を許さぬよう、彼らを憎み恐れて心を開かぬように。
今のところ、あれは悪鬼の如く許婚殿らを嫌っておる。
しかし、それもいつまで続くやら…
守手は海外には付き添えぬと定められしまっておる。
そして正斎子は一度、他国に行ったが最後で二度とは戻れぬことも決まっていた。
高生が海を渡り彼の国の土を踏めば、もう中欧に属するΩとなるしかない。
やがて中欧の女王を名乗ることになろう。
それは中欧大陸の全ての希望になる事で、その希望に生涯をかけて応える、という事だ。
その希望の熾烈なる事は想像するもおぞましい。
高生はどの道、囲い者の一生を送るさだめにある。
それはもう、この先どこに行ってもそうだ。
この国に居ようが、彼の国に行こうがそれは変わらぬ。
我ら守手は、お前に何ひとつも望まん。
お前は馬鹿で高望みのしようもないしの。
だが我らは皆、お前が可愛いのだよ。
だからせめて、その身に降りかかる苦難の一ひらだけでも払ってやろうぞ、と思う。
どうか高生が不幸のために、我を無くしませぬようにと神仏に祈ろう。
今更、何の力にもなってはやれん。
せめて側で見守ってやりたいものだ。
。・゜・(ノД`)・゜・。
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