某国の皇子、冒険者となる

第2章 魔術師の試練

7. 交換条件

「じゅうご……じゅうろく……じゅう………」
俺は自室にと宛がわれた二階にある客室で腕立て伏せをしていたが、目標半ばで力尽きた。
つらい………きつい………飽きた………やめたい………
修行はランニング、筋トレ、瞑想の繰り返しだった。

「基礎練はもう十分だろ……そろそろ、新しい魔法とか教えてくれてもいいと思うんだけどなぁ」
「いや、まだまだだね」
「……っ！師匠！」
声がした方向へ振り返ると、いつの間にか扉が開いていて、ドア枠にもたれかかり、腕を組んで立っている師匠がいた。
まったく気配を感じなかった。彼は神出鬼没だ。

「もう…驚かせないでくださいよ」
「ははは…きみの可愛い驚く顔を見たくて、つい…ね」
くだらない理由だなぁ……心臓に悪いからほんとうにやめてほしい。

「……まだまだって、あとどれくらいでしょうか？」
「どれどれ…」
「うわ……っ！何するんですか！？」

突然、着ていた綿のシャツを捲り上げられた。
「ん～～～……うっすらとも割れてない……これはこれでいいけど」

さらされた腹を凝視され、つんつんと突かれる。
「ちょっ…触らないでください！」
「わぁ！すべすべだ……いいなぁ～～これが若さってやつかい？」
「し、師匠……っ！いい加減にしてください！」
「いいじゃないか～減るもんでなし」
ああ、俺の中の何かが確実にすり減らされている……
「減ります！放してよもう！」


「けちだなぁ～…そんなんじゃ新しい魔法を教えてあげないよ？」
「師匠～～～～！」

「まぁ、あと一か月くらいしたら、少しは割れてくるかな」
「一か月も……っ！」
俺は項垂れた。もともと、単調な反復作業は苦手なのだ。

「集中力を養うことも修行の一環だよ」
「うっ……」
そう言われてしまえば何も反論できない。

「……ガンバリマス」
「不満そうだね……しょうがないなぁ」
顎を持ち上げられ、顔を上向きにされる。
「――なんですか？」
「あるものをくれるんなら……きみのお願いをひとつ、きいてあげてもいいよ」
「あるもの？」

「きみの血――」

少しでいいんだよ――そう言って笑う魔術師の目が、あやしく光った気がした。